第112話 【急募】私の代わりに世界を救ってくれる方
大ドルドゲルス帝国は皇帝アンドレアス一世の号令の下、突如近隣三か国へと侵攻を開始した。攻撃に見舞われたジアント王国、ディエドルス王国、コルディー大公国はいずれも小国で、ドルドゲルスの強大な魔導機兵団の前になすすべがないという。
そんな小国家三国の内ジアント王国は、周辺の大国であるアスレス王国の庇護下にあった。なので当然アスレス王国はジアントへと救援を出し、ドルドゲルスとは全面対決の姿勢のようだ。
憎きドルドゲルスと対決する同盟国アスレスに、我が国からも援軍を派兵しよう。大義名分を得てしまった我が国の大陸派兵派の意見を、止めることはもはや能わない。大戦の兆しアリ。
以上が今朝お父様から届いた急報のおおよその内容だ。
――いえちょっと待って、……大戦?
おかしいおかしいおかしい。いえ、魔導機とかいうロボットが最初から闊歩しているのは置いておいて、さすがにおかしくない?
何で愛と魔法の乙女ゲームで突然戦争イベントが始まろうとしているの? 何度も言うけれど、マギキンってそういうゲームじゃないから。
『世界を歪めし者によって起きるはずのなかった戦いは起こり、死なぬはずだった人間が死んでいるのです』
脳内にあのおとぼけ女神の真面目トーンの時の声がフラッシュバックする。“起きるはずのなかった戦い”ってこのレベルなの!?
『激化する闘争、増える死者、エスカレートする奪い合い、不足する魂のリソース。行きつく果てはこの世界の終わりです』
つまりえっと……、このいくつもの国を巻き込んだ戦争が多くの死者を生み出して、それが世界に対して悪い影響を与えるってことよね。それが最終的に世界を破滅に導くと。
『私は世界を救えなどとは命じません。繁栄も破滅もそれは人の世の営み。だからこそもう一度言いましょう。レイナ・レンドーン、運命を乗り越えなさい』
いやいやいや、あらためて考えるとえらいもん背負わされているわ私。言われた時は魔導機とかいう世界観ブレイカーな物造りだしたハインリッヒをとっ捕まえて、シバけばいいくらいに考えていたわ。けれど今の状況を踏まえると、私がやらなくちゃいけないのはこの戦争を止めるってことなの!?
私の役割って、本来はアリシアに陰湿な嫌がらせをして倒されることでしょ。何よ、ロボットが闊歩しビームが飛び交う戦場で戦い世界を救えって? バカじゃないの!?
まるっきり召喚された勇者か何かの仕事じゃない。そんなの勇者なり軍事に明るい異世界転移者なりに任せなさいよ。
「でもそう押し付ける相手がいないのよねぇ……」
頼みの異世界転移者は、この世界を破滅へと突き進めさせている張本人のハインリッヒだ。そしてここには自称神様から望まぬチート魔力を授かりし、か弱い乙女が一人。
「というかこのパターンだと、アスレスへの増援が私なのでは?」
なに戦線異状なしかな?
この世界に転生してこの方異状しかないんですが……。
そういうことなら、ちょっと行って敵を蹴散らしてついでにハインリッヒをしばけば解決だわーいわーい……って、気楽に考えることができたらなんと素敵なのでしょうか。
そんな闘争本能とバイタリティがあったら、私は前世でもう少しましな生活をしていたはずだ。いっぺん死んだくらいで人は変わらないものね。
拝啓、世界を救いたいというメシア精神にあふれた勇者様、もしくは軍事に明るい異世界転移者様。どうか私の代わりにこの世界を救ってくださいませ。敬具。
☆☆☆☆☆
「――イナ、おいレイナ!」
「うわっ! わわっ、ごめんなさい。ぼーっとしていたわルーク」
「しっかりしてくれよ会長様、もう新入生がきているぞ」
考えることは山のようにある。けれども今やらなくちゃいけないこともある。季節は新学年の始まり。となるとそう、我がお料理研究会の新入会員獲得よ。
世界の破滅が近づく……らしいとはいえ、学院での生活をおろそかにはできないわ。とりあえず授業はちゃんと受けなきゃだし、自分が立ち上げた以上はお料理研究会にも責任を持たないとね。
「気負うなよレイナ。俺はいつでもついていてやる」
「あ、ありがとうルーク」
何そのいきなり頭ポンポンして優しい言葉をかけてくるの。ちょっとその……、ドキドキしちゃうんですけど。
まずい、まずいわよレイナ! まだルートが判明していない以上、うかつに攻略対象キャラにときめくのは。必死に卒業までの安全を確保した八年間の努力が無駄になるわ!
「まあ、お前に会長が重荷なら俺が代わりにやってやるよ」
一人ドキドキしていた私をからかうように、ルークは昔から知っている子供っぽい笑みを浮かべながら言った。この煽り方もルークなりの気づかいかしらね?
「ウヒヒ、会長の座は渡さないわよルーク。まあ、あなたの料理が上達しているのは認めてあげますわ。オーホッホッホッ!」
さあ、集まる一年生にお話しをしましょうかね。新学年が始まって数日、ここしばらくのビラ配りと実演の成果がどれだけでたか。私的には今年も四人は入会希望者が欲しいわ。お料理研究会の栄光を受け継いでもらうのよ!
「あっ、レイナ様! どうしましょう、これ以上増えたら部室には入りきれなくて」
「ちょ、ちょっとサリア。これが全部入会希望者なの!?」
私が控室にしている裏手の部屋から部室に出ると、そこには私の話を待っている一年生がひしめき合っていた。四人とかそういう数じゃとんでもない。ざっとその十倍近く、つまり四十人近くはいる。
「レイナ様、入会試験みたいなのを実施しますか?」
「いいえ、お料理研究会は来るもの拒まずよ」
中には王国最大派閥と化した、レンドーン家へのコネクションを求めて入ってくる子もいるかもしれない。けれどそれは別にいい。入り口がどこからだって、一緒にお料理を楽しむことができれば我がお料理研究会の会員たりえるのだ。
「レイナ様、部員が増えればもっといろんな活動ができますね!」
「そうねアリシア。私のお料理魂がメラメラと燃え上がるわ」
「素敵ですレイナ様。私も微力ですがお力添えいたしますね」
三年生となったアリシアは、今日もヒロインオーラをまとって可愛らしい。考えれば彼女はこの世界のヒロイン。突然不思議パワーに目覚めて世界を救ったりしないのかしら?
「これだけの人数がいたら、大量にパンを焼いて定期的に近くの街で販売するなんてこともできるわよ」
「それはすごく素敵ですね! お父さんお母さんから教えてもらったパンの味が色んな人に食べてもらえるのなら。もちろんレイナ様にも」
うん。アリシアはパンを焼く美少女で大丈夫だ。それで良いそれで可愛い。いくらマギキンの主人公とは言え、恋愛ゲームの主人公に世界を救ってとは言えないわね。何か他の方法を考えましょう。
「よーし、忙しくなるわよー!」
☆☆☆☆☆
「――以上がご報告に」
「父上のご意見は?」
「かくなる上は騎士団から人員を選抜し、アスレスに送るほかないということです」
「まあ、仕方ないか……」
「では失礼いたしますパトリック様」
「ああご苦労様。こちらは順調だと父上に伝えてくれ」
ふう、ドルドゲルスとの対決は避けることができないか。
僕――パトリック・アデルの見立てからしても、かの国の魔導機にまともに対抗できるのは、一部の熟練した魔導機乗りの他はレイナの駆る〈ブレイズホーク〉ら試作機だけだろう。専門家、例えばエイミー・キャニングも同意見のはずだ。
それに報告の中に、一つ気になる情報があった。
「周辺海域で船舶の事故が多発している、か……」
我が国周辺の海域で、我が国やアスレス王国の船による事故の報告が相次いでいるという。救助された生存者によると、皆一様に巨大なものに船が接触したと言っているそうだ。
これだけ聞くとクジラの大繁殖かとでも疑うが、先日聞いたドルドゲルスが水陸両用の魔導機を研究しているという情報を合わせると……。
「どうやら、動く必要があるみたいだね」
できれば彼女を戦いに巻き込みたくない。だが、避けることのできない荒波が近づいている予感がする。
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