第224話 舞い降りるは白銀の戦乙女
「レイナ、こちらに!」
「ええ!」
パトリックの一撃によって〈アポピス〉は両断された。これで二対二だ。それにしても、パトリックの剣技はますます磨きがかかっている。あれだけの質量の砂ごとぶった切るなんて、魔導機の性能や魔法力は元より相当な剣の技量がないとできっこない。
「貴様らあ! よくもラーシュを!」
怒り心頭といった具合の“雷雲”ヘルゲの声が響く。彼の操る〈ライジン〉を抑えるために使っていた三十機の〈バーズユニット〉は、そのほとんどが撃墜されてしまった。まあ二対二にするまでの時間を稼げただけ上出来かしら。
一方黒仮面の騎士とかいう中二病爆発なルシアが乗っているであろう黒銀の機体、〈ワルキューレ〉は静かにこちらとの間合いをはかっている。これはこれで不気味ね。なにせ〈ワルキューレ〉は前回、合体しないと倒せなかった。パトリックとの連携でも倒すことができるかどうか……。
「ラーシュの仇! そして相棒イェルドの仇だ! 振り注げ雷よ、《雷雲》!」
伝説の夜に相応しい満月をさえぎって発生した、どす黒い雲から幾条もの雷が迫る。
「レイナ、任せていいかい?」
「もちろん! これだけ距離が開けば十分ですわ! 《火球》乱射!」
パトリックが〈アポピス〉を撃破したことにより、敵の陣形は大きく崩れている。これだけ距離があれば、私の魔法は十分に真価を発揮する。私は肩の四対八門のサブアームを展開し、残っている〈バーズユニット〉と共に《火球》を斉射する。雷とビームがぶつかりあい、ボンボンと爆発音を立てて夜空に輝いた。
「ば、馬鹿な! この俺の〈ライジン〉と撃ちあうだと!?」
「オーホッホッホッ! この“紅蓮の公爵令嬢”と〈ブレイズホークV〉を舐めるんじゃないわよ!」
「ぐっ……ぬぐぐ……!」
むしろ〈バーズユニット〉の大半が欠落しているとはいえ、この私と撃ちあえていることを褒めてあげるわ。その裏にいるまだ見ぬ同郷出身の設計者を褒めることになるから、口には出しませんけどね!
「…………!」
「――来る! パトリック!」
「任された!」
夜闇を切り裂くように〈ワルキューレ〉が襲い掛かってくる。私はパトリックに任せて後ろに下がる。近接戦闘を仕掛けてくる相手には、近接戦闘が得意なパトリックを。適材適所ってやつね。
「パトリック! 黒い炎には気をつけて!」
「心得ているよ!」
後ろから見てもパトリックの戦い方は優雅だ。力強さはもちろん、まるでダンスを踊っている様な華やかさも感じる。彼に任せれば大丈夫と言う、万全の安心感があるわ。
「それじゃあ私も! 小鳥ちゃんたち! 《熱線》!」
私はパトリックの後ろから、左右に残りの〈バーズユニット〉を展開させて、その後ろの〈ライジン〉を狙う。
「ええい、小賢しい! 《雷雲》!」
そこはさすがの“雷雲”の異名をとるヘルゲということかしら? 私が放った残り少ない〈バーズユニット〉は次々と撃破されていく。でも大丈夫。狙いはそこじゃない。
「パトリック!」
「オーケー、レイナ!」
何も言わなくても伝わる。だてに私たちは十歳の時からの付き合いじゃないのだ。実戦以外でも、雪合戦や剣術の稽古なんかで幾度も私たちは戦っている。始めはデッドエンドを回避するためだった――けれど今は違う。築き上げたその信頼こそ私たちの武器よ!
「ごめん……、あそばせ!」
「行け! レイナ!」
私は〈ブレイズホーク〉を思いっきり加速させると、前方にいたパトリックの〈ブライトスワロー〉の背中を踏んで、空中で跳躍する。
「味方を踏み台にしたあっ!?」
「ええ、そうですわ! 〈フレイムピアース〉!」
ヘルゲの反応は一瞬遅れた。それが致命的よ。その一瞬は決して偶然じゃないわ。〈バーズユニット〉を左右に展開させて、ヘルゲの目線を横軸に誘導していた。そこに急加速させて、その上〈ブライトスワロー〉を踏み台にして急激に縦軸移動を行った〈ブレイズホーク〉。――横軸に集中していたヘルゲの目は、急な縦軸の変化についていけない。
遡れば、私が幼い日のパトリックとの決闘で使った手だ。《水の壁》で針路を遮って、《風よ吹きすさべ》で跳躍という感じのね。まとにかく、一瞬遅れたことでヘルゲの命運は尽きたわ。
「ら、《雷雲》! 俺を守れ!」
「無駄よ! 《炎のマント》、そして《風よ吹きすさべ》!」
ヘルゲは雷雲を周囲にまとって防御しようとするけれど、私は《炎のマント》でガードしながら勢いそのままに雷雲の中に突っ込んで、風魔法フルパワーで雷雲を吹き飛ばした。
「往生しなさい! 超級魔法《火竜灼熱斬》!」
「ぐおおおおおっ! すまねえイェルド!」
私の〈フレイムピアース〉が、突撃する勢いで〈ライジン〉の操縦席を貫く。何回繰り返しても慣れない、慣れてはいけない命を奪う感触が手にあった。
「あんたの仲間を想う気持ち、すごく立派だと思うわ。だけどね、私の大切な人たちを傷つけようとした事は許してはおけないの」
一人一つずつ持っている命に重さの違いはない。みんな尊く大切なモノだ。けれど優先順位は人によって千差万別。私は私や私の大切な人たちの命を護るという決意をしている。だからこうやって、立ちはだかる敵を倒すことに躊躇はない。
私は決して清楚清廉なヒロインにはなれない。なろうとも思わない。大切なみんなを護ることができるなら、私は悪役令嬢でかまわない。
「謝らないわ。けれど、安らかにね。次の人生はまっとうに生きれるように、出会った女神に祈りなさい」
爆散する〈ライジン〉の巨体を見て、ひとり静かにつぶやく。さあ、切り替え切り替え。あとは〈ワルキューレ〉一機だけだ。
「パトリック!」
「レイナ、お見事! それにしても、この敵は厄介だね……」
さすがのパトリックも、〈ワルキューレ〉の超性能の前には苦戦しているみたいだ。接近する私に気がついた〈ワルキューレ〉は、こちらにも黒い炎を雨あられと浴びせてくる。
「パトリック、何か手は思い浮かびますか?」
「うーん……。増援は厳しいみたいだねえ。中途半端な増援が来ても、やられ役を増やすだけだし」
そうね。唯一の対抗策であるアリシアが駆けつけてくれる可能性は低そう。残りのディランたち専用機持ちは地上で避難誘導を頑張ってくれている。警備騎士団の魔導機が来ても、ヴァーミリオン隊だかの二の舞でしょうね。
「よし。こうなったら合体しよう、合体!」
「はあ!? 合体ってどの合体ですか!?」
「どのも何も、君とアリシアがしていた合体だよ」
あ、そうですわよね。私ったらお恥ずかしい。オホホ。
「――って、ええ!? パトリックの機体と私の機体で!?」
「そうだよ。僕達の機体とレイナの機体の合体。一応組み込んであるってエイミーが言っていたけどなあ」
そんなの知らない聞いてない。でも思い返せば、細かい説明はいいからって言った気もする。というか僕達ってことは、めちゃくちゃ合体パターンあるんですの? 大丈夫? ロボ物詳しくない私でも、いくつかお蔵入りするパターンが読めるわよ?
「わわっ!?」
そんなこんなを喋っている間にも、〈ワルキューレ〉の黒い炎は益々激しさを増してくる。まるで憎しみが加速しているみたいだわ。
「わかりました、合体しましょう!」
「了解! 合体フィールド形成、合体開始!」
瞬間、先日のアリシアの時と同じように、赤青黄その他色とりどりレインボーな光の渦が巻き起こり私たちを包み込んだ。白銀の騎士を思い浮かばせるパトリックの〈ブライトスワローV〉が、ほどけるように分解し、〈ブレイズホークV〉の各部に装着されていく。
それはいつも通りと言って良いかもしれないけれど、出来上がっていくフォルムはまるで別物だ。銀色の装甲をまとった〈ブレイズホーク〉は、まるで戦場で輝く女騎士の様になっていく。最後に操縦ブロックが合体して、私の後ろにパトリックが現れる。
「名乗りはどうすればいいんですの?」
「いつも通りでいいさ。レイナ、君に僕が力を貸しているだけだ。思いついたままに名乗るといい」
「わかりましたわ。それでは!」
虹色の光を切り裂くように、鋼鉄の女騎士が現れる。あっちが戦乙女ならこっちも戦乙女よ! いま私とパトリック、二人の力が合わさる……!
「合体完了! 超剣術合体〈グレートブレイズホークV〉!」
私もパトリックも、常に先陣を切ってきた。常に先頭に立ち、みんなを引っ張り、護ろうとしてきた。それこそがノブリスオブリージュ。高貴なる者の義務と思ってきたからだ。それが今、形になった。私とパトリックはこの機体で、この混迷の時代を切り開く!
「さあレイナ、共に進もうか!」
「ええ、パトリック。私たちの力、見せつけてやりしょう!」
読んでいただきありがとうございます!




