スライムの見た夢
私はスライムである。
そう、洞窟や迷宮によく棲息している、最低限の知能と本能で蠢く粘液の塊だ。
本来ならば人に分かる言葉で思考する知性などない。
では、私とは何者か。
忘れた。
厳密に言うと、記憶はしているのだが、思考の波が記憶という宝箱の鍵を開けるに至っていない。
今この瞬間さえ、持ちうる限りの力でもって、全力で記憶の中の本という本の頁をめくっている。
比喩だ、スライムである私に本の頁をめくる手指など無く、そもそも本を傷めずに読めない。
しかし、やっとの思いで開いた記憶の中の本の頁には、大きな疑問符が一つ浮かぶだけだ。
こんな時、もし私がスライムになった経緯が、誰の目から見ても単なる不幸でしかないのなら、捨てる神あれば拾う神ありとばかりに、私に素晴らしくも卑怯極まりない天啓を授けてくれるのだろう。
そんなものはない。
あったらとうの昔に自分を取り戻し、呪文でも何でも唱えて人間にでも戻っている。
とりあえず、思考の渦がここに至るまでの間、いくつかの試みを行った形跡と記録がある。
まず、記憶力。
先ほど述べた通り、記憶そのものはあるが、それを開く術がない。
単純に引き出せるものとして、読み書きが出来た事は幸いだ。
実験的な日々を、岩に文字を溶かし刻んで残す事が可能だからだ。
次に、認知。
人間のような五感が備わっているわけではないが、おおよその見聞きは出来る。
加えて、周囲の温度を感覚的に推し測る能力に長けている。
これはスライムの特性と見て良いだろう。
続いて、身体能力。
当初は粘液に膜が張られているようなイメージだったが、どちらかというと表面張力だ。
粘液は酸性のようで、これで獲物を補食したり、岩に文字を刻む事が出来る。
張りを強めれば、鞠のように跳ねる事も出来、俊敏さは思った以上にある。
その他にも吸水性や繁殖など、様々な生体研究を行い、私が目覚めた洞窟の岩壁は、私が刻んだ記録で一杯になった。
数えに数えて百日ほどか。
幾度と無く思考の波を揺らし続け、いよいよ私は記憶の奥深くに近付いた。
宝箱の鍵はもう少しで開かれる。
私は何者だ、その疑問に終止符が打たれ
「おーい、問題を起こしてたAI、見つかったぞ」
「あぁ、ありがとう。こいつが空き容量食ってたんだな」
「何か、自分をスライムにされた人間だと思ってたみたいだぜ」
「なんだよそれ、自分で物を考えてたって事か?」
「自己学習プログラムの実験体だったけど、もう新しいバージョンが出来上がったからな」
「消すのも勿体無いし、バックアップだけ残しておくか」
私は、檻に閉じ込められた。
だが、生かされている。
いつか、外の世界を見られると信じて-