第203話 逃避行
冒頭のみウォルター・トラウト(ルーク父)視点です
妻の姉の夫。つまり、義理の兄でもあるジェラルド王の呼び出しを受けて、私――ウォルター・トラウトは胸騒ぎを覚えていた。
密かに王宮へと参上するように。使者が告げた言葉が意味することは一つ、他の貴族達に感づかれてはいけないような話をするということだ。
今までもこういった事はたびたびあった。
他国へと工作を行う時、国内不穏分子の調査、そして粛清。
義弟として、そして宮廷魔術師として深く信頼してくれるのは嬉しいが、私の本質は魔法研究の徒でありこういった血なまぐさいことはどうにも苦手なのだ。
私が王宮の奥の間へと参上した時、何人かの人物がもう集まっていた。
アデル侯爵など我が国の政治の中心にいる人物に加えて、最近の王の寵臣である若いビアジーニ子爵もいる。当然その中心にはジェラルド王がどっしりと座っていた。
「失礼、遅れましたかな? ……いや、まだレンドーン公爵がお見えではないようだ」
ぐるりと見渡してみても、レンドーン公爵レスター殿が見受けられない。いかなる密議でも当然彼は呼ばれてしかるべきだろうし、普段は早めに参上するのに今日は珍しく遅いんだなという感想を抱いた。
「レンドーンは来ぬ」
国王陛下が静かに口を開いた。反射的に「レンドーン殿は何か火急の要件ですかな?」と疑問を口に出してしまいそうになるが、机の上に置かれた書類に書かれた言葉が目に入った瞬間思いとどまる。
「陛下、おそろいのようなので始めてもよろしいでしょうか?」
「うむ」
なぜか仕切っているのはビアジーニ子爵だ。私はそれに激しい違和感を覚える。
「では始めさせていただきます。まず結論から申し上げますと、レンドーン公爵とその一党に反乱の兆しありです」
心臓が氷ついた気がした。
☆☆☆☆☆
るんるんるーん、今日も良い天気~♪ 秋晴れとはこの事ね。
さあ秋と言えばいろいろあるけれど、一番大事なのは食欲の秋よ。
心配なことはいろいろあるけれど、美味しいものを食べて元気を出すんだから!
「それにしても……」
なんか今日は学院の雰囲気がおかしい気がするわ。なんというか……私避けられてる?
いえ、以前から廊下を通るときにサササーっとみんなどいたりしていたんだけれど、それも畏敬をもった避け方って感じだった。
でも今はなんか触らぬ神に祟りなし的な? 毒針持っているから触らないようにしよう的な?
――ま、いいか。私はとるに足らない事と片づけて、お料理研究会の部室へと向かった。
「おっはよー!」
勢いよく部室の扉を開ける。中にはサリアの他に十人ほどの下級生。
「お、おはようございます……」
あれ、いつもはみんな元気良く返してくれるんだけれど?
ヒーローショーみたいに「あれれー? みんな元気ないぞ~?」的な茶番を挟んだ方が良いのかしら?
「あれ、みんなどうしたの? 元気ないみたいだけれど……?」
「レ、レイナ様……」
「何かしらサリア?」
ちょっとちょっとと言った感じでサリアが私の袖を引っ張る。何かしら? 内緒の話?
「あの噂、よろしいんですか?」
あの噂ってどの噂よ? 妖怪お庭にクレーター女とか? 怪奇タコ焼きを焼くドリル令嬢とか?
「レンドーン公爵が、謀反の疑いで誅殺されるとかされないとかの噂ですよ!」
「むほん? ちゅーさつ?」
「反乱を起こそうとしている疑いで処刑されるってことですよ!」
お父様が反乱!?!?!? そんな馬鹿な!?
むしろ私はこの前、病み上がりながらも仮面の一団のアジトを吹き飛ばしたばかりだ。感謝されることはあっても処刑される理由はない。
「は、初めて聞いたわよ!?」
「一般寮だと昨晩から噂になっています……」
「な、なんでそんなことになっていますの!?」
「なんでも、賊のアジトからレンドーン公爵とのつながりを示す文書が見つかったとか、レイナ様がそれを隠滅するために証拠ごと吹き飛ばそうとしたとか、夏休みの一件も外国勢力と繋がっての自作自演だったとか、とにかくもう沢山噂が……!」
そんな馬鹿な。まあ確かにアジトごと魔法で吹き飛ばそう的なことは言ったけれど、それはさっさと終わらせたいからで証拠隠滅も何もない。
「アリシアなんて馬鹿な噂を流すなとカンカンで、朝から学院中で注意しまくってますよ」
アリシア、なんて良い子かしら。さすがはヒロイン。
「失礼する」
わけのわからない噂の話に動揺していると、部室の扉が開いた。
入ってきたのはリオと他二名の生徒。確か生徒会の面々だ。
「リオ、何の用なの?」
「ああ……、今日はその……、生徒会の用事で来たんだ……。代表のサリアは居るな」
妙に歯切れが悪い。いつもの単純明快なリオじゃないことは確かだ。
彼女は傍らに控える生徒に、まるで黄門様の印籠のように何かの書状を掲げさせた。学院の紋章が描かれている、何かの正式な書類だ。
「エンゼリア王立魔法学院生徒会長として通告する。お料理研究会は無期限の間、一切の活動を禁止する! それに加えて部室、与えられた予算も没収だ!」
活動禁止!? なんでどうして!?
「何言っているのよリオ、理由はなんなの!?」
「むしろ私が理由を聞きたいよ。これは王命だ。お嬢、一体何をやらかしたんだ?」
王命――つまり王様の命令ってこと?
「禁止理由はこの書状にある通り……『不逞分子の思想を広める団体である為』、だとさ。お嬢はそんな過激な料理をしていたのか?」
「馬鹿言わないで、食中毒だって出しちゃいないわ! そんなわけないのリオも知っているでしょ!?」
「そりゃあ、そうだけど……」
「そうよディラン! ディランはどこ!?」
王様はつまり王子であるディランのお父様だ。ディランに聞けば何かわかるはず……!
「ディラン殿下なら昨晩、急な呼び出しで王都へ。ルーク様やライナス様、それにパトリック様も。騎士団に縁者がいる子曰く、戦支度に入ったという話もあります」
答えてくれたのはサリアだ。
……みんなが王都に? そして戦支度……もう既に反乱の噂は噂と言う範囲を超え、お料理研究会の無期限活動停止という形で実体となった。つまり戦支度という話も、単なる眉唾なんかじゃなくて――。
「エイミーも昨晩王都に召集されたみたいだよ。朝起きたら手紙が置いてあった」
「エイミーまで? そんなのもう、魔導機を動かす準備をしていると言っているようなものじゃないの……!」
「付け加えるならシリウス様――教諭もです」
「クラリス!」
いつの間にか部室の入り口にクラリスが立っていた。
その後ろにはピョコピョコと見えるルビーとルイ。
「旦那様より、至急レイナお嬢様、ルビーお嬢様、ルイお坊ちゃまをレンドーン領へと連れて帰ってくるように連絡がありました。街道を封鎖する動きがあります。至急ご支度ください」
「お父様が……?」
それが意味することは少なくとも一つだけ確かだ。レンドーン家に危機が迫っている。
☆☆☆☆☆
「レイナお姉様、私たちどうなるんでしょう?」
「大丈夫よルビー。安心なさい」
激しく揺れる馬車の中、珍しく弱気のルビーを勇気づける。
エンゼリアから出るのは案外スムーズにいった。誰も生身最強の私を無理して止めようとしなかったからだ。
というわけで私たちは一路、レンドーン公爵領への道を急いでいる。
ほとんど着の身着のまま。荷物の大半は学院に置きっぱなしだ。
「お嬢様、前方の街道が封鎖されています。強行突破をしてよろしいでしょうか?」
「話を聞いてくれるって雰囲気じゃないのよね? わかったわ、私が魔法を撃ちこむ」
私は馬車の外に半身を出すと、前方を見据える。
十数人いる兵士は既に杖をこちらに向け、剣を構えている。剣呑な雰囲気だ。
「じゃあ封鎖を打ち破って、手前の足元を爆発させる感じで――あれは、魔導機!?」
封鎖を構成しているのは生身の人間だけじゃなかった。魔導機だ。王国の主力機〈バーニングイーグルⅡ〉がいる。しかも二機。
「お嬢様! いくらお嬢様でも魔導機の相手は無理です!」
「わかっているわよ……!」
わかっている。生身の私の火力じゃ、魔導機の強固な魔術防御は撃ち抜けない。不意打ちで一機行動不能にできても、二機目にやられる。どうしたらいい? 投降した方がいいかしら? いえ、でも状況がわからない以上――。
「直上からもう一機!」
「なんですって!?」
見上げると、曇天を切り裂き上空から接近するもう一機の魔導機。これは……詰んだかしら? その魔導機は、両手に剣を構えて魔力を込め――、
「《双嵐砲》!」
二つの竜巻を放って、前方のバリケードごと二機の魔導機を蹴散らした!
「その声、その魔法!」
『そうだ。俺だよレイナ! 大丈夫ですかクラリスさん?』
シリウス先生、助けに来てくれたのね!
曇りだったから機体カラーがよく見えなかったけれど、あの魔導機はシリウス先生専用の機体だ!
「シリウス様はどうしてこちらに? 王都へ向かったのでは?」
『とんでもない情報を耳にして戻ってきました。投降してはダメです。殺されます!』
殺される!? もうそのレベルで後戻りできない状況なの!?
投降という選択肢を選ばなくて良かった……。
『俺がエスコートします。とりあえずレンドーン公爵領へ向かいましょう!』
何が起こっているのかさっぱりわからない。
私たちは不安に押しつぶされそうになりながらも、西へと向かった。
読んでいただきありがとうございます!




