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春風に微笑んで

 


 羽が伸ばせるぞ───



 そう兄や姉たちに言われて心待ちにしていた王立魔術学園の入学の日がとうとうやってきた。


 全寮制なのでしきたりの厳しい王宮から離れて暮らせる。


 そんな単純なことが嬉しい。


 規則では一人までの侍従の入寮も王室対応で三人、近衛騎士団関係の子息による同級生という名目の護衛が三人とある程度のお目付け役はいるものの基本的に行動は自己責任で自由にしていいと言われている。貴族以外の同年代の友人を作ることも可能だ。


 子供の頃から学友として仲良くしていたイライジャやエリオットと寮の部屋も近く一緒に入学式に向かうことにする。


 いつ、どこで、何を、誰と、それをある程度自分で気の向くままに決めることができるというほんのささやかなことにうきうきが止まらない。


 王立魔術学園は非常に大きい。赤レンガの厳かな5階建ての建物だ。講堂や体育館、特別授業の別棟と運動場もある。


 クラス分けの貼り出しに人だかりが見える。


 一人の少女が周りからあからさまにじろじろと見られている。

 淡い蜂蜜色のゆるいウェーブの髪、色白の華奢な少女だ。身成りからして貴族のようだが初めて見る顔だ。


「あれはきっとウルド男爵の娘ですね。つい最近血縁が分かって平民だったのが男爵家に引き取られたそうですよ」

「へぇ。物語なんかではそーゆーのよく聞くけど本当にそんなことってあるんだな」

 イライジャとエリオットがのんびりという。へぇ。


「あっ」

 思わず声が出る。少女が突き飛ばされた。あれはわざとだろう。女ってこーゆーとこまじで怖い。


 少女は呆然として地面にへたりこんでいる。突然の悪意に驚いているようだ。

 そーだよなー。ただでさえ女は怖いのに貴族の令嬢の嫌がらせとかまじで引くよなー。

 大きな目を見開いて、それから唇をぎゅっと噛んでうつむいた。




 その様子があまりにも可憐で、気がついたら少女に手を差し出していた。

 しまった。あんまり女の諍いにはかかわりたくないのに──


 少女は驚きながらも僕の手をとって立ち上がるとたった今嫌がらせをされてへたりこんでいたとは思えないほど華麗にお辞儀をした。


 遠目にも可愛いのはわかったが近くで見ると、ヤバい。あと触れた手指がちゅるちゅるしてる。なんだこの感触ヤバすぎる。


 肌が白いのとふわふわした淡い髪の色のせいもあるがまるで光をまとった精霊のよう。

 目はけして大きくはないが愁いを帯びた臥せぎみの長い蜂蜜色の睫毛が瞬く様子が印象的。


 瞳は茶色で、顔立ちは整ってはいるが特にパッと目を惹くようなところはない。白いマシュマロのような肌にほんわりと淡い桃色の頬と唇はつい触りたくはなるが。

 どちらかというと美人とか可愛いよりも彼女には『可憐』という表現が合うようだ。いや美人だし可愛いんだけども。


 思わず自分が手を差しのべてしまったのはこの守りたくなるような可憐さのためだろう。


 スカートをつまみ上げる指先も細くしなやかで、少女の動きすべてが愛らしい優雅さを醸し出している。


 ディアドラというのか。なんだか可憐な彼女にはちょっと勇ましい感じの語感の名前だが響きがいい。どうやら同じクラスのようだ。やった!


 イライジャとエリオットも彼女を見てから顔が赤い。わかるー。








 彼女のメイン属性が光とわかったとき妙に納得した。エリオットたちも思いっきりうんうんと頷いてた。






 僕には婚約者候補がいる。


 クララという公爵令嬢なのだが、まだ候補ではあるがほぼ確定と言われているコイツはいつも僕にまとわりついて厳しく当たる。


 案の定ディアドラにすぐに接触したようだ。


 トイレで何があったかはわからないが日頃のクララの言動を考えるときっとねちねちと嫌みを言ったのだろう。もしかしたら嫉妬からの嫌がらせをしたのかもしれない。

 クララは美人ではあるがプライドが高く高慢さが顔に出てて苦手だ。


 ディアドラは震えながら心細そうにこちらにきた。泣いてないのがやっと、という風情だ。思わず抱き締めたくなる。


 そしてクララを悪く言うでもなく僕にお願いをしてきた。

 なんと控えめなんだろう。


 僕の選ぶ学友にまで口出しをしてくるのは許せないがディアドラになにかあっては大変なので僕もこれからは気を付けようと思う。


 しかし食堂で食べるとなるとさっきランチで貰った絶品の手作りケーキを持ち込むのはさすがにできない。おやつとしておねだりしていいものかちょっと悩ましい。



 ランチのときに申し込んでおいた歓迎会のパートナーを受けてもらえた!やった!


 当日会場前で待っていると彼女がやってきた。

 思わず見惚れて動けない。嘘だろうめっちゃ可愛い…!


 ドレス姿で化粧をしているがどちらも淡い色合いでそれがディアドラの光をまとったようなほんわりとしたオーラを際立たせていつもの何倍も可憐だ。

 ヤバい呼吸ってどうするんだっけ?顔が熱いしおでこから汗がでる……止めようにもどうしようもできないぃうわぁぁぁぁ!エスコートするのに手を取ると、またちゅるちゅるの肌の感触が…うわぁぁぁぁぁぁ!


 新入生歓迎への答辞を述べたはずだけどちょっと記憶にない。

 ディアドラと踊ったはずだけどなんかいい匂いがしてディアドラが軽やかに可憐に微笑んですごく近くにいたけど……記憶が飛んだ。ちょ、もったいない……!


 気がついたらディアドラは他の男子生徒に次々とダンスを申し込まれて踊っていた。

 なんとか顔の熱いのは止まったがめちゃくちゃ喉が渇いてる。

 ディアドラを取り返してダンスホールを抜け出した。



「わたし、お酒全く飲めないんですよアデル王子殿下。せっかく持ってきてくださったのに申し訳ありません」

 女性でも飲みやすいロゼワインを持ってきたが失敗した。お酒じゃない飲み物あったっけな?


 あれでもないこれでもない~とノンアルコールドリンクを探しているとディアドラとクララが話しているのが視界に入る。


 うわっまたクララのやつ……



 慌てて戻るとディアドラが赤い顔をしている。うわ可愛い!じゃなくて、手にはフルートグラスを持っている。おいおいシャンパンじゃないかそれ。


 またクララの嫌がらせか?お酒飲めないのに無理して……。きっとクララが飲めと強要したにちがいない。

 ディアドラはいつもクララを庇うがなにか弱みでも握られているんだろうか?一度ちゃんと話をしてみる必要があるかもしれない。




 よし、可憐なディアドラは僕が守るんだ。



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