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オールドイースト  作者: よこ
第3章
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幕間~いくつかのエピソード~(5)

Episode.5


 昼食の片づけを終えてリビングに向かったアルベルトの視界に飛び込んできたのは、すやすやと健やかに眠る愛娘と、友人の姿だった。絨毯の上に敷いた薄手のマットレスの上で眠るユリアは、そろそろ首も据わってき始める頃で、日々、人間の赤ちゃんらしい愛らしさを増していた。その娘の隣で、添い寝をする様な形で横向きにナイトハルトが眠っていた。


アルベルトはその奇妙な光景に目を眇めると、その場に腰を下ろして、ナイトハルトの寝顔を覗き込んだ。戯れに耳を引っ張ると、煩わし気に払われた…が、起きる気配はない。どうやら本当に寝ている様だ。…先ほどまでキッチンで一緒に食事をとっていた筈だが、子供か?と、呆れないでもない。見るともなしに友人の寝顔を眺めてみるが、今更ながら、安定の美形ぶりだ。寝ていると、その秀麗さがさらに際立って見えた。


…にしても、なんだって人の娘の隣で、さらに人の家のリビングで、こうも健やかに眠れるのか…。と、思いつつ同時に、普段、あまり眠れていないのだろうと、見当がついてしまい、アルベルトはなんとなくため息をついてしまった。



ナイトハルトは奇妙な空間にいた。


…真っ白なその空間をぐるりと見回し、夢を見ているのだと、自覚する。三百六十度見回して、遠く、離れたところに微かな色彩を見つける。意識して目を細め、その場所に向かって歩を進めると、いつのまにか、目の前に、寝転がったまま機嫌よく手を振るユリアの姿が見えた。ナイトハルトは思わず、目を細める。ふっと、その場に新たな色彩が加わった。


くつろいだ様子で足を崩し、寝転がるユリアの横に腰を下ろして、彼女をあやしているその女性に、ユリアは喃語で頻りに話掛けている。落ち着かなく動くユリアの手に合わせて、女性の方もユリアに機嫌よく語りかけている。ナイトハルトは、一瞬、息を飲んだ。


「…エレーン…」


そう呟くと、彼女は当り前の様な笑みを浮かべ、顔を上げた。


「ナイトハルト…」


ナイトハルトはエレーンの横に腰を下ろし、ユリアの様子を見守った。


「…綺麗な赤ちゃん…」

「だろう?」


まるで我が子を自慢するようなナイトハルトの声音に、エレーンは目を細め、笑みを深める。


「アルベルトと、彼のパートナーの…赤ちゃん?」

「そう……ユリアだ…」


そう答えると、ナイトハルトはうっとりとした眼差しをエレーンへと向ける。エレーンもナイトハルトを見つめると

「抱っこしても、いい?」

と、なぜか彼に許可を求めた。ナイトハルトは、「ああ」と、短く答えた。


 エレーンは慣れた手つきで抱き上げると、機嫌のよいユリアを腕の中であやし始める。


「慣れてるね…」

「そうね…」

「……ミラルダも…こんな風だった?」

と、エレーンの額に自分の額をつけるほど近くでユリアの様子を伺っていたナイトハルトは静かな調子でそう問うた。エレーンは静かに首を振る。


「いいえ、あの子は、もっと気難しかった…。こんなにご機嫌なことは、あまりなかったわ…」

「そうなんだ…。大変だった?」


ナイトハルトの優しい口調に、エレーンは笑みを返す。


「そうね…でも、とても幸せだったの…」

「…いいな…」


その言葉にエレーンは悲し気に笑った。


「言うと思ったわ」

「ごめん…」

「…謝らないで…」


いつの間にかエレーンの腕の中のユリアが、小さな籠に収まって、すやすやと寝息をたてていた。二人で並んでその様子を見守った。


「寝ちゃったわね」


エレーンが静かにナイトハルトに話しかける。


「うん…」

「可愛い?」

「うん、可愛いよ…。ミラルダも妹みたいに可愛がっている…」

「そう……」


二人で額を寄せて、眠るユリアを見つめ続ける。ナイトハルトはすぐそばにあるエレーンの頬に手を伸ばす。


「……会いたかった…」

「…うん…」


そのまま、顔を寄せると、彼女の唇にキスをおとす。彼女は小さく抗った。


「…いや…?」


エレーンの両頬を手で包み込み、額を合わせてナイトハルトは問うた。エレーンは潤んだ眼差しをナイトハルトに向けると

「いや…じゃないけど…ここは…うちのリビングじゃ…」

と、逡巡の理由を語る。


「え?」

と、当惑したナイトハルトが辺りを見回すと、我が家と同じくらい見慣れた…友人宅のリビングが出現した。ナイトハルトはやや呆然と

「ああ……そういえばここは、あいつの家だったか…」

「バカね……」


くすりと、エレーンが笑ったので、ナイトハルトはむっつりと顔をしかめた。


「…これは夢なんだろう?だったら、自宅のリビングでもいい筈…」

「そうはいかないわ…」


くすくすとエレーンが笑うので、ナイトハルトは彼女の首筋に手を差し入れる。びくりとエレーンが首を竦めた。


「……ナイトハルト…」


首筋を朱に染め、エレーンが小さく抗議するが、ナイトハルトは構わず彼女をリビングの床に押し倒し、そのまま首筋に顔を埋めた。


「…っ、ダメ…」

「夢でしか会えないんだ。……あいつだって、大目に…」


「………誰が何を大目に見るって…?」


・・・・・・・・・


 この場面で、決して聞く筈のない聞き慣れた声に仰天して、ナイトハルトは思わず覚醒してしまった…。目を開いてみると、目の前に何故かアルベルトの仏頂面があった。あまりのギャップに、流石のナイトハルトも一瞬固まってしまう。


「お……お前…なんで?」

「ここは俺の家だが?」

「………」


冷ややかに見据えられて、ナイトハルトは絶句する。…いや、誰がどこでどんな夢を見ようと、それは勝手の筈だ、夢を見る自由くらい…。


 と、狼狽えながらあることに気付いたナイトハルトは、勢いよく上半身を起こした。


「ユリアは?!」


自分は確か、ぐずるユリアの添い寝をして、横になった筈だ。彼女が寝息を立てるのを見届けて、それから……。アルベルトは友人の問いに、ゆっくりと上半身を起こすと

「…ベビーベッドに移した…」

と、あっさりと答える。


ナイトハルトはリビングの端に置いてあるベビーベッドに視線を向ける。見ると、ベッドの中にユリアの黒髪が見えた。ナイトハルトは安堵の吐息を漏らすと、アルベルトへと向き直る。


「…いつの間にユリアがお前に代わったんだ?」

「……お前がユリアを襲いそうに見えたんで…」

「………」

「…冗談だ…」

「…おい…」

「ユリアの件は冗談だが、お前、今、俺を襲いそうだったが……起こさない方がよかったのか?」


ジロリと目を眇められ、ナイトハルトは再び絶句する。彼は何やら頬を赤らめると、口元を手で覆い、友人の冷たい目線を避ける様に顔を背けた。


アルベルトは何やら色っぽいその横顔に、やれやれとため息をついた。ナイトハルトは、恨めし気にアルベルトを睨むと

「…で、なんでユリアの代わりにお前が寝ている?」

と、唸った。アルベルトは、立てた膝に肘を乗せ、手の甲に頬を乗せたまま、もう片方の手で持っていたブランケットを差し出した。


「お前がよく寝ていたから、ブランケットでも掛けてやろうと思っていただけだが?」

「お前、寝てたじゃないか…」

「ああ、…お前に引き倒された…」

「……」


絶句して目を瞠るナイトハルトの表情に、アルベルトはようやくその表情を緩めた。


「…よく、寝て居た様なのに、起こして悪かったな。寝直すか?」

「いや…」

と、言いながらナイトハルトは前髪をかき上げる。アルベルトは苦笑を浮かべると

「なら、コーヒーでも淹れよう。飲むか?」

ナイトハルトは横を向いたまま「ああ」と、短く答える。アルベルトは立ち上がると、出入り口ではなく、ユリアの眠るベビーベッドへと足を向ける。そのまま、ベッドを覗き込んだ。


ナイトハルトは見るともなしにその背中を見守ってしまう。


 アルベルトが娘の寝顔を眺めていると、いつのまにかナイトハルトが横に並んでいた。


「よく寝てるな…」

「ああ…、すぐに寝付いたか?」

「まあ、そうなんだろうな」

「そうか…」


知っている赤子がユリアだけだ。寝つきがいいのか悪いのか、ナイトハルトには判断しようがない。


「…夢で…」

「うん?」

「あの人が言っていた…」

「ああ…」

「ユリアは機嫌のいい子の様だ…」

「そうらしいな。…リパウルもそんなことを言っていた」

「あいつも?」

「病院で親しくなった友人と連絡を取り合ってる様なんだが、同じ時期に生まれた子供と比べると、ユリアは随分と聞き分けのいい子らしい」


アルベルトの説明にユリアの寝顔を見守ったまま、ナイトハルトは目を細める。


「いちいち意外だな、あいつも…」

「何がだ?」

「いや、母親付き合いまでこなしてるのか。ちゃんと母親らしいなと…」


ナイトハルトの言葉にアルベルトが笑った。


「当人は、まだまだだ、と、言っていたが……」

「それはそうだろう…」

「コーヒーを淹れて、ここに持ってこよう」

「ここで?」

「リパウルの話だと、寝返りをして、戻れなくなる危険があるらしい。…まあ、俺は気が早い心配だと思うんだが…」


アルベルトはそう言いながら肩を竦めた。ナイトハルトは呆れた様に

「あいつも、たいがいせっかちだな。褒めて損した」

「…損はしないだろう…」

と、アルベルトは笑うと、コーヒーを淹れるため、リビングを後にした。


残されたナイトハルトは、飽かずユリアの寝顔を眺め続けた。


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