1-6 カディナに帰る(14)
月曜日の朝、リパウルは、アナベルからの連絡を待っていた。金曜日からこっち、日課になっている。大体同じ時間に、受信音がなった。リパウルは回線をオンにする。画面に、昨日より明るい表情のアナベルの姿が映った。
「おはよう、リパウル。…ってこっちはもう日没が近いんだけどね」
「おはよう。元気そうでよかったわ…その、ウォルター君とは…」
と、リパウルが言いかけると、
「うん、今、代わるね」
と、当然のごとく、応じられた。画面から、アナベルが消え、ウォルターの顔が映った。アナベルは背後から覗き込むようにして見ている。
「ご無沙汰してます、ドクター・ヘインズ。このたびは、お騒がせして申し訳ありませんでした。アナベルから大体のことは聞きました」
と、表情の読めない真面目な調子で、ウォルターは述べた。彼とは新年に少し会っただけなので、どういう人間なのかリパウルは、よくわかっていない。アナベルやナイトハルトから、話題に上ることもそれほどなかった。
「ううん、無事でよかったわ。その、ナイトハルトが…」
「はい、あの、ザナー先生は何も悪くないんです。むしろいつも、助けていただいてばかりで…。今回も先生にはお世話になってしまって、戻ったら改めて御礼を言うつもりですが」
ウォルターの言葉に、リパウルは唖然となった。ナイトハルトはこの生真面目な少年を、どうやってこんな、従順な僕みたいにしたのだろうか?いや、生真面目だからなのか?
とりあえず、リパウルは首を振った。
「ううん、いいのよ。役に立ったんなら、あいつも本望でしょう」
リパウルの言葉に、今度はウォルターの方が目を丸くしている。が、驚きの表情はすぐに消えた。
「それで、今日はヘイワードさんが、普段借りているアパートの部屋を、宿として提供してくださるというので、そこで一泊して、明日の夜に飛行機に搭乗する予定です。なので、僕の方は、水曜日の午前の授業までには戻れると思います。あの、そういえば、学校か、クリック博士から何か連絡が入りましたか?」
アナベルからも、毎回、同じ質問がある。
「ないわ。ねぇ、ウォルター君、一体何があったの?」
面倒なので当人らに直接聞いた方が早い。が、ウォルターは言いよどんだ。
「それは…その、戻ったらアナベルから話があるかと…」
と、後ろから
「何、勝手な約束してるんだよ!」
というアナベルの声がした。ウォルターは振り向くと、「後で、ちょっと待って…」とか何とか言っている。リパウルは少し驚いた。思いのほか仲がいい。考えてみたら、二人が一緒にいる時の様子を、まともに見るのは、初めてだ。
リパウルはにっこりとした。
「わかったわ、アナベルが戻ってきたら、じっくり話を聞かせてね」
画面の向こうでじゃれあっていた二人の学生の表情が、ほんの僅かにだが、ひきつった。
通信を終えると、そのまま二人で売店の方へと向かった。今日の夕食用に、軽食を購入する。カイルの病室で食べる予定だった。途中の廊下でアナベルが
「どうすんだよ、話せないだろう?」
と、早速言ってきた。
「別に、全部話す必要はないんじゃないかな?ビクトリアとケンカになったことだけ、話せばいいと思うけど」
「絶対、理由を訊かれる」
「ザナー先生の件で、もめたって言えば?嘘じゃないし」
「もめたって…」
「ビクトリアが付きまとっていたっていう、君の読みは外れてないと思うよ。なんなら、ザナー先生に確認してみようか?」
「いや、いい。正直もう…」
「面倒…だろ?」
実際にここにいると、それら全てがどうでもいいことに思えてくる。が、明後日にはそこに戻らなければならない。アナベルが戻って来てくれることがわかっているので、別に嫌でもなかったが。
「それより、叔父さんのアパートを借りることになって、申し訳ない」
「いいよ。確かに中心部まで戻って、ホテルに泊った方が、空港まで行くにはラクなんだろうけど。流石にきついだろう?」
やや意地悪く、アナベルが笑った。
「そうだね、僕も夏休みはバイトでもしようかな」
「そんなに?え、じゃ、夏休みの私の仕事は?」
「君は本当に、現金だね…」
カイルの病室で、軽食での夕食を終えると、ウォルターは一人で、カイルのアパートに向かう。アナベルは付き沿い用の簡易ベッドでずっと、カイルの病室に、泊り込みをしている。彼女はウォルターに、アパートまでの道案内を申し出たが、流石に断った。外はすでに日が落ちている。明日は、早朝一番のバスで、来た道を逆流する。鍵を返さなければならないので、アナベルとは明日、もう一度会うことになるが、カイルとは一先ずお別れになる。食事を終えて少し落ち着いてくるころあいを見計らって、ウォルターは椅子から腰を浮かせる。
「あの、僕はそろそろ…」
言いながら、カイルの方へ向くと、挨拶の言葉を切り出した。
「突然お邪魔してしまって、申し訳ありませんでした。お疲れになったかと思いますが」
「いや、会えてよかったよ」
「はい、僕もです。お会い出来てよかったです。その、また会いたいです」
心からそう言った。カイルにも伝わるといいと願った。カイルはにこやかに頷くと
「そうだね、今度は私が、オールドイーストまで行けるようにしたいね」
と、言った。ウォルターは頭を下げた。
明日は朝一番のバスで、最寄の駅まで出て、高速列車の発着駅のある駅まで向かい、そこからあれこれ何度か乗り換え、かろうじて夜九時の便に間に合う。そこからオールドイーストまで、飛行機で約十六時間。途方もない長さだ。
アナベルは病院のロビーまで見送りに来た。
「じゃ、明日、アパートの前まで行くから、寝坊するなよ」
「うん、今日は早く休むよ。君もあまり無理しないで」
「…わかった」
ウォルターは以前から、突然、優しくなったりしていたが、それでも、なんだか妙な感じだった。つい先週までオールドイーストで、ぎすぎすしていたのに。あれは、一体なんだったんだろうかと、アナベルは心の中で首を傾げた。
アナベルは、朝早く病院を抜け出して、カイルと自分が住んでいたアパートまで急いだ。周囲はまだ薄暗い。二階にあるアパートの階段を上がっていると、ウォルターが出てきた。すでにでかける体勢だ。階段を上ってくるアナベルを一瞥すると、ウォルターは丁寧に鍵をかけている。側に来たアナベルに鍵を返した。
「ありがとう、助かった」
「まだ、早いぞ」
「うん、ちょっと。歩きながら話そう」
言うとウォルターは先に立って歩き始めた。アナベルは急いで横に並んだ。
「なんだ?」
「うん、その、君の仕事のことで」
「仕事?」
アナベルの歩幅にあわせてゆっくりと歩きながら、ウォルターが言った。
「ハウスキーパーのこと。考えてたんだけど、君が今まで僕の家にあまり気兼ねなく来れてたのは、遺伝上のつながりがあるってことが、大きな支えになってたと思うんだ。でも、実際にはそうじゃない」
「うん…」
「今回みたいなことが、また起こらないとも限らない、その、つまり…」
「お前も妙なこと、言われてたってことか?」
「うん…もっとも彼らは僕自身に対して、何か思うところがあったわけじゃなくて、言ってみれば、おまけというか、便乗みたいなものというか」
「まわりくどいな」
「ごめん。つまり、君に選択してもらうべきだと思って…」
「選択?」
「うん、本当は向こうに戻ってから訊くつもりでいたんだけど、やっぱりここで聞いた方がいいと思って。カイルさんもいるし…」
「お前は、もう、来ない方がいいと思ってるのか?」
「いや…。僕は、エナも言ってたけど、人と関わるのが正直、得意じゃなくて、だから、今更、別の人に来られるよりは、君になら慣れてきてるし」
「珍獣かよ…」
よりにもよってそんな理由とは。流石にアナベルもあきれた。
「お前がいいんなら、私は別に…」
「適当なんだね。もう少し考えなよ」
「考えろって、言われても」
「僕のところを辞めても、ハウスキーパーの仕事はたくさんある。妙な噂に巻き込まれる恐れのない、単身女性や家庭向けだって、探せば近い条件での働き口は、見つかると思う。君は一応、経験者だしね」
「お前はそれでいいのか?」
「僕のことはいいんだ。一応、僕の気持ちは言ったけど、気にする必要はない。いざとなれば、どうとでもなるし。君が自分で先のこととか、自分自身のことを考えて、結論を出すべきなんだ。やはり、どう考えても、同じ学校同じ学年の、一人暮らしの異性の家に、日常的に出入りするのは、不自然だと思う。ただの友人同士の自由な行き来ならともかく、仕事に来てるとなると、余計にね」
言われて、アナベルも考える。彼女が最初、抵抗なくこの仕事を受け入れることが出来たのは、ウォルターの言うとおり、彼とは母親が同じだという安心感があったからだ。が、実際にはそうでないことを、今では知っている。
「お前は、そういうの気にならないの?」
と、訊きながら、彼は前から知っていて、だから、最初は拒絶していたのだと思い当たった。
「いや、そうか…だから…」
「うん、気になってた」
「今は?」
「さっき言ったろ?」
「そうか。その、考えてもみなかった…」
「知らなかったんだから仕方がない」
「それでお前、最近変だったのか?嘘ついてるのが、嫌になってきてたのか?」
「えっと…まあ、そうかな?」
正確に言うと微妙に違うが、何から何まで馬鹿正直に言う必要もないし、つきつめていうと、アナベルが言った様なことになるのかもしれないとも思い、ウォルターは、そういうことにしておいた。
いつの間にかバス停に着いていた。周りに人はいない。アナベルはしばらく黙っていたが
「わかった、ちょっと考えてみる」
と、答えた。
「うん、じゃあ、どちらにしても、戻ったら一回、来て貰えるかな」
「うん」
アナベルの返答に、ウォルターは密かにため息をついた。彼女の力にはなりたいが、だからといって、自分の都合のいいように物事を運んでいい訳もない。自分には、彼女が続けるという選択をしてくれるよう、願うことしか出来ない。
「君は土曜日までいるんだろ?」
「うん、その次の日には、カイルも退院出来そうだって」
「隙を見て勉強しておいた方がいいと思うよ」
「…わかった」
アナベルが神妙に頷くと、時間通りにバスが来た。ウォルターは、静かに乗車すると、少し振り返って、
「じゃ、また」
とだけ言った。アナベルが手を上げると、扉が静かに閉まった。
ウォルターの忠告通り、アナベルは隙を見ては試験勉強をした。そんな姪を、カイルは頼もしそうにみつめていた。一抹の寂しさはあったが、これはカイル自身が望んだことでもあった。
ウォルターからの課題を、アナベルはカイルに相談することが出来ない。何故なら、カイルはウォルターのことを弟だと思っているから。もっともカイルはウォルターから聞いていて、事実を知ってはいたのだが、カイルはあえて自分が知っていることを、アナベルには伝えないでおいたので、アナベルはそのことを、知らないでいた。
考えているうち、ふいにアナベルは、ウォルターに会いたくなった。会ってなじりたくなる。どうして彼はいつも、こんな風に自分を混乱させることを言うのだろう。アナベルは、彼がもう自分を嫌っていなくて、オールドイーストに戻ったら当たり前のように、以前と、かわらない日々が戻ってくると、思っていたのだ。でも、彼の言うことは間違ってはいない。これからオールドイーストに戻って…カイルと離れて、一人でやっていくのだから、オールドイーストでのことではカイルに相談しないでも、自分で決められるようにならなければ、いけないのだろう。
自分で、今の自分と未来の自分のために、どうするのが一番いいのか、自分はどうしたいのか、アナベルはじっと考え続けた。
明日はいよいよオールドイーストに戻るという、金曜日。最後の通信を入れてから、カイルの病室へ戻る。リパウルは明日には会えると、嬉しそうに言ってくれた。
アナベルはいつも通り軽食を買って、カイルの病室へと戻った。軽食もすでにネタ切れだった。カイルは眠っていた。静かな寝息を立てる、叔父の寝顔を見ると、アナベルはいつもほっとした。このままここで、カイルの寝顔を見ていられたら、と思う。でも、カイルの言うことの方が正しいのだろう。
ウォルターがここに来る前、アナベルはここに残りたいとカイルに言った。あの時はそれが、最善の道に思えたのだ。だが、カイルは、それを拒絶した。今のアナベルは自分に依存しているだけで、そして、依存は信頼とは違うと…。あの時は意味がよくわからなかった。今でも本当には、意味がわかっていない気はしている。
カイルが心配だから、カイルの近くにいたいのだということが、どうして彼に依存していることになるのだろうか。そういえばその時、カイルも言った。私ではなく、どうするのが一番、自分のためになるのか考えなさいと。カイルが元気になってくれること、自分の望みはそれ以外にはない。ふと、アナベルは思った。カイルは一体、何を望んでいるんだろうかと。そして、そのことを一度も考えたことがなかったことに、気がついた。
姪の気配を察したのか、カイルがゆっくりと目を開いた。自分を見つめる心配そうな姪のまなざしは、すでに見慣れたものになっていた。が、それも今日までだ。明日には彼女は旅立つ。
「ごめんね。起こしちゃった?」
姪はいつもそう言う。
「いや、大丈夫」
カイルはベッドの上半分を起こした。入院してから一度も、めまいの発作にも、腕の振顫にも、襲われていない。入院しているという安堵感からか、それともアナベルが近くにいて元気な姿を見続けることが出来ていた安心感からなのか、あれはやはりストレス性のヒステリー症状だったのだろうか。
「考え事?」
「うん、明日、戻るだろう。だから、たくさん見ておこうと思おうって」
「じゃ、私もたくさん見ておかないと」
二人は目を合わせて、笑いあった。
「カイル。カイルは私に、自分のことを考えろっていうけど、私の望みはカイルが元気になることなんだ。でも、カイルが何を望んでいるのか、実はわかってないのかもって思った」
「前から言ってるよ」
「元気になること?」
「それは勿論、でも、君にちゃんとした教育を、受けさせてあげたいって、思ってる」
「でもそれは、私のことだろう?」
「君の望みだって私のことだ」
言われて初めて気がついた。
「あ、本当だ」
「ね?」
「…そうか…」
「君はとてもよくやっていると、私は思ってる。君は、私の誇りなんだ」
「カイル…」
アナベルは俯いた。カイルにそんな風に言ってもらえるほど、自分はえらくない。でも、カイルの誇りにふさわしい人間になりたいと、心から思った。
土曜日の早朝、アナベルは一人で旅立った。カイルは眠っていた。眠っているふりをしていただけかもしれないが。アナベルは眠る叔父の顔を、記憶にとどめておけるよう、しっかりと瞼に焼き付けると、病室を後にした。
半日以上かけて、ダンホ空港へ向かう。着く頃には夜の九時。ウォルターも数日前この道を戻ったのだ、ふと、それを思い出す。戻ったら、一番に会いに行く。別段そういう約束はしていないが、アナベルはそう決めていた。
日曜日の朝、ウォルターはアナベルから電話で連絡を受けた。無事にノースノウ空港に着いたこと、今から行くこと。ウォルターはひどく緊張した。真っ先に来るとは、流石に思っていなかったのだ。
実は自分が一番心配しているのは、自分自身なのだということに、オールドイーストの自分の家に着いてから、初めてウォルターは思い至った。カディナでは自然に振舞えた。でも、この空間で、以前のように振舞えなければ、結局、帰省前と同様の、衝突の繰り返しだ。
正午よりずっと前に、インタフォンが来客を告げると、声も待たずに、ウォルターは玄関へと駆け出していた。
呼びかける前にいきなり飛び出してきたウォルターの剣幕に、アナベルの方が驚いてしまった。
「な、なんだよ。そんなに待ち遠しかったのか?」
久しぶりで直に訊く、彼女の声。数えたら四日ぶりだった。
「…だって、落ち着かないだろ?」
普通の声が出せた。ウォルターはほっとする。
「とりあえず、お帰り」
「とりあえずってなんだよ。…まあ、ただいまって言うけど」
ウォルターは可笑しくなった。
「じゃ、まあ、とりあえず…入れば」
玄関をふさいでいるのは自分だという、都合の悪い事実は棚上げにする。
「うん」
なんとなく、ウォルターの家に来るのも久しぶりな気がした。カイルと自分が暮らしていたカディナのアパートに比べると、短いとはいえ、廊下があるのが快適だった。
「カイルさんは?」
ウォルターはコーヒーメーカーをセットしながら、気になっていたことを、最初に聞いた。アナベルはキッチンに落ち着いて、背中のリュックを下ろしながら、答える。
「うん、予定通り明日には退院できそうだったよ」
「なら、よかった」
アナベルはウォルターがコーヒーを入れているのを見て落ち着かない気分になる。それは彼女の仕事だった。
「あの、コーヒー…」
「今日のところはお客様だから、気にしないでいいよ」
「うん…」
「で、勉強は?少しはしてたの?」
「暇を見てはやっていたよ。カイルにも見てもらってたし」
「へえ」
「ただ、授業に出てないから。今回は本気で恐い。特に古典…」
「みようか?」
「今から?」
「いや…、そうだね」
言いながら、コーヒーカップをアナベルの前に置く。どうも、この薄い水色のカップはアナベル専用らしい、たまにコーヒーを付き合う時、出てくるのがいつもこれだった。
「教科書、すぐ出せる?」
飛行機でも見ていたのですぐには出せる。ウォルターはアナベルの教科書用タブレットを手に取ると、古典のテキストを開き
「範囲は知ってるよね」
と確認する。
「うん」
カディナにいる時に、範囲はウォルターからリパウル経由で知らされていた。
「じゃ、このあたり、集中してやると少しは、ましな点が取れると思う」
言いながらタブレット専用の、消せるマーカーで、いくつかのページに、しるしをつける。
「わかるのか?」
「いや、ただの勘だから。あたるかどうかはわからない」
と言いながらウォルターは、教科書用タブレットをアナベルに返した。
「で、どうすることにした?」
「ハウスキーパーのこと?」
「うん」
ウォルターは、なんでもない風を装って問いかけるが、やはり少し緊張してしまう。
「お前がいいんなら続けたい」
「そうなんだ」
当たり前のようにアナベルがそう言ってくれたので、ウォルターはほっとして、思わず天井を仰いでしまった。
「お前が気にしてるのは私の評判とか、そういうことだろ?」
「まあ、大きく言うとそうなるね。書類の上では姉弟ですと言っても、外には言いふらせないし、実際にも違っている」
「うん、でも、考えてみたら、私は別にここで出世したいとか思っているわけじゃないし、お前は勉強を見てくれるし、結構、自由にさせてくれるし、単価もいいし、それを考えたら、すごく自分に都合のいい働き口だし、評判を気にして変えなきゃならないほどの人間じゃないから、目に見えるメリットをとることにした」
「わかりやすいね」
「駄目かな」
「いや、前も言ったけど、僕もその方が助かるし、君の叔父さんによろしくって言われてたのに、ここで君がやめたら顔向けできないなってのは、ちょっと気になってた」
「そんなこと気にしてたのか」
「君と違って、評判が気になる」
「なんだよ、それ」
可笑しくなって、アナベルは笑ってしまう。
「まあ、よかった。実はイーサンが、試験が終ったら、アフマディの店でおごってくれることになってて…」
「え?本当に?ついにやったな!」
「その喜び方の意味がわからないんだけど、で、よければ君もどうかって」
「…私もおごりなのか?」
「そりゃそうだろうね。なにかお詫びらしいよ。僕も今はお金がないし」
「あ、悪い…」
「いや、君のせいじゃないから謝られると困るんだけど。じゃ、行く?」
「当たり前じゃないか!行くよ」
「…きみもつくづく、現金だね」
「駄目なのか?」
「いや。別にいいけど…」
言いながらウォルターは少し首を傾げる。
その様子にアナベルはほっとして、思わずにっこりとした。
【カディナに帰る;完】




