時のない腕 3
授業がおわって、魔法薬学の授業で出てきた薬草でわからない種類のものが幾つかあったので図書館で調べものして、それから帰ろうと図書館の扉を開けた時だったんですわ。グリフィス様に声をかけられたのは。
「グリフィス様、ここはどこですか?」
フィルドさんが唐突に質問しました。彼から発言するのは珍しいですね。なんだかキリッとした顔ですね。これも珍しいですね。
質問の意図がよくわからないですけど何の部屋、ということかしら。あら?あらら?窓の向こうの景色……
「ここは王都、エスター公爵邸ですよ。フィルドくん」
よく気づいたな、と少し驚いた表情でフィルドさんを見てらっしゃいます。フィルドさんは頷いています。
うん?なんか意味がさっぱりわからないんですけど。おうとえすたーこうしゃくていって??
「窓から聖堂の尖塔が見えるので。話の腰を折って申し訳ありません」
「いいや、かまわないよ。それもきちんと話すつもりでしたからね」
窓の外には街並みが見えます。
ここは学校の5階だったはず。学校は王都郊外の丘の上にあります。周りに街や村はありません。一番近い村でも学校からは2kmは離れていました。学校から王都へは馬車だと半日はかかります。
うううん?
「オリハルコンの剣、でしたね?」
腰を折った話をフィルドさんが続けます。グリフィス様が頷きました。
「イエイツ先生の授業で小さなナイフなら見せていただきましたがそれではなくて?」
「そうです。授業の素材用に特別に学校で預かっているものです。ファリスさんも見ていますね?」
「はい」
なんだか話についていけてないです~。ここはフィルドさんに頼りましょう!
「ナイフとは別に、立派な、ちゃんとロングソードのものが一振りあるんです。王立魔術院に。公にではありませんが」
「もしかして、王宮にあるものと一対になっているという伝承の剣のことですか?」
「よくご存知です。さすが騎士の息子さんですね」
「そのオリハルコンの剣、エンカミングという名の剣なのですが今朝から行方不明なのです」
「えっ」
それは大変ですね。でも他人事のようであれだけどそれと今の状況となんの関係が??というのが顔に全面的に出てたんでしょうね。グリフィス様が吹き出しそうな顔を引き締めて続けます。
「おそらく王に反目する国内の一派の仕業と見て捜索しています。今朝消える直前にエンカミングを見た者の話では剣の刀身がいつもよりも伸びていた、という報告があってですね……」
「ファリスさんの仕業だと?」
フィルドさんが珍しく怪訝な表情をしています。キリッとするとかっこいいですね。あ、そんな場合じゃありませんね。
「いえまさか、そうではありません。ファリスさんは学園にいますからね。ただファリスさんがオリハルコンの形を変えられるのは属性から想像のつくこと。その一派がファリスさんを狙う可能性があるとみて保護することになりました」
「どうしてわたしを、保護??」
「エンカミングは王家の象徴ともいえる剣です。それを台無しにするだけでも反乱側には意味のあることです。形を変えて違う武器にすることができれば戦力にもなりますし」
「わたしにそんな力はありません……、けど」
あっ。そういうことか。フィルドさんと目が合いました。
「イエイツ先生がやらかしてしまったんでしょう。研究馬鹿ですからね。ファリスさんの言うように時のない腕の魔術は誰にでも使えるものではありません。でも術式の構造がわかるやり手の魔術師であれば近いところまで解明できるものです。必要なのは光か闇属性の魔力」
「わたしが拐われる可能性がある、と」
「そう、可能性でした。ですが放課後ファリスさんの寮に不審者が現れたことで警戒体制が高まりました。緊急ですが近くにいる私に保護するようにとの王命が下ったのです」
「寮に?アンは、わたしの侍女は大丈夫ですか?」
「はい、部屋に押し入った形跡はありますが侍女を見て逃げ出したとのことです。アンさんは無事ですよ。クララが保護しているので安心してくださいね」
一瞬頭の血がさーっと引きかけましたがフィルドさんが肩を支えてくださいました。グリフィス様の笑顔にほっとします。わー、アン!わたしのせいでごめんなさい…!
「フィルドくんも巻き込んで申し訳ない。あの時すでに不穏な気配があったのと、君と一緒のほうがファリスさんも安心するだろうと思って」
「あの時のあれは…」
「ファリスさんがクララに、フィルドくんをクララの友達に見えるように隠れ身の魔術を使ってたんだよ。他人には私がクララ、と呼んでいるように聞こえたはず」
「ここにはどうやって?」
「それはね、ごめん極秘なんだ」
グリフィス様は華麗にウインクして人差し指でしーっという仕草をしました。こんなキザなことしても好感しか持てないのはきっとグリフィス様の人となりですね。素敵。




