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オールドイースト  作者: よこ
第3章
521/532

幕間~いくつかのエピソード~(8)

Episode.8


 アナベル言うところの“サイラスとの対決”の許可が、サラマンダーとウォルターから下りたのは、学期末試験が終わってからのことだった。


春休みを目前に控えたその日、アナベルはウォルターと共に学校を後にして、手土産持参でウォルターの家に赴いた。


 二人を出迎えてくれたのはサラマンダーだった。彼はアナベルの顔を見るなり「久しぶりだな」と、少し表情を柔らかくした。アナベルは何やら面映ゆい。サラマンダーに会って話をして以来、何故だか彼女は彼に対して勝手に身内の様な親近感を抱いていたのだ。


「うん、久しぶりだね。サラマンダーは、元気だった?」

「ああ」


応答の言葉は短く、そっけない。だが、その一言に、優しさを感じ取ってしまうのは、アナベルの勝手な願望か。


 アナベルの背後で、二人のやり取りを聞くともなしに聞いてたウォルターは

「まあ、立ち話もなんだし…」

と、アナベルに入室を促した。


 久しぶりのキッチンへと入ると、予想通りきちんと整えられている。ウォルターによると、現在のウォルターの家のハウスキーパーはサラマンダーらしい。しかも無償奉仕…。いいのか?と、思わなくもない。


 アナベルはかつての定位置にリュックと手土産を置くと、さして広くもないキッチン内を見回した。


「…サイラスは?」

「まだ部屋だろう」


慣れた手つきでコーヒーメーカーをセットしながらサラマンダーが答える。アナベルは真顔になり、ずかずかと物置部屋を目指す。入り口付近の椅子の側に立っていたウォルターが横をすり抜けようと歩くアナベルの姿に、視線を険しくした。


「君…」


アナベルは、すれ違いざまウォルターを一瞥すると

「挨拶に来たんだ。顔も見ないで帰るわけにはいかないだろう?」

「…けど…」

「好きにさせてやれ」


……と、何故かサラマンダーが、コーヒーメーカーに視線を据えたままでそう言った。


 アナベルはにやりと笑うと、物置部屋のドアをガンガンと叩き始めた。


「おい!寝てんのかっ?!」


その声に、好きにさせてやれ、と、言っていた筈のサラマンダーが、仰天した様に顔を上げた。ウォルターはアナベルの背後で彼女のやりようを見守りながら、深々とため息をついた。


 音がうるさかったのか声が耳障りだったのか、物置部屋のドアが開き、中から不機嫌を隠す様子もない仏頂面のサイラスが顔を覗かせる。アナベルは咄嗟に、ドアを叩いていた手を止めた。あやうくサイラスを叩くところであった…。


「…うるせぇ…」


サイラスの言葉にアナベルはにやりと笑うと、偉そうに腕を組んだ。


「よお、元気そうだな。機嫌は悪そうだが」

「……何様だ」

「何様って、自己紹介が必要かよ?健忘症か?」


あからさまに挑発的なアナベルの物言いに、サイラスは眉間の皺を益々深くした。


「…てめ、えらそうに…。…ああ…思い出した。いつぞや、びびりまくって這いつくばって逃げだして、無様な後ろ姿を恥ずかしげもなく俺に晒したバカ女ね…」

ふてぶてしい笑みと共に言われ、アナベルの顔から笑みが消える。

「……」

「よく見ると、あの時のお嬢さんではありませんか?また、可愛がって欲しくて、わざわざ僕の前に姿を見せたの?」

「…てめ…」


アナベルが忌々し気に顎を上げると、ふいにサイラスの手が伸びた。顎を掴まれたアナベルの姿に、咄嗟にウォルターが動いたが、アナベルの方が早かった。彼女は自分の顎を掴むサイラスの腕を勢いよく払うと、返す手で彼の頬を打った。背後で見ていたウォルターは、仰天して思わずのけ反った。


アナベルに殴られたサイラスは頬を抑えると顔を上げ、目の前の女子学生を睨みつける。


「調子に乗る…」

が、アナベルは調子に乗っていた。彼女はサイラスの目の前に拳を突き出すと、そのまま開いて見せる。


「…な…?」

「見ろ!びびってないだろうが?!」


アナベルの言動に呆気にとられたのか、単純に呆れたのか、サイラスは目を見開いて、目の前に突き出された彼女の手の平を見つめた。


…確かにその手に、いつか見た震えはない。サイラスはアナベルの伝えたいことを察すると、「へえ」と、呟きにやりと笑う。そのまま彼女の手首に手を伸ばすが、アナベルは素早くその手を引っ込め、自分の背後に回した。


サイラスは流し見る様な目つきで彼女を横目に見ると

「…その報告のためにわざわざ?」

と、妙に艶っぽい声で尋ねた。アナベルは、勝ち誇った様な笑みを浮かべると

「そうだ、ザマァみろだな」

と、威勢よく言い切った。


サイラスは目を細め、何やらいやらしく笑いながら

「そりゃ、よかった。ついにメガネとやったのか?」

と、とんでもないことを言い出した。


「………は………」


「やったんだろう?こいつと、で、男性恐怖症が治ったと、その報告に…」


「だあああああぁーーー!なんでそうなるーーーっ?!」


サイラスのとんでもない発言を、真っ赤になりながらアナベルは大音響でかき消した。が、サイラスは楽し気に肩を揺すり

「なんだ、お前ら……。ようやく一人前ですって、そういう報告に来たんじゃなかったのか?」

と、笑いながらアナベルの声量を聞き流す。


「その発想はどうかと思うけど…」


露骨に不快気にウォルターが口を挟む。アナベルは赤い顔のまま、ウォルターとサイラスの顔を交互に見やる。


「…その発想って、どの発想だ?」


サイラスは半目になって、ウォルターへと問い掛ける。


「性交経験がなければ半人前みたいな、その種の発想だよ。それの有無にかかわらず、大人な人間は大人だし、幼稚な人間は幼稚だ」

「……皮肉か?」

「一般論だ」


ため息交じりにそう言いつつウォルターはアナベルを一瞥してしまう。


…やはり微妙に、勝負になっていないなとウォルターは深々と嘆息した。


ウォルターの視線の意味に何を思ったか、アナベルは仏頂面になると

「なんだよ…?」

と、不快気に問うた。ウォルターも彼女に冷ややかな眼差しを向けると

「別に…」

と、だけ答える。サイラスは笑いながら物置部屋から出て来ると、

「ま、頑張れよ」

と、言いつつ、何故かアナベルの背中を軽くはたいた。アナベルは忌々し気にサイラスの背中を睨むと

「…馴れ馴れしいんだよ!」

と、言い返す。サイラスは振り返ると目を細め

「へえぇ…そんなこというんだ、この僕に?」

と、何故だかよくわからないが優しい笑みを浮かべてそう切り返す。アナベルはぐっと、言葉に詰まった。


「…何が言いたい?」

「…僕には、君の気持ちがよーーく、わかってる…よ…」

と、にこやかに笑いつつ自分の首筋を二、三度指さした。


サイラスの暗示の意味に気がついて、アナベルの顔色が一気に赤くなってから、再び一気に青くなる。そのまま、意味不明にも勢いよく左右を見回した。が、サラマンダーもウォルターも無表情なままだ。


「…い…いや…、それは、誤解だ…」

「……何が誤解?」


そう確認を取ったのは、微笑むサイラスではなく、無表情のウォルターだった。アナベルは、恐々と彼の方へ顔を向けてから…


「え…なにが?」

と、問い返す。そのタイミングでサイラスが楽し気に「はっ!」と、声を上げ、笑い始めたので、アナベルは容赦なく彼の背中に蹴りを入れた。



 サラマンダーがコーヒーの入ったカップをテーブル上に静かに置いていき、雑然とした雰囲気をなんとか落ち着かせた。三名の学生たちは、銘々でコーヒーを口にする。


 アナベルは一息つくと

「本当は、ルカも来たがっていたんだけど…」

と、切り出した。


「はあ?なんであいつが?」


椅子に腰かけたサイラスは、忌々し気に顔をしかめて、声を上げる。


「……ルカとしては、お前はいずれオーランドの家に戻ってくるから、それで…一緒に暮らすつもりらしいけど…」

「ふざけんな!誰があんなやつらのところに戻るかよ!」

「そんなこと言ったって、ずっとここにいるってわけにはいかないだろうが?」

「だからって、じじぃの家に戻らなければならないってわけでもないだろうが?」

「あのなぁ…!」

「まあ、そうだね」

と、静かに口を挟んだのはウォルターだ。


「…お前、何…」

「先のことなんてわからないだろ?僕だってセントラル大学に進学できるとは限らないし…」

「お前…、今頃そんなこと言ってて、大丈夫なのか?」

「例えばの話だ」

「例えばって…」

「サイラスだって今はこう言っているけど、半年後には気が変わっているかも知れない」

「……おい、お前、どっちの味方…」

「寝ぼけたこと言うね?なんで僕が君の味方をしないといけないんだ?さっきから一般論しか言ってないけど?」

「…そう言われたらそうか…」

と、何故かアナベルが頷き、サイラスに顔を向け

「どっちにしろお前、…なんだかんだ言って、本心ではルカのこと嫌ってないんだろう?」

と、言った。


「はああ?あんな外面ばっかりの、偽善者!!嫌っているに決まっているだろうが?どうしてそうなる?」


サイラスの言葉にアナベルは目を細める。


「…そんなこと言って、お前、自分の能力がなんなのかわかってから、ルカの能力を使わないようにしてるらしいじゃないか。ルカの体に負担を掛けたくないからだろう?」


何やら薄笑いでそう言われて、サイラスは派手に舌打ちした。


「…はっ?!バカか?胸糞悪いことぬかしやがって!あいつの能力を借りてるだけなんだって思ったら、胸がむかついて、使えなくなっただけだ!」

「…え、そうなの?」

「当り前だろうが、バカが!俺があいつに借りをつくるとか、考えただけで、虫唾が走る…!」


…あまりの剣幕にアナベルは唖然としてしまう。


 …そうか、そうだったのか…全然思いつかなかった…なんだかんだ言っても、サイラスはルカを慕っているものだと…


 だが、今のこの状況でその仮定は決して口にすべきでないだろう。アナベルは妙な具合に視線を泳がせると

「そうだったのか、悪い、勘違いしてた…」

と、あっさりと前言を翻す。サラスは片眉を上げると

「えらく簡単に納得したな」

と、呟いた。


「いや?まあ、お前ら二人が複雑なんだってことは、流石にわかっていたからな。お前がそう言うんだったら、そうなんだろう」

「あのな…」

「けど、お前のその気持ちを知れば、マリアンヌさんはがっかりするだろうな…。そういえば、これ…」

と、言いながらアナベルは椅子の背に置いておいた紙袋を取り出した。サイラスが訝し気に顔をしかめる。


「……なんだ?」

「マリアンヌさんからお土産だ。近々お前に会うっていたったら、お前にって、持たせてくれた」


言いながらガサガサと音を立てて、紙袋から中を取り出した。見るときれいに包装された手作りのお菓子の数々だった。


「……これ…」

「お前の好きだった菓子ばかりらしいぞ。まあ、私にはわからないが…」


テーブルに並べられた焼き菓子を、サイラスは呆然とした眼差しで眺めた。


サラマンダーが気をきかせて棚から大き目なお皿を取り出してテーブル上に置きながらサイラスに向かって

「コーヒー、淹れ直すか?」

と、確認を取った。サイラスは、夢から覚めた様な顔をして

「え?いや…」

と、呟いた。アナベルは彼の様子を一瞥すると、サラマンダーが出してくれた皿の上に、丁寧な手つきで包装を開け、マリアンヌさんお手製のお菓子を置いていく。


「感謝しろよ。本当だったら出入り禁止のお前なんぞは二度と口に出来ない懐かしの味の筈で…」

「アナベル…」


呆れた様に、ウォルターが口を挟んだが、サイラスはまだぼんやりしたままだ。


「遠慮せず食えよ」

と、アナベルが勧めると、やけに素直にサイラスは頷き、手近な焼き菓子を一つ摘まむと、無造作に口に入れた。ぼんやりと咀嚼してから

「…甘い…」

と、一言呟いた。その感想にアナベルは破顔すると

「お前の感想、マリアンヌさんに伝えておいてやるよ」

と、言った。途端、サイラスは憎らしげな顔になって

「…余計なお世話だ…」

と、返す。アナベルはにやりと笑うと

「遠慮すんな」

と、意味不明な言葉を返した。


【幕間~いくつかのエピソード~;完】


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