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オールドイースト  作者: よこ
第3章
504/532

3-16 イカサマ賭博師の愚昧(9)

R-15入ります。きわどいかもしれませんが、多分ぎりぎりR-15です、多分…。

 まだ寒さの残る春の昼下がり、マチルダを電話で呼び出したロブは、彼女の自宅からやや離れた場所で、停車中の車の中へ彼女を招き入れた。彼女の面に笑みはなく、口数も少なかった。それでも、マチルダは、ロブの言いつけ通り彼が贈った衣装を身に着けてやってきた。やさしいピンク色のワンピースはマチルダによく似合っていた。そのまま彼女を伴い、中心部から少し外れたモーテルへと移動する。


受付で部屋のキーを受け取り、部屋へ入りながら

「昼食は?」

「欲しくないわ…」 

そんな簡単なやり取りを交わす。そして、ベッドを無視して、壁際にあるソファに二人で並んで腰を下ろした。


ロブはマチルダの背中に腕を回し、うっとりとした眼差しで彼女を見つめ、優しいキスを彼女と交わす。ついばむようなキスをしながら、ロブはあいた方の手で、ネクタイを緩めて首から引き抜くとそのまま床に放り投げた。それから、マチルダのワンピースのファスナーを下ろし、そのまま背中に手を差し入れ、下着のホックを片手で器用に外すと、ワンピースの肩の部分に手を入れる。


マチルダは抗うことなくロブの動きに合わせて、自ら片腕を袖から抜き出した。ロブが、覆う腕を失った袖の部分を、彼女の腰に添わせるように下ろすと、マチルダの白い肩と豊かな胸が片方だけあらわにされた。その膨らみにロブは顔をうずめる。ロブの愛撫を受けながら、マチルダは白く細い腕を上げ、彼の髪や耳を優しく撫でる。ロブに抱かれながらマチルダは甘い息をつき、彼の名前を呼ぶ…。


そんな風に週に何度か、昼間の逢瀬を重ねていたが、そのうちロブは、遠方の厄介な案件の担当にジョンを推薦し、彼を首尾よく追い払った。その案件の担当になったばかりに、ジョンは月に数回、出張に行かねばらなくなった。宿泊出張でジョンが不在のその夜に、ロブはマチルダを電話で呼び出した。最初の夜、電話の向こうでマチルダは、一応は拒んだが、ロブが魔法の言葉を口にすると、結局、彼女は素直にロブに従った。


マチルダはロブの指示通り、無人タクシーを使って、自ら彼の住居へと訪れる。夜半に鳴り響くインタフォンの音に、ロブはマチルダであることを確認すると、彼女の細い手首を掴んで、引きずり込むように彼女を自分の住居の中に入れた。…そうして、初めての夜と同じように、まどろみの時間を挟みながら、ロブとマチルダは払暁まで幾度も体を重ねた。


 二人の関係が変わった頃から、日常会話は激減した。結局のところ、マチルダがジョンをうまく誘えたのかどうか、ロブは知らないままだった。一度戯れに、ロブが

「ジョンとは?最近、どう?」

と、マチルダを抱きながら、薄い笑みを浮かべてそう尋ねたが、マチルダは薄く目を開くと、

「…ルール違反だわ。あなたが言ったのよ」

と、だけ言うとそれきり口を噤んだ。


ホテルの一室で初めてベッドを共にした夜、半ば強引に彼女を抱いた最初のその最中、絶頂に達したマチルダが、ロブが聞いたことのない男の名前を口走ったのだ。それに腹を立てたロブは、行為の時に別の人間の名前を口にするのはルール違反だと、マチルダを叱責した。同意も得ないで寝込みを襲った男が口にするには、身勝手すぎるほど勝手な理屈だったのだが、マチルダは半泣きになりながら素直に謝罪した。以降、マチルダが抱かれながら口にするのは、ロブの名前だけだ。それだけでなく、ジョンの名前すら口にしなくなったし、ロブがジョンのことを話題にするのも嫌がるようになった。


終始一貫して、マチルダはロブにとっては、従順な…だけではない、望ましい愛人だったので、ロブは双子のことも父のことも、エナの事さえ忘れ、マチルダに夢中になった。行為に熱中するあまり、気づかぬうちに、マチルダに無理を強いることもあった。シャワールームで過ごしている時、ロブの行為が原因で、跪いたままマチルダが激しく咳き込んだ。ロブは慌ててマチルダから離れると、彼女の傍らに腰を下ろし、彼女の背中に手を置くと、苦し気なその顔を覗き込んだ。


「大丈夫か?その…、すまない。あまりに心地よくて、つい夢中になってた…」


焦りのあまり、捲し立てる様な口調になったロブの慌てぶりが面白かったのか、あるいは、言葉の内容が可笑しかったのか、そのセリフに反応するように、咳の治まったマチルダの口元に、幻の様に笑みが浮かんだ。唐突に現れたその微笑に、一時、状況を忘れて、ロブは見入ってしまう。その時、久しくマチルダの笑顔を見ていないことにロブは気がついた。この上なく貴重なその、一瞬の笑みに、目が釘付けになってしまう。


ロブの表情から何を読み取ったのか、マチルダの顔から素早く笑みが消えた。マチルダは、真顔になると、

「大丈夫よ…。もう、出ましょう…」

と言うなり、ロブの目の前で立ち上がった。奇麗なラインを描く白い腹部が、ロブの前から立ち去ろうとする。ロブは思わず彼女の腰に手を伸ばし、そのまま、自分の額を彼女の腹部に押し付けるようにして抱き寄せてしまう。マチルダの戸惑った声が頭上から聞こえた。


「…ロブ、私は大丈夫って…。どうかした?」


優しい…だが、どこか冷ややかな声…。そう、ずっと気がついていた…。自分の腕の中にいるこの女は…自分の、どんな要求も素直に…いや、むしろ能動的に受け入れ、官能の声を上げるこの女は、自分のことを愛してはいない…。


 当たり前のことだ。自分だってマチルダを愛しているから抱いているわけではない。ただ、彼女とのセックスを楽しんでいるだけで…。にも拘らず、ロブは自分が彼女の甘い吐息や激しい喘ぎ、愛撫だけではなく、体の関係を持つ前、ずっとそうだったように、他愛のない会話や、優しい笑顔も欲していることに気がついた。彼女の体を手に入れるまでずっと蔑んでいた、彼女の愚痴すら、今、欲しかった…。だが、それらは二度と自分の物にはならないだろう…。


今、一時の笑みすら、彼女の面からはすぐにかき消された。当然だ、彼女の体を手に入れる代わりに、彼はそれらを失った。すべて自分の行為が招いたことだった。


ロブはマチルダの体から離れると、自分も立ち上がった。訝し気に自分を見上げるマチルダに、慣れた様子でキスをすると、頬にかかる彼女の髪に触れた。キスをしながら再びその場でマチルダを抱き終えると、彼女の体を抱き上げ、シャワールームを後にした。


 ロブはベッドにマチルダの体を横たえると、再び彼女の体を執拗に愛撫し始めた。…心が手に入らないのであれば、せめて彼女の体に、自分の刻印を残したかった…。


体の関係を持つようになってから、二ヶ月が過ぎる頃、マチルダはあれこれ理由をつけて誘いに応じなくなった。苛立ったロブが露骨に脅しをかけた結果、一か月以上のお預けの後、彼女はようやく、会うことに同意した。だが、再会したマチルダの反応には、これまでにはない変化が表れ始めた。


それまでは、時にロブをたじろがせるほど、能動的だったマチルダの所作が、やや消極的になってきたのだ。なにか具体的な兆候を目にしたわけでも、マチルダから何か言ってきたわけでもない。だが、ロブは、彼女が妊娠したのかもしれないと思う様になった。ロブはマチルダに合わせる様に、彼女の抱き方を変えていった。マチルダの腹部に負担がかからないようにしながら、ロブは飽くことなく、あらゆる仕方でマチルダを愛撫し、抱き続けた。


 夏が本格的な暑さを迎える頃まで、二人の逢瀬は続いた。ある夜、行為の狭間のまどろみの中で、ふっとロブは目を覚ました。腕の中にいた筈のマチルダの姿がないことに、若干慌てて時間を確認するが、時刻は夜中の二時だった。ロブはベッドから降りると寝室を出て廊下を歩いた。探すまでもなくマチルダの所在は明らかになった。洗面室から明かりが洩れていたからだ。中をのぞくと、バスローブを羽織ったマチルダが洗面台にかがみこんでいた。水の流れる音が静かに耳に届く。


「マチルダ…」

彼女の背中に向かって、ロブは呟いた。マチルダは顔を上げると、鏡に映るロブに向かって

「…ごめんなさい」

と、呟いた。ロブは何を謝られているのかわからなかったが、すぐにマチルダが

「洗面台を…汚して…」

と、言葉を続けたので意味が分かった。謝罪の言葉とは裏腹に、洗面台は別段汚されてはいなかった。ロブは…いつもそうしているように、背後から彼女を抱きしめた。身を屈め、彼女の髪に顔をうめる。彼の手は自然に、バスローブの中のマチルダの胸を探りだす。


「そんなことは、気にしなくても…」

マチルダはロブの愛撫に目を瞑り、乱れそうになる息を押さえながら喘ぎ、自分の背後に立つ彼に、もたれるようにして身をゆだねる。


「…つらいのか?」

ロブの質問にマチルダは首を振った。

「…前の時よりずいぶん楽だわ…。けど、前の時より少し長い…」

ロブはマチルダのバスローブを完全にはだけさせると、そっと彼女の腹部に手を添えた。手に触れる彼女の腹部には、何の変化も見られない。それでも、ロブは、彼女の変化に気がついていた…。


薄々悟っていながら、自分は…気がつかないふりをしていたかったのか…。


マチルダの体を執拗に愛撫しながら、ロブはマチルダの胎内に宿る子供が、自分の子供である可能性について考えていた。…偽薬がその効果を発揮することなく役目を終えたことを、ロブは知っていた。だが、それ以降もずっと、彼女との関係は続いていたのだ。ならば、お腹の子供が自分との間に出来た子である可能性は、十分すぎるほどあった。マチルダがジョンと、どの程度夜を共にしているのか知らないが、職場で見かけるジョンの態度に目立った変化はない。無論、彼とてパートナーの妊娠には気がついているだろう。つまり、マチルダは、自分に抱かれながら、同時にパートナーともうまくやっているのだ…。そのことについて自分があまり考えないようにしてたことに、今更のようにロブは気がついた。考えていると、不可解な苛立ちに襲われる…。


…とりとめのない想念を弄びながら、マチルダの腹部に優しく手を添え、ロブは背後からゆっくりとマチルダを抱いた。ロブの流儀に、すでにすっかり馴らされてしまっているマチルダは、彼の行為に、いつものように、ただ、湿った喘ぎ声を上げただけだった。


 …それからしばらくして、ロブはマチルダを呼び出すのを止めた。


***


マチルダと会わなくなってから、ロブは双子が生まれるまで付き合っていた彼女と、一時よりを戻した。丁度、相手の方も新しい恋人に物足りなさを感じていたところだったようだ。つまり、悪びれず、二股を掛けられているわけなのだが、ロブは特に気に留めなかった。


ある意味抱きなれた女性を抱いた後、ベッドに横たわる彼女のすぐ横で同じように体を横たえ、片肘を立て、手の上に頭を乗せた態勢で、相手の満足そうな寝顔を、ロブはなんとなく眺める。彼女の寝顔を眺めながら、ロブが考えていたのは、マチルダのことだった。


…処女の様な女が間違って母親になったのだと、そう思っていた…。


体の関係を持つまでは、ロブはマチルダを聖女の様な、あるいは少女の様な女だと思っていた。一児の母でありながら、自身がまるで子供の様な…愛すべき愚かさ…穢れを知らぬ処女そのものといった存在。そういった類の、男に甘え、依存し慣れた、子供の様な女は、最初からロブの趣味ではなかった。にもかかわらず、彼女を抱こうと思ったのに、深い理由はない筈だった。ただ、あの頃は色々なことが重なって…、自身の内に籠って、出るすべを失っている、黒い塊の様な何かを吐き出して、誰かにぶつけたかった。


…一言で言ってしまえば、ただ、それだけのことだった。その相手がマチルダだったのは、彼女を蔑んでいたからに他ならない。…それが、どこで間違えたのか…。


…そもそもの最初の時から、マチルダはロブの予想を裏切った。眠るマチルダは眠ったままだったのにもかかわらず、ロブを受け入れ、彼女を犯す男に快楽を与えたし、自身もまた得ようとした。覚醒をした一時、確かに彼女は驚愕し、微かとはいえ抵抗の意思を見せたが、その意思はさしたる痕跡も残さず、瞬く間に消えてなくなり、残ったのは能動的に快楽を得ようという、なまめかしい姿態だけだった…。ある意味、その最初の行為で、ロブはマチルダにはまったのだ…。


ベッドの上ではマチルダは、ロブの要求に、時折、抗いはしたが、戸惑いを見せることはほとんどなく、大抵いつでも素直…というより能動的にロブを受け入れていた。だが、ベッド以外の場所で抱こうとすると、いつでも最初は抗った。ロブは、マチルダのそのささやかな抵抗が楽しくて、人目がないことを確認した上で、公共の場でわざと彼女を弄ぶこともあった。


自宅のベッド以外の場所でも、そんな風にマチルダが抗うことはあった。抗う時、マチルダは普段の貞淑そうな態度を見せはするものの、抱き始めると結局、その貞淑さは影を潜め、痴態の限りを尽くし、清楚で可憐な表情で、いつでもこちらを酔わせる切ない快楽の声を上げながら乱れた…。そして、その行為のなかでは間違いなく、幾度となく官能の極に達していたのだ。


…だが、彼女は男を、ほとんど知らない筈なのだ…。


十五歳の時に、年の離れた従兄と過ちをおかして身ごもり、その結果、従兄とパートナーとなった揚げ句、体の関係がないまま、ただ子供の母として八年近く一人寝の…正確に言うと、子供の添い寝をして、夜を過ごした…。これまでロブがマチルダから聞いていた話をまとめると、大体こうなってしまう。


だが、実際に彼女を抱いて、そんな話を真に受ける間抜けはいないだろう。それほど彼女は男を悦ばせるすべを自分の物にしていたし、また、彼女自身、男に愛され、その快楽に溺れることに、恥じらいはしても、ためらいを見せなかった…。


間違いなくマチルダは男に抱かれ慣れていた…。ならば、彼女に、ベッドでの所作を、“仕込んだ”のは、いったい誰なのか…という疑問が、マチルダを抱いてからずっと、ロブの中で渦巻いていた。ジョンではない…筈だった。マチルダの言うことが本当なのだとしたら…。


ならば、誰が…。考えるまでもない。最初に彼女を抱いた時、彼女が叫んだ、訊きなれない音の名前…。そいつはきっとロスアンにでもいるのだ。彼女がロスアンを恋しがるのはきっとその男が原因で…。


考えていると、いつもロブは、自分がとんでもない間抜けになったような気がして、腹立たしさにイライラしてくるのだ。


…全く、子供は欲しいけど、恥ずかしくてパートナーをベッドに誘えないと言っていた女が、よく言えたものだ!ジョンも哀れなものだ…。マチルダは、きっと、その最初の恋人のことを忘れていないばかりか、今でもそいつのことばかり、考えているのに違いない…!


…ロブの思考は、隙を見つけては、そんな空転を繰り返していた…。



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