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氷の中の夢

短いですが、こういう文を書いたのは初めてです。

あまり期待しないでください。

とても寒い日で、珍しく雪が降っていた。

君が倒れた、そう聞いた僕は時間が止まったような感覚に陥った。

病名は氷夢病。あまりくわしいことは知られておらず、感染した理由も不明だった。

この病気にかかると、夢の中から出られず起きることができないらしい。

徐々に体温が下がっていき、体が衰弱していく。

そしてそのまま体が氷のように冷たくなって死んでしまう。

治療法も確立されておらず、君が助かる見込みはほぼゼロだった。


不治の病にかかってしまったんだ。

君はこのまま起きることができずに、そのうち死んでしまうことが決まっている。

この絶対的な不合理の前で、僕が君にしてあげられることは何もないだろう。

だけど僕が君にしたいことなら一つある。


氷夢病は死が近くなると、近くにいる人に共鳴して夢の中に引きずり込むらしい。

そうすれば夢の中とはいえ、もう一度君に会えるかもしれない。

ただ引きずり込まれるとどうなるかは分からない。

うまく夢の中に入れず外に弾かれることもあれば、氷夢病になって二度と起きれなくなることもあるそうだ。

まさに命がけだ。そのうえ成功する保証もない。


でも僕にとってそんなことはどうでもよかった。

「もう一度君に会える可能性があるならやろう」そう思った。

特に迷いもしなかった。

君のことが大切というのもあるけど、他に大切にしているものがないからね。

迷う理由がなかった。


僕には好きなものがあまりなかった。

昔から欲というものがあまりなく、熱しにくいうえに冷めやすい性格だった。我ながら子供らしくない子供だったと思う。

音楽はよく聞くし、本も読むけれど、人並みの娯楽というだけで趣味というにはほど遠い。

ピアノを弾くのは楽しかった。でも君が楽しそうに聞いてくれるのが嬉しくて弾いていただけだから、君に聞かせられなくなってからピアノを弾くことはなくなった。


僕はできる限り君のそばで過ごしていた。

他にすることはないけど、やらないといけないことは少なからずあるし、さすがに一日中いることはできない。

それでも近くにいられるときはずっと近くにいた。


毎日君の手に触れるようにしていた。

君の体温が日を追うごとに低くなっていくのが分かる。

少しずつではあるが、着実に君は衰弱していた。

君はいったいどんな夢を見ているのだろう。

繋いだ手をぎゅっと握ってみたが、こんな指先なんかじゃ寝坊助な君は起きない。


何度も朝と夜が過ぎ、雪が溶け春になった。

君は大きな変化もなく、徐々に衰弱していった。

治療法が見つかることもなかった。

当然のことだろう。自分に都合のいい奇跡が起こるなんてまずありえない。

君はもう永くない、それは僕が見ても分かるくらい明らかな事実だった。


もうすぐ君に会えるかもしれない。

だけどあまり気分は優れなかった。

僕は本当にこの時を待っていたのだろうか?

君にもう一度会いたいと思っていた。けどそれは君の死を意味していて、君に二度と会えないということだ。

最初はそれでも会いたいと思っていた。でも時間が経つに連れ、もう会えなくていいから死なないで欲しいと思うようになっていた。

君にもう一度会える嬉しさと、君にもう二度と会えない悲しさと、その他もろもろ感情にならないような感情が僕の中で渦になる。

僕の頭の中はもうぐるぐるで、何が正しくて何が間違っているのか、自分がどうしたいのかが分からなくなった。


僕はオーバーヒートしそうな頭を冷やそうと、君の手を握った。

君の手は氷のように冷たかった。

人の手がこんなに冷たくなることがあるんだろうか。

君がいない世界がこんなに悲しいとは思わなかった。

大切にしてきたものほど、簡単に壊れていくような気がする。


君の手に体温を奪われたのだろうか、急に眠気が襲ってきた。

うまく言葉にはできないけど、いつもと違うかんじがした。

僕は今まで本当に眠ったことがなかったのかもしれない、そう思えるくらい深く眠りについた。




「こんなところで寝てたら風邪ひいちゃうよ」

誰かが僕の体を揺らしている。

聞き覚えのある声だ。久しぶりに聞いた気がする。

ゆっくり目を開けると、そこは銀世界だった。雪をあまり見たことない僕にとってそれは驚愕すべき光景だ。

どうやら僕はベンチに座って寝ていたらしい。

振り返ると君がくすくすと笑っていた。

どうやら積雪の中、ベンチの上で眠りこけている僕の姿は周りから見るとずいぶんと滑稽に写ったようだ。


何かを忘れているような気がする。僕はなんでここにいるんだっけ。

ここはどこだろう。見覚えがあるような、ないような、そんなかんじの場所だった。

雲がかかっていて太陽は見えない。時間はおそらく昼過ぎってところか。

周りに他に人がいるかんじはしなかった。まるでこの世界には僕たち二人しかいないようだ。

ゆっくりと時間をかけて立ち上がった。いつもより体が動かしにくいかんじがする。

僕が腰を上げるのを見届けて、君は歩き始めた。

「そろそろ行こうよ」


僕たちは、歩きながら他愛のない会話をした。

久しぶりに楽しいとかんじた気がする。

僕は君と何気ない話を冗談交じりにするのが好きだった。


雪の上を歩くというのは想像以上に疲れるみたいだ。

大した距離も歩いてないのに、ものすごい疲労感が全身を襲った。

休めるところがないか辺りを見渡してみる。

「あそこに喫茶店があるね。そこで休もうよ」

君がそういうまで、僕はそこに喫茶店があることに気づかなかった。

雪が降ってるから見えずらかっただけなのか、まるで急に現れたようなかんじがした。


喫茶店の中にも人はいなかった。

どうやら自分たちで勝手に飲食をしていいらしい。

滞在時間に応じて料金が決まってそれを置いていけばいいのかな。

システムは面白いけど、随分と防犯意識の低いところだと思った。


君は椅子に座って休み始めた。

僕以上に君は疲れてたみたいだ。

なにか甘いものでも作ってあげよう。

あと体が温まる飲みものも入れようか。

パンケーキとモカでいいかな。


君は美味しそうにパンケーキを食べてくれた。

自分が作ったものを喜んで食べてくれるというのは結構嬉しいものだね。

さっきまでかんじてた疲労もいつの間にか消えていた。


「ピアノ弾いてよ。久しぶりにショパンが聞きたい」

君はなんの前触れもなく、唐突に言った。

もちろんそれはいいんだけど、ここにピアノなんて置いてあったっけ?

そう思ったが、君が指を差す方を見ると確かにグランドピアノが置かれていた。

こんな大きなものが置いてあるのに、なぜ気づかなかったんだろう。

僕がかんじてた小さな違和感の正体はピアノを弾くと分かった。



そのピアノからは今まで聞いたことのない音がした。

なんて表現したらいいのか分からない。

強いて言うとしたら、鍵盤を叩くたびにまるで氷のように冷たい音が響いた。



冷たい音が僕の目を覚ましていく。

どうやら僕は寝ぼけてたらしい。

ここは君の夢の中だったんだ。

僕は君にもう一度会いたくてここに来たんだった。


僕はピアノを弾くのをやめた。

君は不満そうな顔をしてたけどしょうがない。

このまま続けると目が覚める気がした。

そうするともう君に会えなくなってしまう。

これが最後なんだ、もう少し君と一緒にいたい。

だからもうちょっと、もう少しこのまま眠らせて。


喫茶店を出ると、陽が沈んで真っ暗になっていた。

そんなに長い間いたつもりはなかったのに、いつの間にか時間が経っていた。

どうやら調律があってないみたいだ。

僕とこの世界では流れる時間が違うらしい。


強い風が吹いた。

振り返ると、さっきまでそこにあったはずの喫茶店がなくなっていた。

まるで最初からそこには何もなかったみたいだった。


君が歩くままについていくと、少し遠くに時計台が見えた。

時刻は1010時を指していた。

おそらく僕は1200時になると目を覚ますのだろう。

なんの根拠も確証もないけど、そうなることが僕には分かった。


僕と世界とのずれを考えると、もう残されている時間はほとんどないだろう。

僕は本当に君のために何もしてあげられなかったな。


急に辺りが明るくなった。

何事かと思ったけど、イルミネーションが光っているだけみたいだ。

すごく綺麗な光景だった。


だけど君はこの光景を見て喜ぶでもなく、泣きはじめた。

もうすぐお別れなのが君も分かったみたいだ。


泣かなくていいんだよ。

君に泣き顔は似合わないから、笑ってよ。

そんなに悲しまないで。

僕はもう大丈夫、大丈夫だから。


もう時間がないみたいだ。

本当のことを言うと、僕はこのまま目を覚ましたくないんだ。

君がいない世界で生きるくらいなら、君と一緒に死にたいと思ってる。

怒らないでよ。君も逆の立場だったら同じことを考えるだろ。


最期に一つだけ。

大したことは言わないよ。

ただお礼を言いたいんだ。

君に会えてよかったよ。

ありがとう。





目が覚めると涙がこぼれ落ちた。

夢の中だけじゃなくて本当に泣いてたみたいだ。

君は満足げな顔をしていた。

私と会う前、君は一体どんな夢を見ていたんだろう。

思ったことを素直に言っていただけると嬉しいです。

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