セーブポイント
小洒落たショッピングモールの片隅に、雑然と多種多様なグッズを取り扱っている店がある。
所謂サブカル系をノンジャンルに取り揃えている店なのだが、先日入荷された新商品もまた、その一例に漏れなかった。
「ねぇ見て、セーブポイントだって」
「あー、一昔前のRPGでよく見る奴ね」
整えられた角柱状の結晶が、青白い光を浮かべている。
商品名はセーブポイント。往年のRPGにはよくあるオブジェクトだったが、意外と結晶型のものは多くない。どちらかというと、意味ありげな光の方が本質であると言っていい。
「買ってみようよ、私達をセーブ出来るかも」
「そんな事あるわけないだろ」
軽い口調でやり取りしながら、同棲しているらしい若い男女が買っていった。
「毎度あり」と返した怪しい身なりの店主は、軽やかな足取りで帰ってゆくカップルを見送った。
男女が住むアパートの一室、窓際のテーブルに置かれたセーブポイントは電源が繋がれ、変わらず青白い光を放っている。
「そういえば、セーブポイントを使ったっていう実感ってあるのかな」
「どうなんだろ?ゲーム中では説明するし、何かしら使ってる感覚はあるんじゃない?」
青白くも冷たさを感じない光を眺めながら、男女は身を寄せあいながら話している。
「それもそうだけど、ロードって出来るのかな」
「言われてみれば、出来ないよな」
「セーブしか出来ないじゃん」
「こういうのは雰囲気作りだろ?」
他愛もない話で盛り上がり、笑い合う男女。
アパートの近くを通り掛かった店主は、窓際から漏れる青白い光を一瞥すると、闇に溶けるように静かに歩き去っていった。
それから数年経って、男女の同棲は思いも寄らない形で終わりを迎えた。
女の方が仕事帰りに交通事故に遭い、亡くなってしまったのだ。遺された男は、来るべき時のために買っておいた婚約指輪を含む、思い出の品を仕分けしていた。そんな中、いつか買ったセーブポイントが、未だに窓際で光っている事に気が付いた。
「あいつがロード出来たら……なんてな」
そう呟くと、男は電源を切った。青白い光は失われ、セーブポイントは埃を被った角柱に過ぎなくなった。
「そもそも、セーブだって出来てたか分からないんだしな」
男はセーブポイントだったものを処分するため、アパートの前にあるゴミ捨て場に置いた。
もう必要ない、そう思ってまたひとつ、思い出の品を片付けて部屋に戻ると、見覚えのある女が立っていた。
あの日、雑貨屋で指差しながら買ったセーブポイントを、二人で眺めて他愛もなく笑いあった女、その日と同じ姿で立っていたのだ。
「あれ、なんか老けた?というか、部屋の模様替えなんてやったっけ」
女は文字通りロードされていた。セーブポイントを買って電源を繋いだ瞬間にセーブされ、電源を切った瞬間にロードされたのだ。だが、その時の男の頭からは、セーブポイントの事などすっかり抜け落ちていた。男は喜び半分と不思議半分で女を抱き締めた。
後日、女は事故のショックによる短期的な記憶喪失とされた。不思議な事に、彼女は事故で怪我をした程度の診断にされており、あらゆる死亡の事実が書き換えられていた。
そして、その誰もがそれを知る事はなかった。
「セーブもロードも、されるんですよ。誰も観測出来ないだけで」
雑貨屋の片隅に置かれ、再び青白い光を放つセーブポイントを眺めながら、店主は呟いた。
思えば、セーブってキャラクターをゲームの中に繋ぎ止めるシステムだよなぁと。