第1話 顧客が本当に望んだもの→現実の運用
よろしくお願いします。
”☆☆☆☆☆”は場面転換です
「疲れた……」
今日も終電に揺られての帰宅だ。私の花の二十代は、満員電車と残業で消費されていく……。終わらない残業、セクハラパワハラの禿上司、クレームばかりの顧客。全てが嫌になるわ。
「寝たい。明日は久しぶりに休みだし、ゲームしよ……。ウヒヒ」
唯一の癒しはゲームだ。中でも今ハマっている乙女ゲーム、「マギカ☆キングダム~恋する魔法使い~」通称マギキン。早くあれのスチルを全回収しないと。
ウヒヒ。あの神ゲーのことを思い浮かべると、親に不審者っぽいからやめろと言われた怪しい笑みが漏れてしまう。もういっそのことゲームの世界で暮らしたい……。
あと少し。アパートの階段を上って、家に帰れば眠ることができる。
「――あっ」
疲労が限界だった私は足を滑らせ体勢を崩し、次の階段を踏みしめることなく身体が宙に浮いた。妙にゆったりとした時間の中、すごく痛いんだろうなあと他人事のように思える。
せめてマギキンのスチル残り四枚をコンプしたかった……。
そう考えたのが私のこの世界で最後の記憶になった――。
☆☆☆☆☆
「――きなさい!」
ん? 私の事を呼ぶのは誰? お母さん?
実家に帰った記憶はないのだけれど……。う~ん、……あと五分……。
「いいかげん起きなさい! 仕事が進まないじゃな~い!」
「うわっ! ごめんなさいお母さん!」
「誰があんたのお母さんよ! 私は女神よ~! め! が! み!」
――女神。
そう私の目の前で自称する彼女は、よく言えばパリピ、悪く言えば遊んでるっぽい。あんまり女神っぽいイメージじゃないし、私的にはお友達になれそうにない見た目。
「その女神様が私に何のようで……?」
「いい? 面倒だから取り乱さないでね~。あなたは死にました」
あっ、そっかー。私は死んだのだ。アパートの階段で足を滑らせて、
――池田屋事件!
くだらない事を考える余裕があるくらい、自分でも驚くほどに冷静だ。
「あら、意外に冷静ね? あなたは他の人より人生を楽しめずに死んでしまったの。そこで哀れに思った神達が、そういう人を望みの世界に転生させているってわけ」
――転生!? しかも望みの世界に? それって最高じゃない!
前世の私は、コンクリートジャングルですり減るように一生を終えてしまった。じゃあ来世は、牧歌的な感じでスローライフを!
あっ、でもせっかくだし大好きな乙女ゲーム「マギカ☆キングダム」の世界に行ってみたいな。魔法だって使ってみたいからね。
「えーっと、女神様。ゲームの世界ってお願いできますか?」
「ゲーム? あなたたちって、ほんとゲームの世界に入りたがるのねえ~」
「ウヒヒ、せっかくだし私のお気に入りのゲームの世界が良いかなって……」
「大丈夫よ~、この私にま~かせなさい! あなたの記憶をたどって、お気に入りの世界に転生させてあげるわ~」
やった、これでファンタジーな世界で幸せスローライフ確定! 毎日のんびり暮らして、裕福ではないけど明るい家庭を築くんだ。
「それじゃあ、新しい人生楽しんでらっしゃ~い!」
女神がそう言った途端、私の身体が輝き光りだす。
「待って、私まだ要望伝えてない……!」
「大丈夫よ~。転生者の望みなんて、お金持ちの美人になってイケメンに囲まれたいとかでしょ~?」
「ち、違う――」
お金持ちじゃなくていい。イケメンに囲まれなくてもいい。私はただ平穏に過ごしたいだけよ!
「あっ、優しい私はついでに魔力マシマシにしといてあげるわ~。どんな敵も一網打尽よ~!」
……敵? 私の思い描いていた幸せスローライフに敵なんていない。
「ちょ、ちょっと私の話を――」
「それじゃあ頑張ってね~! 私は人間界のイケメンチェックがあるから~」
イケメンチェック!? そんなことより私の話を聞きなさいよ!
「じゃあね~」
「ほんと話を聞きなさいよ!? このおとぼけ女神いぃぃぃ―――――――――っ!!」
☆☆☆☆☆
「あなた達もっとテキパキできないの!? 今日は私の十歳の誕生日。魔力測定の日なのよ!」
「も、申し訳ございませんレイナお嬢様!」
本当にグズグズして困るわ。これだから下等な人間は……。今日はこの私、レイナ・レンドーンの輝かしい十歳の誕生日なのに。
この”グッドウィン王国”では、十歳の誕生日に魔力の測定を行う。それで進学できる魔法学校が決まり、ひいては将来の人生が決まると言っても過言ではありませんわ。
私が行きたい――いえ行くべきなのは、もちろんこの王国最高峰の”エンゼリア王立魔法学院”!
栄誉あるレンドーン公爵家に連なる私には、当然絶大な魔法の才能があるはず。約束された栄光ですけれども、一応決まりですし検査を受ける必要がありますの。
「お嬢様、大広間にて準備が整ったようでございます」
「やっと? まあいいわ、ご苦労クラリス」
「はいお嬢様。本日はお祝いの花火魔法を打ち上げるために、”魔導機”も準備いたしております」
使えないメイドたちだけど、この専属メイドのクラリスだけはそこそこ使えるわ。いつも無表情なのが面白みないですけれどね。
私が広間に向かうと、既に大勢の人が水晶の周りで待っていた。
お父様、お母様、叔父様を筆頭にレンドーンに連なる血筋の方々、傘下の貴族達。そして、この国の王子たるディラン・グッドウィン様。文武両道、容姿端麗の第二王子。あのお方のお心を射止めるのは、家柄も魔法の才能(予定)もある私に決まっている。
「レイナ、ディラン殿下もお越しになっていられるけれど、緊張してはいけないよ」
「心配し過ぎですわ、お父様。このレイナ、殿下の前で必ずや最高の結果をもたらします」
私は心配性のお父様に笑顔で返すと、水晶の前に立つ。
「これに手を置いて、魔力を込めればいいのね?」
「さようでございますお嬢様」
そう、と短く測定係の魔法使いに返し、私は右手を置いて魔力を込めた。
――はっ!?
ええー、何コレどういう状況!? ブラック企業に勤める私が貴族ぅ!? というかこの金髪ドリルで縦ロールの私って――、
――「マギカ☆キングダム」の登場人物で、悪役令嬢のレイナ・レンドーン!?
……なんでこのタイミングか分からないけれど、私の前世の記憶が戻った。しかも私が望んでいたスローライフな感じじゃないし。
レイナ・レンドーンはマギキンのライバルキャラだ。
庶民ながらも素晴らしい魔法の才能を認められた主人公、アリシア・アップトンにしつこく嫌がらせをする。そしてエンディングでイケメンキャラと結ばれたアリシアとは対照的に破滅を迎える、というのが悪役であるレイナ・レンドーンのマギキンでの役回りだ。
あのおとぼけ女神、私の話全然聞いてないじゃない!
というかこれは魔力測定の場面!? まずいわ! 基本的に貴族や王族は魔法の才能が高いこの世界だけど、レイナは貴族なのに魔力がほとんど無いキャラ設定なのだ。それが平民なのに素晴らしい魔法の才能があるアリシアをいじめる理由だったわ。確かエンゼリア魔法学院には裏口入学だった設定のはずよ。
つまりこの場面で由緒あるレンドーン公爵家の恥をさらしたレイナは、親戚一同から罵られる! いきなりそんなテンション下がるシーン……。なんたる貧乏クジ!
「レ……! レイナ様!」
ほらきた。これから一族総出で罵倒の嵐でしょ? 私もプレイしながら流石にこの設定には同情したもの。
「素晴らしい魔力ですレイナ様!」
――え、今なんて?
興奮して喋る測定係の魔法使いの言葉がよく分からない。
「素晴らしい魔力と言ったのですレイナ様! 今年一番、いや王国一の魔力量かもしれません!」
ええー!? レイナは魔力がほとんど無いって設定のはず、それが王国一? なんで、ここはゲームとは違う世界だから?
――いえ、待って。
『ついでに魔力マシマシにしといてあげるわ~』
あの女神の仕業ね! しかしこれはグッジョブと言わざるを得ない。レイナに転生したことでの問題が一つ消滅したわ!
「素晴らしいよレイナ! 君は私の、いやレンドーン一族の誇りだ!」
「……ほ、褒め過ぎですわお父様。わ、私照れてしまいます」
「褒め過ぎということはない栄誉だよレイナ。ほら、早く我が娘の才能に祝福の花火をあげようじゃないか」
お父様の命に従って使用人が走っていく。とりあえず転生したことは気づかれてないみたいね。上手く立ち回らなきゃ。
「驚きましたレイナ嬢。素晴らしい才能の持ち主でいらっしゃいますね!」
「こ、これはディラン殿下! お褒めの言葉ありがたき幸せに存じます……」
「そう硬くならないでくださいレイナ嬢。お誕生日おめでとうございます」
マジ☆キン攻略キャラの明るい笑顔が似合う男、ディラン・グッドウィン王子その幼き日! 眼福だわ。実に眼福ものね、ウヒヒ。
――は!
でもディランルートのグッドエンディングでは、アリシアに対して意地悪放題だったレイナの悪行と虚偽を暴露し、逆上したレイナに不敬罪で国外追放を言い渡す張本人。
レイナに転生した私にとっては、アリシアのグッドエンドは私の人生のバッドエンド。攻略キャラに対してうかつに気を許してはいけないわ。
「準備整いました! お庭にどうぞ」
「さあ、お庭に行きましょうレイナ嬢」
「ええ!? ええ、ディラン様」
ナチュラルに手を差し出してきたので、思わずエスコートされてしまった。ディラン王子は明るくて裏表のない性格――のはずだから大丈夫よね?
でも魔法ってどんな感じだろう? 楽しみ! せっかくファンタジー世界に転生したのだし、早く私も使ってみたい。
☆☆☆☆☆
……えっ?
「《花火》よ天に咲け!」
魔法使いの呪文と共に、一筋の閃光が空へと放たれた。
ドーンドーンと夜空に花が開く。
それはいいのよ。だって花火は綺麗だし。
問題はそれ以外にある。
「やっぱり魔導機による魔法は大迫力ですね」
花火に照らされるディラン殿下のお顔は美しい。そのお顔を眺める余裕もない私は、茫然とそばに立つ巨大な物体を見上げる。
魔法を放ったのは人ではなかった。厳密には人が放っているのだけれど、生身という意味ではないわ。
魔導機。
全長十メートルほどの巨大な鉄の鎧――いわゆるロボットが夜空に魔法という名のビームを放った。これが先ほど私が見た光景の正しい表現である。
「ずいぶん驚かれているようですが、レイナ嬢は魔導機を見るのは初めてですか?」
「……ええディラン様、初めて見ましたわ。私ったら驚いてしまってお恥ずかしい……」
ええ、初めてですよ!? だってこんなSF染みた物の設定、剣と魔法の世界の「マギカ☆キングダム」にはないもの! 戦闘のミニゲームはあったけど、こんなロボットもビームも存在しないもの!
私のマギキンにいらん設定を加えちゃって! あのおとぼけ女神いいいぃぃぃ―――――――っ!!!
ξ゜∇゜)ξ<読んでいただきありがとうございます!
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