第98話 禁断の魔導書
さあてルシア、今日こそ決着をつけてやるわよ……って、私ったら何をバトル漫画みたいな思考を。まあとにかく、ここでルシアの野望を阻止しなくちゃ、私のハッピーエンドと平和な乙女ゲームの世界は来ない。
『レイナ様お気をつけください、敵の増援です!』
なんですって!?
魔導機を準備してくれたエイミーからの通信に私は焦る。見れば後方から、またお得意の手段で準備したのだろう六機の〈シュトルム〉がルシアたちに合流していた。
『周辺に準備していた〈バーニングイーグル〉隊も敵と交戦に入っています。ご武運を!』
つまり目の前の敵を倒せば増援はない……はず。まあ、こっちも増援は来ないのだけれど。
こっちもいろいろとディランやパトリックが対策をしてくれていたみたいですけど、大貴族が反乱を意図して準備しただけあってさすがに大兵力ですわね。
「死になさい、レイナ・レンドーン! さああなた達、レンドーンをここで始末するのよ!」
――来た! ルシアのテンプレじみた悪役セリフに従って向かってくるのは、三機の〈ブリッツシュラーク〉に増援で来た六機の〈シュトルム〉だ。ルシアも含めて総勢十機! 数が多い。
「《火球》!」
「《石の礫》よ!」
「《雷撃》!」
敵は数に任せてこちらを殲滅する気なのか、すごい勢いで魔法を乱射してくる。
「《光の壁》よ!」
とにもかくにも防御魔法。大出力の攻撃ができるということは大出力の防御ができるということよ。そんな生半可な魔法、何発撃っても私の魔法は貫けないわ。
「ルーク、多連……うーんと、なんとかーを使ってこの隙に攻撃を!」
「多連魔法発生器な。了解!」
そうそう、それそれ。ルークの機体〈ブリザードファルコン〉に搭載されている多連魔法発生器は、魔法の発生場所をある程度コントロールできる。つまり防御魔法の内側から敵を攻撃できるということ。
「《氷弾》《氷弾》もう一つ《氷弾》!」
狙い通りルークの魔法が放たれる。威力は控えめに、ただし様々な方向から。虚をつかれた敵の一団は、伏兵かと思い慌てて回避行動をとる。
「敵の陣形が崩れた! 行きますわよルーク!」
「おう! 現れろ《氷刃》!」
その隙をついて私たちは、防御から攻撃へと転じる。今回の目的は防衛ではなくてルシア達の身柄の拘束ですしね。
「火の神よ! 《火球》六連!」
「〈アヴァランチブレイド〉雪崩切り!」
私たちは次々に敵の魔導機を撃破していく。不本意ながら魔導機での戦闘に慣れてしまった私にとって、この程度の相手は敵じゃないわ。
「レンドーン!」
「――ッ! ルシア!」
ルシアの駆る〈シャッテンパンター〉の大斧による重い一撃をかわす。接近戦か――私も腰から〈フレイムピアース〉を引き抜き構える。
「ルシア、あなたは私に勝てないわ。降伏しなさい!」
「何を! あなたのような邪神の使いは討伐されるべきなのよ!」
――邪神?
まさかあのおとぼけ女神のこと?
ルシアはあのおとぼけ女神を知っているの?
確かに最低な供物で降臨するけれど、邪悪な感じはしなかったと思うけれど……。あいつ邪神なの? そう言えばいまだに名前知らないわ。
「あなたこそ外国と結んで反乱を起こしているじゃない! むしろそっちの方が邪悪だわ」
「知ったふうな口を! 全て卑怯な手段で奪った女のくせに!」
どういうこと? ルシアはマギキンの事を知っている? まさかルシアも転生者? いえ、それにしては言動が不自然なような。
「名声も! ディラン殿下も! 本当は全部私のものなのよ……!」
うん、違うわね。ルシアはマギキンの事を知らない。もし仮に同じセリフをアリシアが喋っていたら、私は動揺していたと思う。けれど邪神云々は気になるわ。これはさっさと捕縛して問い詰めないと。
「さっさと終わらせるわ! 《炎熱斬》!」
〈ブレイズホーク〉の一撃が〈シャッテンパンター〉を吹き飛ばす。数度の戦いを経て、〈シャッテンパンター〉の高速の攻めにはもう既に対応している。
「さあ、本当に終わりよ。観念しなさいルシア!」
他の魔導機は一対多戦が得意なルークが抑えてくれている。増援は来ない。ルシアに生身での戦闘能力はない。警戒すべきは――、
「まだよ、私にはこれがありますわ!」
先ほどの一撃で吹き飛んだハッチの奥で、ルシアが抱えるのは漆黒の本。
「オプスクーリタース!」
「あら、無教養なあなたでもご存じなのなのね」
マギキンでのルークルートでレイナが使用し、醜悪な化け物へと変貌した禁断の魔導書オプスクーリタース。これを発動されるとまた厄介なことになるわね。
けれどもマギキンのイベントスチルを参考にする限り、邪悪な魔法の化け物はせいぜい十メートル程。魔導機と同じくらいだ。なのでルシアが発動する前に奪えたらよし、奪えなくても魔導機なら止めることは可能だ。
「あなたこそ知っているの? それは邪悪な魔法が記された魔導書。使ったら最後自分が化け物になるだけよ」
「フフフ、何を言っているのかしら……。オプスクーリタースよ、私に力を!」
「くっ! 《風よ吹きすさべ》!」
私はルシアが手に持つ”オプスクーリタース”を吹き飛ばす為に魔法を放ったけれど――、
「――! 私の魔法が弾かれた!?」
私が放った魔法は、目に見えない壁に防がれたように弾かれてしまう。オプスクーリタースからは禍々しいオーラが溢れ出て、周囲を覆っていく。
「って何アレ!? 触手ぅ!?」
〈シャッテンパンター〉……だったものからは、何か触手のようなものがうねうねと飛び出て、周囲の機材やら魔導機の残骸やらを取り込んでいく。
「レイナ、大丈夫か!?」
「ええ、私は。他の敵は?」
「片付けた。搭乗者の身柄は騎士団が拘束した。これは……何が起こっているんだ……?」
「ルシアが持っていた禁断の魔導書から、邪悪な魔法が……」
そう言っている間にも、オーラに包まれたかつて魔導機だったものはどんどん大きくなっていく。何コレ……こんなもの私知らないわよ。
出現したのは超、超巨大な魔導機だ――いえ、正確には魔導機と言って良いのかわからない。触手はうねうね蠢いているし、機械というよりはこれこそ邪神の降臨と言った方がふさわしいかもしれない。そして何より大きい。通常の魔導機の数倍じゃきかない。実に五十メートル以上はある。
「止めるぞ!」
「はい。でもルーク、えっとその……ごめんなさい」
「何がだ?」
「私知っていたんです、ルシアが禁断の魔導書を持っているかもしれない事を。でも誰にも言っていなくて……」
「謝るのは後にしろ。だいたい知っていたからと言って、どうにかできる代物ではないだろう。今はあいつを止めるぞ」
「……わかったわ!」
私はルークに喝を入れられて、目の前の巨人に向き直る。あらためて見ても大きい。けれど大きいということは的も大きい!
「《大火球》!」
「《氷嵐》!」
これだけ大きければ狙わなくても当たる。私たちの魔法は直撃し――、
「効いていない!?」
「クソッ! デカすぎるんだ。やつにとっては虫に刺された程度だろうさ」
お返しとばかりに幾条ものビームが飛んでくる。私とルークはなんとかかわすけれど、そんなに長い間避け続けることはできないでしょうね。何か、何か打開できる手段は……そうだ!
「ルーク、アリシアと新しい魔法の研究とかしていませんか?」
この前起こったディランルートのクライマックスイベントでは、ディランが助けに来てくれた。ならこのルークルートのクライマックスイベントでは、原作通りルークがアリシアと愛の魔法を使って解決してもいいはず。
「アップトンと……? そんなものはないな」
「ならルークが新しく開発している魔法とかは?」
「ないな。新しいデザートなら開発しているが」
料理に寄せ過ぎたアアア!!!
もう少し魔法への探求心を残す感じに誘導してあげればよかった、と後悔してももう遅い。今のルークはお料理男子。原作通りのイベントにはならない。
「それなら搦め手で! 《泥沼》!」
「そうだな! 《氷結》!」
私に魔法で発生した泥沼に足をとられ、そこをルークの魔法で凍り付かせる。
「これじゃあ時間稼ぎにしかなりませんわね……」
何か、何か後一手あれば状況を打開できるはずよ。何か使えそうな魔法は、何か役に立ちそうなマギキンの知識は……。
「ぼーっとすんな! かわせレイナ!」
「――えっ?」
気づいた時には遅かった。魔法での束縛を脱した巨人の足は、私を踏みつぶそうとしていた。
――ああ、これすごく痛そうな死に方……。
「レイナああああああ――――――――――――――――!!!」
恐怖で目をつむった私に聞こえてきたのは、私を呼ぶ声とそのあとの地響き。
あれ、踏みつぶされない?
恐る恐る目を開けてみる。
「レイナ、大丈夫ですか?」
「ディラン……!」
いつも笑顔の王子様が、白馬ではなく魔導機に乗ってそこにいた。
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