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オールドイースト  作者: よこ
第2章
275/532

2-14 祝福された子供(1)

※)少しだけ時間が戻ります。ナイトハルトがミラルダを迎えに来る少し前。全8話。

アルベルトが自分の部屋で、ナイトハルトとの通話を終え、電話を切ると、壁にもたれるようにして立っていたリパウルが、目を眇めて彼の方を見ていた。


「それで…いつ迎えに来るって?」


腕を組んだまま、あからさまに不機嫌そうな声音で尋ねてくる。アルベルトはふっと息をついた。


「日曜日に来るそうだ」

「へぇ、そうなんだ」


それだけ言うと、リパウルは壁から背中を離した。


 気のせいでなく、ここのところ彼女の機嫌はすこぶる悪い。色々あった五月の事件の後処理が大変で、疲れがたまっているのか、はたまたルーディアが眠りについてしまったせいなのか、それとも単純に、今、目の前で展開している事態そのものに対して、腹を立てているだけなのか。


 …全部だろうな、とアルベルトは結論付けた。


「心配しなくても、あいつは約束を破ったりしない。ああ、見えて、ミラルダに対しては、娘として愛情を、きちんと持っている」

「あら、そうなの?」

「忙しいのは仕方がない」


リパウルはこれ見よがしにため息をついて見せた。


「開発局に勤務している友人の話だと…」

と、リパウルが切り出したので、アルベルトは、ふっと彼女に視線を向ける。


リパウルならば当然、開発局勤務の友人の一人や二人はいるだろう。なんといっても、バイオロイドなのだから…。それにしたって、わざわざ探りを入れることはないだろうと、少し腹立たしい。が、表情には表れない。リパウルはアルベルトの苛立ちには気づかず、言葉を続けた。


「先週あたりからずっと、ナイトハルトは午前と午後で着ているものが違うって」

「…どういう意味だ?」


アルベルトは眉間に皺を寄せた。リパウルは首を傾げ、手の平を見せると

「さあ?」

と、肩を竦めた。


「家に帰らないでどこかに外泊でもしてるんじゃない?で、お昼休みに着替えてる」

「なるほど…」


アルベルトは嘆息した。


「仕事で遅くなるから…」

「日を跨ぐ前に帰ってるって、近くにサービスのいいホテルでもあるのかしらね?」


皮肉に満ちたその言葉に、アルベルトは顔をしかめた。リパウルがナイトハルトに厳しいのは今に始まったことではないが、険悪さ加減が普段より何割か増している気がした。


「気に入らないのは…」

「いいえ、別にあいつがどこに泊まろうと、一向に構わないわよ。私はね…」

と、応じるとリパウルはアルベルトを残して廊下へと出た。




 一人になるとリパウルは額を抑えてため息をついた。自分でも、気分がささくれ立っているという自覚はあった。アルベルトにあたっても仕方がない…けど、自分が最もあたりたい相手は、彼なのだ。リパウルは再度ため息をついた。


 …何も言わないでわかってもらおうなんて、アルベルトは超能力者じゃないのよ…。


 ズゲズゲとそういう少女のような、女性の声が聞こえてくるような気がした。


 リパウルは首を振ると、なんとか気分を変えようと試みる。


 いつまでもルーディアに頼っていてはダメなのだ。一人でなんとかしなければならない、そしてそれは、誰にとっても当たり前のことの筈だ。


***


 ようやく補講と追試を終えたアナベルは、床敷きのマットレスの上に腹ばいになって、子供のように足をバタバタさせていた。結果など、どうなろうが知ったことではない。この結果F判定があって、エナが自分をカディナに追い返すと言い出したら…、なんとかいいから言い返して、阻止してやる!と、決意を固める。


まあ、先のことなどどうでもいい。とにかく、終わったのだ。アナベルは自分の横で、同じような格好で寝そべっているミラルダが慣れた手つきで図書館用のタブレットを操作するのを目にとめた。


「ミラルダ、そろそろ読むのをやめないと、目が疲れちゃうよ」

と、アナベルが声をかけた。ミラルダはその言葉に微笑むと、

「アナベル、ママみたい」

と、言いながら素直にタブレットを閉じた。


 ベッドに横になっていたセアラが、体を床敷のマットレスの上に眠る二人の方へ向けた。


「それで、日曜日にはミラルダのお父さんが、迎えに来るのね?」

と、愛らしい口調で尋ねてきた。アナベルは頷くと

「うん、さっきアルベルトがそう言ってた。ミラルダに伝えてって」

「そう、よかったわね」

と、セアラが微笑むとミラルダは神妙な表情になって頷いた。まだ、油断できないと疑っているのかもしれない。セアラはほっと、ため息をついた。


「こちらに寄られるのかしら…。私、きちんとお詫びをしないと…」

と、疲れた様子で呟いた。週明けからセアラはムラタ・オリエ博士の要請で育成センターの方へバスで毎日通っている。事件の詳細を尋ねたいから、というのがその理由だったが、センターのカウンセラーとは馬が合わないのか、帰るといつも、ひどく疲れた顔をしていた。


心配になったアナベルがひそかにリパウルに確認を取ってみると、カウンセリングを受けているというより、実質、尋問を受けているのに近い扱いらしい。が、オリエは最初から、事件の詳細を尋ねたいから呼び出しているのだと、正直に言っていたので、非難することも出来ない。


セアラに言わせると

「それだけのことをしたんだから、当然よ」

と、いうことになってしまうらしい。


 アナベルはため息をついた。確かにセアラはサイラスに協力して、誘拐の片棒を担がされた。けれどセアラは、今回の件で最も傷ついた人の一人であることだって事実だ。もう少し、配慮があってもいい筈だと、アナベルは思っていたが、当のセアラが相も変らぬ自虐ぶりで、アナベルとしては歯がゆくて仕方がなかった。


「ナイトハルトはセアラが悪いわけじゃないってわかってると思うよ」

と、アナベルが告げると、ミラルダも加勢した。


「そうだよ。全部、あいつと…、あの金髪のきれいなお兄さんが悪いんだよ!セアラが気にすること、ないと思う」


セアラはミラルダの言葉に顔をしかめながらも、かろうじて笑顔に見えなくもない笑みを浮かべる。“金髪のきれいなお兄さん”のことを思い出すのが辛いのだということは、アナベルにもわかっていた。もっとも最初は逆向きに考えていたのだったが…。


 その点に関して、アナベルには、セアラの気持ちが理解できないと明言出来た。どうして自分をあんなひどい目に合わせた人間を想うことが出来るのか?だが、双子とセアラの絆の深さ…いや、もつれあった糸のような関係については、自分のような部外者が口を挟めるレベルを超えているような気がしないでもない。セアラはルカにはふられたと言っていたが、経緯だけ聞いていると、ルカのそれは、サイラスとセアラの関係に対する、やきもちなんじゃないのか?とも言いたくなってくる。


 考えていても明確な答えが出る問題ではなかったので、アナベルは早々に不毛な思考を切り上げた。明日も早いのだ。


「寝よっか」

と、声をかけると、アナベルはリモコンで照明の灯りを薄くした。


 翌日は金曜日。来週からはウォルターも学校に復帰するし、一番の懸念だった追試が終わったので、アナベルとしては中々清々しい気分で朝を迎えた。キッチンへ入ると、誘拐事件以降、なんだかんだでシュライナー家の住人のようになってしまっているリパウルが、先に起きており、アナベルに気が付くと、柔らかく微笑んだ。


「おはよう。いつも早いわね」

「おはよう、リパウル。そういうリパウルこそ…」


言いながら、アナベルはリパウルの顔色の悪さが気になった。ここのところ時々、具合が悪そうなことがある。ひょっとしてよく眠れてないのだろうか?


「大丈夫、リパウル?顔色がよくないけど」


指摘を受けたリパウルは慌てた様子で自分の頬に手を当てた。


「え…そう?」

「よく眠れてないんじゃ…」

と、アナベルが心配そうに尋ねるとリパウルは、ふふっと笑った。


「そうね、いい加減な幼馴染のせいで、やきもきさせられっぱなし?」

と、不敵な笑顔になって首を傾げた。それだけ言うと、流しの方へと向き直り言葉を続けた。


「あいつ、日曜日にミラルダのこと迎えに来るって、アナベルもアルベルトから聞いてるんでしょ?」

「あ、うん。ミラルダにも伝えておいたよ」

「ミラルダは?なんて言ってた?」

「うん、頷いてはいたけど…」


リパウルが振り返った。


「手放しで喜んでもいない、そんな感じ?」

「あ、そう…」

「ふぅん、賢いわね」

と、リパウルはシニカルな口調で言った。ミラルダに対して、というより、ナイトハルトに対して皮肉っぽい気持ちになっているのだということはわかっていた。アナベルはとりなすように

「ああ見えて、ナイトハルトはきちんと父親してたし、大丈夫だと思うよ」

と、やや控えめな口調で告げた。リパウルは流しに向かってため息をついて

「そうね、確かにそう見えてた…」

と、呟いた。


***


 授業を終えて、駐輪スペースで自転車を引き出している最中、アナベルは電話を受けた。


今日は、ミラルダのお迎えに行って、一緒にウォルターの家に行って、追試がないから随分楽だなと考えていた。


 アナベルは引き出しかけた自転車を戻すと、リュックから携帯電話を取り出した。一瞬ぎくりと腕が震えた。エナ・クリックからだった。


「はい…」

『アナベル、リパウルが入院しました』

と、前置きなしでエナが情報を投げ込んでくる。


「えっ!?入院って…」

『当人は大ごとにしたがらなかったのですが、大事をとらせただけです。緊急というわけでもないので、自分で支度をしてから入院しました。なので、ヘルプの必要はありません。ですが、彼女が気にするので、一応あなたに連絡しました』


普段以上の近寄り難さだ。アナベルはエナの口調にイライラしてきた。


「大ごとにしたくなかったって、一体、なんなんですか?」

『当人に訊きなさい。間違いなく伝えました。では、切ります』

それだけ言うとエナは返事も待たずに一方的に通話を終えた。アナベルは携帯電話に向かって舌打ちしたくなった。


 リパウルが入院…確かにここのところ、ずっと具合が悪そうで…。それに、ルーディアもいなくって…。


 アナベルは携帯電話を手にしたまましばらくその場に佇んだ。が、当然のことながら自転車通学の生徒はアナベルだけではない。自分が邪魔になっていることに気が付いて、アナベルは急いで自転車を引き出した。少し離れたところまで移動すると、ポケットに突っ込んでいた携帯電話を取り出して、ウォルターに電話をかけた。


***


 ミラルダを伴ってセントラル病院に到着したアナベルは受付でリパウルの入院している病室を確認すると、エレベータの方へと向かった。アナベルからリパウルが入院したと聞いてからミラルダは、ずっと強張った表情を崩さない。色々あり過ぎて、ミラルダの心も緊張に耐えられなくなっているのかもしれない。


 病室に到着するとドアをノックする。すぐに返事があった。


「ドクター・ヘインズ」


室内に入るなり、意外にもミラルダがリパウルの眠るベッドに駆け寄った。リパウルはベッドに横になった状態で点滴を受けていた。


「ミラルダ」


珍しい少女の様子にリパウルも嬉しそうに目を細めた。顔を二人の見舞客の方へ向ける。


「リパウル…」


思ったよりは元気そうだと、アナベルは安堵した。点滴のおかげなのか、顔色も今朝よりはいいように見えた。


「アナベル、忙しいのにごめんなさい。私が足を引っ張って…」


「何言ってるんだよ。いつも助けてもらってるのはこっちだろ?具合がよくない時までそんなことに気を回さないでよ」


リパウルは首を振った。


「大したことないの。エナが大事を取った方がいいって、手続きしちゃって…」

「そうなの?」


エナもリパウルには優しいんだな、と、アナベルは皮肉な感想を抱いた。そう思ってしまってから、自分でも(ねじ)けてて嫌な思い付きだと、自己嫌悪に陥った。


「アルベルトにはまだ連絡を入れてないんだ。電話じゃなくて、アルベルトが家に帰ってから知らせる方がいい?」

「そうね、大ごとにはしたくないの」


何故だか、リパウルが目を伏せた。ずっと、黙って二人のやり取りを聞いていたミラルダは

「ドクター・ヘインズ、いつ退院できるの?」

と、尋ねた。気のせいでなくひどく心細そうな声だった。リパウルはミラルダに視線を向けると優しく微笑んだ。


「そうね、多分三日か四日ぐらいで退院出来ると思うわよ」

リパウルは点滴を受けてない方の手を伸ばすと、ミラルダの頬に手を添えた。


「心配かけちゃってごめんね、私は大丈夫だから」

と、ミラルダを優しく慰めた。ミラルダは思い切り顔をしかめると、力強く頷いた。泣くのを我慢しているのだろうと、アナベルは思った。


「三日くらいって、検査とか受けなくてもいいの?」

「ええ、簡単な診察なら受けたわ。その…過労だろうって…」

と、リパウルは曖昧に微笑んだ。アナベルは「そっか」と、頷くと

「何か、必要なものとかあったら言ってね」

と、続けた。


「ええ、今のところは大丈夫。二人の顔を見たら少し元気が出てきたわ」

そう言うとリパウルは、ミラルダの頭にそっと触れた。


***


 今日は金曜日だったが、遅くなったのでウォルターの家に行くのはお休みにしてもらった。本来はお休みの日である木曜日にも顔を出したので、振り替えってことでいいんじゃない?と、ウォルターは気安く休みにしてくれた。


 アルベルトの家に戻ると、すでにセアラとリースが戻っていて、キッチンで並んで作業をしていた。夕食の準備をしてくれているのだろうが、えらく楽しそうだ。


「リース、食事当番…」


…変わろうか、と言いかけたところで、リースが振り返った。


「あ、アナベルにミラルダ、早かったね。お帰り」

「お帰りなさい」


セアラも優しく挨拶をしてくる。


「あ、ただいま…」


ここに立つ自分たちはひょっとしなくてもお邪魔虫?と、アナベルは複雑な気持ちになった。気のせいかセアラも普段より明るい気がした。まあ、それ自体は間違いなくいいことだったが。


「食事当番変わろうか?」


 アナベルはめげずに再挑戦してみた。が、リースは上機嫌で

「気にしなくても大丈夫だよ。気分転換にちょうどいいし…」


五月の終わり近くに私大の入試も終わった。今のリースは恐いものなしの絶好調だった。彼は、隣に立つセアラに視線を向けるとにっこりとした。


「セアラも手伝ってくれるから」


セアラは柔らかく微笑むと

「試験、大丈夫だったの?」

と、尋ねた。リースは

「もちろん、ばっちりだった」

と、セアラの前だからか、妙に格好をつけてこたえた。


…なんだ、このテンション…。


リースがバイト先の気になる後輩女子に彼氏が出来たとへこんでいたのは、確か春休みのことではなかったか。ひょっとしなくても、リースの奴…と、考えて、アナベルは自分の思い付きを振り払った。


リースはセアラが男性からどんなひどい目にあわされていたのか知っているのだ。それなのに、そうやすやすと、言い寄ったりなどしないだろう。


リースがわかりやすくウキウキしていたので、アナベルはリパウルの入院の件を言い難くなってしまった。ミラルダが落ち込んだ様子で

「私、部屋にいるね」

と、告げるとアナベルの部屋に向かった。ここにこのまま立っていても仕方がないので、アナベルもキッチンは任せて、部屋へ戻ることにした。今日の課題には、まだ取りかかってもいないのだ。


自分の部屋に入ると、ミラルダがぼんやりと、アナベルの机の上の惑星を見つめていた。アナベルが入って来たのに気が付くと慌てて顔を上げた。


「見ててもいいよ」

と、アナベルが笑った。


「きれいだよね」

ミラルダと並んで、机にもたれるとアナベルはミラルダに話しかけた。ミラルダは頷くと

「水色の…見た?」

と、尋ねてきた。アナベルは

「ウォルターの部屋にあるのだろ?あれもきれいだよね」

と、頷いた。


「ナイトハルトに言われて作ったって…」

「そう、私もそう聞いたよ」


二人で並んでしばらく静かに自転する惑星に見とれる。


「…意外な才能だよね。そう、思わない?」


アナベルがそう言うと、ミラルダがようやく笑顔を見せた。


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