第206話 エレメンタルマスター
今回はディラン視点です
「退いてくれるということはありませんか?」
立ちふさがる二人に問いかけてみる。共に戦場で戦ったシリウス教諭は元より、クラリスも幼いころからの知己だ。戦わないにこしたことはない。
「ディラン、お前に退けない理由があるように俺達にも引けない理由がある」
「申し訳ございませんが、お嬢様から言いつかった用件を途中で放棄するわけには参りません」
そうか。まあそうだろう。ここで引くぐらいならば最初から反逆者の汚名は着ない。ならば――、
「……わかりました。我が名はグッドウィン王国第二王子ディラン・グッドウィン! 我が名と我が剣〈ストームロビンV〉を恐れぬのならかかって来い!」
「良く言った! 行くぞ《双嵐砲》!」
先手必勝ということか、シリウス先生のカスタム機が先陣を切ってくる。そしていきなりの得意魔法《双嵐砲》だ。手に握る二本の剣からそれぞれ嵐が伸びてくる。
「読めています!」
予想通りだ。鋭い一撃だが、僕は難なく回避に成功する。
「まだまだ!」
「――! 轟け〈ロアオブサンダー〉!」
二本の竜巻を割るように、シリウス教諭の機体が剣で斬りかかってきた。僕は腰から〈ロアオブサンダー〉を引き抜き、剣の形にして対応する。
「迸れ稲妻よ! 《雷霆剣》!」
二本の剣を同時に受け止めることなど、この自在の剣〈ロアオブサンダー〉には造作もないこと。防御から攻撃へと転じ、自慢の魔法《雷霆剣》を放つ。激しい電撃にシリウス機はたまらずといった感じで後方に飛びのいた。
「強くなったな、ディラン」
「ありがとうございます先生」
読みやすいシンプルな攻撃だとは思ったが、やはり小手調べだったか。さて、次はどう出る? サポート役のクラリスと連携攻撃を仕掛けてくるか?
「もっとお前の成長を楽しみたいところだが、悪いがお別れだ。お前の相手はクラリスさんがする」
「……は?」
「そのままの意味だ。俺はレンドーン公爵から前線の指揮を預かっている。こんなところで騎士道精神に基づいた名誉の対決なんてしているわけにはいかない」
まあ当然の話か。僕が戦端を開いて以降、僕が率いている部隊は副官の指揮により攻撃を開始している。レンドーン側はこちらよりも戦力が乏しい。実戦経験豊富な指揮官であるシリウス教諭を遊ばせておく理由はないのだろう。
「それではな、ディラン。クラリスさん、どうかご無事で」
「ええ、シリウス様も」
本当に行ってしまった。あの機動力を活かして複数の戦場を管轄する指揮官機を落とす方が理にかなっているが、あれだけ爽やかに去られると追撃するのも気が引ける。
「というわけでディラン殿下、ここからは私がお相手です」
「え、ええ……」
やりづらい相手だ。相手はレイナが実の姉の様に慕う女性。剣で斬りかかるというのもどうだろう……。
「僭越ながら、こちらから行かせてもらいます。《火球》!」
「――ッ!」
すんでの所で回避に成功するが、中々強力な一撃だった。この威力、今まで知る由もなかったが彼女の得意属性は火か。
「もう一度、《火球》!」
「効きませんよ! 《水の壁》!」
火の魔法は水の魔法に妨げられる。クラリスの魔法は僕が発生させた《水の壁》によって防がれた。
「ならば《棘の蔦》!」
火属性ではダメだと悟ってすぐさま地属性の魔法に切り替えてきたか。《水の壁》を貫いて襲ってくる《棘の蔦》を、僕は弾くべく剣を振るう。
「こんなのもの! ――!?」
弾いた《棘の蔦》の威力が思ったよりも高かった。僕とてこの年になるまで、訓練実戦を問わず多くの相手と戦ってきている。それらの戦いの中で得た経験を参考に、撃ってきた魔法の威力で敵の力量を見極めることができる。
例えばクラリスが最初に放った《火球》。あれはかなりの実力者の得意属性魔法と判断できる威力だった。そうなれば当然、彼女の得意属性は火と推定されるだろう。
しかし今しがた弾いた地属性魔法《棘の蔦》。これもまた実力者の得意属性魔法と言って良い威力だった。まさかレイナ並に魔法の威力がずば抜けているということはないだろう。ならば稀にあると言う二つの得意属性を持って生まれたということか? 考える僕に、クラリスの追撃の魔法が飛んでくる――。
「《暴風竜巻》、《激流葬送》、《断罪光波》、《暗黒触腕》!」
「――な!? うわあああああああああ!」
あまりの動揺に、迫りくる四つの魔法をもろに食らってしまう。いま撃ち込まれたのはそれぞれ風、水、光、闇属性の上級魔法だった。そんな馬鹿な……!
通常上級魔法は、魔法の才能に恵まれた者が訓練をして自分の得意属性の上級魔法をやっとコントロールできるようになるものだ。”万能の天才“と称される僕でも、得意属性の風を含めて三つの属性の上級魔法をやっと使える。その上ひとつはコントロールが未熟だ。
だがいま、クラリスは四つの属性の上級魔法を使ってみせた。しかもその一つ一つが正確無比なコントロールで、申し分ない威力だった。こんなことがありえるのか?
僕はまず彼女の得意属性を火だと思った。けれどすぐに地との二重得意属性の可能性を考えた。そこに残りの四属性の上級魔法だ。
「クラリス、あなたの得意属性はいったい何なのですか……?」
自然と口から出た疑問だった。正直油断していた。僕が知り合いの女性ゆえに手加減をするだろうと踏んでここに配置されていたと思っていた。いかにレンドーン公爵が選りすぐったメイドといえども、戦場に立つのは荷が重いだろうと考えていた。
だが彼女は、確かな実力を持って僕の前に立ちふさがっている。そして僕は彼女の強さにまったく対応できていない。
「私の得意属性……で、ございますか」
いつも僕やレイナの問いかけに答えるように、クラリスは静かに口を開いた。
「端的にお答えするなら、全てです」
「……は?」
「六属性全てという意味です。私の得意属性は、火、水、地、風、闇、そして光。その全てがいわゆる得意属性と判別されると申し上げております」
「馬鹿な!? そんなこと聞いたことありません!」
「幼い時より旦那様――レンドーン公爵様に口外無用と言いつかっておりました。普段は火属性などと言っております。天賦の全属性使い。それが私です」
そんなことがありえるのか? いや、二つの得意属性を持って生まれる人間がいる以上、六つ全てを得意属性として生まれる人間がいても不思議ではないだろう。もっとも、天文学的な確率だと思うが。
得意属性とは神と人との関りだ。人間は皆大なり小なり魔法力を持って生まれる。その中で、もっとも自分と結びつきの強い神の司る属性が得意属性になるという。つまり生まれつき全ての属性が得意ということは、全ての神と結びつきが深いと言うことになる。
「貴女は世界の全てに祝福されて生まれたとでも言うのですか?」
「私は決してそうは思いません。事実として、私の両親は私の幼いころに殺されているのですから。私が全ての神の祝福を一身に受けているのだとしたら、そのような苦難は訪れていなかったでしょう」
「……すみません。配慮の足らない問いかけでした」
「いえ、お気になさらず。その後レンドーン公爵や、なによりレイナお嬢様と出会えたことは、何より私が幸運と思うところですから」
そう語る彼女の表情は見えないが、言葉は喜びに満ちている。それだけ主従の関係は強い。
「そうそう、お嬢様が私のこの能力をしてこう称されたことがあります。『クラリス、あなたはこの世界にとってのメアリー・スーよ』と。殿下はなんのことかご存氏でしょうか?」
メアリー・スー。恐らく人名だろうが、心当たりはない。
「いいえ、僕にはさっぱり。ご教示願えますか?」
「申し訳ございません、私にも何のことかわからないのです。ただお嬢様はこうも仰っていました。『メアリー・スーだからこそ、王子様にだって勝てる可能性がある』と。そう信じてくださる以上、私はお嬢様のメイドとして負けるわけにはいかないのです」
クラリスの回りにまた魔力が集まりだす。集まって可視化された魔力が、皮肉にもメイド服の様に見えて苦笑する。
だがこの相手に手加減だとか言っている場合じゃない。目の前の相手はメイドではなく、レイナが送り込んだ最強の刺客だ。であるならば、全力で当たらないと礼を失するというもの。僕はそう思い、腰から剣を抜く。
「改めて名乗らせて頂きます。レンドーン公爵家“紅蓮の公爵令嬢”レイナお嬢様側付きメイド、”天賦の全属性使い”クラリス。お嬢様の命を受けて、第二王子殿下のお相手を務めさせていただきます!」
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