第237話 やんごとなき神々の事情
ちょっと――いえ、かなりドキドキすることがあった。それはブリジットが自ら燃え尽きた後の事だ。
『燃え尽きて消えた……。死んだの?』
『おそらくな。たぶん禁書だったりオーバースペックの魔導機を使ったり、身体が限界だったんだろう』
たぶん私は――、心の中では強がりながらも、悲しい顔をしていたんだと思う。もしかしたら涙なんて流していたのかもしれない。だってブリジットは、レイナの性格が変わったことにより生じた歪みを収束しようとした運命によって誕生した、悪役令嬢四天王の一人。ありえたかもしれない私の未来だ。
立ち止まることができる箇所は何度もあったのに、破滅へと突き進んだのは彼女の自業自得だと思うけれど、やっぱり心の片隅では同情の心があったのかもしれない。だから私は悲しい顔をしていたんだと思う。
『この灰を……、王国へと持ち帰って弔ってあげましょうか』
死んで灰になったのならもはや善も悪も何もない……と私は思う。恨んでいた私に弔われるのは嫌かもしれないけれど、せめて死後は安らかにしてほしい。
『レイナ!』
『――え、ライナス!?』
気がついた時には、私はライナスに抱きしめられていた。こうやって抱きしめられると、細身で女装もよく似合うその身体は、意外にたくましいものだと思う。
『一人で思い悩む必要はないんだ。背負えるものは、オレも背負う!』
『いえ私は……、いいえ、そうですわね。ありがとう』
一人で抱え込むのは前世からの私の悪い癖だ。だから今だけは彼の胸を借りて泣こう。昔から変わらず優しいライナス。昔から変わってたくましいライナス。そんなライナスの体温を感じながら、私はひと時の間泣いた。
「――なんてことがあったのよ」
「それはまあ……、ごちそうさまです」
そんなこんながあって、私はグッドウィン王国のレンドーン公爵領に帰って来た。私秘蔵の旅の思い出話によくわからない相槌を打つのはクラリスだ。
「ウヒヒ、ライナスってばすっごく優しいと思わない?」
「それはもう。ライナス様は昔から心優しい方でございます。それはもう、初対面で掴みかかったお嬢様をお許しになるほどに」
「ちょっと、その話はやめてよクラリス~」
今となってはあれも良い思い出だ。……たぶん。
「時にお嬢様、その時もライナス様は女装されていたんですよね?」
「そうよ。ピンクのフリフリのドレスを着ていたわ。ウヒヒ、すっごく似合ってた!」
あの格好であれだけのイケメンオーラ出せるの逆にすごい。だって私抱きしめられている間キュンキュンだったから。だって私抱きしめられている間フェロモンにクラクラだったから。正直不埒なこと考えてましたごめんなさい!
「それがどうかした?」
「いえ、まあ……、そういうのもアリなんでしょうかね……? そろそろ始めますか?」
「ええ。じゃあいつも通りに」
「かしこまりました。外にて待機しています」
はい本題。私たちがどこに来ているかというと、例のレンドーン公爵領最大の聖堂だ。冬休みも残りわずかなこの日に何故来たかというと、アホ程重大な用事があるからよ。
ちなみにアリシアは一足先に学院に戻ると言っていたわ。なんでもいろいろ勉強したいことがあるそう。さすがヒロイン。勉強熱心な良い子ね。
「供物よし、場所よし、巫女よし、季節? 関係ないわ。私が用あるから早よ出てこんかいおとぼけ女神ゴラアアアッ!!!」
『ちょっとちょっと~、そんなポンポン呼び出されても困っちゃうわよお~』
無駄に神聖な感じの光と共に、おとぼけ女神こと風の女神シュルツ降臨。
「じゃからしいわいゴラアアア!!!」
『何なのよそれえ~、どこの方言~?』
私は関西風お好み焼きも広島風お好み焼きも、生前どっちも食べて美味しいと思いました。
『それに何よちょっとお~。今回の供物女性用のドレスじゃな~い! あんたのお古なんて興味ないわよお~!』
「ただしディランが着たものだとしたら?」
『アリね! 大アリだわ! よしゲットお~! もう返しませんからね~。これは私の物~! クンカクンカ』
供物として捧げたのは私だけれど、早速匂いを嗅ぐのはやめなさい。
『というか今日はどうしたの~? ファンディスクの新情報ならないわよぉ~?』
「おとぼけ女神、あんた他の女神の介入はないって、特に水の女神エリアの介入は絶対にありえないって言ったわよね?」
『言ったわ~』
「私を殺しに来た奴がご丁寧に自ら水の女神からの刺客を名乗ったわよ! どう落とし前つけてくれんの!? というかまさかあんた、私が用済みだからって水の女神と示し合わせて私を消そうとしていないわよね!?」
シュルツには私をのせてハインリッヒを消そうとした前科がある。まあそこは利害が一致したわけだし、ハインリッヒを打倒したわけだけど、まさかまさか今度は私を……? はい、右手を構えて魔法を準備。照準オーケー、標的おとぼけ女神。お前を殺す。
『ちょっとちょっと落ち着いて~。そんなことするわけないじゃない~! 私とあんたは持ちつ持たれつ。いい感じにやって来たでしょぉ~!?』
「多少ツッコミたいけれどまあ同意してあげるわ。けれど私を襲った敵――ブリジットの奴は、明確に私の転生事情を把握していた。明らかに裏に神様いるでしょ?」
『う~ん、エリアは私と並んでまともな部類の女神なんだけどね~?』
「あんたがまともな部類って、他どんなのがいるのよ?」
『えっと例えば~、自分を信仰させようと大魔王を造り出してマッチポンプしたり~』
うわあ……。
『邪魔な他の女神を邪神扱いして討伐させたり~』
職場の空気悪そう……。
『戦乱が好きすぎて、亡国の王子を誘導して戦乱誘発したり~』
それこそもう邪神では?
『いたいけな女子大生に銃を渡して、これで魔王殺って来いって言ったり~』
ええ……怖……。
『そんな感じね~』
「事実かはさておき、各世界の行く末が気になるわ」
『大丈夫よお~。一応』
一応って……。
「あんた達って各属性担当の六人でいろいろしてるんだっけ?」
『そうよお~。火の神フリト、水の神エリア、地の神ティタ、光の神ルミナ、闇の神ルノワ、そして完全無欠、パーフェクトビューティーな風の神である私シュルツ。私たち六人が最高神。その六人が数多の平行世界の管理をしているのよお~』
同情するつもりはないけれど、結構な激務では?
『あとは眷属や従属神、あなたみたいな神の声を聞く使徒と協力してね。それと別に各世界ごとに敬られる土着神や、神格化された人間がいるわあ~。私たち程の力はないけどね~』
「いや、私はあんたの使徒じゃないし。というか眷属とかいるならさっさと応援によこしなさいよ」
『呼んだら最後、世界観を壊すなとか言ってあんた怒るでしょ?』
ごもっともで。――あれ、でも待って?
「ということは、土着の神様なんかが水の女神エリア様の名前を騙っているとかは?」
『それはなきにしもあらずねえ~。本来そこまでの力はないから、どこかであんたが転生者って情報を入手しないとだけどお~』
なるほどね。本来そこまでの力が無い神様だから、転生者判定はできないと。何かあって力をつけたか、どこかで私の正体を聞きつけたか……。
「念のために聞くけれど、本当に水の女神エリア様は無罪なのよね? というかあんた確認しに行きなさいよ!」
『それはできないわ~。神様同士って、世界のバランスの為に簡単には会えないのよ~』
「それだとあんたを信用することも難しいわね」
それだと女神エリアに対する疑惑は晴れないし、シュルツが私を消そうとしている可能性も完全には排除できない。目の前の自称神様が敵かもしれない状況で、この世界を生き抜くのは難しいと思う。なんだかんだここまで持ちつ持たれつやってきた。私が思案していると、おとぼけ女神が口を開いた。
『う~ん、一つだけ方法があるわ~。エリアを呼びつけて、直接聞けばいいのよ』
「そんなことできるの? さっき簡単には会えないって」
『エリアを呼び出す環境でも整えて、他の女神が協力してくれればできるわ~。私も疑われたくないし、協力してあげる』
「協力して当然よおとぼけ女神。早くその女神エリアを呼び出す環境とやらを教えなさい」
『はいは~い』
女神がそう言うと、ひらひらと天から一枚の紙切れが落ちてきた。王国語で何か書いてある。案外綺麗で丁寧な字だ。
『そこに書いてある聖堂を使いなさい。後はあんたの持っている本の通りにやればいいわ~』
「はい了解。じゃあ、神様同士のセッティングはよろしく」
『ま、この私に任せときなさい。それじゃあね~』
すーっと消えていくおとぼけ女神。さあ、水の女神様への尋問タイムね。
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