第246話
「レオーノヴァ陛下、アスレス擾乱部隊の傭兵隊長ブルーノ様よりご連絡。予定通りアスレス民衆を焚きつけ、王都アラメ他複数の領地を占領。逃亡した王族を追跡中とのこと!」
「ドルドゲルス侵攻軍の親衛隊長ロマン様からもご連絡。王都ロザルスにて最優先目標アルファを確保。既に報告の通り“第一の剣”も捕縛に成功しました!」
バルシア宮殿女帝の間。私は部下たちの報告に満足してうなずく。全ては予定通りだ、我が神の啓示に狂いはない。
「目標ベータはどうなっていますか?」
「他の者達と逃亡中とのことで、西方のマルツ市に。現在ロマン隊長の軍勢が包囲しています」
「マルツ包囲はすでに聞き及んでいます。そこにグッドウィンの軍勢が到来したと?」
「はっ! 優先目標ガンマを攻撃しましたが、仕留めたかは不明。それ以外は“紅蓮の公爵令嬢”の火力が予想以上だったものの、作戦は想定の範囲で進行しているとのこと」
ウフフ。それならいい。本当は“紅蓮の公爵令嬢”が欲しかった。けれどアルファが手に入った今、その必要はない。神の啓示に従いベータを確保しガンマを始末。それで私の望みは叶う。そう神は仰っている。
「では、ロマンに任せましょうか。ルシア・ルーノウについては何か言ってきているかしら?」
「はっ! “門は開く”とのことですが……」
“門は開く”。それだけで十分だ。意味を知らぬ部下は混乱しているが、これは私がわかればいい。あの子の恨み、そして信念はそれほど強固だった。
ブリジットは良いエサになってくれたし、良い拾い物をした。門が開けばもはや邪魔になった“紅蓮の公爵令嬢”は消える。ルシア・ルーノウにはその為の捨て駒になってもらう。
「水の神からの新たな啓示をいただきました。各々方、使命を果たしなさい」
「「「はっ! 偉大なる神に! 麗しの女帝陛下に栄光を!」」」
神が私に囁いてくれて――私を選んでいただき幸運だった。もうすぐ全てが手に入る――。
☆☆☆☆☆
「くう……、レン……ドーン……!」
もはや満身創痍のボロボロ状態だけれど、〈ワルキューレスヴェート〉は――ルシアは立ち上がろうとする。彼女を振り立たせるのは、通したい意地か私への恨みか。
結局手品のタネはわからなかったけれど、ロマンの〈クロノス〉も戦闘不能。マルツ市に押し寄せた軍団の大半も焼き払った。勝負は決した。
「ルシア、もうおやめなさい。せめて降伏して、ルーノウの家名の汚名を雪ぐ手段を探すべきではなくて? それともここで死を選ぶのかしら?」
「知れた……ことを……! 私は貴女に勝って、勝って、勝つ! その一念でここに来たアッ!!!」
「――魔力!?」
その力はどこから湧いて出てくるのか、もはや魔力は尽きたと思われたルシアから、突如膨大な魔力を感じる。
「我が血の一滴までも勝利の為に! 《光神の祝福》よ!」
「おいおいやべえぞ。さっさと止めねえと!」
「わかっているわ!」
〈ワルキューレスヴェート〉は、再び虹色に輝いて天を舞う。四対八枚の光の翼をまとったその姿は、さながら天使みたいだ。いやいやいや、ルシアが天使なんてそんな馬鹿な。
「リオ、エイミー、なんかヤバいわ。あなた達はロマンを捕獲して退避していて!」
「それがお嬢……」
「どうしたの、リオ?」
「ロマンの奴が……いや、機体そのものがどこにもないんだ!」
――え?
ロマンの〈クロノス〉は四肢も砕けて、ほとんどスクラップの状態でそこに――ない。消えた? 魔法で脱出を? それともまた手品?
「おや、レイナさん。僕のことをお探しかな?」
「ロマン! そ……、その機体……!」
「倒したはず? でも残念でした。僕はこの通りさ」
声がした方を振り返ると、そこには紺色の魔導機〈クロノス〉がいた。しかもまるでさっきまでの戦闘がなかったかのような新品同様で……!
じょ、冗談でしょ……? 倒したのは幻影? いえ、戦っていた相手に間違いなく実体があったわ。それなら再生? いえ、生体パーツでもないみたいだし、再生は……でもそれならロマンの能力は……!
「それに僕にかまけてばかりでいいのかな? 上でルシアさんが何か始めそうだよ?」
「悔しいがそいつは後回しだレイナ! 今はルーノウがやべえ!」
確かにそうだ。お空でビカビカに輝いているルシアからは、今までにないほどとてつもない魔力を感じるわ。もう少しでロマンと〈クロノス〉の謎が解けそうなんだけれど……!
「ま、僕はここでお暇させてもらうよ。知っているかい? バルシアは兵士が畑でとれる国と揶揄されるんだ。君が焼き払ったのなんて欠片にすぎない。この物量に勝てるかな? それじゃあね!」
逃げた。撤退して、大軍を率いてまた攻めて来るってことかしら? 妙に爽やかに決めてくれるけれど、今はいいわ。
私は〈グレートブレイズホークV〉を加速させ、天空に座すルシアに迫る。
「フフ、来たわねレンドーン。私の究極の力を、今お見せして差し上げますわ! 神級魔法《驚天光波》!!!」
「――!? 《光の壁》よ! フルパワー!」
ルシアが右手を向けた。本能的にマズいと思って、フルパワーで防御魔法を放った。次の瞬間、私たちは巨大な光の柱に飲まれた。
「きゃああああああっ!?!? 防御魔法が……持たない!?」
「くそッ、レイナの魔法でも持たないか!? 《絶対氷壁》!」
なんていう力よ。この魔法がもしマルツ市に放たれたら、一発で壊滅。そのくらいの威力だ。
「うっ……、なんとか……耐えたかしら?」
「ああ、なんとか……な」
二人の魔法をフルパワーで使ってギリギリだった。――いえ、正確には防げてはいない。〈グレートブレイズホークV〉は今の一撃だけで相当なダメージを負ってしまったわ。
「どうかしら? 私が岩をも貫く信念――いいえ、天をも貫く信念で会得した神の領域の魔法、《驚天光波》は?」
「見事なもんだルーノウ。驚いちまった」
「ありがとうございますルーク様。けれど私の前に立ちふさがるのなら、貴方も敵ですわ」
間違いない。口先だけでなくて、これは私の《紅蓮火球》に匹敵する神級魔法だわ! でもそれならもしかして……?
「さあ、私の輝きに飲まれなさい! 《驚天光波》!」
「――くっ!」
今度は避ける。すると光の柱が降り注いだ雪原に大穴ができた。ロマンの奴はこうなるって知っていたのね。自分が巻き込まれかねないから逃げたんでしょ!
「エイミー、リオ、大丈夫!?」
『なんとか! それよりレイナ様、空が割れています!』
「空が……!?」
空に一筋。いいえ、何本もヒビが入っている。それはルシアが魔法を放つたびに増えていく。
「ルシア! その魔法を使うのをやめなさい!」
「《驚天光波》! なぜ貴女の言うことを聞かなくてはなりませんの?」
「あんた気がついてないの!? あんたが魔法を放つたびに世界に歪みが生じているのよ!」
私の魔法《紅蓮火球》は、次元に穴をあける。だから不思議死後空間からいくつかの次元を超えて帰還して以降、おとぼけ女神から使用禁止を言い渡された。
ルシアの《驚天光波》は、まさにそれと同じ現象を起こそうとしている。このままじゃ世界が持たないわ。
「私の偉大さに世界すら震える! 天が轟く!」
「馬鹿言ってんじゃないわよ! 《火竜豪炎》!」
「たかが超級魔法では! 《驚天光波》!」
「打ち消され――きゃあああっ!?」
「《絶対氷壁》! ぐわあああっ!」
私が放った炎の竜はルシアの光によってかき消され、そして今度こそ直撃を受ける。ルークが寸前に防御魔法を放ってくれたけれど、致命的なダメージだ。
「ルーク、大丈夫?」
「なん、とかな……」
「止めですわ! 《驚天光波》!」
追撃のルシアの魔法が迫る。……こうなったら!
「――! 分離!」
「分離して回避を!?」
私は〈グレートブレイズホークV〉を強制分離。あえて二機に分かれることでルシアの魔法を回避した。
『レイナ!?』
「大丈夫、私に任せてちょうだい!」
私は分離した〈ブレイズホークV〉を加速させ、ルシアに肉薄する。
「小癪な真似を! 神級魔法《驚天光波》!」
「神級魔法《紅蓮火球》!」
もう仕方がない。これ以外に手段がないわ。神級魔法には神級魔法をぶつける! 二つの神級魔法はぶつかり、激しい閃光が視界を包み、そして――。
「――時空の裂け目!?」
――空に大穴が開いた。
お互いの神級魔法の衝撃でダメージを受けた私とルシアの機体は、成すすべなくその裂け目に吸い込まれていく。
『お嬢様!』
「大丈夫よクラリス、心配しないで。今度はすぐに戻って――」
☆☆☆☆☆
「ルシア……!」
時空の裂け目の中だ。虹色とも何色とも、暗いとも明るいともわからない空間で、私は必死にルシアの後を追う。逃がしてなるもんですか。さっさとルシアをとっ捕まえて、元の世界に帰らないと!
「――! 外に出る!」
何度か経験した、時空の裂け目を通して世界に出現する感覚。元の世界か、それとも別の世界か。ともかくルシアを見失わないようにしないと。
光の輪をくぐり、外へと出る。空だ。魔力を込めて飛行する。問題なし。
「ここは……?」
海だ。海のど真ん中? いいえ、前方にいくつか島を確認。――いえ待って、一つの島からは細い道が続いて――。
『なんなのよここは!?』
半狂乱のルシアの声だ。無理もないわね。ルシアは異世界に出るのは初めてでしょうから。私はゆっくりと後方に方向転換する。〈ワルキューレスヴェート〉を確認。その後方に陸地が見える。
『石の塔ばかり!? どこなのよここ!?』
石の塔――ビルだ。ルシアにとっては未知だろう近代的なビルが並ぶ街並み。
「文明が発展した世界……? いえ、あれはタワーにドーム!」
目に映るのは青い巨塔に、奇妙な半円の建造物。私が見間違えるわけがない。あれはランドマークのタワーに、野球場だ。
「ということは玄海島に能古島に志賀島! ここは玄界灘!」
間違いない間違いない間違いない。間違えるなんてことあるわけがない。この海の青も空の青も私は知っている。つまり私の目に映っている陸地は百道浜だ……!
「だとするとあの奥が天神、そして博多。間違いないわ、ここは福岡だ。私とルシアは日本に出てきちゃったんだ……!」
紅蓮の公爵令嬢 第246話
『 福 岡 上 空 』
第8章 了
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異伝 【4月26日】開始
【補足】
物語は佳境なのですが、この続きの第9章の前に明日から数話程「異伝」という話を投稿します。「紅蓮の公爵令嬢」の時系列的には過去になるエピソードです




