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オールドイースト  作者: よこ
第1章
4/532

1-1 オータムホリデー(3)

…なんだかやけに暖かい…


眠りの中でまどろみながら、アルベルトは寝返りをうった。と、その瞬間、絹を裂くような女の悲鳴…もとい、リディア・オルトの絶叫が、アルベルトの惰眠を破る。


「な、なな?」

と、意味不明な呟きと共に体を起こそうとするが、スムーズに体が動かない。見ると、自分の首に白くて細い腕が巻きついている。


『え…、ええ?!』

と、思いながら首を向けるとすぐ傍らに、人形のような美少女の笑みがあった。


『…ルーディア!?』

『ひさしぶりね、アルベルト』


優しい笑みを浮かべたまま、ルーディアはアルベルトの耳元でささやいた。


『大きな声を出さなかったのは、大正解よ』

と、ご褒美に盛大に微笑むと、少女は視線をバスルームの方へと走らせる。


傍で聞いていると意味不明な会話だったが、リディアのところからは、二人がいちゃいちゃと、内緒話をしているようにしか見えないだろう。内実は、余りに驚きすぎて、声も出なかっただけなのだが。アルベルトは少し首を起こして、リディアの方へと視線を向けた。



バスルームから出てきたて、といった風情のリディアは、バスローブすら羽織っていない。バスタオルで体を包んだだけの格好だ。化粧を落としたためか、先ほどより少し幼く見える。


髪の色も、記憶にある色に戻っている。その姿は確かに、ラ・クルスに行った際にお世話になった、宿泊先の娘のものだったので、アルベルトは少しほっとする。と同時に

(化粧って、すごいんだな…)

と、妙な感心をしてしまう。


アルベルトに頓珍漢な感心をされているとは露知らず、リディアはわなわなと震える指先を、アルベルトとルーディアが眠るベッドに突きつけた。


「ア、ア、ア、アルベルト。あなた、一体…?その、お、女の子は、な、なんなの?」

という、リディアの叫びにならない叫びで…アルベルトは、彼女の驚きがよーーく理解できた。


というわけで、この場の主導権はルーディアが握っていた。


ルーディアは、アルベルトの首から腕を外すと、ブランケットで体を覆い、体を起こした。


今日の彼女は、普段着ているフリル満載のワンピースではなく、ノースリーブの飾り気のない白っぽいワンピース姿だった。ブランケットで、体を覆ってしまうと、裸のようにも見えなくない。実際アルベルトは、最初ルーディアが何も着てないのではないかとぎくりとしたほどだ。一応裸ではなかったので安心したのだが、リディアの場所からは何も着ていないように見えるかもしれない。



「なにって、見ればわかるでしょう?あなたなんかがちょっかいを出す、もう、ずーーと前から、私とアルベルトは、愛し合ってるの。意味、わかる?」


…この場合、リディアが聞きたいのはそこではないだろうと、アルベルトは他人事のように思ったが、何故だか、果敢にリディアは応戦した。


「な、何言ってんのよ!ずーーっと前って!?あなたどう見たって子供じゃないの!」


リディアのその叫びに応えるように、ルーディアは微笑んだ。無邪気なのに、妖艶にも見える不思議な微笑。そのまま腕をアルベルトの首に巻きつけ、自分の頬をアルベルトの頬に擦り付ける。


「だから…そういうことよ」

と、いっそ静かな声でそう告げた。


 場が凍りついた。アルベルトは大声で弁解したい気持ちを何とか押し殺した。と、廊下で怒声が飛び交う。


「やっと、来たわね」

疲れたようなため息と共に、耳元でルーディアが呟くのが聞こえた。


その呟きとほぼ同時に、スイートルームの扉が、激しい音と共に開かれた。

リディア・オルトはそこに、見たこともないような美女の姿を見た。美女は一見してわかるほど、怒りに燃えていた。


***


…これよりさかのぼること約十数分…。


コヴェントに到着したはいいが、どこにアルベルトがいるのかわからない。


「アナベルたちの話だと、ハネムーンには似つかわしくない黒服の男たちがいるのよね」


イライラと呟きながら、リパウルは窓から顔を出し、四方に目を配る。ナイトハルトはその様子を、あきれたように見ながら

「こんだけのコテージの中で、見つけだすのは無理じゃないか」

と、投げやりに言ったが、リパウルは相手にしない。…と、


(…こっちよ…)


聞きなれた、少女の声が頭の中に響く。リパウルははじかれたように顔を上げると、ナイトハルトに

「そこの道、右よ。右に行って」

と、指示を出した。


***


 そんなこんなで、謎の声(?)の指示に従い、ようやく目的のコテージにたどり着いたリパウルは、ナイトハルトが車を停めた途端、助手席から飛び降りた。飛び降りるなり視界に飛び込んできた目的地の、過剰に可憐過ぎてもはや悪趣味の域に達してしまっていると言っても過言ではない、その建物を目にした途端、彼女は音がするほど歯軋りし、露骨に目を怒らせた。


それでもなんとか無理やり大人の態度を取り繕い(成功していたかどうかは定かでない)、玄関に立つ黒服のお兄さん方に、優しく穏やかに平和的に声をかける。お兄さん方は、突然現れた見知らぬ女性に対し、最初は突慳貪だったが、リパウルが満面の笑みと共に、丁寧に事情を説明してお願いすると、最後には素直に通してくれた。


「お前、無敵だな」


遅れて車から降りてきたナイトハルトが、背後からあきれたように呟いている、が、余裕なくこれも聞き流す。


 流石に肝心の部屋の前に立つお兄さんは少々頑固だったが、せっかくついてきてくれたナイトハルトも活躍したかろうと、リパウルは、彼にお兄さんの相手を任せ、その隙に件の部屋のドアを強引に開いた。


 ドアを開いた先でリパウルが目にしたのは、ムード満点のベッドで抱き合う(?)ルーディアとアルベルト、そして、ベッドの傍らには、小柄だが豊満な肢体を持つ栗色の髪の女が、バスタオルをまいただけ、という全裸に近い格好で、こちらをぽかんと見ている様だった。


 …朝から抱き続けていた怒りは、まだまだ臨界点を越えてはいなかったようだ。人間あまりに怒ると、かえって静かになるとは、誰の言葉だったか、そんな言葉などなかったか?


 …まずは、どうしてくれよう…


リパウルはベッドの方へ顔を向けると、アルベルトの首に腕を回し、がっつり抱きついている栗色の髪の少女の視線をがっちり捉えた。リパウルはそのまま彼女を凝視すると

「…アルベルト・シュライナーから離れなさい」

と、静かな声でゆっくりと命じた。


少女、ルーディアはおびえる風でもなく、肩をすくめて舌を出すと、軽々とベッドから飛び降りた。リパウルの視線は自然と、いまだにベッドに入り込んだままのアルベルトへと向かう。


(なんで、下りない…!)


イライラと心の中で毒づく。


「アルベルト・シュライナー、この度はうちの“姪“が、多大なるご迷惑をおかけしたようで…」



リパウルはシニカルな笑みを浮かべると、アルベルトに向かって慇懃無礼に告げてしまう。


事態の展開にまったくついていけてなかったアルベルトは、リパウルの言葉に我に返った。


「いや、迷惑というか…」

「それでは、“姪“はこちらでお引取り致しますので、ハネムーンの続きを、存・分・に、お楽しみくださいませ」


リパウルの嫌みったらしい物言いに、流石のアルベルトも、気分を害したようだ。先ほどまであった、どこか顔色をうかがうような表情が、幾分こわばった。



「新婦さんが、万、全、の、態勢で、お待ちのようですわ。ほんと、やる気満々って感じね!あのままじゃ、風邪をひいちゃう」


ちらりとリディアに視線を向けると、見られたリディアの方が、何故だか怯えたように身を縮ませた。


「リパウル…」


アルベルトの声に怒気が含まれる。


リパウル自身は、我ながら何を言っているんだと思うが、言葉が止まらない。…アルベルトはどうしてベッドから、下りないのだろう?


「…バカね…」


あきれたようにルーディアが呟いた。見事に図星を突いたその呟きが、リパウルのイライラに拍車をかける。


「それとも、私の“姪”と仲良くしてる方がよかったのかしら、アルベルト。ひょっとして、あなた宗旨替えしたの?あなたにロリータ趣味はなかったと思ってたけど?」

「あら、矛先がこっちに向かってきたわ」


ルーディアは、困ったように肩をすくめて見せた。


リパウルを睨みつけたまま、ブランケットを跳ね除け、ようやくアルベルトはベッドから下りた。マットが柔らかくて動きづらいのだ。


姿を見せたアルベルトは、手入れの行き届いた白いシャツに正装用のグレイのスラックス姿だ。おそらく、上着を脱いだ以外は、結婚式を挙げた時のままの格好なのだろう。リパウルは安堵の余り目をそらす。まさか裸ではあるまいと思ってはいたのだが、正装であることを除けば、アルベルトは普段通りの姿だった。実際に目にすると、自分の邪推が猛烈に恥ずかしい。


アルベルトはリパウルを睨みつけたまま、ベッドの傍らに立つリディア・オルトには目もくれず、入り口に立つリパウルの方へ向かった。怒りをたたえた表情で、無言で彼女の前に立った…のはいいが、言うべき言葉が見つからない。


一方のリパウルも、先ほどまで相手構わず毒を吐き、怒りに燃えていたはずが、明らかに怒っている…当たり前だ。自分が怒らせたのだから…アルベルトを目の前にすると、どうしていいのかわからなくなる。困惑して、顔を伏せた。


泣いているのだろうか?アルベルトは、彼女の豹変ぶりにとまどい、閉じかけた口を開く。


「…リパウル?」


名前を呼ばれたリパウルは、びくりと体を震わせた。


…やめて、そんな優しい声で、私の名前を呼ばないで。


…嘘、もっと呼んで。声を聞かせて。


自分の感情の起伏に、彼女自身が一番翻弄されていた。アルベルトが気遣わし気に彼女の顔を覗き込む。


…見られたく、なかった…。アルベルトの眼差しから逃れようと、リパウルは俯いたままで顔をそむける。


目の前の展開についていけず、アルベルトと招かざる闖入者たちとのやり取りを、呆然と傍観していたリディアは、入り口付近で展開されているわけのわからない雰囲気に、はたと我に返った。


アルベルトが無意識のまま、リパウルの頬に手を伸ばしかけたその瞬間

「ちょっと、あなたたち、一体何なの?!」

と、リディアが叫んだ。


はじかれたようにアルベルトは手を引き、リパウルは顔を上げた。一瞬、二人の目が合ったが、お互い即座に目をそらした。そのタイミングでリパウルの背後から

「そろそろ入ってもいいかなー」

という、場違いに緊張感のない声が上がる。リパウルの背中を軽く押しながら、ナイトハルトが乱入した。


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