お金が必要ない高齢者達から、お金が必要な子供達に
――気に食わない男だ。
まず、第一印象でそう思った。もっともそれは私が初めからその男を不審だと思っていたからなのかもしれない
その男は高齢の私の母親の家によく出入りをしているのだ。実は最近、この辺りで高齢者を狙った詐欺が出ると噂になっている。だから私はその男が母親の家を訪ねているのを見かけて外で待ち構え、出て来るところを掴まて話を聞いてみることにしたのだった。
その男の名は草原といった。痩せていてやや長身、眼鏡をかけているその顔は朗らかに笑っていて、いかにも人の好さそうな印象を受ける。
が、私はそれで却って警戒感を強めた。
誰かを騙す手合いは、大抵、相手を油断させる為に柔らかい態度を執るものだ。
「私はボランティア団体に所属していまして、それであなたのお母さんの家を訪ねたのですよ」
私が問い詰めると、草原はそう説明した。
ボランティア……
ますます怪しい。
私はそう思った。
慈善団体を装って、母親を騙す気でいるのではないかと考えたのだ。
「なるほど。ボランティア団体。では、あなたはうちの母親に何をしてくれるつもりでいるのですか?」
探りを入れるようなつもりでそう言ってみた。すると男は首を大きく横に振ってからこう言った。
「私が? いえいえ、私は何もしませんよ。するのは、子供達です」
「子供達ぃ?」
「ええ。私はただ単に紹介をするだけなんです。顔合わせ役ですね」
初めて聞く話だが、草原というこの男が所属しているボランティア団体には、たくさんの子供達が加入していて、その子供達が一人暮らしの高齢者の家を訪ね、掃除や料理といった家事を手伝ったり、買い物を手伝ったりするらしい。
それを聞いて私は、高齢者を油断させる為に子供達を使っているのではないかとそう考えた。
「本当ですか? どうにも信用できないな。ボランティア団体だとしても、活動する為に金は必要でしょう? その金は何処から出ているのです?」
ボロを見つけてやろうと思って、私はそう尋ねる。すると、男はあっさりとこう白状したのだった。
「私の団体は、高齢者達からの寄付で成り立っています」
やっぱりか!
と、私はそう思う。
ボランティアをしたのだから金を出せと、この男は私の母親に迫る気でいるのだ。きっと他の高齢者達も同様の手口で騙して来たのだろう。
「なるほど。あなたの狙いは私の母親の貯金ですね。うちの母親は金遣いは荒くない。遺族年金を貰っているはずだが、使い切れてはいないはずだ」
するとゆっくりと草原は首を横に振った。
「もちろん、寄付をいただけるのならありがたく貰います。ですが、それは飽くまで本人の自由意思ですよ。
それに私の団体はお金を持っていない高齢者の方々も助けています。商売ではありませんので」
もちろん私は信じない。
「言葉だけで信用しろと?」
しかし男は余裕の表情で、「調べていただいても構いませんよ」と返してくる。
その態度と言葉に苛立った私は、それならとこう言ってみた。
「実はここ最近、この辺りには高齢者を狙った詐欺が出ると言われていましてね。嫌でも警戒しなくてはならないのですよ。私も母親が心配ですから」
それを聞くと、男は大きくため息を漏らした。
「もし、本当にお母さんが心配なのだとすれば、あなたはどうして先ほど、家の中に入って来なかったのですか?」
そしてそれからそう尋ねて来た。私はそれに何も返さない。一呼吸の間の後で、男は語りだした。
「近年、ゴミ捨て場などから大金が見つかる事がよくあるそうです。
少し前なら暴力団の不浄な金、脱税の為に隠しておいた等々と噂されるかもしれませんが、今現在は、高齢者達のタンス貯金が最も疑われます……」
そこで一度切ると、男は私をじっと見据えた。
「あなたも先ほど仰られていましたが、慎ましい生活を送る高齢者達は、貰っている年金を使い切らず、貯蓄しているケースが多いのだそうです。
月々の額は大したものではなくても長年かければそれは相当な額になる。そして、その高齢者がお亡くなりになった後、まさか大金を持っているとは思っていない親族達が、業者に委託して家財道具を処分し、そのままそのタンス貯金も一緒にゴミ捨て場に捨てられてしまう…… どうやらそういったケースが多いのだそうです。
しかし、ここで一つ疑問が生じます。何故、高齢者の方々は、自分が大金を持っている事を親族に伝えなかったのでしょうか?」
そこまでを語り終えると、草原という男は大きく息を吐き出した。
「自分の親が一人暮らしをしているのに、面倒くさがってほとんど帰らない。連絡も入れない。当然、親子の関係はどんどん疎遠になっていく……
これでは例え自分の息子達に大金の存在を伝えないでいても、高齢者の皆さんを責められないとは思いませんか?」
それを聞いて私は思った。
……バレていたのかと。
「私のボランティア団体に所属している子供の多くは貧困に苦しんでいます。高齢者達が寄付してくれたお金の多くは、彼らの学費や生活費に使われます。何もしてくれない冷たい実の息子達よりも、自分を助けてくれた子供達に恩返しがしたい、そう思った高齢者の皆さんは喜んで寄付をしてくれるのですよ。
もっとも、あなたのように自分の金を奪われたと逆恨みをし、詐欺の被害に遭ったという噂を立てる方々もいるようですがね。
お金が必要ない高齢者達から、お金が必要な子供達に。これが、本来、あるべき姿なのではないでしょうか?」
その男の言葉に、私は何も返せなかった。