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紅蓮の公爵令嬢  作者: 青木のう
第1章 Reincarnation~望み~
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第18話 リオにとっての自由

今回はリオ視点です。

 ミドルトン男爵の庶子の私――リオ・ミドルトンが、生まれてから父と生活を共にしていないことに疑問を抱くのにそう時間はかからなかった。


「大丈夫。お父様は私もあなたも愛してくださっているから」


 私が小さいころから自分の母親が繰り返すこの言葉を、私は呪いの様だと思っていた。

 だってそうだろ? 本当に愛しているのなら王都の別邸に住ませるなんてマネするか?


 気持ち悪い。女を飼うようなマネをしている父親、根拠の無い言葉で精神を保つ母親、それらを許す()()()()()、そしてその貴族として飯を食う自分。


 十歳の私には、それらのすべてが醜く気持ちの悪い物に感じられた。

 ()()()()()はまるで私の心を縛る鎖だ。



 ☆☆☆☆☆



 屋敷にいる時の私は常に一人だ。母も含め、頼れる人間なんていない。

 そんな()()()()()のような扱いを受ける私は、街に出るのが好きだった。


「カルナ、次は何して遊ぶ?」

「えっと次は――」


 私はとりわけ貴族の屋敷が立っている区画よりも、治安が悪いので近づくなと言われるような平民街でも下層の所で遊んでいる。


 屋敷を抜け出し平民の着るような服を着て、平民の子どもたちと一緒に遊ぶ。家名を出さず、偽りの名を名乗る。ここでは誰も私の事を貴族の娘とは扱わない。


「カルナの姉ちゃん、明日のお祭りは来られるの?」

「ああ、明日も遊びに来るよ」


 偽りの名を名乗るたび、生活が苦しいという話を耳にするたび、私は心がチクリとする。

 所詮私は貴族の娘。偽ることでしかここには居られないのだ。


 なら私は貴族という身分が居場所か?

 それもわからない。


 ある程度の教育は受けさせられるが、私はパーティー等で他の貴族に紹介されたことはない。

 恐らく父にとっても()()()()()なのだろう。



 ☆☆☆☆☆



 祭りの日。私がいつものように街へと出かけると、()()()()たちがいた。


 平民街の下層には()()()()は沢山いるが、こいつらは纏っている空気が危険だった。いつもはそういう連中は無用なトラブルを避ける為に避けて通るんだけど、今日は何か胸騒ぎがして後をつけてしまった。


「やめろ! 助けて!」

「大人しくしろ!」


 男たちが入った路地から叫び声を聞いて急いで駆け付けると、昨日私に別れを告げてくれた男の子が男たちに捕まっていた。


「やめろ! そいつを放せ!」

「なんだこのガキ!?」


 私は近くにあった棒きれを握って突進した。

 武門の家柄のミドルトン家の者としてある程度鍛え上げられた事と、日々平民街で喧嘩をしていたので腕に自信はあった。けれど体格差と人数差には敵わず私も男たちに捕まってしまった。


「こいつも馬車に放り込んどけ!」



 ☆☆☆☆☆



 揺れを感じて起きると、馬車の中だった。

 おそらく人さらいに連れて行かれているのだろう。隙間から外を見ると、既に王都市街からは離れているようだった。


 しくじったな……。私の魔法はこの状況を打開することはできない。

 馬車の中を見渡しても、他は年下のチビばかりだ。何とかしてやりたいが打つ手がない。


 その時、ごろんと転がって私の足に当たったものに気が付いた。

 年は私と同じくらい。服装を見る限りどこかの貴族の子女だろう。


 ラッキー! こいつなら状況を脱する魔法を使えるかもしれない。


「おい、起きろよ」


 手は縛られているので満足に使えない。身体全体で揺さぶり起こす。それでも起きないので頬をつねってやった。


「いいかげん起きろってば」

「うわあ!? クラリス、頬をつねるのはやめなさいよ!」


 寝ぼけた事を言いやがって。ほんとに()()()は使えるのか?


 起きた貴族の娘は自分のことをレイナと名乗った。

 誘拐されているのに気付いて驚きはしたが、みっともなく泣き出さないあたりそれなりの矜持(きょうじ)はあるのだろう。


「おいレイナ、その服装から見るにあんた貴族だろ? ……というかレイナって名でその髪型の貴族って、あんたレイナ・レンドーンか?」

「あら、私の名をご存じですのね。そうよ、私がレイナ・レンドーンです」


 おいおいほんとに噂のレイナ・レンドーンかよ。

 王国の金庫番レンドーン公爵家の一員にして、天賦の魔法の才を持つ娘。その名前は貴族事情に(うと)い私も噂に聞いていた。

 

 そのレイナなら魔法でどうにかしてくれるかと思ったが、すごく申し訳なさそうな顔で無理だと答えられた。噂で聞く限り傲慢(ごうまん)なやつと思っていたが、現実はそうではないようだ。


「おい、順番に降りろ。騒ぐんじゃねえぞ」


 やがて馬車はどこかの山中へと到着し、降りるように促された。もう夜も遅い時間だな。


 なんちゃって貴族の私のことは探されていないだろうが、レイナは違う。公爵令嬢が行方知れずとあれば、かなりの捜索隊が組まれているだろう。それに期待するしかない。


 そう祈るように考えていた時、レイナの叫び声が聞こえた。


「カルナ、ちょっとの間だけ私を支えて!」

「レイナ、解決策が思い浮かんだんだな。任せろ!」


 レイナは私の横に来ると、スカートがめくれるのも気にせず逆さになった。どうにもアホっぽいが今はこいつに任せるしかない。


「ようし、《火球》!」


 ひゅー、なんて威力。

 レイナが唱えた《火球》の魔法は私も知っている。

 けれど、目の前で放たれた《火球》はあまりにも大きな火の玉だった。


「あんた達を狙ったわけじゃないわ。私がここにいるってサインを打ち上げたのよ」


 こいつは狼煙(のろし)代わりにあの馬鹿みたいに大きい《火球》を打ち上げたのか!

 こいつ一人なら直接撃ち込むことも出来たはずだが、私たちを巻き込まないよう考えて……?


「ふふふ、残念だがここは山奥だ。お前の狙い通りにはならんよ」

「残念なのはあんた達みたいね! 来たわ!」


 そうか、レイナはこいつを呼び寄せたかったのか。

 夜空を切り裂いて飛んでくる魔導機は、文字通り救世主だった。


 その魔導機からメイドが飛び降りレイナと抱き合う。こいつは愛されてるんだな。

 降下した魔導機は、たちまち人さらい共を鎮圧した。



 ☆☆☆☆☆



「リオ様、お迎えでございます」


 そう呼びかけられて振り返ると、ミドルトン家の執事が馬車で迎えに来ていた。

 なんだ、どういう風の吹き回しだ?


「待ってくれ、レンドーン公爵令嬢に挨拶してくる」


 私がレイナの元へ行くとタイミングが良いと言っていいのかどうか、ちょうどミドルトン家の話をメイドとしていた。


「私だよ」

「カルナ! さっきは助けてくれてありがとう。……私だよっていうのは?」

「ミドルトン男爵令嬢ってのさ。私の本名はリオ・ミドルトン。一応男爵令嬢だよ」


 そこで私は自分の出自を隠さず話した。

 今回の件で私の身分は街の人に知れただろう。これ以上隠す意味もない。


「まああんたと会って、お貴族様もみんなクソ野郎ってわけじゃない事はわかったよ。じゃあ、またな」


 “またな”と言ったのは嘘かもしれない。

 レイナは良いやつだった。私の貴族に対するイメージが少し変わるほどに。

 けれど住む世界が違うレイナとは、もう会うこともないだろう



 ☆☆☆☆☆



 その事件から数日。私は街に出ることもなく屋敷に引きこもっていた。

 そんな時、レンドーン家から正式の訪問通知が届いた。


 何の用だとも思ったが、断るわけにはいかずに出迎えた。

 レイナはエイミーという別の貴族も連れ立っていた。


「私達はあなたとお友達になりに来たのよ」


 派閥に取り込みにでも来たのか、と警戒していた私には驚きの一言だった。

 私はずっと()()()()()という物に嫌悪感を持っていたが、話を聞いているうちにレイナたちが()()()()()という概念に囚われていないことがわかった。


「私、リオって素敵な名前だと思うわ。私はカルナじゃなくてリオに助けられた。だからリオとお友達になりにきたのよ」

「レイナ……」

「それにね、これは勘だけど私はあなたのお父様は、あなたのお母様を正妻の方に負けないくらい愛していると思うわ。もちろんあなたもね。でないと捜索依頼を出して、わざわざ迎えの馬車をよこさないでしょう?」


 もしかして()()()()()という鎖を私につけていたのは、ほかならぬ自分自身だったのか?


 もしかして父は本当に母を愛していて、別邸に住まわせているのはやむを得ない事情があるから? もしかして、もしかして、もしかして――。


 少なくとも、確かめるのを拒否していたのは自分だ。私は自分でつけた鎖を自分で外そうと手を伸ばした――。


「相談する友達が必要なのかもな。……レイナ、エイミー、こんな私で良ければ、仲良くしてもらっていいか?」


 それは自然と口から出た言葉だった。



 ☆☆☆☆☆



 次の日、決心ができた私はミドルトン男爵領の本邸を訪問した。父と話をするためだ。


「お久しぶりですお父様」

「リオ久しぶりだな。無事のようでなによりだ」

「今日はお聞きしたいことがあって来ました」

「聞きたいこと?」

「ええ、お父様は私のお母様を愛しておいでなのですか?」


 勇気を出して聞いた私の質問に、父は真剣な眼差しで語り始めた。


 私の母を愛しているということ。

 商家の娘である母との結婚直前にドルドゲルスの貴族の縁談の話が舞い込み、ミドルトン家の為にそちらと結婚したこと。

 私の母に別れを切り出したが、側室でもいいので結婚してほしいと言われたこと。

 正妻は気難しく一緒に暮らしていると何をされるか分からないので、王都の別邸に住まわせていること。


 聞いてみればすぐに答えてくれる内容だった。

 語り終えた父は「寂しい思いをさせていたのならすまなかった」と謝った。

 帰りの馬車の中、もう私の心に鎖はついていなかった。



 ☆☆☆☆☆



 エイミーに聞いてみたことがある。なぜレイナに“様”をつけるのかと。

 そうしたら彼女は「お友達ですけれど、個人的に信奉(しんぽう)しているので」と答えた。


 思えば一緒に遊び始めて、私もレイナの事を“お嬢”と呼んでいる。これも個人的な信奉なのか?

 まあでも、問題が少しは解決したのは伝えておこう――、


「そういえば、お嬢」


読んでいただきありがとうございます!

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