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1 アリーと赤帽子

 ある町に、アリーという十歳の女の子が住んでいました。

 アリーの本名はアレクサンドラ・ミランダ・ローレンスといいましたが、アレクサンドラというのは長すぎるので、いつも彼女はアリーと呼ばれていました。

 しかし、アリーのパパだけは彼女のことをアレックスと呼びました。しかし、アリーはその名前を好きではありませんでした。いつも男の子だと勘違いされるからです。

 昔、アリーは男の子と外で泥だらけになって遊ぶのが好きで、よく男の子と間違えられました。さらに、パパは男の子が欲しかったのだといって、アリーによく男の子の服を着せていました。そのせいで、余計に男の子と間違われましたので、アリーはもう、パパの選んだ服は着なくなりました。パパはとても悲しそうにしていましたが、そんなことアリーにはどうだっていいのでした。

 アリーの家は服屋さんでした。といっても普段、アリーはほとんどこの服屋にいることはありません。なぜなら、アリーはいつも、家から少し離れたところにおばさんの家に預けられているからです。

 この服屋も半分がお家になっていて、一応アリーの部屋もありました。しかし、ただでさえ狭い居住空間なのに、両親の他に従業員の人たちまでが一緒に生活していたので、とてつもなく窮屈でした。おまけに、パパとママはほとんどアリーのことを構ってくれませんでしたから、アリーはあまりこの家を好きではありませんでした。

 この服屋さんは町で大変人気があり、店にはかわいらしい洋服がごまんと並んでいました。

けれども、パパとママは「商品に触るな」と言ってアリーを遠ざけてしまい、かわいくない売れ残りの服や、古着ばかりをアリーに着せました。ですから、アリーはいつもかわいい洋服が欲しくてたまりませんでした。



 さて、先述の通り、このアリーの別荘であるお店には、何人かの従業員さんが住んでいました。普段、仕事の邪魔になるアリーはこちらの家に入れてもらえないので、あまり彼らと会うことはありませんでしたが、どうにも退屈になったときは、こっそりお店のあるこちらの家に遊びに行きました。

 あるとき、アリーがいつものようにこっそりと店の奥へ入ると、一人の女性がこちらを向いて突っ立っていました。彼女は俯いており、その手には紙切れと、それからフェルト地の紅いベレー帽がありました。アリーはふと、その帽子が気になり、近寄って声をかけました。

「それ、かわいい帽子ね」

 女性はふと顔を上げ、それから、声の主が小さなアリーであることに気づくと、また下げてアリーを顔をじっと見ました。彼女はレイというお針子でした。彼女は、昔からいつもぼんやりと下を向いて仕事ばかりしている人でした。たまに、アリーが話しかけてもあまり反応してくれません。こうして話すのは随分と久しぶりでした。

「あなた、アレックスね。すっかり大きくなって」

 彼女はにこりともせずに言いました。目は虚ろで、その話し方は淡々としていました。

「その呼び方はやめて。いつも男の子と間違われるの。私はアリー。アレックスと呼ぶのはパパくらいよ」

 アリーはむっとして言い返しました。レイはまばたきもせずに答えました。

「あら、アレックスは本名じゃないの?」

「違うわよ」

 ひどい間違いにいらいらしながら、アリーは語気を強めて言いました。

「私は『アレクサンドラ』。パパが勝手に私をアレックスと呼ぶだけなのよ」

 レイの両手がぴくりと動きました。アリーはびっくりして、喋るのをやめました。怒らせてしまったのでしょうか。

 そのまま数秒間、沈黙が流れました。アリーは気まずくなって、とっさに帽子を指さしました。

「ところで、その帽子の紅色、とてもきれいね」

 きっと、これは彼女が縫った、お店の新商品でしょう。もしそうなら、次の誕生日にでもおねだりしよう・・・・・・アリーはそう考えていました。そこで、こんな訊き方をしました。

「どこで手に入れたの?」

 アリーはレイが答えるのを待っていましたが、レイは黙ってアリーの顔を見つめていました。そして何を思ったのか、おもむろに帽子をアリーの顔の前に差し出してきました。アリーは思わず手をのばしてそれを受け取りました。

「あげる」

「え?」

「それ、もういらないの。私のでもないし、捨てようと思っていたから」

「本当に?」

 アリーは帽子とレイの顔を交互に見ました。レイは本気で言ってくれているようでした。アリーは嬉しくなって、お礼を言うのも忘れて、店の方へと駆け出しました。パパにきちんと話しておかないと、店の商品を持ち出したと勘違いされるからです。

「パパ! 見て、この帽子。レイが私にくれたの」

 パパはちょうど、戸口でお客さんらしき女の人の相手をしているところでした。

「あら、ローレンスさん、その子は?」

女の人が、アリーに気づきました。パパはお客さんの方を向いたまま、アリーの頭をぐっと掴むと、にこやかに女の人と話し続けました。

「ああ、気にしないでください。それよりも、お気に召したのならば、光栄です。では、確かに。ぜひまたいらしてくださいね」

 アリーは、なんとかその手を引き剥がそうとしましたが、だめでした。女の人が帰った後、パパはうやうやしく扉を閉め、そのまま、ずるずるとアリーを店の奥へ引きずっていき、言いました。

「アリー。店に出てくるなと言っていたはずだぞ」

「ごめんなさい。でも、パパに言いたいことがあったんだもの」

 口では謝りながらも、反省していないアリーは、すかさず紅い帽子を見せ、事の次第を話しました。パパは驚いた様子で話を聞いていました。

「こんな帽子は初めて見たぞ。しかし、あのレイチェルがそんなことをするとは思わなかったな。お礼は言ったんだろうな?」

 あっ、とアリーは小さく声を漏らしました。パパは溜息をつきました。

「すぐに言ってきなさい。貰ったというのなら、その帽子はおまえのものだ。好きにしていい」

 アリーは元気よく返事をして、踵を返しました。



 レイにお礼を行った後、二階の自室に戻ったアリーは鏡の前で帽子を被ってみました。。帽子を裏返すと、まるくローマ数字が並んでおり、そして帽子の中心からは、まるで長身と単身のように黒い矢印が縫い付けてありました。随分と変わったデザインだ、とアリーは思いました。

 この目の覚めるようなワインレッドのベレー帽は、アリーのこげ茶色の髪と、くりくりした翡翠の目によく似合いました。

しかし、アリーは鏡の前でぐるりと一回転してみて、今着ている、よれよれのワンピースが帽子に合わないことに気づきました。そこでクローゼットをあけ、去年プレゼントしてもらった、お気に入りの赤いスカートと、フリルのついたブラウスを引っ張り出しました。それから髪を梳き、顔を洗ってから、それらを着て帽子を被りなおし、もう一度鏡の前に立ちました。

すると、見たこともないような、お人形のようにかわいらしい女の子が鏡の中に現れました。アリーは嬉しくなって、鏡の前で飛んだり跳ねたり回ったりしました。そのうちに、このかわいらしい恰好で外に出てみようとおもいました。そこで、履き古したぼろぼろの靴を脱ぎ、買ってもらったばかりの編み上げ靴を履いて、裏口から外へ出ました。


その日は、とてもよいお天気でした。休日なので、町の中心にあるこの商店街は、たくさんの人々でにぎわっていました。あたりのお店には、おいしそうなパンや色とりどりの宝石や、見たことのない面白いおもちゃなんかが並んでいましたが、アリーはそれらに目もくれませんでした。家から出るたびに毎日毎日同じものを見て、すっかり飽きてしまっていたからです。

しかし、一つだけ、アリーが見たことのないお店がありました。

それは、お店とお店の間の奥まったところに、ぼろぼろの木でできた足の高いテーブルを置いただけの、みすぼらしい屋台でした。普通なら気味悪がって逃げてしまうところですが、好奇心旺盛なアリーはかまわず近づいていきました。

「ねえ、おじさん。ここで何をしているの?」

 声をかけられて、テーブルに突っ伏していた男は、ゆっくりと顔を上げました。

「おじさん、か。俺はそんなに老けて見えるのかね」

 男は彫りが深く、土気色の汚い顔で、いかにも寝起きという感じの、機嫌の悪そうな面構えでした。けれども、アリーは気にしませんでした。

「少なくとも、お兄さんには見えないわ。ねえ、何を売っているの?」

「見りゃわかるだろう、時計だよ」

 テーブルには一風変わった時計を置いていました。懐中時計の面に革ベルトがついているものや、三角形のものや、数字の代わりに奇妙な絵が描いてあるものや……とにかく、まともではない時計ばかりでした。アリーは目を輝かせて尋ねました。



「私、こんな時計見たことないわ。触ってもいい?」

「駄目だ」

「高いの?」

 男はふっと、馬鹿にしたように笑いました。

「まあ、あんたには買えないだろうな。さあ、帰ってくれ。商売の邪魔だ」

「寝てたくせに」

 そう言うと男は、眉間に皺を寄せました。

「ずいぶんと生意気なお嬢さんだな。いちいち屁理屈ばかり言う」

 アリーは答えずに再度尋ねました。

「ねえ、触ってもいい?」

「駄目だ」

「絶対に傷つけないわ。少しだけ、お願い。ちょっと見たらすぐに帰るから」

「今すぐ帰ってくれ」

「ちょっとだけ!」

「駄目だ!」

 そんなやりとりを何度か繰り返すと、男は観念したように両手を上げました。

「もういい。わかった、わかった。好きにしやがれ」

「本当に?」

 アリーは喜びいさんで時計を手に取りました。

 そのときです。

 アリーの頭から、帽子がすぽっと抜けました。そして空中を二、三度舞ったあげくに、男のぼさぼさの頭にすーっと下りてきてとまりました。あまりに突然のことだったので、二人とも口を開けたまま固まっていました。

「今、誰かが私の帽子をもぎとらなかった?」

 しばらくしてから、アリーが訊きました。男は答えずに、頭に手をやって帽子をとり、裏返してみて、驚いた顔をしました。

「おい、あんた、こいつをどこで手に入れた」

「こいつ?」

「帽子だよ。なんでこんなものを持っているんだ」

「なんでって、貰ったのよ。私が帽子を持っていてはいけないの?」

 男はそれには答えませんでした。代わりに何故か、じっとアリーの顔を見つめてきました。

「何?」

「あんたの、名前と住んでいる場所を聞いてもいいかな」

「嫌よ。だって私、あなたの名前を知らないのだもの。不公平だわ」

 男は少し考えて、答えました。

「俺はバートだ」

「それだけ?」

「別にいいだろう。それより、名前を聞かせろ」

「じゃあ、私はアリーよ。それ以上は言わない」

「住んでいる場所は?」

「あなたはどうなの?」

「ない。放浪しているからな」

「ふうん」

 それなら、仕方ありません。アリーは、両親がいる店の名前を教えました。男――バートは、それを手帳に書きとめると、アリーの頭に帽子を返してくれました。

「なるほど、あんたのことは覚えておくよ。いつかまた、会いに来るかもしれない」

 そして立ち上がると、商品をかき集めはじめました。

「今日はもう店じまいだ。ここに居ても誰も立ち寄ってはくれないし、よそに行くことにする」

「どこへ行くの?」

「俺にもわからん。いいか、その帽子を失くすんじゃないぞ。いずれ、必要になる時が来るかもしれんからな」

「どういうこと?」

「いずれ知ることになるさ」

 一体彼が何を言おうとしているのか、さっぱりわかりません。アリーはただ、ぽかんとバートが時計を麻袋に放りこみ、テーブルを横倒しにする様子を観察していました。

「あの」

「この机は拾い物でな。最初からここにあったのさ」

「ちょっと」

「というわけで俺は行くよ。いいものを見せてもらった」

 バートはこちらの言葉を遮りながら。時計を入れた袋を担ぎ、アリーの頬を軽く叩いて、颯爽と走り去っていきました。アリーは、ただただ、その背中を見送ることしかできませんでした。

「変なの」

 アリーには何がなんだかわかりませんでした。バートはどうしてあんなことを言ったのでしょう。どうして帽子にあんなに興味を示したのでしょう。今だって、アリーに何か訊かれるのを避けるように消えてしまいました。

 そこまで考えて、ふと、アリーは頭から帽子を取りました。先ほど、バートが帽子を見ていたのを思い出したからです。それから、さっき彼がやっていたようにひっくり返してみて、ぎょっとしました。



 帽子の裏側の淵には、濃い黒でぐるりと十二の数字が書いてありました。縫い付けているのではありません。まるでタイプライターで打ちこんであるかのように、くっきりと浮かび上がっているのです。それはまるで、布でできた時計のようでした。十二の下には、帽子と同じ紅色の糸で「アレクサンドラ」と刺繍されていました。さらに、帽子の中心からは時計の長針と短針を思わせる、二本の長さの違う線が縫いこまれていました。

 こんなの、レイから貰ったときには――いいえ、あのときは裏側なんか見ていませんでしたが、少なくとも、鏡の前で被るときには――なかったはずです。

 ふと、そのとき、アリーは両手に違和感を覚えました。なんだか、誰かに引っ張られているような感じがするのです。というより、何かに押し戻されているような……まさかと思い、アリーは両手の力を緩めてみました。

「あっ」

 その途端、アリーの手から帽子が逃げ出しました。風に攫われたのではありません。地面に転がった帽子は、まるで生き物のように地面を跳ねて行きました。アリーは慌てて追いかけました。

 帽子はボールのように跳ね回り、道行く人を器用に避けて、先へ先へと進んで行きました。アリーは、あっちこっちの人にぶつかりながらも、帽子を見失わないように必死で後を追いました。

 いつの間にか、帽子とアリーは、町外れの食堂の前まで来ていました。アリーはもう息が切れて、一歩も動けない状態でしたが、帽子のほうはまだまだ元気で、食堂の入り口の扉にぺしぺしと体当たりを繰り返していました。

 今にも倒れそうになりながら帽子を取ろうとすると、運悪く扉が開いてしまいました。中から出てきたのは、食事を済ませのたであろう老いた夫婦でした。夫婦は、扉の前で息を荒くしているアリーを見て面食らったようでしたが、帽子には気づかず、そのまま扉を閉めて行ってしまいました。

 それからしばらく、アリーは途方に暮れていました。用もないのに中へ入るのは、なかなか勇気がいります。しかし、せっかくレイがくれた帽子です。このまま諦めるわけにはいきません。しゃがみこんで息を整えた後、アリーは思い切って扉を引きました。

「いらっしゃい。あら、アリー一人?」

 出迎えてくれたのは、顔なじみのおばさんでした。

「こんにちは。ええと、私、赤い帽子を探していて」

 ふと右のほうを見ると、おばさんが寄りかかっているカウンターに、例の帽子が乗っかっているのが目にとまりました。

「帽子、そう、そこにあるやつ。私のなの」

 アリーが指差した先を見て、おばさんは目をぱちくりさせました。

「あら、こんな帽子、さっきまでなかったのに」

 そう言いながら、おばさんはテーブルから帽子を取りました。

「おや? この帽子、裏に時計が描いてあるのねえ。どうも最近は時計に縁があるみたい。一ヶ月前にも、こんな感じの赤い時計の忘れ物があったし」

「赤い時計?」

 アリーが知るかぎり、持ち運べる時計といえば、懐中電灯しかありません。しかし、懐中時計は大抵金色や銀色のものが多く、赤色なんて、まず聞いたことがありません。

「そうなのよ。赤い目覚まし時計。こんなもの持って歩く人がいるものなのねえ。気づいた時にはもう、お客さんはとっくにいなくなっていて」

 そう言っておばさんは、アリーに時計を手渡してくれました。アリーが両手でやっと抱えられるくらいの、何の変哲もない目覚まし時計でした。

「こんなの、誰が置いて行ったの?」

「とても変な人だったわ。今でも思い出せる。顔が土色で、しわくちゃで、でも老けているようには見えなかった。服は汚れてぼろぼろで、大きな麻袋を持っていたの」

 おばさんの説明に、アリーはぴんときました。そんな人に、ついさっき遭遇したばかりでした。

「私、その人を知っているわ。いつか、私に会いに来るとも言っていたの。だから、その時計は私が引き取る。いいでしょう?」

 おばさんは困ったようにアリーと時計を見つめました。

「そうね。いつまでもうちで預かっていたって、もう一度来るかどうかもわからないし、余計なものを置いておくと邪魔だし。もしあの男の方がうちに来たら、あなたの家を教えればいいんだものね」

 思ったよりすんなりと、おばさんは時計を譲ってくれました。

「一ヶ月も取りに来ないほうが悪いのよ。あなたにあげるわ」

 こうして、アリーは赤い時計と赤い帽子を受け取りました。

 帰ってきてからよくよく見てみると、まず、この目覚まし時計の裏側には「ふたつめ」という謎の言葉が刻まれていました。ふたつめということは、「ひとつめ」もあるのでしょうか。それから、この時計の文字盤は、帽子の裏側のそれとそっくりでした。ただ一つ違ったのは、アリーの帽子と違って、十二の下に聞き慣れない言葉が刻まれていたことでした。アリーは声に出して読んでみました。



「ペ・ン・バー……トン。『ペンバートン』って、何かしら」

 全く見当がつかなかったので、アリーは店じまいを終えたパパに質問しました。

「パパ、『ペンバートン』って何か知ってる?」

「何だ、急に。ペンバートンといったら、あれだ、会社の名前だよ。一流の大企業だ。それがどうかしたのか」

「ええと、今日お店で見た時計に、そう書いてあったの」

「そうかい。じゃあ、ペンバートン社製の時計なのだろう。しかしあの会社、時計なんか作っていたかなあ?」

 パパは首を捻っていましたが、とりあえず、アリーは納得しました。

 ですが、それと同時にがっかりしました。この言葉が、バートの素性を知る手がかりになればいいなと思っていたからです。もっと彼を問い詰めて色々なことを聞いておけばよかった、とアリーは後悔しました。

 さて、残るはこの人騒がせな帽子です。

 家でもう一度帽子の裏側を見てみると、不思議なことに、裏地に縫いこまれている二本の線の位置は、昼間と変わっていました。それはちょうど夜の六時半を指していて、その針の場所はリビングの壁掛け時計とまったく同じでした。どうやら、この帽子の時計は、実際の時間に合わせて動いているらしいのです。

 そこで数日後、アリーはまたお店に行きました。レイは、ちょうど仕上がった服を持ってどこかへ行こうとしているところでした。アリーは帽子を被ったまま、レイにの前に立ちはだかりました。

「見て、この帽子似合っているでしょう? でも、変なの。なぜか私の名前が刺繍してあるし、裏側が時計になっているの。ねえ、信じられる? 布でできた針が帽子の中で動くのよ」

 アリーは思わず、早口で一気にまくし立ててしまいました。言いたいことがありすぎて、どこから説明すればいいのかわかりませんでした。しかし、レイはそんなアリーにふっと微笑みかけると、その言葉を遮るように言いました。

「きっと気のせいよ、アリー。寝る前におとぎ話を読みすぎたのではないの? 王子様とお姫様がでてくるような話をね」

「え?」

 それはまるで、言うことを聞かない子供を諭すような言い方でした。それでいて、どことなくアリーを馬鹿にするかのような口調でした。

 アリーが何も話せないまま突っ立っていると、レイは、話すことはもうない、とでも言うように、アリーの横をすり抜けて、さっさと行ってしまいました。

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