エピローグ:~Everything is going well”すべてうまくいく”~(3)
ACT.3 二人で…
リパウルとユリアにアルベルト、それに何故か、遊びに来ていたナイトハルトとミラルダにまで見送られて、アナベルは外出した。
「じゃあ、叔父さんによろしくね…」
と、リパウルは穏やかに微笑んだ。彼女の背後に立つアルベルトは、前向き抱っこをしていたユリアの小さな手首を握り、ひらひらと振らせている。当のユリアはキョトンとした眼差しで、アナベルを見つめている。愛らしいその姿に、アナベルは思わず微笑んだ。
…八月、シュライナー家は、アルベルトの家族を迎える予定になっていた。それに先立つ七月下旬、アナベルは叔父のカイルと、彼の恋人とその息子を迎える予定になっていた。宿泊先こそ別に取ってあったのが、今年の夏もシュライナー家は忙しいのだ…。
ミラルダは九月から中等校生だ。今年も八月後半にはナイトハルトと共に、トリオールに向かう予定だが、今は友人たちとキャンプに参加している。週末の今日はキャンプもお休みだ。
無事に大学生となり、その間の夏休みを例によってバイト三昧で過ごしているアナベルだったが、今日は叔父たちを出迎えるため、お休みを取っていた。…八月には別口で遠方に行く予定もある。彼女は彼女で忙しかった。
「…ありがとう。エナと引き合わせたら、ここにも招待するから。とにかく、行って来るよ」
「気を付けて…」
見送りに立つ人々に口々にそう言われ、アナベルは軽く手を上げた。
出迎えは一人で平気だというのに、丁度バイトの休みが被っているといい、どうしてもついて来ると言い張るウォルターと、何故か図書館で待ち合わせる。
空港からの直通のシャトルバスは、セントラル駅よりいくつか離れた駅に到着する。その駅まで二人で出迎えに行く予定になっていた。バスの到着予定時間から逆算すると、かなりの余裕を持って、二人は落ち合った。
「お前、都市開発論の試験は、大丈夫なのか?」
会うなりアナベルはそう切り出した。彼は七月の終わりに都市開発論の資格試験を受ける予定になっていた。ウォルターはアナベルの問いに対し、例によって例のごとく
「まあ、今更ジタバタしたところで、どうしようもないだろう。受けるからには受かりたいけど。でないと、ザナー先生に、悪いし」
と、淡々と答えた。アナベルは少し斜めにウォルターを見ながら
「…お前ってやっぱり、開発局狙ってるのか?」
と、言葉を続ける。ウォルターは別に考え込むでもなく
「その選択肢は今のところほとんどないな…」
と、独り言のように答えた。アナベルはだったらどうして授業を受けていたのだ?と、エナの様な事を考えた。
図書館まではバスで来た。ウォルターは、駅まで歩いて行こうと提案する。
「…時間もあるし…」
「待ち合わせ時間を決めたの、お前じゃないか」
「最近落ち着いて会ってない。少し、ゆっくりしたかったから…」
さらりと、そんなことを言われ、なんと返すべきか、アナベルは少しの間口を噤む。
「…ゆっくり会えなくて…寂しかったのか?」
「まあ、そうだね。以前は毎日会っていたわけだから…」
…言っていることに間違いはないのだが、なんだろう?この、色気もそっけもない言い方は?
「カイルさんに会うのは、久しぶりだ。あの時、オールドイーストで会いたいですね、みたいな話をしたけど、実現するとはね…。大丈夫なのかな、飛行機…長いけど…」
「まあな。けど、薬のお陰で容態は随分安定してるし、ナーディアもついてる。大丈夫だろうって…」
「ああ、恋人の人…看護師なんだっけ?」
「そう、凄い美人だぞ。お前、見たら腰を抜かすかも」
「…いや、言い方がなんだか、嫌なんだけど…」
ウォルターがアナベルの妙な言い方に、顔を顰めるが、アナベルは構わず
「…息子もいるんだが、もう、高等校、こっちで言うところの中等校生だ。生意気ばかり言ってたけど…」
「ああ、年齢的にも反抗期だね」
「そう、思うだろ?けど、カイルの話じゃ、逆に落ち着いて、頼りにしてるんだって」
「へえ、そうなんだ?」
「想像もつかないよ。前にカディナに帰省した時なんか、会うなり、いきなり蹴りをかましてくるし…」
「へえ…」
「まあ、カイルがそう言うんだ。反抗期はあの時がピークだったのかもな」
と、アナベルは屈託なく笑った。ウォルターはさほどの関心も示さず
「だといいね…」
と、これから会うであろう、初対面のメンバーに対して、さしたる思い入れもなく、そう呟く。
…まさか、これから数時間後に会う、初対面の高等校生(オールドイーストの学制では中等校生)に、いきなり敵意をむき出しにされることなろうとは…、神ならぬ身の常で、夢にも思わないウォルターであった。
「エナは、随分前に休みを取るって言ってたけど…」
「ああ、七月一杯はお休みって…思い切ったよなぁ。それで、サイラスが退院するまで、つきっきりだって?…意外だよな…」
「…そう、らしいね…」
「ルカも距離を埋めようと、頻繁にお見舞いに行ってるらしい」
「…かえって悪くなりそうだ…」
「何?サイラスのこと?まさか…」
「いや、ルカのお見舞いに、エナの看護なんて…僕ならかえってストレスになりそうな…」
「そりゃお前はな。なんだかんだ言って、喜んでるんじゃないのか?」
…それはどうだろうかと、ウォルターは結構本気で考える。…これまでずっと放置されてた母親に、ずっとつきっきりで看病されるとか…いや、看護は看護師さんがするのだろうけど…エナとサイラスとの間にどんな会話が成立するのか、想像もつかない。おまけにルカまで日参しているとは…。まあ、間にサラマンダーさんが入っている筈なので、なんとかなっているのだろう…。
「そういえば、お前、聞いたか?あいつ、結局、オーランドの家には戻らないって。ルカが頑張ってるのにな…」
「聞いてるよ。ムラタ博士がオーランドの家に行くんだろう?で、ムラタ博士のアパートメントに、サラマンダーさんと一緒にサイラスが移るって…」
「…すぐ近くにミサキの借りてる部屋があるって…大丈夫かよ、あいつ…」
「子供じゃないんだ。いい加減、自分の行動には自分で責任をもってもらわないと…」
「お前…弁護士とかって、適当なこと言ってたらしいが、本気で勧めてたのか?」
「いや?あの時は彼をたきつけられればなんでもよかったんだ。大学に入れるつもりで取り組ませないと、オーランドとは話も出来なかったから…」
「そんな、いい加減な…」
「どうして僕が彼の人生に対してそこまで責任を?それに僕の動機に関しては彼にも伝えておいた。アンフェアなことなんて何もしてないけど?」
「けど、結局、ミサキさんの家に入り浸って…最後にはヒモみたいになったりしないかな…」
アナベルが描くサイラスの未来予想図が、かつて自分が口にしたこととそっくり同じだったので、ウォルターは吹き出しそうになってしまう。
「まあ、それでも、いいんじゃない?お互いが納得してるんだったらさ」
「また、そういう…」
「弁護士を勧めたのは、彼に自分のしたことの意味を、社会的な視点から見て欲しかったからで…まあ、僕も偉そうに言える立場じゃないけどね。とにかく、僕に出来ることなんてたかが知れてるんだ。後は彼自身の問題だろう?」
「…薄情だな…」
「君…どの立場から言ってるの?」
ウォルターは若干呆れないでもない。アナベルも自分のこだわりが行き過ぎていることに気付いたのか、
「まあ、そうだよな。もう、二十歳になるんだし、あいつのことはあいつの勝手だよな」
と、切り替えた。
「あいつのことは、どうでもいいんだ。…八月にロスアンに行くの、楽しみだ」
と、切り替えたアナベルはにっこりとそう呟く。
「楽しみなんだ?」
ウォルターの、これまたどうでもよさそうな返答に、アナベルの方が目を瞠る。
「なんでだよ?お前は楽しみじゃないのか?」
「いや…」
…ちょっと憂鬱…などと、正直に白状しにくいアナベルの雰囲気に、ウォルターは気まずげに目を逸らす。
「イブリンさんの結婚式だぞ?私まで、呼んでもらって…」
「ああ、うん。イブリンは前から君にロスアンに来て欲しいって言ってたから…」
「お前、なんでそんな…さっきから薄情な感じなんだ?イブリンさんは卒業式にまで来てくれて…」
イブリンが浮かべていた奇麗な涙を思い出して、アナベルは貰い泣きしそうになってしまったことまで思い出す。なのに、ウォルターときたら…。
が、ウォルターにはウォルターの言い分があった。
「…ここまでこぎつけるのに、色々あったからね…。いや、僕はその色々の半分も知らないんだけど…」
ウォルターの欝々とした口ぶりに、アナベルはため息をついた。
「…そっか、色々、大変だったんだものな…」
「タニア伯母のこととか考えると…今から不安というか憂鬱というか…」
「タニア伯母さんって…以前、お前が言ってた、マチルダさんのお姉さんのことか?」
「よく覚えてるね」
「そりゃまあな…。お前が気にしてる風だったから…反対、されてたんだっけ?」
「今はしてないけどね」
「…そうか、ロスアンに行ったら、私もその人と会うことになるんだな…」
…失礼の無いようにしないと…などと、呟いているアナベルの横顔を見つつ、ウォルターは複雑なため息を零す。
…タニア伯母とアナベル…
仇敵同士のようになるか、意気投合するか…想像が、どうしても両極端な方向へ向かう…。
「…引っ越しの準備は?進んでる?」
「うん、まあ…本は、僕がロスアンに帰るのに合わせて送るつもりだし…」
「あの本、どうするんだ?」
「僕が使ってた部屋に本棚を入れて、入るだけ入れるつもり。祖父の本と言っても、研究とはあまり関係のない、個人的なものが多いから、大学に寄贈するより、所有しておきたいって思ってる。ジョンも賛成してくれたし」
「お前、帰った時どうするんだ?」
「客間もあるし、なんとでもなるんじゃない?」
「…結婚式に参列するために帰るんだか、本の整理に帰るんだか、よくわからないな」
「両方だと思っていなよ」
「まあ、そうか?何か手伝えることがあれば…」
「…僕と一緒に泊まる?ジョンの家の客間に…」
真顔で問われ、アナベルは絶句した。…最近、時々、いや、ちょいちょいと、妙なことを言って来るが……前からか…?
目の前は丁度、セントラル高等校前の大きな道路だ。バス停付近の横断歩道の信号機が赤に変わった。アナベルとウォルターは無言で足を止める。
「…おい、ウォルター・リュー…」
「…何?」
「お前、晴れて“ウォルター・リュー”となった暁には…」
「うん?」
アナベルは一向に変化のない隣の無表情に、仏頂面を向けた。
「…お前、私に言うべきことが、あるんじゃないのか?」
「…え…」
アナベルの言葉に、それまで、淡々とした無表情を通していたウォルターの表情が、若干動転した。
「…え、あ…うん…」
「なんだよ?聞いてやるから、言ってみろよ?」
「…言ってみろって…君ねぇ…」
「ほらほら、前に言ってたよな。今は言えないけど、きちんと、けじめがついたら、言うって…」
「…言ったかな?そんなこと?」
「うん?言ってないか?」
…いや、そうまではっきりと何かを匂わせたことはない筈だ…。いや、より正確に言うと、言う言わないレベルですらなく、匂わせることすら出来なかったのだと言うべきか?
硬い表情で、目だけを泳がせている、ウォルターの横顔を見つめてから、アナベルは深々と息を吐く。…丁度、信号も青に変わった。彼女は肩を竦めるとさっさと歩き始める。
「まあ、いいけどな、イーサンがお前は真正の小心者だから言えないんだろうって」
「イーサンが…?」
聞き捨てならない。というか、いつの間にそんな話を?
「そんなに言うなら言うけど…」
「いや、そんな罰ゲームみたいな…」
呆れたアナベルが止めようと、そんな言葉を口にすると、ウォルターはげんなりとため息をついた。
「いくらなんでも、罰ゲームって…」
「いや、だって、お前…」
アナベルの困った様な呟きに、ウォルターは、今度はふっと、軽く息を継ぐ。
「大体、歩きながら言うようなことでもないだろう?」
「へえ、言うべきことはわかってるんだ」
にやりと、アナベルに突っ込まれて、ウォルターは一瞬、顔を顰める。
「…そんなに言って欲しいの?」
「いや、お前だしなぁ…」
…と、何を思い出したのか、何やら頬を緩めると、「まあ、いっか」と、寛大な口調でアナベルは言った。元々彼女は、あまり言葉にこだわるタイプではない。
そうあっさり割り切られると、ウォルターとしてはなんとなく面白くない。横断歩道を渡りきって少し歩けばバス停で、その付近は学校の正門前でちょっとしたスペースが設けられている。
二年前の夏休み、ここでサイラスの襲撃を受けたなと…別に懐かしくもないがふと思い出す。ウォルターはアナベルの二の腕を掴むと、通行人の邪魔にならない様に、やや広いスペースによけた。
「お、おい…?」
唐突に足を止めると、目を細めてアナベルを見つめた。問答無用で脇によけさせられたアナベルは、むっとして彼を見上げた。
「…なんだよ?」
訝し気に首を傾げる。と、二の腕を掴んだまま、ウォルターは身を屈める。
仰天したアナベルは
「お!おいっ!バカ!…こんなところで…」
と、声を裏返らせ咄嗟に腕を上げようとして果たせず、肩を竦めて目を閉じた。
…が、何の変化も訪れない。恐る恐る目を開けると、ごつんと、額に何かがぶつかった。
「…ッツ…てぇ、何…」
と、目を見開くと、目の前にウォルターの顔があった。目が合うと、彼はにやりと笑った。
「…ふぇ?」
と、アナベルが妙な声を上げると、目の前の彼の顔がすっと横にそれた。二の腕を掴まれたまま、アナベルは再び体を強張らせる…と、「キス、されるかと、思った?」と、いうやけに艶っぽい声が耳元で響く。
「…なっ!」
図星をつかれたアナベルは、身をのけぞらせると、負けじとウォルターを睨みつける。
「だ、誰が、そんなこと…」
「歩道なんて公共の場で、そんな大胆な事出来るわけないだろ?」
「だから!そんなこと、思ってなかったっ!」
「へぇ…そうなんだ?」
真っ赤な顔のアナベル睨まれたウォルターは余裕の笑みで言葉を返す。
「いつだったか、君にお預けくらわされたからね、そう簡単には…」
「な、何の話だよ?」
「さっきの話だけど…」
と、ウォルターの台詞が続く。
「え?」
「いつかそのうち…どうしても必要になったら、それなりの雰囲気で言うと思うけど…」
「いつかそのうちって、なんだよ…」
「まあ、そうだね」
と、逆らわずウォルターは笑う。彼の邪気のない笑みに、アナベルは一瞬、視線を泳がせたが、すぐに顎を引くと
「どういう事態でそんな必要が発生する予定なんだ?」
と、挑むような眼差しでそう問うた。挑発的なその表情に、すっとウォルターは目を細めると、アナベルの耳元に再び顔を寄せる。
「…ん、なっ?」
仰天したアナベルは、条件反射でのけぞるが、ウォルターの方が早かった。
「……君と、……したくて、どうしても我慢出来なくなった時…じゃないかな…?」
と、囁いた。
「―――・・・?!」
…言われた内容もさることながら、耳に掛かる熱い吐息に、アナベルは眩暈を起こしそうになる。そもそも、アナベルは、ウォルターに耳元で囁かれるのに闇雲に弱いのだ。当然のごとく、益々真っ赤になってしまった。そのアナベルから、静かに離れるとウォルターは場にそぐわない爽やかな笑顔で彼女を見つめた。
…なんで、このタイミングでその笑顔っ?!
「…しないっ!!絶対に、お前とは、そういうこと、しないっ!!!」
アナベルは真っ赤な顔のまま、はっきりきっぱりそう言った。が、ウォルターは一向に堪えた風でもない。
「いや、結局のところ、ああいう分かりやすい言葉って、その気にさせるための口説き文句だと思うんだけど…」
「はあああぁぁーー??!」
「違うのかな?」
「なんだ、その不謹慎な発想?!最低だっ!世の中のすべての恋人同士に謝れっ!」
「…むちゃくちゃ言うね…」
「むちゃくちゃ言ってるのは、お前の方だっ!」
「そうか、正直に暴露し過ぎたか…」
「お前なぁ…!」
…こんな暴言を吐いたウォルターだったが、そう遠からぬある日、これらのセリフをアナベルに向かって、おのずから、結構、熱っぽく…口にする羽目に陥ってしまう。だが、今の二人にとってそれは、ちょっとだけ先の話。
例によって例のごとく、アナベルとウォルターは仕様のない言い争いをしながら、にも拘らず、どちらからともなく、何故か仲良く手を繋ぎ合って、二人並んで歩き続けた。
【オールドイースト;終】
長い上、拙い話を読んで下さり、本当にありがとうございました。
心からの感謝を込めて、終わりにさせていただきたいと思います。
本当に、ありがとうございましたm(_ _)m。




