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オールドイースト  作者: よこ
第1章
5/532

1-1 オータムホリデー(4)

一定の距離をおき、向き合うようにして立っているアルベルトとリパウルの二人を、面白そうに見やると、ナイトハルトはアルベルトの隣に足を進め彼の肩に腕を置いた。そして

「その様子だと、なんとか貞操は守られたようだな。よかったよかった」

と、茶化した。


「お前…来てたのか」


すっかり毒気を抜かれたアルベルトは、少し安心したように呟いた。


ナイトハルトはリパウルの方を、親指で指し示しながら答える。


「こいつに運転手させられたの。居合わせたのが運のつき」

「そうか、せっかくの休日なのに、申し訳ない」

「いや、全然。なんか面白いことになってるみたいだな」


にやりと、ナイトハルトは笑った。


「…そう見えるのか…」


言われたアルベルトは複雑そうだ。


 さきほどから傍観者ポジションから一歩も動かしてもらえないリディアは、その場にへたり込んだ。新たな闖入者にたまらず声を上げる。


「なんなの、一体?どうして、こんなに邪魔が入るの?!」

「邪魔ねぇ…」

と、呟きながらナイトハルトはリディアの方へ足を向ける。


シニカルな笑みを浮かべてこちらに近づいてくる男の姿にリディアは、はっとなる。自分は裸同然なのだ。そして、近づいてくる男は、見たこともないほどの美貌の主だった。突然ベッドに現れた美少女といい、来るなり怒りを撒き散らした美女といい、一体ここはどうなっているのだろう。呆然としながら陶然と、自分に近づく男の美貌に見とれてしまう。


 ナイトハルトは笑みを浮かべたまま目礼すると、彼女の傍らにひざまずき

「失礼しました、お嬢さん。私はナイトハルト・ザナーと申します。こちらのアルベルト・シュライナーの、悪友というやつです。二人の大切な時間に無粋な真似をしでかしてしまったことを、ここにいる愚かな女たちに代わってお詫び申し上げるご無礼を、お許し願えますか?」

と、上品に告げた。


 リディアはうっとりした顔でナイトハルトを見上げている。このままアルベルトが逃げても、気がつかないかもしれない。


「あいつ、何しに来たの?」


アルベルトは先ほどまでのやり取りをうっかり忘れて、傍らに立つリパウルについ訊いてしまう。愚かな女呼ばわりをされたリパウルも、あきれきった口調で

「さあ?」

と返した。


「あんな状態でいる女性を放っておけないんじゃない?」

「…なるほどね」

「あなたはちょっと、冷淡すぎるかもね」


続く一言は完全に余計だった。


「…どういう意味だ?」


当然、アルベルトは訝し気に顔をしかめ、傍らに立つ彼女を睨むようにして見つめる。


「自分の胸に手を当てて訊いてみたら?」


リパウルは前を向いたまま、冷淡に言い放った。


「…お前ら…、そんなところで内緒話はよしてもらおう。内容は聞こえないけど、俺の悪口を言っている、ということはわかるぞ」


リディアにへりくだっていたナイトハルトは立ち上がると、耳ざとく二人の会話に割ってはいる。悪口を言っていた二人は、そろって肩をすくめた。


 …なんとなく、ここまま彼女の隣に立って、ナイトハルトの悪口でも言っていたい気分だったが、そう言ってもいられまい。


 アルベルトは、ベッドに投げていたグレイのタキシードを手にすると、リディアの傍らにひざまずいた。そして、手にしていたタキシードを彼女の体に掛ける。


「リディア、その…私がこんなことを言うのも妙だけど、騒がせてしまって申し訳ない」

と、謝罪した。アルベルトの言葉に、うなだれていたリディアはゆっくりと顔を上げる。



「さっきも言ったけど、こんなことはみんな茶番だ。オールドイーストには君たちが思うような<結婚>の制度はないし、似たものはあるけど、やはり違う。仮にあったとしても、私は、自分がそうしたいと望む女性以外と結婚する気はない」


リディアは無言で聞いていた。


「君が…というより、君たちが、どうしてこんな強引なことをしたのか、私には推測することしか出来ないが、もし、君たちがここに来たいというのなら、正式な移住申請をするべきだと思う。それだったら、私が力になれることがあれば、力になる。…もっとも大した力はないけどね」


リディアは首を振った。


「無理よ、アルベルト。何年かかるかわからないわ。わかるでしょ?父さんもこんな長い移動についてこられたのが不思議なくらい。もう…駄目なの…」


アルベルトはいたわるように彼女の肩に手を置いた。


「わかるよ。だけど、私に任せておけ、とも言えない」


ラ・クルスに行った時、彼女は十九歳で、もうすぐ二十歳になるのだと言っていた。その村一番の美少女で、二十歳になったらオールドイーストのセントラルシティか、ウエストサイドシティへ出るのだと言った。セントラルシティは、ようは研究機関の集まりだよと教えると、そんなお堅いところなんだったら、ウエストサイドシティの方が華やかね。と笑った。


…それでも、もし本当に、オールドイーストにいくことになったら、相談に乗ってくれる?いいよ、ただし、できることしか出来ないけどね。とアルベルトは付け加える。


ありがとう、約束よ。…そう言いながらリディアは、ほがらかに微笑んだ。


「任せておけとは言えないけど、私も、ここにいるザナーも、少しでも事態を改善しようとしている。これは励みにはならないかもしれないけど、君たちの地域は優先順位が高い。今の調査結果が形になれば、来年から本格的な「開発」対象に認定されるだろう」


…それは同時に、状況の危険値が高いことをも意味する。逃げ出すことが出来るものはとっくに逃げ出しているのだ。残っているのは、逃げ出すことが出来ない理由がある者か、逃げることすら出来ないほど、逼迫した者たちだ。


腕を交差して、自分の肩に置かれたタキシードの襟を掴んでいたリディアは、無言で首を振る

「ここに来ることに全部を賭けてたの。もう私には何も残っていないから…」


その言葉の意味するところに、アルベルトは、痛ましげに目を細めた。ラ・クルスは開発対象候補に挙がってから、研究者他、人の往来が以前より頻繁になっている。そのうちの誰かから、なんらかの手段で得た金銭で、オールドイーストに来たのだろう。誰かにとってははした金でも、彼らの村では大金となりうる。


「親父さんたちが君にこんなことを?」

というアルベルトの言葉に、リディアは激しく首を振った。


「違うの、あの時あなたが、何もしなかったから…私に優しくしてくれたから。だから、私がこうしたいって、どうせなら、アルベルトがいいって…」


リディアの目からは涙もこぼれなかった。


アルベルトは彼女の顔を覗き込んだ。


「何も残ってないなんてことない。君は若くてきれいだ。それにとびきり、健康だろう?」


少しおどけたようにアルベルトは言った。リディアは少し笑って、少し泣いた。


「こんなことをしてごめんなさい、アルベルト。本当はあなたに会えるだけでよかったのにね」

「リディア…」

「移住申請は出さない。あなたとあのきれいなお友達が、私たちの住んでいるところを、よくしてくれるのを待つ」

「それで、いいのかい?」

「うん、だって、そうしてくれるんでしょう?」

「いつになるかはわからないけど」


少し困ったようにアルベルトは付け加える。


「そこは正直にならなくていいのに」

と、リディアは苦笑した。


「リディア、あの…こんなこと言えた義理じゃないけど…これからも、ラ・クルスには人が出入りするかもしれない、けど、自分を粗末に扱うようなことはやめるんだ。君が傷付かないのなら何も言わないけど…」


リディアは首を振った。


「傷つかないわけじゃないの。でも、少しでも私に出来ることがあればって、思ったの。やらされていたわけじゃない。本当よ。…でも、やらなくていいんだったら、もうやりたくない」


だが、やらなくていい状況になるのだろうか。彼女がどうあれ、一度娘が金になることに気がついてしまった男たちが、やりたくないで納得するのだろうか。嫌な物思いにとらわれていたアルベルトの背後にいつのまにか、リディアの父親が立っていた。


「おおお、親父さん」


先ほどまでの失礼な想念が後ろめたくて、必要以上に動転してしまう。が、アルベルトにはかまわず、オルト氏は娘に向かって

「リディア、お前…」

と、呟いた。リディアは父を見上げると

「父さん、ごめんなさい…父さんの言うとおり、アルベルトは堅物ね。やっぱり私じゃおとせなかった」

と、言った。言うなり、堰を切ったように目から涙があふれた。


「いや、それでよかったんだろう」

というと、アルベルトの前にひざまずき

「この度は、本当にご迷惑をおかけした。また、ラ・クルスに来る時には、気にせずうちに立ち寄ってください」

と、頭を下げる。


「いいんですか…」

と、アルベルトが問うたのは、オルト家に立ち寄ることではなく、このままラ・クルスに戻ることの方をさしていた。


「いいんでしょう。うちは曽祖父の代より…カタストロフィがおきるずっと前からあそこで暮らしています。これからも、出来るなら住み続けたい。リディアがやっていたことも、もうやらせません。この娘に関しては私も少し自惚れていた。…少し、目が覚めました」

「親父さん…」

「さあ、もう、シュライナーを開放してあげるんだ、リディア。気がすんだだろう」


リディアは乱暴に自分の頬をぬぐった。父親の姿を目にしてから、ずっと泣いていたのだ。

リディアは立ち上がると、アルベルトに向かって両手を差し出した。


「帰る前に、また、会ってくれる?今度は結婚を迫ったりしないから」

アルベルトは笑いながらリディアの手をとった。


「そうだね、名所らしい名所もないけど、行きたい所とか、いくらでも案内するよ」

リディアは再び涙をぬぐうと、アルベルトの耳元に顔を寄せた。


「アルベルトの結婚したい人って、さっきの怖い美人なんでしょ?すっごく、手ごわそう。…せいぜい頑張ってね」

と、激励なんだか皮肉なんだかわからない言葉をささやいた。言われている内容はかなり痛いのに、妙にくすぐったい。たった数分のやり取りで見抜かれてしまうほど、自分はあからさまに振舞っていたのだろうか?


そのまま、父親に連れられてバスタオル巻きにタキシードを掛けたまま、リディアは部屋から出て行った。


残されたアルベルトは、先ほど言われた言葉のためか、無意識のままリパウルの方を見てしまう。そして、黙ってこちらを見ていたリパウルと、やはり目が合ってしまう。先に目をそらしたのはリパウルの方だった。


 リパウルはじっと、リディアとアルベルトが話している様子を見ていた。話している内容までは、はっきりとは聞こえない。ただ、アルベルトが彼女に対して親身になっているのはわかった。二人の姿を見ていられなくて、目をそむける。目をそむけた途端、声が気になって見てしまう。



「お前も救われないねぇ…」


彼女の様子に、隣に立つナイトハルトが、あきれたように、哀れむように呟いた。答える言葉を、リパウルは持たなかった。


 リパウルから目をそらされてしまったアルベルトは、こちらも先ほどから気になっていた、ルーディアに視線を向ける。実は彼女はリパウルとの応戦の後、自分の役目は終ったとばかりに、ごく自然に床に寝転び、そのまま爆睡状態へと突入していたのだった。


リパウルも気がついていたが、ルーディアに関しては、眠っているのが一番いい上、基本状態がそれだったので、そのまま眠らせておいたのだ。


 リパウルほどにはルーディアに慣れていないアルベルトは、絨毯敷きとはいえ、床に眠る少女のことが気になって仕方がなかった。リディアの退場を見届けると、ルーディアの側にひざまずく。起こさないように静かに抱き上げると、改まった表情でリパウルとナイトハルトの方へと向き直った。何故だかリパウルは眉間に皺を寄せ、顔をそむける。


「…迷惑をかけしてすまなかった。…それで、その…迷惑ついでに、連れて帰ってもらえると、助かるんだが…」

と、言うアルベルトの気弱な申し出に

「何言ってんの、お前?」

と、ナイトハルトは冷淡に応じた。


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