第135話 優しさに包まれて
遠征第一軍が壊滅した。敵の新兵器、もしくは大型魔法によるものだそうだ。
いやいやいや、何なのそれは……? ちょっと現実感なかったけれど、私ってとんでもないところに送られるんじゃ?
脳裏に浮かぶのは、前世で見た史上最大と言われる上陸戦を題材にした映画だ。ミリタリー的な知識はないから詳しくはわからないのだけれど、鉄の嵐が吹きすさぶ阿鼻叫喚の地獄絵図だったのは覚えているわ。これってそれ系の香りがするわよね。
やっぱり誰か変わってくれないかしら……?
☆☆☆☆☆
エンゼリアに別れを告げた私は、一度レンドーン公爵領の実家に立ち寄った。屋敷に帰った私をお母様は何も言わずギュッと抱きしめてくれ、夜には忙しい身のお父様も王都から到着された。
静かに。無言ではないけど、いつもの食卓より格段に静かに夕食を終えた。
お父様が自領へと帰ってきたということは、第一軍の壊滅と迫る第二軍の出発について、ある程度の意見が王国内で定まったということだ。私は夕食後、静かにお父様が話を切り出すのを待っていた。
そしてその時は訪れた。お父様はそれまで固く結んでいた口をゆっくりと開くと、私の瞳をじっと見据えて話始められた。
「レイナ、第一軍の話は知っているかい?」
「ええ、存じ上げておりますわ。ヒーニー卿の安否が心配です」
「そうだね。我が王国の諜報網が懸命に調査したところ、あれは敵の大型魔導砲台による所業らしい」
大型魔導砲台……。つまりなんらかの手段で、強力ビームをドカーンっと撃ってくるわけね。それは厄介極まりないわ。私の防御魔法で防げるといいのだけれど。
「その情報を受けて、私や陛下を始めとする王国首脳部は、第二軍の出陣を予定通り挙行。敵砲台の攻略を最初の任務とすることを決定した」
お母様のハッと息を呑む音が聞こえる。きっとお父様がこの話を切り出す瞬間まで、出陣中止の可能性にかけていらっしゃったのでしょう。お優しいわ。
「……わかりました。このレイナ・レンドーン、貴族としての義務をきっちりと果たし、武功によって名を上げ、レンドーン公爵家の名誉を高めて見せますわ」
お父様の報告に決まりきった文言で答える。それを聞いたお母様が、ひたひたと涙を流しながらも口調は優しく静かに話す。
「レイナさん、前も言ったけれど怖いなら投げ出したって良いのよ。別の人に行ってもらいましょう。貴女はこれまでも十分に貴族の責務を果たしているわ。仮に貴女が逃げ出して爵位を剥奪されても、私たちは貴女が無事ならそれでいいの」
お父様はお母様の発言を咎めることはしない。むしろ立場上同意する発言はできないが、その眼差しが気持ちはお母様と同じであると物語っている。
私の事を本当に大切に思ってくれている。優しくて良い両親に恵まれた。そうだとしたらなおさら――、
「お母様、大切に思ってくださりありがとうございます。ですが、私にはやらなくちゃいけない事がありますわ」
「貴女がやらなくちゃいけない事なんてないのよ。そんな思い違いをしなくてレイナさんは平穏に暮らしていてもいいの」
「いいえ、私がやらなくちゃいけない事ですわ。私は幸いにも魔力の才能を持って生まれました。その力で私の大切な人たちを護りたいのです」
正直、私の中には逃げ出したり代わってもらいたい気持ちはある。
けれど現実的に考えると、私ほど高出力の魔法を使いこなせる人はこの王国にはいないし、私ほど魔導機での戦闘実績がある人もいない。女神に言われたからじゃないけれど、私の好きなこの世界や大切な人たちを護るためには、私が行かざるを得ないのだ。
やっぱりこういう中途半端に背負い込む性格が、前世でブラック企業を退職せずに過労死した原因なのかしらね? でもまあ、私の頭ではこれ以上の選択肢を思い浮かべられないわ。
「お母様、ご安心ください。レイナはお父様とお母様の優しさを胸に戦い、きっと帰ってきますわ」
「レイナさん……。帰ってくる日は私の美味しい手料理で迎えてあげるわ」
「ウヒヒ、期待していますわね、お母様」
「レイナ、何か欲しい物、してほしいことがあったらいつでも何でも言いなさい」
「ウヒヒ、ありがとうございますお父様」
マギキンだとレイナのエンゼリアへの推薦入学も偽造するお父様の事だ。きっと本当になんでも手に入れてくれるでしょうね。うーんと、じゃあ前世の駄菓子……は無理よね?
☆☆☆☆☆
「クラリス、私って親不孝者かしら?」
その夜、私はクラリスに髪を梳かしてもらいながら尋ねた。
「そんなわけないでしょう。旦那様も奥様も、レイナお嬢様のようなご息女に恵まれて王国一の幸福です」
「ウヒヒ、そうかしら。私ってお父様とお母様の優しさに報いていると思う?」
「旦那様と奥様の優しさがお嬢様に届いているのなら、お嬢様が旦那様たちを想う気持ちもまた旦那様たちに届いていると存じ上げます。私は親子という物が良く分かりませんが、お嬢様たちを見ていると親子とはそういう物なんだと感じます」
そっか、そうなのかしらね。わけのわからない前世の記憶を持っている娘だけれど、ちゃんとお父様とお母様との家族に成れているのかな。
「ところでクラリス、もしかしなくてもあなたついてくるの?」
「当然でございますお嬢様。公爵令嬢たるもの、いついかなる時も気品を持って優雅に行動すべし。私が行かなければお嬢様の御髪は誰が梳かすのです」
やっぱりクラリスの意志はかなり固いらしい。出発前の最後の穏やかな日々は、そうやって足早に過ぎて行った。
☆☆☆☆☆
「最大出力で《光の壁》よ!」
飛んできた極太のビームを《光の壁》の魔法で受ける。激しい閃光が視界を覆うけれど、それに負けず前進する。
これで行けるかしら……?
いや、ちょっと待ってヤバイヤバイヤバイ……!
「くっ! 緊急回避!」
咄嗟に回避した私の判断は正しかった。《光の壁》はパリ―ンと割れてしまい、もといた空間は極太のビームに焼き尽くされる。
「こちらレイナ、防御魔法作戦は失敗。帰還するわ」
『かしこまりましたお嬢様。ご無事のお帰りを』
☆☆☆☆☆
敵の大型魔導砲台攻略を始めて数日。あらゆる手段を用いたけれど、未だ攻略の糸口はつかめていない。
分散しての接近、水中からの接近、パトリックの強化魔法を用いた回避戦術。私の長距離魔法狙撃での対抗、そして先ほどの防御魔法を用いての強硬突破。どれも失敗に終わった。
攻略を重ねる上で分かったことがある。敵の大型魔導砲台は、超超超超ちょーう大型魔導砲台だ。なんと旧アスレス王国沿岸部の街一個を改造して魔導砲台にしているみたい。そして周囲を守るのは大量の魔導機。まさに鉄壁の要塞だ。
「お疲れ様ですレイナ」
「ありがとうございますディラン。さっきの攻撃で何かわかりましたか?」
私が一人で突っ込んでいる間、他の皆は敵の分析だ。私の問いかけに反応したのは、ディランではなくルークだった。
「聞いて驚け。敵の死角が分かったぞ」
「本当なの、ルーク!?」
「ああ。敵の砲台の射角を調べたんだが、どうやらあいつは直上は放てないらしい。敵の天上半径数メートル、つまり魔導機一機分ちょいは敵の死角ってわけだ」
「すごいじゃない! それなら上から攻撃すれば……!」
「無理だレイナ」
「あら、どうしてですのライナス?」
「例え高度を上げても、接近すれば敵の直上にたどり着く前に撃たれるだろう」
あ、そっか。だから皆別にテンション高くないわけね。
「まあ、敵の砲撃が王国本土まで届かないのが幸いだよねー」
パトリックがお手上げといった表情で言った。
――!
そうだわ。敵の砲撃は無限に届くわけじゃない、ちゃんと射程の限界があるのよね。それがわかれば簡単よ。つまり私たちのとるべき方法は……!
「だったら敵の真上から攻撃すれば良いのよ!」
「だからそれは無理だと――」
「射程外から攻撃するのよ。つまり宇宙から! 水中もいけるんだからきっと魔導機は宇宙だって大丈夫なはずだわ。どうかしらエイミー?」
私は港まではついて来ているエイミーに尋ねる。空気とか気圧がどうにかなれば宇宙も大丈夫よね?
「レイナ様……」
私の予想に反して、エイミーはキョトンとした顔だ。エイミーだけじゃない、他の皆もだ。あれ、何か変な事を言ったかしら? 良い案だと思うんだけれど。
「レイナ様、宇宙ってなんですか……?」
「え……」
そこから――――――――――――――!!??
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