待ち合わせ
「お前……誰だ?」
手を掴まれて、突然の問いかけに驚いて声が出ません。
いや、あなたこそ誰?
この黒い髪に大きな黒い目の男性、あ、たしか新入生歓迎会の時にわたしをじっと見てた方だわ。制服を着てるので生徒さんなんですね。
きゅるりと神経質そうな瞳を揺らしながら、不安そうにわたしを見つめます。
突然の横暴な出来事に腹を立ててもいいかもしれないのですが、でもこの方から恐ろしさや嫌な感じは全くしないんですよね?
「ディアドラ、どうしたの?」
ノイシュがさっと間に入ってくれました。ほわっ、こちらも突然です。嬉しいけど。
「ディアドラになんか用?エメル」
いつものほんわり笑顔のままだけど、男性が掴む手を持ち上げてわたしから離すとなんだか威圧するように黒髪の方を見上げるノイシュ。ノイシュのほうが少し背が低いんですね。
ちょっとその笑顔はヒュトラン兄妹の亜種という感じ。意外な一面です。
放課後の図書室前の廊下、階段への曲がり角。剣の稽古のない日はだいたい図書室で勉強しているのでわたしを探すのは簡単かもしれません。ノイシュもだいたいそうなのでいつも一緒になりますね。
図書室へは一緒に来たわけではありませんが助けて(?)くれました。ふふ。騎士のようです。
「なんでもない……」
エメル、ですか。彼は逃げるように急ぎ足で去って行きました。綺麗なお顔立ちしてらっしゃるのにちょっと挙動不審でもったいないですね。残念、というのかしら。
「ノイシュの知り合いなの?」
「彼は、エメルはたしかレスター伯の長男だね。たしか五年生じゃないかなぁ。剣の稽古で一緒になったことがあるだけでよくは知らない。ディアドラこそ絡まれてたようだけど、どうしたの?」
「うん……誰?て聞かれて……」
わたし、有名人な自覚はあるんですけどご存知ない方もいらっしゃるんですね。自意識過剰でしたね。
「誰?…どういう意味か、わかる?」
ノイシュが首を傾げてます。かわいい。
「意味?」
「正直な話、ディアドラのこと知らない人ってあんまりいないと思うんだよねぇ。貴族なら尚更。でも知らないとしても普通そんなこと急に質問しないよね?」
「たしかに」
突然腕掴んで誰?なんて。おかしいですね。どういう意味なんでしょう???ノイシュかわいい、とか思ってる場合じゃないですかね。
ノイシュがわたしの顔をじっと見ます。うん、見つめる、ていう感じではないのはわかってます。考えろよ?てことですよね。
でもきっとわたし今顔赤いですね。熱くて汗が出ます。どうしましょう恥ずかしい。何にも考えられません。えーと何を考えるんでしたっけ。
「エメルと話したことある?」
ノイシュがいつものまろやかな優しい声で訊いてくれました。わたしの思考が飛んでるのを察してくれたようですね。
どこに飛んだかもばれてるのかしら。うわ、どうしましょう。じゃなくてエメルさんのことですね。
「話したことないわ。でも、前にじっと見つめられたことがあって、顔は覚えてたんだけど」
「見つめられた?」
ノイシュが怪訝な顔をします。
「あ、あの、見つめられたというか、じっと見据えてたというか……あの、見惚れるとかそういう感じではなくて……」
何言い訳っぽいこと言ってるんでしょうわたし。見つめられた、とか、やっぱり自意識過剰ですかね。ノイシュの前で恥ずかしいっ。更に顔が熱いです。
「ふうん。それ、一応クララに言ったほうが……いや、僕が話しておくよ、後で会うから」
「……じゃあお願い」
今日は剣の稽古の日ではないけど、ノイシュとクララはやっぱり仲良しなんですね。どちらも好きなんですけど、なんだか複雑……。




