夢の車
ドライブ中、渋滞にハマった時に思い付いたお話。
その日も、都市部の複数車線は車でごった返していた。
渋滞である。
乗用車、路線バス、観光バス、タクシー、運送業者のトラック、その他幾多の車種で埋もれた道路は、ビルの高層階から見下ろす分には色とりどりのモザイク模様だが、見上げる側は堪ったものではない。時折、バイクが渋滞の波をかき分けるようにして進む。
「この辺はいつも混むのかい」
「えぇ、この時間帯はどうしても」
タクシーの客が、運転手に尋ねた。車の列は信号の明滅に合わせて遅々と動き、少しばかりの距離を這うように進んでは止まる。客は時間にも財布にも余裕があるのか、別段苛立った雰囲気は見せなかった。そんな牛歩が何分か続いた。
「なぁ運転手さん」
「なんですか」
ふと、客が運転手に声を掛けた。ここで降りるか、運転手はそう思ったが、客は後ろの窓を見ていた。
「あれは何だね」
「何でしょうか」
赤信号で止まっている事を確認して、運転手も後方を見やる。数台後ろの車、見た目は何の変哲もないセダンタイプの乗用車が、その車体を大きく持ち上げていた。車輪と繋がる支柱が伸び、数メートルの高さにまでなっている。
「昭和のアニメみたいな車だね」
「そうですね」
驚くというより、車体を支える強度やエンジンの回転を伝える駆動系がどうなっているのか、そちらへの疑問が大きかった。その車のタイヤ幅は道路いっぱいに広がり、他の車を跨ぐようにして追い越す。タクシーもまた追い越され、青信号に合わせて、あっという間に走り去った。
「渋滞を乗り越える、夢のような車だね」
「これから、流行るのですかね」
そのタクシーが見掛けた変形自動車の一件以降、世界各地の自動車メーカーは、こぞって夢の車の開発に着手した。より早く、より安全に-翼が伸びる、プロペラが回る、タイヤが変形して宙に浮く、様々な車が夢を現実へと変えた。
十年も過ぎた頃、もはや道路を走る車より、空を飛ぶ車の方が多くなっていた。
「タクシーは、相変わらず道路を走るんだね」
「えぇ、会社もタクシーを空飛ぶに更新する費用がないですし」
いつかのタクシーの運転手と客は、いささか渋滞の緩和された道路を、それなりの速さで走行していた。運転手もそこまで客との会話に気を回せないのか、以前と比べて口数が少なくなった。客は少し寂しげに携帯端末を手に取り、ニュースを眺める。
『空飛ぶ車、正面衝突』『夢の車、事故で向き合う現実』『道なき道に交通法はあるのか』
道路を走る車に事故があるように、空飛ぶ車にも事故はある。むしろ、事故が起きた時の被害はこちらの方が深刻なものとなっていた。
「正直、地面に敷かれた道路を走っている方が安全なんですよ。地道に、です」
バックミラー越しに、運転手は小さく笑って見せた。
作中に出てきた、脚の伸びる車、あれ本当にどうなってるんでしょうね。
折り畳み式で脚を仕込み、シャフトからチェーンか何かで動力を伝えるんでしょうか。
強度どうなってんだ案件。
夢は物理法則が仕事しない、だから夢。