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蜂蜜色のお嬢様

 

「というわけなんだ、アン頼むよ」


 そういう話はなんとなく耳にしていた。



 私はウルド男爵家に勤めるメイドだ。もうすぐ10年になる。


 やって来た頃にいたメイド長は噂好きで、それで男爵には隠し子がいるらしいというのは彼女から聞いた。



 かつて屋敷には住みこみの家庭教師がいた。男爵家の長女と次女の専属だった。その家庭教師はとても可憐な容姿で男爵のみならず男性の使用人の殆どが彼女にちやほやしていたそうだ。


 それがある時急に暇を貰って屋敷を辞し音信不通になった。男爵は密かにその家庭教師を探しているらしい。

 何かあったに違いないと使用人たちは口さがない。何か、が憶測ではなく事実になった。


 ことは突然動き出した。その元家庭教師が不慮の事故でなくなったことで隠していた彼女と子供の素性が漏れ捜索の網にかかった。執事のシメオンさんがいうには本当にギリギリのタイミング、と。


 捜索されていた隠し子は貴族の血統ならではの魔力持ちの可能性があった。14歳を迎えるはずの今年はなんとしてでも魔術学園に入れなければならない。そして男爵家の名の元に入学させるなら付け焼き刃ででも淑女教育を施さねばならない。


 入学まではあと3ヶ月だ。本当にギリギリというかあとはなんとでもなれのレベルだ。


 男爵から全てを聞いた私はぜひ力になりたいと申し出たのだが。


 男爵に専属侍女として身の回りの世話と、他にも教育係は付けるが一緒にスパルタでマナーを叩き込んで欲しいと頼まれはしたものの平民の、しかも殆ど山の中のど田舎育ちの少女を3ヶ月でなんとかしろだなんて……はぁ……



 シメオンさんがディアドラさまを連れて帰るとそれは杞憂だとわかった。



 馬車から降りてきたディアドラさまは、すでにお嬢様と呼ぶにふさわしかった。


 シメオンさんに支えてもらうために差し出したその白い手。馬車からすっと踏み出す足先。

 おずおずと控えめにうつむいてはいるが美しい姿勢でワンピースの裾を上品にたくしあげて馬車から降り立つその様子はすでに淑女のそれだった。


 淡い蜂蜜色のふわふわの髪に色白の愛らしい顔立ち。華奢な身体に優雅な仕草。

 山育ちの猿って言ったのどこのどいつだよ……


 迎えに出た使用人すべてが深々とお辞儀をする。

 表情に出してはならないが全員が驚き感動しているのが伝わってきた。



 お嬢様の母親が家庭教師だったことを思い出す。家庭教師は貧乏な貴族の子女がなることが多く勉強だけではなく紳士淑女としてのマナーを教える教育係を兼ねる者もいる。そうか、そういうことか。


 ディアドラさまは仕草やマナーだけではなく14歳の貴族の子女が身につけているべき一般教養などもすでに母親に教わっていた。それでも田舎育ちには違いなく、貴族としての立ち居振る舞いや社交のことなど確認も含めて教え込むことは山ほどあった。


 とても優秀ではあるが時折寂しそうな様子を見せるお嬢様が気にかかる。部屋に一人でいるときなどため息をついている。誰にも聞こえてないと思ってるのだろう。


 彼女は母親を亡くしたばかりの子どもなのだ。


 華奢で儚げな様子のディアドラさまが慣れない屋敷で淑女教育をがんばる健気な姿には心打たれるものがある。

 俄然、教育時間以外はつい甘やかしてしまう。


 それは男爵も同じですでに嫁に行った長女や次女のように厳しく接することはなくディアドラさまには甘い。娘というよりは孫にするような態度だ。なんかわかる。


 男爵には娘しかいなかったが長女と次女は貴族とはいえ恋愛結婚で嫁いでしまった。うん、長女と次女にも甘かったっすね。男爵は親戚から養子を迎え入れることを考えておられたがディアドラさまを手元に置いておきたく婿に来るやつとしか結婚させない!とほろ酔い加減で溢されていたとか。うんうんわかるわかる。


 白い肌にふくふくの桃色ほっぺが赤ちゃんのよう……じゃなくて……ディアドラさまにはつい守りたくなるような可憐さがある。正直屋敷の者全員が彼女に魅了の魔法でもかけられているのではないかと思うほど。


 ディアドラさまが嗜みとして葡萄酒を飲んだときなどはとろんとした表情にうるうるの瞳、囁くような甘ったるい喋り方、仕草がさらにゆったりと優雅になり……可憐さにプラス色っぽさが爆発して男性陣は平伏しかねないほど腰抜け状態になった。


 男爵はディアドラさまに絶対禁酒と言い付けていたがこれには私も賛成。外でこれをやられると守れる自信がない。学園に付き添いの侍女は一人までで私しかいないのだ。



 一緒に過ごすこと一ヶ月もするとこの庇護欲をそそる可憐な見た目は生まれつきのもので、良い意味で彼女の内面を表すものではないことがわかってきた。


 困ったような下がり眉、悩ましく見える臥せ気味の長い睫毛、愁いを帯びた鈴のような声音。細い首に華奢過ぎる撫で肩。ちょっとした見た目のことがお嬢様の意図とは別に人目を惹いてしまっている。


 振る舞いは優雅な淑女だが中身は気さくでのんびり、でも気が弱いなんてことは全くなくとてもしっかりしていた。きっと誰かに守って欲しいなどとは考えてないだろう。ほどよく毒も持ち合わせてる。かなり好きな性格だ。



 お嬢様の笑顔は人を惹き付けるものがある。彼女が笑うと屋敷全体が明るくなる。


 私は彼女の笑顔を守り抜こうと心に誓った。









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