第一話
「………ん」
ん、ボーっとする、浮上する意識の中で身体が重い。そして何も見えないなぁとぼんやり思った。
コハクは目を開けようとしても目が開けたのか開けなかったのかわからず、ただ目の前に広がる暗闇に変化はなかった。
次に身じろぎしようとしたが動けない。重力が何倍にも掛かっているかのように身体が地面に吸いつけられるようで動かせない。
どろどろとした沼にどんより浸かっているような思考の中で真っ暗なで無音な世界に、コハクは夢か現実か理解できないままでいた。
なんせ、何も聞こえない、何も見えない。
(駄目だ。何が起きているのかわからない)
そもそもこんな情報の無い状態では判断できるはずがなかった。
次第に焦りを感じた。
俺はどうなった?どうなっている?
一番最新の記憶はなんだ……思い出せない。
捕まって薬で全身麻痺にさせられている可能性、死後の世界の可能性……
「……ぁー」
声を出してみようと判断し、恐る恐る出してみた。
声帯が動ような鈍い感覚はするのだが、何も聞こえない。
「………?」
この泥の空間に慣れてきた頃、右手のひらに刺激が与えられていることに気づいた。
もしかしたらずっと前からあった刺激なのかもしれない。
この空間に俺以外の人がいるらしい。
手のひらに意識を集中させてみると、俺の文手のひらを強制的に広げられ人の指で文字を書かれるのだと分かった。
だが、これまで1度も手に文字を書かれたこともなければ麻痺しているような鈍い感覚のせいでなかなか読み取ることができない。
とりあえずその感覚に慣れることした。
感覚は鈍く動きもしないのに思考はくるくる回り、しっかりしていることを自覚できる。
なおさら夢か現実か良くわからなかった。
集中を続けていると、何度も何度も往復される指は6筆書きをループしていることが分かった。
6筆後に一呼吸空き、同じ筆が描かれる。
徐々に紡ぐ文字を露わにする。
ついに答えが分かった。
その文字は『コ・ハ・ク』の3文字だった。
俺の名前はコハク零。ただ単に俺の名を手に書き続けていたらしい。
与えられた情報が自分の名だとは。
そんなこと人から言われずとも自分が一番理解している。
「……コ……ハ……ク」
書かれていた文字が解明できたので、自然と自分の口がその単語を発していたらしい、声帯を震わた感覚があって自分で気が付いた。
だがはやりその声は自分の耳に返ってくることはなかった。
はぁ、解読した単語が自分の名とは非常にバカバカしい。
自分の名を教えられても何も意味が無い。
此処が夢か真か判断する材料にはならない。
何かのダイニングメッセージだとしたら、もっとマシなキーワードがあるだろうと、折角解読できたのにと落胆した。
「……だ……れ」
今一番知りたいのはその指の人間の正体だ。
もし、相手に伝わるならば、そんな願いを込めて発言する。
だが口に出すが聞こえない、仕方ない、次は自分から正体を突き止めに行こうと少し手に力を入れてその人間の指を掴もうとした。
なのに自分の手は自分のものではないかのように反応が悪く、ほんの少し動いたことを自覚できた程度だった。
(手に力が入らない、いったい何なんだ、ここは何処なんだ)
自分がしゃべった言葉が相手に伝わったのだろうか、ただ次の情報を与えてくれるつもりなのか知らないが俺の手のひらに描かれる図形が変わる。それは俺の声が相手に届いていること示していた。
慣れたのか、次の言葉は比較的早い段階で解読することができた。
「!!!」
分かった瞬間、ビクっと身体のこわばった。
次の文字は『シ・オ・ン』の3文字だった。
まさか、この俺の名を何度も何度もやめることなく書き続けていた指はアイツなのか。
切っても切れない縁ゆえか、この訳も分からない世界にもコイツは出てくるらしい。
勝手に文字を永遠に書き続ける彼の姿を想像し、無意識に相手から手を退こうとする。
だが、力の入らぬ腕は全くと言っていいほど相手の手から離れることはできなかった。
シオンだと分かった瞬間に、俺の身体はいつも無意識に逃げる。
なぜそういう行動に至るのか判断が付かない。
事実として、いつも予想外にシオンが目の前に現れると、噛みついてしまう。
シオンを苦手に思っているからなのか違うのか、自分でもなぜそういう反応をしているか分からなかった。
だが、今回においてもその反応が起こった。
コハクの行動の意図を『拒絶』と読み取ったのか、相手の手が離れた。
途端、ひと肌が無くなりコハクに虚無が訪れる。
独りぼっちの正体がつかめない世界に襲う不安感が胸を締め付ける。
「っ……ぁ、」
失なったぬくもりを求めて、右手を手が退かれた方向へ伸ばそうとする。
左手もその相手を捕まえるために同時に伸ばしたのだが、肝心の腕は両方持ち上がらなかった。
「!」
次の瞬間、右手を今までとは違う感覚が押し寄せてきた。
ギュッと相手の両手で右手を握られ、腕を持ち上げられ、自分の腹付近に押し付けられる。
自分の腕と相手の腕、さらに腕以外の何か別のものも含まれている刺激だった。
その重りはなにやら動いている。
よくよくその正体を探るために感覚を研ぎ澄ましていると頭が押し付けられていることが分かった。
そして相手の身体は酷く震えていた。
この人物がシオンなのだとして、シオンは動揺しているのか、もしかしたら泣いているのかもしれない。
この状況はどう考えても俺に関することで震えているのだろうなと予想できた。
「……シ……オ……ン」
声帯を震わせて、本人であろう人物の名を呼んでみる。
自分には聞こえない自分の声に、ビクっと相手が反応したことが分かった。
自分の声は実は出てなくてテレパシー……という馬鹿な考えが浮かんだが隅に捨て置き、俺の声に反応したのだろうか。
これは本当にシオンなのか、確かめたい。
右手は完全に自称シオンに奪われているので、左手を動かす努力をする。
やはり身体はどんより重い、それでも相手の身体のどこでもいいから触ろうと、筋肉を動かそうと力を籠めれば少しだが動くことが分かった。
シオンは目を目を伏せているのか、俺の動きに気づいていないのか、まだ俺の腹付近に留まっている。
頑張って左手を持ち上げて自分の腹付近に落とす。
手のひらで触れるその位置は、相手の髪の毛だったらしい。
触れられているのが分かったのか、シオンが顔を上げるのが感覚で分かった。そのせいで自分の手の位置がずれて顔付近を触ることになった。
(うん、本当にシオンだ)
べたべたと人の顔を触ったわけだが、こちとら今も暗闇なのだから仕方がないじゃないか。
許してほしい。
ねぇ、そこにいるのはシオンなんでしょ?なんでしゃべってくれないの?
無音が続きキーンと耳鳴りがしてくる。
声が聞きたい――。
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