表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オールドイースト  作者: よこ
第3章
462/532

3-13 くだけ易く繕い難い(6)

サラマンダーはその場で最低限の情報交換を行うと、仕様のない二人を乗せて、オーランドに指定された駅前のホテルへと車を走らせた。到着した先は、これまでの安モーテルに比べると、格段に立派な宿泊場所だ。もっとも、今後の予定はミサキも知らない。駐車場に車を停めて、サラマンダーは二人を伴いホテルへ入る。部屋は既におさえてある様で、鍵を受け取ると無言でエレベーターに乗り込んだ。


「…ねぇ、これから、どうするの?」


どうして自分は何も知らされてないのかとミサキとしては面白くないが、信用されてないのだろうと想像はついた。これまでの自分の言動を顧みれば、当たり前のことかもしれないのだが…。


 ミサキの問いに、サラマンダーは彼女を一瞥した。


「すぐにわかるだろう。ついたぞ」


用意されていた部屋は、このホテルの中でもよい部類にはいるのだろう。ドアを開けてすぐのところにリビング仕様の小部屋がある。それなりに余裕のある室内には、簡易型ながら応接用のソファと、奥の方には大き目の鏡と、机まであった。入ってすぐの右側の壁にドアがついているところを見ると、隣室がベッドルームになっているのかもしれない。


応接用のソファの側に何故か立ったまま、窓の外を見ていた人物が振り返る。オーランドだ。


入室している先客の存在など念頭になかったミサキは、一瞬、幻でも見ているのかと思ってしまう。見ると部屋の奥、机の方には兄のユキヤが佇んでいた。


ユキヤは、入室して来た三人に気付いて顔を上げ、何か言いたそうに口を開いたが、オーランドの動きの方が早かった。彼は、入って来た三名の姿を認めると、一言も発せずに、まっすぐ三人に近づいた。ミサキが唖然としていると、先頭に立っていたサラマンダーが、流れるような動きで主に場所を譲ったので、オーランドは孫の目の前に立った。


「…言いたいことはあるか?」


手を後ろ手に組み、真正面から対峙して、オーランドはサイラスに向かってそう問うた。サイラスは露骨に顔を背ける。その態度に老人の眉間の皺が寄った。彼は背中で組んでいた腕を無造作に振り上げると手を拡げ、勢いよく孫の頬に振り下ろした。サイラスの後ろで、一連の流れを見ていたミサキは、自分が殴られたかのような衝撃を受け、床に叩きつけられたサイラスの姿に、引きつったように喘ぎ、息を飲んだ。


「お父さん!!」


咎めるような声を上げたのはユキヤだった。だが、オーランドは床に転ぶサイラスを、上から、冷ややかな眼差しで見つめるだけで、息子の叫びに反応しない。


「サイラス、お前はトランタシティで私が言ったことを覚えているか?」


上から傲然と言葉を投げられ、サイラスは片肘で少しだけ体を起こすと、殴られた頬に手を当てて、祖父の顔を睨んだ。憎しみのこもるその眼差しを冷然と受け流し、オーランドは言葉を続ける。


「…覚えていないようだな。私は、二度と私に恥をかかせるような真似はするなと言ったのだ。…それが、なんだ、このザマは?」


それでもサイラスは睨むのを止めない。オーランドは彼の胸倉を掴むと、彼の体を無理やり引き上げる。


「待機指示のあった場所から脱走し、勝手に戻って来た揚げ句、か弱い女性を襲おうとするとはな。お前は一体どこまであの優しい娘を傷つければ気が済むのだ?」


その言葉に、オーランドを睨んでいたサイラスの眼差しは、逃げるように彷徨った。


「お前がしたことであの子がどれだけ傷ついたか、お前は一瞬でもまともに考えたのか?こんなやり方で人を支配しようとしたところで、心は絶対に手に入らんぞ」

「…違う…」

「何が違うのだ?あの子はお前に対する恨み言を一切口にせず、今も立ち直ろうと戦っているのだ。それを、お前は、簡単に欲望に流され、何度も同じ過ちを繰り返す」

「…セアラが…?」


サイラスの力のない呟きをオーランドは無視して、一方的に言葉を紡いだ。


「…すべてぶち壊しにする気だったのか?それが望みか?」

「違う!…俺は…」

「屈辱を与えて心を壊し、それで相手が手に入るとでも?」

「違う!」

「お前はお前の父親にそっくりだ。…私の孫とは思えん。吐き気がする…!」


至近で真正面から祖父に憎しみをぶつけられ、サイラスは顔を青くした。ずっと黙っていたユキヤが

「…お父さん、いくらなんでも言い過ぎです…」

と、力なく諫めた。オーランドは軽蔑に満ちた冷ややかな眼差しでサイラスを見つめると、掴んでいた腕を突き放し、彼の体を床に放った。それから息子の方へと向き直る。


「言い過ぎだと思うのか?ユキヤ」

「…それは…」

「お前のその甘さは、なんとかならんのか?」

「ですが…」


ユキヤは自分が傷つけられたかのような情けない表情で、父を見つめ返すが、一番言いたいことは言えなかった。


「…こんな碌でもない人間に時間を割くだけ無駄なことだ。お前も今日はもう休んでいい。エナからは私が言っておこう」

「…いえ、それは…」

が、オーランドはユキヤの言葉を無視し、ミサキの方へと向き直った。


「ミサキさんも長い間、ご苦労でした。もう、引きとって頂けますかな?」


冷めきった眼差しで、見下すようにそう言われ、ミサキは目を眇める。


「そう…ですか…」


そう言ったきり、ミサキはオーランドを真正面から見つめる。しばし無言で、二人は対峙したが、ミサキは深々と息を吐くと、その場に腰を下ろし、床に放られて尻餅をついているサイラスの肩に手を置いた。気遣う眼差しでサイラスの横顔を見つめるが、彼は虚ろな表情で絨毯を見つめていた。ミサキは小さくため息をつくと、そのまま顔を上げた。


「…有り難いお言葉ですが、私の雇い主はあなたではありません」

「オリエの指示なしに勝手には動けない…か?」

「母は、関係ないわ。…私は私の勝手で、サイラスの側にいるの」


ミサキの真面目な口調に、オーランドは片眉を上げた。


「…物好きですな…」

「母ほどではないわ」


呆れた様なオーランドの口調に、ミサキはにやりと笑ってそう返す。オーランドの口元が少しだけ綻んだ。


「なるほど…これは一本取られましたな…」


一本取られたからなのかどうか、ミサキの去就についてそれ以上何も言わず、オーランドはユキヤを伴い部屋を後にした。ミサキはサイラスの肩に手を置いたまま、二人を見送った。


ドアが閉じたのを見届けると、ミサキは視線をサイラスの方へ向ける。すると、先ほどまでと異なり、彼の眼差しには感情が戻っていた。目が合うと、サイラスはぽつりと

「…物好きだな…」

と、呟いた。その言葉にミサキは眉を寄せ、

「あんたまで…、何を言っているのよ?」

と、切り返す。そして


「別に、あんなの適当に言っただけよ。だって、悔しいじゃない!なんなの?あの、言い方!“引き取って頂けますか?”ですって?まったく、一方的に!…なんなの、あの傲慢じじぃ」

と、口を尖らせて悪態をつき始める。


「おい!」

と、いう厳しい掣肘は、オーランドの忠実な部下から発せられた。



 サイラスは奥の机の椅子に腰を下ろし、片足を乗せた姿勢で不貞腐れた様に横を向いていた。一対一用の応接セットのソファに一人で悠然と腰を下ろし、コーヒーを飲んでいるのはミサキだ。窓際で、室内の様子を眺めているサラマンダーは、何故か立ったままだった。座るとなると、ミサキの対面のソファ以外に腰を下ろす場所もない。それが嫌だったのかもしれない…。


「…で、何があったの?」


コーヒーカップから口を話すと、妙に冷ややかな口調でミサキが問うた。問われたサイラスは、横を向いたまま目を細める。


「…あのね、だんまりを決め込んで、何とかなるとでも思ってんの?あんたがセアラにしたことだけならこっちはとっくに知ってるの!」

「……」

「アナベルが間に合ったからよかった様なものの、今度こそレイプ犯として警察に身柄を拘束されても、文句は言えなかったんだからねっ!!」

「誰がレイプ犯だ!!」

「あんたよっ!!」

「違う…!」


サイラスの切り返しに、ミサキの頬が思い切り引きつった。


「あ~~そうそう、レイプ魔はみぃ~~んな、そう言うのよね~~。本気で嫌なら死ぬ気で抵抗する筈だとか、口では嫌がってたが本心は違ってたとか?…暴力に対抗するように、自分の体を守る機構が女性には備わってるだけだっていうのにっ、ふざけんなっての!」

「…ふざけてるわけじゃない!どいつもこいつも、そう言いやがって!」

「どいつもこいつもって、それこそ、私の知ったこっちゃないわよ!ふざけてないって何?本気だとでも?」

「当り前だ!相手があいつじゃなきゃ、欲しいなんて…」


言いながらサイラスは自ら口を噤み、顔を背けた。…一瞬だけ、ミサキの表情に憐みが浮かんだ。だが

「あのね、相手が望んでいない性行為はレイプなんだからね!相手が恋人だろうがパートナーだろうが関係ないの!」

「べ…別に、俺は恋人でもパートナーでもない…」


…そこに食いつくなっ!しかも何故に照れる?バカなのか?本当にこっちの言うことを聞いているのかっ?!…と、ミサキとしては叫びたい。


「相手のことが好きで好きでたまらなかったとか、恋をしてるんだとか愛してるんだとか…そういう理由なら、何やったって許される筈だとか…その発想が、ものすっごっく最悪なの!恋愛だっていえば、何してもOK?!…んなわけ、ないでしょ!!」

「べ、別にそんなことは言ってないだろうが?!」

「言ってるじゃないのよっ!!あんた、自覚ないのかっ?!無垢かっ?!」

「違う!…俺はただ会おうと思っていただけで…でも、本気で会えるとは思ってなかったし…けど、他にあてもなくて、でも、もしかしたらってあいつのアパートメントに行ったら、あいつがいて…それで、あんまり久しぶりで、それで…」


何やら突然、一気に饒舌になったサイラスに、ミサキは呆れた様に口を噤む。まあいいだろう。せっかく話してくれているのだ。こうなったらとことんしゃべらせ、奴が納得するまで、聞いててやろうではないか…。


「あいつの部屋のドアを開いたら、すぐそばにあいつがいて…それで、…それがあいつ、すごく、奇麗になってて、なんかいい匂いもするし…で、わけが分からなくなって…気がついたら、その…」


…とことん聞こうと思ったが、この時点ですでにミサキはお腹がいっぱいになっていた。


言ってる内容の甘ったるさもさることながら、…胸糞悪いひねくれ小坊主のくせして…そのはにかんだ初心な少年の様な表情はなんなのだ?なんとかならないのか、その緩み切った顔は?気のせいか胸やけまでしてきた。今日は朝から強行軍で、ろくに食事もとってない筈だが…。


「…泣くんだ、あいつ…。嫌だって言いながら…その泣き顔を見てると腹が立ってきて、もっと苛めたいって…その、つまり、恋とか愛とかじゃ…」


「だあああーーー!犯すわよっ?!」


我慢できずにミサキは立ち上がってしまった。


「なんでだっ?!!」


返すサイラスは本気で首をひねっている。


「…おい…」


いきり立つミサキに、戸惑うサイラス。二人のやりとりに口を挟まず、黙って聞いていたサラマンダーだったが、あまりのバカバカしさに、ため息交じりで、言葉を差し込んでしまう。


「何よっ?!」


ミサキは勢いよくサラマンダーの方へ顔を向ける

「愛の告白を聞きたかったわけではないだろう?お前、本来の目的を忘れているぞ」

「…本来の…目的…?」


言われてミサキはしばし思考を巡らせる。…そうだ、どうしてシステムが発動したのか、そのきっかけを聞き出そうとしていたのだった。


 ミサキの態度にサラマンダーは目を眇めた。


「…本気で忘れていたな…」


…つくづく、どうしようもない女ではあった…。



 なんだかんだで目的を達成し、肩で息をしながらミサキは隣室のドアを開いた。


室内にはシングルベッドが二つ。長身筋肉質のサラマンダーに一つ、残り一つでミサキとサイラスが同衾する…わけがなかった。どうやらオーランドが言った、お引き取り下さいは、嫌味でも冗談でもなかったようだ。


「…何を考えている…」


背後からサラマンダーの声がかかる。ミサキはため息をついた。


「別に。…ねぇ、疲れてるでしょ?」

と、振り返ってそう言ったのは、サラマンダーにではなくサイラスに対してだ。見ると彼は、椅子の上で舟をこぎ始めている。…今日の日付変更と共に、ずっと活動していたのだ。顔色も良くなかった。すでに、限界は超えていたのだろう。


「しょうがないわね…」


呆れたミサキが腕を組んでいると、サラマンダーが無言でサイラスに近づき、軽々と彼の体を持ち上げた。いわゆる、“お姫様だっこ”で、抱き上げられるが、サイラスは抵抗もしない。サラマンダーはそのまま彼を寝室の奥のベッドに横たえた。


ミサキはその様子を部屋の入り口のドア枠に縋り、静かに見守っていた。サラマンダーはサイラスの服を少しくつろげ、靴と靴下を脱がせ、彼の体にブランケットをゆっくりとかけた。


それから、おもむろに振り返ると、入り口から室内を見ているミサキに向かって

「おい」

と、声をかける。ミサキは目を閉じ、片手を上げて見せた。


「…心配しなくても自分のアパートメントに戻るわよ。ようやくセントラルに帰れたんだもの…」


…まあ、かなりどさくさな帰還になっちゃったけどね~などと呟きながら、ミキサは踵を返す。…と、再び振り返った。


「あ、あんたも休めば?今から私、技研の方に顔出すし、母とエナには報告しとくわよ?」

ミサキの申し出にサラマンダーは、一瞬考える様子を見せた。だが

「そうか、なら頼む」

と、応じる。ミサキはにっこりすると、

「じゃあね」

と、言った。サラマンダーは、見るともなしに彼女の背中に視線を向けていた。


…晩夏から続いていた三人旅の締めくくりにしてはあっさりし過ぎな気もしたが、旅の間に互いを知り、意気投合して、今では強い結束で結ばれている…というような、熱っぽい関係では全くない。こんな終わり方がふさわしいのだろう…などと思っていたら、部屋の出口でミサキが足を止め、振り返った。


「ねえ、どうせ、あんた達、しばらくここで缶詰なんでしょう?暇だし、たまに様子、見に来るけど、いい?」


サラマンダーはミサキのセリフに目を瞠ってから、呆れた様にため息を吐いた。


「好きにすればいい」

「そう言ってくれると思った。んじゃ、またね~」


言いながら指先をひらひらさせ、今度こそミサキはドアの向こうに姿を消した。



 …たまに様子を見に行く…と自ら言ったミサキだったが、まさか翌日に呼び出しを受けるとは思ってもいなかった。


夏からこっち、図らずも望まずも、ずっとサイラスに付きっ切りだったのだ。流石にお腹一杯だ。ようやく彼から解放されたミサキは、技研に報告に行ったその日は真っすぐアパートメントに戻って、身支度をとくと軽くシャワーを浴び、そのままベッドにダイブした。労することもなく睡魔に取り込まれる。目覚ましはセットしない。眠りたいだけ眠るつもりでいた。今朝、目覚めてからの強行軍という意味で言えば、自分だってサイラスやサラマンダーと大差はない筈だ…。眠りに落ちながら、そんなことを思った。


ようやく得られた休暇を幸いと、惰眠を貪り続けるつもりだった翌朝、ミサキを起こしたのは執拗に鳴り続ける自分の携帯電話の着信音だった。手に届くところに置いていたそれを手に取り、無造作に切ってから再び眠る。すると、再び、携帯電話が鳴り始める。うつ伏せで寝ていたミサキは、むくりと頭を上げた。…目覚ましはセットしていなかった筈だ…と、いうことはこの音は…?


ようやく呼び出しがかかっているのだと気付いた彼女は、投げ出した電話を手に取った。寝ぼけた頭が半ば予想していた通り、電話は母からだった。ミサキは携帯電話の画面に浮かぶ表示文字をむっつりと見つめながら、通話に応じた。


「…はい…?」

『おはよう、ミサキ。よく眠れた様で何よりだわ』


電話の向こうの母の口調は、あからさまに嫌味っぽい。時計を見ると正午近い。我ながらよく寝たものだ…。


「…何?」

『今日の予定は?』

「うーーん、そうね、まず…お洒落なカフェでゆっくりランチを食べて、で、ウィンドウショッピングに繰り出そうかしら?セントラルシティは、ほんと、久々で…」

『そう、暇なのね?』

「…あのね。久しぶりに帰還して、故郷の空気を満喫しようと…」

『さして美味しい空気でもないでしょう?時間は午後からでもいいわ。サイラスの様子を見に行ってもらいたいんだけど…』

「はあ?言ったでしょ。昨日、オーランド様より、直々にお暇を言い渡されたって…」

『拒否したのでしょう?彼の指示を。サラマンダーにも休憩が必要だわ』

「…他に誰か…」

『ホテルについたら連絡しなさい。サラマンダーの指示には従うのよ』


ミサキの言葉を遮ると、オリエは一方的にそう告げ、やはり一方的に電話を切った。突如携帯から発生した不通音に、ミサキは顔を離し、忌々し気に画面を睨みつけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ