第四話
やることが無い、暇だった。
最近は体力も回復してきたために、変わらぬ何もできない毎日に非常に退屈していた。
シオンが俺の手に文字を書く。
『て・ん・じ』
「て、ん、じ」
書かれた文字を読む。
そう書かれた後、点字の本を握らせられた。
会話をするにはどうしたってコミュニケーション方法を会得しなければならない。
今の手に文字を書く方法は手際が悪すぎる。
勉強してくれということか、俺も暇だったからちょうどいい
それからシオンのいない日にはその本を読み進めた。
幸いごくごく初歩のたしなみはあったので、一人で学習することができた。
点字の訓練の基本は50音をひたすら指の腹に滑らせることだ。
理解はしていても指の腹だけで読み取るのは流行り慣れが必要だった。
それから自分はしゃべれるようだから、誰もいないであろう部屋で発生練習をする。
口の中で繰り返し繰り返し言葉を紡ぐ。
手のひらで読み取る能力も鍛えなければいけないし、それから触手話の訓練も始まった。やることは尽きない。
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「なぜ、俺に構うんですか?」
コハクがシオンに問う。
『君が本音を言わない限り、悪いが目を放せない。俺は君を監禁している。この国は安楽死は出来ない。死なせない』
シオンはコハクに触手話で伝えてきた。
シオンの口(?)から『監禁』という言葉が出てきたことに犯罪の匂いを感じた。
シオンは頭が狂ってしまったのか。
『わかる?』
返事が返ってこないからか、追加で確認される。
わかるといわれても、分からない。
『君が大切』
そう触手話で伝えられた。
そんなの、決まってる、君が大切だからだよ。とシオンの声が聞える気がする。
「なにそれ、優秀な貴重なあなたの時間を無駄に奪うだけの存在の俺なんか有害でしかない。」
だが怒ったような声質で、コハクが返す。
『例え君がMCIになっても、頸髄損傷しても、脳死しても変わらない。人はどの道、老化して似たような状況になる。』
怖いことをシオンは触手話で言う。
『どんな人の命も同じ重みがあるといっても君は納得しないだろう?
君の頭脳は並じゃない、君は必要な人材だ。
これも違うだろう。
君の価値観は間違っている。
介護されるのが嫌という理由ならば仕事として対価が支払われて世話をされるならば問題ないはずだ。
君は自信がないわけじゃない。
君は単に俺の負担になりたくないだけなんじゃないか?
俺は負担になっていない。
色々言ったけど、見返りなんか必要ないんだ、わかるかい?
君がいなくなれば俺は困る。
君がいることでリラックスできるんだ。
俺がいることで、君が常に罪悪感に駆られるなら、君の前から姿を消そう。
考えを変えてくれることを願っている』
シオンはそう捲し立てて触手話で言ってきた。
最後まで読み取ったのを機に、シオンは俺の前から姿を消した。
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それから俺の世話をしてくれる人間の中にシオンの姿は見られなくなった。
盲聾の状態では誰に介護されようと分からない。
例え別の人間にシオンだと嘘をつかれても気づけない可能性もある。
だが、俺の感触が間違っていなければ、シオンは一度も俺に触れていない。
本当は、同じ部屋にいたりカメラかなにかから俺の姿を見ているのかもしれないが、それは俺にか分からない。
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ポーカーフェースは得意だ。
嘘をつくのは容易い、生きる意欲があるように見せればいい。そのはずなのに、アイツには嘘が容易くバレる気しかしない。
家族がいないのだから、例え悲しんでくれる人間なんていないと思っていた。
職業柄嘘人間の俺に浸しい人間は出来ないと思っていた。
たとえできても俺は簡単に消える。
仕事人間だからプライベートの時間もほとんどなかった。
根本的に、俺は自分の事はどうでもいい、相手に迷惑かけなければ何でもいいと思っている。
シオンが伝えてきたあの日のことを毎日思い返す。
後にも先にもシオンの意思を聞くために触手話を覚えたんじゃないかってくらい使わなかった。
俺が死ぬことより生きる方が相手のリラクゼーションにつながるなら生きてもいいのかもしれないと本当に思った。
だからって監禁はやりすぎだろう。
頭おかしいんじゃないかと思う。
シオンの言葉を聞いて飛躍的に活気よく生に向かおうと言う気にはなれなかった。
だが、拒まずリハビリを続けていた。
完全麻痺か不完全麻痺かで、リハビリの処方が分かれ、足に反応があったり動いたりしたら、不完全麻痺となる。
どちらであるかは3か月程度様子を見て判断する必要があり、俺の場合はまだ分からなかった。
下半身不随で不完全麻痺の場合は治らないと言われているが人間の体なので、100%ということはない。
ごくごく症例だが不完全麻痺でも歩けたという話も聞く。
その背後には苛烈なリハビリの背景があることが伺える。