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短淡単譚  作者: MaZ
3/7

テンプレ風味の物語をショートショートにしてみた

「勇者様」


 冷たく混濁する意識の中で、少女の声に導かれるように、少年は目を覚ました。

 緑の草原、青々とした山並みに、突き抜けるような広い空。傍らに、自分を勇者と呼ぶ少女が座っているのが見えた。少年は思い出す。家庭内の不和を抱えた鬱屈した日常を送っていた彼はある日、暴走車に跳ねられた。所謂、異世界転生のように思えた。


「勇者って、僕の事?」

「はい、魔王の手から世界を救えるのは勇者様、あなただけです」


 民族衣装に似た姿の少女は、神託を受ける巫女だという。突然の事に、少年は困惑するしかなかった。その時だった。


『勇者よ、私は君をこの世界に呼んだ者だ。元の世界で死んだ君を戻す事は叶わぬが、我が力の一部を授ける。彼女の力になって欲しい』


 そう言われて少しの間考えた後、少年は勇者になる事を受け入れた。与えられた神の力は、あまり実感がない。


「本当に神様の力を貰ったのかな」

「はい、私には分かります」


 巫女は優しい笑顔を浮かべた。勇者も微笑み返す。二人の冒険が始まった。



 数年後、勇者達は魔王の居城に辿り着いた。道中で仲間にした屈強で頼れる男戦士、妖艶ながら好意的な魔女、二人の力は大きな助けとなっていた。開かれた門の先で待ち構えていたのは無数の魔物達。

 巫女は神に捧げる呪文を唱え、勇者達を援護する。だが、彼には気掛かりな事があった。ここ半年ほど、神の言葉を聞いていない。


「勇者殿の道は!」

「あたし達が開く!」


 居並ぶ魔物の群れを、戦士の大斧が薙ぎ払い、魔女の焔が焼き尽くし、巫女の光が貫き、そして勇者の剣が切り裂いた。魔王の城を突き進む中、突如として勇者の足元に魔方陣が顕現する。絡み付く手のような闇に包まれ、勇者は消えた。


「ようこそ、勇者よ」


 魔王の言葉で目を開けると、異質としか言いようの無い光景に、勇者は言葉を失った。巫女や戦士に魔女、道中に出会った多くの人々と全く同じ姿形の人間が入れられた試験管が大量に置かれている。まっすぐ伸びた通路の奥に、魔王は立っていた。見た目は勇者より人周り年上の、疲れやつれた印象の若い男だった。


「驚くのも無理もない。ここは我が城の中枢、そして本来は入れてはならない部屋だ」

「どういう事だ」

「お前に、真実を語ろう」


 剣を向ける勇者を前に、魔王はゆっくりと語り出した。


「まず、お前は転生したのではない。過去の事故で重傷を負い、長らく冷凍睡眠されていたのだ。ここは異世界などではなく、宇宙開発事業の一環として造られた人工惑星だ。この星を使った体験型遊技場のテスターとして送り込まれたのだ。しかし、半年ほど前に計画は中止、我々は置き去りにされたのだよ」


 魔王の言葉に、勇者は再び言葉を失った。向けていた切っ先が下がり、頭を垂れる。これは魔王の見せる幻かもしれない、勇者はそう思いながらも、一つの確信があった。


「嘘だと言いたいけど、仲間の皆がこれだけ沢山いると、本当なのかもしれない。それに」

「それに?」

「あんたの声、神様だろう」


 勇者の言葉に、今度は魔王が黙り込んだ。魔王は魔王ではなく、ゲームの運営であり司会進行役、すなわち神であった。


「あなたの言葉が聞こえなくなる少し前から、口調や声がおかしくなっていた。焦りや苛立ちが滲み出ていたんだ。僕には分かるよ。いつも家でそんな気持ちで淀んだ空気の中で過ごしてきた」

「そうか、お前には分かるのだな。私は、わたしは」


 魔王は膝を付き、両手で顔を覆って泣き始めた。世界に見捨てられ、この小さな人口惑星の奥で、ひっそりと終わりの時を迎えなければならない。それが悲しくて、悔しくて、やりきれなかった。


「だから、もう終わりにしよう」


 そう言うと、勇者は剣を拾い上げる。魔王が身構えると、勇者はその剣を試験管の山に向けて振り払った。剣から伸びる聖なる光の帯が、試験管を次から次へと打ち砕く。溶液が溢れ、動かない人の形をしたものが飛び出てくる。人というより、人の姿をしたものだった。


「魔王、あなたも」

「あぁ、分かった」


 魔王も暗黒の輝きと共に炸裂する黒煙を振り撒き、試験管の山を粉砕する。壊した一画は、巫女と同じ姿の人型だった。意思のない女体が衝撃に身を任せて揺れ、捩れ、弾けて千切れた。

 城が崩れ、勇者の仲間達も魔王の部下達も慌てて退避する。一同が呆然とする中、瓦礫と砂煙の向こうから、勇者と魔王が並んで現れた。戦士と黒い甲冑の騎士が顔を見合わせる。巫女や闇の司祭、魔女に屍術師が駆け寄ってくる。

 ゲームそのものの存在意義が失われ、勇者が魔王を倒すという目的と、魔王が世界を征服するという目的が揃って消失した。


「魔王、今からでも遅くない。世界を見に行こう」

「データ上では、どこに何があるかは分かっている。だが、行こう」


 クリアという概念が無くなった、終わりの無い冒険が、魔王一行という新たな仲間達と共に、今始まった。

実際、ゲームでこんな展開あったら炎上しそう。

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