魅惑的で清楚可憐
魔術学園の本校舎から、谷を渡る橋の向こうに学生寮がある。
本校舎は赤煉瓦の重厚な建物だが寮のほうは貴族用も平民用の棟も白くて小さなアーチがたくさん並んだ瀟洒、というよりは繊細で歴史を感じさせる建築。
魔術学園ができる以前、数百年も前の修道院であったものをできるだけ外観を変えないようにと学生寮に改築された。祈りを捧げる神秘的な聖堂のような見た目だ。
「それって、ねぇノイシュ。どういう意味だと思う?」
「そのまんまでしょ」
「よね……」
貴族用の女子寮の一室、わたくしクララの部屋にはノイシュがいる。
女子寮ではあるが貴族の子女、特に一部の高位貴族の子女の部屋は独立した別棟にあり、寝室とは別の居間には男女問わず気軽に客が呼べるようになっている。元は修道院に寄進する貴族たち用の豪華な宿泊施設のロビーだったところだ。
豪華なソファで、侍女の淹れてくれたお茶を飲みながらノイシュと時空間魔術の使用者探しについて話し合っている。
もちろん侍女は下げている。
「つまりエメルは記憶持ち、てことね」
「ディアドラの中のひとが違う、て気が付くってさぁ、エメルは前世で彼女と仲良かったっけ?」
「うーんディアドラの周りには男がいっぱいいたからねぇ。それにエメルの中身が前もエメルとは限らないし」
「だよねぇ」
のほほんと答えるこの男、ノイシュも前世の記憶がある。
ノイシュと二人の時は王子だったころのような男言葉になってしまう。
ノイシュの母のことを国王が話してしまったらしいと兄のグリフィスが言っていたのでディアドラの前でもノイシュとはつい素で話してしまう。
王宮には貴族の子女向けの武術の稽古場がある。ノイシュとはまだ小さな子どもの時分そこで出会った。
前世も現世も。
わたくしは前世でチャンバラ大好きなアデル王子であったがそれは今世も変わらず。
剣や槍の稽古場では定期的に公開試合が行われる。
初めて対戦したときにノイシュは太刀筋からわたくしがアデル王子だと気付いた。
ノイシュとは前世でもトーナメントの決勝で何度も対戦したのだ。
つまり、ノイシュは前世もノイシュだった。前世では別の人間だったわたくしとは違う。
ほわほわと癒し系の、のんびりとした少年だと思っていたがノイシュは恐ろしく察しが良い。前世では全く気が付かなかったが。
ちなみに今のアデル王子もチャンバラが大好きだ。
華奢な身体で可愛い顔で、大剣での剛力任せの荒々しい剣技はわたくしと全く同じ。中身も荒が大きいおかげで「そんなとこまで真似するなんてほんと僕のこと好きなんだな」という目でわたくしを見ている。勘違いしてくれてありがたいけど、ちげーよ。
クララは前世では剣などおそらく持ったことはないだろう……。
「グリフィスのリストにエメルも入れとこうか」
「でもさぁ、なんていう?」
「まぁね、グリフィスも恐ろしく察しがいいからね」
「も?」
ノイシュが不思議そうに首を傾げる。自分のことに関してはあまり察しが良くないらしい。
……こいつディアドラのことも気付いてないんだろうな。
ノイシュを潤んだ瞳で頬を染めて見上げている。本人に自覚があるのかわからないがノイシュのことが好きなのだろう。いつもなら人の心の動きに機敏に反応するノイシュがそこだけは見事なまでにスルーしている。
前世ではディアドラとこいつはほとんど交流はなかったから余計ノイシュはそこを見ないのかもしれないが。
ふわふわと愛らしい妖精のようなディアドラ。見た目は前世と同じなのに性格も愛する人も、違う。
少し寂しい。
前世、ノイシュがディアドラと関わらなかった理由のひとつに彼女が意識か無意識か、使う魔術があった。
彼女は魅了を男性向けに発動していた。おそらく無意識で、吸血鬼が使うような強力なものではなくほんのりとその気配がある、といった程度だがアデルのようにアレだと簡単にかかるのかと思いきや優秀な兄さえも餌食になっていた。
悪意があるわけではなく生まれつき無意識に魅了を使う者はわりといる。赤ん坊の頃に無意識に使って物心つく頃には自然となくなるのが多いらしい。
稀にそのまま無意識に使い続ける者がいる。前世のディアドラもおそらくそうだったのだろう。
現世では魅了の使用の気配はない。そういうことに敏感なノイシュも安心して(?)彼女のそばにいる。たしか前世では同じ班になったときにこっそりエリオットと替わっていたな。エリオットは喜んでたけど。
今のディアドラは魅了は全く使用していない。
それでも前世で彼女に群がっていた男等は今のディアドラにも夢中のようだ。前世のぶりっ子全開で男性に愛想を振り撒くでもなく淑やかで清楚可憐で控えめなお嬢様なのに。いや、だからか。
「ディアドラの中のひと、記憶あるのかなぁ?て思ったけど今日のエメルとの会話を考えてる顔見てた感じだと多分ないねぇ」
のほほんと言いやがったな。ディアドラを見つめたのか。
「顔見てたの?」
「うん、なに?」
「いや、目が潤んでなかった?」
「ああそういえば。考えがまとまらなくて困惑してたからかな?」
ぽわんと不思議そうにしている。ノイシュにとっては意図の読めない不思議な質問なんだろう。
ヒントも無駄か。はぁ、肝心なところで。ほわほわと笑ってんなよ、こいつちょっとなんか……かわいい。
ちょっと待て、わたくしをきゅんとさせてどうする!




