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第二話

「んん……」

次覚醒したとき、気を失ったのか、寝たのか前の記憶が曖昧だった。

そして残念なことに、またもや暗黒な世界が広がっていた。

前回と違うことは、手のひらに文字を書かれている感覚がない。

それどころか人の気配すらない。


では何か模索してみようかと冷静に思考している自分がいた。

シオンがいると言うことはここは安全地帯である可能性が高い。

どう考えても異常事態なのに動揺を感じず安心できるのは、この状況が2度目だからか、シオンの存在を認識したからなのか。


前回は大活躍した手を動かしてみることにした。

力はあまり入らないのだがなんとか動かせる手で自分の目に手を持っていく。

なぜ視界が開けないのかずっと気になっていたからだ。

この闇がもう現実だということは理解できるくらいには意思通り動いた。



「……ふぅ」

苦労したが無事目元に手を持ってくることができた。

そこには包帯が巻かれている様子はなく、素肌に触れることが出来る。

瞼があり、瞼を手で持ち上げてその中の眼球に触れてみようと思ったがすでに眼球に触れているらしい、皮膚の感覚ではなかった。

そこに痛みは感じなかった。

(目が見えないのか)

薄々感じていた事実を目の当たりにする。

包帯が巻かれていないのだから、十中八九事件でやったのだろう。


気づいていてもショックだった。

無理に動かし続けた手も役目を果たし動かすのを止めた。


そう、思い出さなければいけないこと……こうなる前、俺は何してたんだっけ。

思い出そうとしても不可能だった。

思い出せなくてどんと疲れが押し寄せてくる。

迫る睡魔にコハクは身を任せた。


━━━━━━━━━━

次に目を覚ました時、またもや右手に体温を感じた。

本日(と言っていいのか不明だが)の相手は誰だろう。


俺が目を覚ましたことに気づいたらしいその人間は、初日と同じような態勢で文字を紡ごうと手を開かせた。

その手の開かせ方ですでに誰かわかった。

『シ・オ・ン』そう予想から外れることなく記された人間の名。

その3文字を理解すると、分かっていてもごくんと息をのんでしまった。


「シ、オ、ン」

読み取った言葉を口にする。

相変わらず自分の耳に聞こえることはない。


それから手が離され、グイーンと少し背中が持ち上がる感覚がある。

寝ている姿勢から起こされたことが分かった。

いきなりの事に驚いてビクンと身体が跳ねた。

動かすなら一言言ってくれよと文句を言いたくなったが、それを口にする元気も度胸もなかった。

なぜなら手や口は動くのだが、他が動かない。

それは麻痺しているからなのか感覚が無く、縛られているからなのか、損傷しているからなのか、欠如しているからなのか判断できない。

だが3度同じ世界を彷徨っているのだから、そろそろ正しく事実を知らなければいけない。分かっているのだが怖くて聞けなかった。


そして、彼は指先、手首、腕とまんべんなくマッサージをはじめた。ありがたいんだけど、俺としてはそれよりも状況説明をしてほしかった。

なんせ、『シ・オ・ン』しか教えてもらってない。

ホウレンソウくらいできないのか、なんだこの無能は、と心の中でののしった。

それから徐々に時間をかけて少しずつ背中を機械が持ち上げ、その間もマッサージされつつおおよそ30度の角度になったであろう付近で止まる。


「み、ず」

そう手のひらに書かれたことが分かったので口に出してみた。

やっと次の単語をくれたと思った。

そして手のひらに大きく丸を書かれ、相手の手が離れ、口にスポイトで水滴を垂らされた。

それで自分の口が半開きだったことを知った。

何とかごくんと喉を鳴らし、食道に水が伝っていくのが分かる。

食道の機能は衰えているようだが機能しているらしい。


俺がごくんと飲みこんだのが分かるとシオンはすぐさま次の水を容赦なく流しこむ。

3度繰り返したところでもう疲れて次は飲みこめないと思った。

「いっ!」

嫌だと否定するために無理に首を振ろうとすると、痛みが走る。

そこで今さらなのだがギブスをはめられていて動かないことが分かった。


俺の行動で、もうスポイトを口に突っ込まれることはなくなった。

そして、手のひらに『ご・め・ん』と書かれた。


━━━━━━━━━━


それからなぜかよくシオンが訪れて、俺の看病をしてくれた。

シオン以外の人物もごくまれに来ることがあった。


会話と言っていいのか、シオンが伝えてくれる単語は少なく、本人の名と、水を飲ますという意味の『み・ず』。後は身体を拭いてくれる『ふ・く』とか、最低限も足りないくらいのごくごく数えられる単語たちだった。


もっと他にあるだろう!と心でツッコミを入れた。


余り自分の口から発することはしなかった、耳が聞えないのだから、自分がきちんとしゃべれているのか怪しいと思う。

声の声量のコントロールもできないし、あまり必要性も感じなかった。

出した声は正しく喉を鳴らせているのだろうか。

どうしても上手く喉を通っていない気がするが、それを知るすべはない。


コハクのものの見事な専売特許である鋭い弁舌は全く姿を現すことはなくなった。


介抱されているのだろう、その期間、質問をされると思っていたのだが1度も聞かれていない。

まだ水もまともに飲めないので、食事に関しては腕に針が刺ささった点滴から取らされているようだ。


互いに言葉はなく(こちが喋らず聞こえずだからなのだが)うっ血しないように満便なく体の向きを変えてくれたりマッサージを良くしてくれた。

幸いなことに手は初めよりはよくよく動くようになったし、首のギプスも外された。

首に関しては痛みがあったから治ると思ったが、推測は正しかったようだ。

だが、はやりか、目が見えず、耳も聞こえない。そして不安なことに足の感覚もなかった。


あれか、盲ろう者というやつか。

有名なヘ〇ン・ケラーの話が脳裏に浮かぶ。

いや、あれは先天性なものだから後天性な俺とは違うなと冷静な頭が考える。


盲ろう者のコミュニケーション方法はずっとシオンが行っている手書き文字、あと知っているのは触手話(解読手話)と点字筆記だ。

後者2つは簡単な物しか知らない。

会得する必要があるだろう。

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