名前をするりと言えないあの人
「ディアドラ、もう大丈夫なのか?無理はするなよ?」
久々に登校して教室の扉を開けたとたんに、あぁ、耳としっぽがないのが不思議なほど今にもクゥーンとなきそうなアデル王子がダッシュで来ました。後ろのハーロウ様とダレイトン様も心配そうな顔つきです。
相変わらずキラキラまぶしい美少年ですね!やっぱりゴージャス美形な国王陛下にそっくりです。コレがもう数年でああなるんだなぁ、と微笑んでしまいます。
あ、国王陛下にお会いしたことは誰にも、もちろんアデル王子にも内緒とグリフィス様ににっこりと言われたので全力で胸の内に秘めておきます。
オリハルコンの剣の盗難事件もウィル・オー・ウィスプのことも全部厳秘です。一人で抱えるのはちょっと自信ないけどフィルドさんも一緒に内緒にしてくれるので心強いです。ふたりの秘密とか、ふふ。
「もうすっかり元気ですよ。ご心配おかけして申し訳ありませんアデル王子殿下」
にっこりと笑顔で返すとお三方はパァァァァ!と輝かんばかりの素敵なイケメンスマイルを見せてくださいました。心配してくださるなんてお優しい方々ですね。
まぁ仮病?なんですけども。あら、お三方こそ風邪でもお召しになってるのでは?ほっぺが赤くて男の子なのにかわいらしいです。
「ディアドラ、おはよう!元気になったんですのね!よかったわ」
「あ、ほんとだわ。久しぶりねディアドラ」
「カースティ様アゼリン様お久しぶりです」
ふたりのご令嬢も今日も美しいです。あら?なんでしょう…?
「あぁそれ、様はなしですのよディアドラ」
「?」
「アデル王子がね、グループ内は敬称も敬語もなしにして欲しいのですって。だから名前呼び」
えっ。じゃあ…
「そう、僕はアデルって呼んでね」
「わたしはイライジャと呼んでください」
「アデル王子、とイライジャ…」
アデル王子はそのままですけど、イライジャ・ハーロウ様は名前呼びってなななんだかいいのかしら?違和感ですね。婚約者さんとかいらっしゃらないのかしら?馴れ馴れしくみえるのも正直ちょっと、まぁ他の女子もいるし大丈夫?なのかな?
「王子もどけてほしいんだけど。アデルって呼んで」
「うーんアデル…王子。う、ううーん難しいですよそれは」
「ちょっと、ずるいんだけど。俺のこともエリオットって呼んでくれよ」
「エ、エリ、…エリさま」
ちょちょ、まーってくださいダレイトン様。心の切り替えというものがですね。それにダレイトン様はグループが違いますからね。
「まぁそんなに慌てなくても徐々に慣れるわ。急かさないでさしあげてお三方」
「ねぇ。ディアドラも困ってるじゃないの」
カースティ様とアゼリン様お優しい~。美少女の笑顔は癒しですね~。あ、カースティとアゼリン、ですね。徐々に慣れることにしましょう~。
「あーディアドラだ~。おっはよー元気そうねー」
「おはよう」
エヴァンジェリスタさん、いや、ヘザーでしたわね。と、後ろに、あぁ、えっと
「あら、ノイシュも元気そうねー」
「ほんとだわーノイシュも来たのねー」
「ノイシュも治ったのだな、良かった」
ノイシュ、ですのね。ノイシュ・フィルド。不思議なお名前ですけど、うん、よい響きですね。ノイシュ、ノイシュ…
え、呼び捨ててよいのかしら?
胸のとこがきゅりんってしたのはなんですかね?
「え、なんで急に名前呼び…」
フィルドさんは不思議そうに首を傾げて、でものんびりと全員を見まわします。
「「「そーゆうことになったから~」」」
「…はぁ、そう」
フィルドさん……ノ、ノイシュは私以外のグループ全員の大合唱のような雑な説明に納得はともかく理解したようです。ハイハイ、みたいななげやりな感じがまた素敵です。察しがよいとこんな扱いされるんですね。ふふ。
「ファリスさんごきげんよう」
「クララ様!先日はありがとうございました」
お昼休憩にクララ様のところに行こうとするとどうやらクララ様の方も私を探して来てくださったようです。
なんと!本日のクララ様はポニーテールです!プラチナブロンドの縦ロールとちらちら見えるうなじがもう……今日も今日とてとっても美しいですクララ様!
わたしの侍女のアンは侵入者からそっと逃れて隠れていたところをクララ様に見つけてもらって、そのままクララ様の寮部屋で保護されていたのだそう。
すぐにクララ様が事情を説明してくださったので無駄にわたしの心配もせずにすんだのだと。あちらの部屋ではクララ様の侍女ととても仲良しになり楽しく過ごせたのだとか。
わたしもクララ様のお部屋に遊びに行ってみたいな。羨ましいわアン。
「先日って?」
わたしの後ろからシュッとアデル王子の登場です。これは迂闊なことは言えませんね。えーっと
「あら、アデル様ごきげんよう」
クララ様がにっこりと笑顔を作ってアデル王子に淑女の礼をとります。
この笑顔、グリフィス様のとそっくりですね……。
「先日ってなんだ?ディアドラ」
「えーと、」
「流行り病の間、感染らないようにとファリスさんの侍女をわたくしの部屋で預っていたのでそのことですわ。アデル様」
「……クララに聞いてない。それに初耳だぞその話。なんでクララがディアドラの侍女を預かるんだ?関係ないだろう」
プクーって一瞬ほっぺふくらましたの見えましたよアデル王子。超拗ね顔です。
「あらあらそうですわね。それは失礼いたしましたわ。それよりもファリスさん」
「はいっ」
ちっとも無礼なんて気にしてないようにアデル王子をかるーくスルーしてクララ様はわたしに向き直りました。お昼休憩が長いからってそんなにのんびりしてるとごはん食べ損ねちゃいますものね。
「今日の放課後に裏庭に来てくださるかしら?汚れても良い格好がいいと思いますわ。ではお待ちしておりますね」
「はいクララ様!」
アデル王子にさっと、でも優雅に礼をしてクララ様は颯爽と去って行きました。はぁっ、揺れるポニーテールが可愛らしいです~。
「え、なんで?もしかしてあれか?呼び出しとかそういう……」
アデル王子がものすごいしかめっ面でクララ様の後ろ姿を睨んでます。今確かに呼び出されましたけどそういうってどういう?
「アデル王子。早く食堂にいかないと席なくなってしまいますよ~」
「あれ?ディアドラも?」
「えっ、ノ、ノイシュ…?」
放課後に裏庭へ行くとノ、ノイシュ、がいます。体操服ですね。ふぉっ。
も?てことは……。
「なんでノイシュがいるんだ?」
アデル王子が怪訝な顔でわたしとフィルドさんの間に入ります。ううん、ノーイーシュ!ノイシュですわね。じゃなくて、あなたこそなぜここに?アデル王子。
「お待たせいたしましたわ。ファリスさん。フィルドさんもいらしてますわね」
あら、クララ様も体操服ですね!今日はパターン豊富でわたしの心臓が心配ですよ!スラリとしてらっしゃるのに出るとこがでてたわわで羨ましいです~。目の保養です~。ちなみにわたしも体操服で来ました。つい見比べてしまいますね。えぇ。
「なんでディアドラも?」
ノイシュ、が首を傾げてクララ様に訊きます。アデル王子の質問はスルーなのですねノイシュも。
つまり、クララ様とノイシュはえーっと、知り合いってことかしら……?えぇ……?
「それよりもアデル様」
クララ様がにっこりとアデル王子の方を向きます。ヒュトラン家名物のあのにっこりです。アデル王子がうんざりという顔で、でも少し萎縮してクララ様をちらりと見ます。
「侍従が探しておりますよ。あと半刻見つからないとレオン様とセシリス様に連絡しないと、とおろおろしてて可哀想ですから早く寮へ帰ってあげてくださいな。彼らが罰を受けては可哀想ですわ」
「……ディアドラに何をする気だクララ」
「わたしは大丈夫ですから、アデル王子早く寮へ戻ってあげてくださいね。定時報告しないと国王陛下に叱られてしまうのでしょう?アデル王子」
「……何かあったらすぐ僕に言うんだぞ!ディアドラ」
去り難そうに後ろを何度も向きつつ校舎の方へ駆けて行くアデル王子を横目で見送って、クララ様がふぅと小さく溜息を洩らしました。
「ファリスさん、レオン様からのお達しです。これから週に三度わたくしから剣の稽古を受けてくださいな。わたくしだけでは心許ないのでノイシュ、あなたも一緒に教えるのですよ」
「あれ、本気だったのかレオン様……」
ノイシュがこめかみを押さえてます。呆れてるような表情ですね。うん?クララ様、今ノイシュって呼びましたね?




