めくるめく世界で
僕には愛する少女がいた。
平民から男爵家に引き取られたディアドラという可憐な令嬢だ。非常に珍しい光属性の魔力を持ち将来的には光の聖女になるだろうと言われていた。僕自身も刺客に襲われたときに彼女の治癒魔術に助けられた。王族の責任とプレッシャーを背負う僕を愛らしい笑顔でいつも癒してくれた。
第二王子である僕には早々に婚約者がいた。クララという公爵家の令嬢だ。
美しいがそれよりも高貴さを鼻にかけてつんと澄ましておりいつも取り巻きに囲われていた。
クララに初めて会ったときはこんな美しい少女が婚約者だなんて、とちょっぴり喜んだが彼女は僕に執着して付け回しいつも僕の欠点をあげつらうように指摘した。アデル様のためだとかなんだとか言って。正直彼女のことは苦手だった。
魔術学園に入学してディアドラに一目惚れした。
同い年のクララも同じく入学し、僕と一緒にいるディアドラのことまでも付け回すようになった。きっと嫉妬しているのだろう。
僕にするのと同じようにディアドラの令嬢らしくない点を次々に指摘して嫌がらせをする。つい最近まで平民として育った彼女に貴族の子女としての作法などまだ馴染みようもなく、でもその屈託のなさが僕には好印象であるのに。
そんなディアドラの貴族の令嬢らしからぬ元気で溌剌とした愛らしさには僕の他にも幾人もの男子生徒が参っていたようだ。友人のイライジャやエリオット、クララの兄であるグリフィスも彼女に夢中だ。
極度のブラコンでもあるクララは兄が彼女に構うのも気に入らなかったようだ。
クララの嫌がらせはどんどん酷くなりそれらは僕の元に次々と報告された。
ディアドラの笑顔がどんどん翳ってくる。僕は居たたまれず彼女に愛を誓った。彼女をクララから守るためにもディアドラを正妃に迎えるのが最善だと思った。正妃とあらば公爵令嬢のクララも手を出せないだろう。
ディアドラはクララに申し訳ないと最初は受け入れようとしなかったが誠心誠意彼女に愛を示していくとついに首を縦に振ってくれた。
魔術学園の卒業パーティで僕はクララに婚約破棄を告げた。
こんな公の場を選んだのは後から婚約破棄を覆せないようにするためと、これまで嫌がらせをしてきたクララへの復讐でもあった。
婚約破棄を告げるとクララの美しい顔が切なそうに歪む。それでも笑顔で取り繕おうとするクララに心が痛んだ。
何故そんな顔をするんだ……まるで僕のほうが悪役のようじゃないか。
そう思った瞬間、目の前の世界がぐるりと回って真っ暗闇に落ちた。
意識が戻ると明るい天井が見えた。
見たことのない明るい桃色に金色の装飾の天井。動こうとすると身体が思ったように動かない。
声を上げると優しい、けれど心配そうな顔が僕を覗きこむ。美しい女性だ。クララに似ていると思った。クララよりも少し年上のようだ。彼女には姉かよく似た親戚でもいたのだろうか?
彼女は優しく僕の額に手を当てる。冷たくて気持ちがいい。
「可愛い可愛いわたしのクララ。気分はどう?喉が乾いたのではなくて?なにか食べれそうかしら。ハンナ、クララが目を覚ましたわ。薬湯とオートミールのお粥を持ってきて」
起き上がれるようになり姿見の前に立つとそこにはプラチナブロンドの愛らしい幼女がいた。この顔は知ってる。クララだ。




