第十一話 診断と徒歩
「ふむ」
カルテを見ながらうなる医者。
医者、というか医療に携わるものも変容していた。6年制のライセンスである医者。しかし、大学が教育機関としての機能をほとんど失い、研究機関としての側面のみを表した結果、医者の数は激減した。
よって、街中には闇医者がはびこる結果となった。
だが目の前にいるのはきちんとした医者だ。軍事学校は重要な施設とされ、医者は常にいる。学校関係者の家族はいつでも診察してもらえる。
「原因はわからん」
ぶっきらぼうに言われた。
「端的にいえば筋肉痛だ。それも重度の。彼女はアネロビクスでもしていたのかね」
冗談のような口調だ。それも当然。果穂の筋肉は、そんなことに耐えられるほど多くない。
「どうすればいいですか?」
「・・・今のところ筋肉痛としかいえない。できるだけ安静にして、マッサージなどをしていくしかないが」
「・・・退院はできますか?」
「させたければいつでも。しかしこれでは日常生活はほぼ不可能だ」
「そう、ですか」
なら彼女が平気に振舞っていたのはなんだったのか。それだけ苦しんでいたということか。それに気付けなかった僕は一体何をしていたというのか。
「現実的な話をしよう。学校関係者は無料で治療を受けられる。しかしそれは認定された病だけだ。つまり原因がわからないただの筋肉痛に対してその控除はうけられない」
つまりこれ以上治療をしたければ自分で金を工面しろと。
「入院費は大丈夫だ。しかしそれでできるのはベッドを貸し与えているだけ。それだけなら自宅で療養した方がいいとも思えるが」
案外、この医者は優しいのかもしれない。こちらのことを考えて、言葉を選んでいる。
「・・・相談してきます」
「ああ、それがいい。あとは君は学校で整体技法について習っただろう?ならそれを彼女に定期的にしたほうがいい。というより、今はそれしか方法がわからない」
「・・・わかりました」
部屋を出た。彼女の病棟を聞き、歩いて行く。人がたくさんいる。軍の関係者じゃない人もいる。彼らは高額な医療費を払わなくてはならない。しかしそれでも、自分の大切な人が苦しんでいたら、後からさらに苦しむことになろうとも治してもらおうとするものだ。
「診断結果、出たぞ」
「ん」
彼女の病棟には他に誰もいなかった。なぜかは知らない。
白い服を着ていた。病院服には点滴がつけられている。
不機嫌そのものだった。彼女の言葉通り、彼女を半ば強引に病院に連れて言った。その結果、ほとんど口をきいてくれない。
「筋肉痛だってさ」
「・・・・・・」
「健康に直接影響はない。療養してたら治るって」
「今までほとんど療養中みたいな生活してたんだけど」
「・・・後はマッサージとかかな」
「は?」
「あの時よりかは上手くなったと思うぞ」
腕を鳴らせば、彼女の背筋が凍る。
「さて、今日は」
「や、ちょ、まって!お願い!ちょ、ちょい待ってって!!」
「大人しくしてろよ。明日にはすぐ退院なんだから」
腕をぶらぶらとしながら、告げる。果穂はグデーンと、ベッドに寝転がっていた。
「二度と来るな・・・」
「はいはい」
病室を後にし、廊下を歩く。人が多い。
邪魔にならないようにと廊下の隅を歩いていたら、誰かとぶつかった。
背の高い、男性。白髪で、老齢のような感じを漂わせているのに、どこか老人、とは言い難い雰囲気がある。
「す、すみません」
慌てて言うと、男性はこっちを見つめながら、こうつぶやいた。
「こんなに若いのにな」
「え?」
「いや、なんでもない。気にするな」
男性は会釈を返して、通り過ぎている。大人になれば誰しもが言う、子供に戻りたいとかあの頃は良かったな、みたいな言葉。そう言うものなのかな、と思った。
病院から出ると、二人の男女が来ていた。一人は黒い髪の、とてつもない美少女。一人は真面目そうな男。
「集合場所を病院って。お前、なんか悪いところでもあるのか?」
佐藤は僕の方を叩きながら聞いて来る。
昨日、如月さんと佐藤とバザーにでも行こうと言う話になっていたが、僕が日付を間違えていたようで、今日だった。僕は今日、果穂のところに行く用事があったので、その後で、ということだ。
「まぁ、ちょっと」
曖昧に濁すと、佐藤は納得できていない表情。佐藤が何か口を開きかけると、如月さんが横から口を挟んだ。
「早く行こ、良いもの無くなっちゃうし」
佐藤の手を取り、引っ張る。彼女は多分、果穂のことに気づいている。それに気を使ってくれているのだと思う。
前を歩いて行く二人。繋がれた手。佐藤は突然のことに頬を赤く染めている。
数日前だったら、その手に繋がれているのは僕だったのかもしれない、と思うと、少し寂しいような気がしないでもない。でも、これで良いのだと、納得できている。そりゃそうだ。なんの因縁もなくなった僕と如月さん。片方は優れた人で、片方は凡人。そんな二人の関係など、小説のような甘酸っぱいものであるはずがない。




