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オールドイースト  作者: よこ
第1章
24/532

1-4 ある苦学生の受難と改心(2)

駅前の繁華街を離れると、学校周辺のなじみの場所に戻ってくる。駅前ほどではないが、こちらも賑やかだ。もっとも土日はお休みしているお店が多い。周辺の教育機関の職員を対象に営業しているお店が多いからだ。イーサンは無言でミニバイクを走らせる。一応、ウォルターに気を遣っているのか、さほど速度は出していない。ウォルターはマウンテンバイクに慣れるのに丁度いい練習になるとばかりに、ペダルを踏んでいた。


 気がつくと、以前来たことがある道を辿っている。嫌な予感にさいなまれながら、無言でペダルを踏む。イーサンがミニバイクのエンジンを止めた先は、新年早々お世話になったアフマディのお店の前だった。店に付属のカウンターのシャッターは下りていて、庇も仕舞われている。


「ここは、土日は休みだろ?」

マウンテンバイクを止め、やや息を切らしながらウォルターは言った。体力のなさが、恨めしい。

「知ってるのか?」

というイーサンの問いに、ウォルターは答えず、マウンテンバイクを降りた。


イーサンはミニバイクをシャッターの下りたカウンターの前面に停めると、建物と建物の隙間の狭い路地を進み始めた。人が一人通れる程度の幅だった。ウォルターもマウンテンバイクを停めると、後に続いた。店の裏までつくと

「ウバイダ、いるか?」

と、言いながらイーサンは裏口のドアを開いた。


ドアの向こうは厨房だった。長い髪を高いところで結った、女子学生がくるりと振り返る。

「なんだ、イーサン。ウバイダなら、アヴドウジャのところよ」

と答えた。その答えに、

「またかよ」

と、イーサンは舌打ちする。イーサンの態度には構わず、女生徒はイーサンの背後のウォルターの方へ視線を向けた。


「あれ?あんた、アナベルの彼氏じゃん。何やってんの」

というイーシャに、ウォルターが何か返す前にイーサンが

「へぇ、お前の彼女、アナベルって言うのか」

と、またにやりと笑った。


どうやら、アナベルはこの同級生に事情を説明しなかったらしい。ウォルターは本日何回目かのため息をついた。


***


「まったく、土曜日はお休みだって何度も言ってるでしょ」

言いながらも、イーシャはメニューをだした。


貸しきり状態の食堂内の、隅のテーブルに陣取ると、イーサンは慣れた調子でメニューをめくった。


「いつものやつね、お前は?」

言いながら、メニューをウォルターに渡す。ウォルターはマトンと豆の煮込みを頼むと、メニューをイーシャに返す。


「あんた、ウォルターだっけ?こんな奴と付き合わないほうがいいわよ。金の亡者なんだから。全部搾り取られちゃうわよ」

「うるせぇよ、淫売が。てめぇはイシュマイルの色ボケと乳繰り合ってりゃいんだよ」

「イシュマイルの名前を口にしないでよ。男狂いのイーサンに、口にされただけで、私のイシュマイルが汚された気分だわ」

「今頃その他三名の本命が、同じうわごと言ってるぜ」



イーサンがせせら笑う。イーシャは悔しげに唇をかみ締めると、そのまま黙って踵を返した。

ウォルターはあっけにとられた。お互い、えらく強烈な挨拶である。


「こいつ、イシュマイルっていう女好きする優男と、付き合ってるつもりなんだが、こいつが最低なクズ野郎で、四人の女と同時にやってもいいって本気で信じてるバカなんだ」

というイーサンの言葉に、厨房の奥から

「ちょっと、いい加減なこといわないでよ!」

というイーシャの言葉が返ってくる。


ウォルターはこんな罵詈雑言をあびせて、まともな料理が出てくるのか不安になってきた。ふいに沈黙が落ちる。店内には厨房から聞こえる調理の音だけが響いた。かぎなれないスパイスの香りに、ウォルターは空腹を覚えた。


 待つほどもなく、料理が出てくる。マトンと豆の煮込みと、平らなパンのようなものがついている。イーサンの前には、串刺しにされた黒い肉と野菜の焼いたものが出てきた。罵詈雑言にも関われず出てきた料理は、美味しそうだった。


「君、それ…」

「ああ、チキンとマトンしか食べないとかって思ってた…わけじゃないよな」

「いや、思っていたわけじゃないけど」

「俺は何でも食うぜ。四本足なら椅子以外…だっけ?」


ウォルターは肩をすくめた。マトンと豆の煮込みを口に運ぶ。食べなれない、複雑なスパイスの味が、豆の甘さとマッチして絶妙な美味しさだった。しばらく二人は無言で空腹を満たした。いつもより早い時間の夕食なのだが、美味しそうな料理を出されると、お腹がすくというのも奇妙なものだ。ある程度、食事が進んだ頃を、見計らったようにイーサンが切り出した。


「お前、古典とか、歴史とか得意だよな」

ウォルターは食事を進めながら無言で頷いた。

「バイトやらないか。さっきの見てたんだろ?」

食事に誘われた時から、口止めか、勧誘か。そのどちらかだろうとは思っていた。


「やらない。やるとしても君の方法ではやらない。今のところお金には困ってない」

「俺だってそんなに金に困っているわけじゃない」

イーサンは両手を広げて見せた。


「じゃ、止めた方がいい」

「なんでだ?親が金持ってて、見栄だけは張りたい頭空っぽのバイオロイドの連中から、金を頂いて有効活用してるんだ。連中だって助かってる。万能人間の看板は奴らには重すぎるのさ。双方に有用だ。止める必要なんてどこにもないだろう?」


表面だけを見るのならば、自分もイーサンが罵倒している側に入るのだろう、とウォルターはシニカルに思った。実際の彼は越境者で、それ以上でもそれ以下でもない。スポンサーが付いていることを除けば。だが、今のウォルターは、その差、スポンサーの有無が、ここではかなり大きな違いになることを、はっきりと知っていた。


「君と違って、こちらは根っからの田舎者だ。ルール違反をして上手く立ち回る自信はない。バイオロイドの連中は好きじゃないし、彼らが先々有力者になりそうだという事はわかるけど、関わり合いになりたいとは思わない」

「危ない橋は渡りたくないというわけか」

「自分に、そんな器量はないことを知ってるってだけだ。君が誘うから言ったけど、本気で君を止めてるわけでもない」

「ふうーん」

と、イーサンは呟いた。表情から察するに、気分を害した、というわけでもなさそうだった。


「まあ、いいか。気が変わったら言ってくれ」

「変わらないと思うけど」

「金に困ってないんなら、支払いはお前な」

「君も困ってないんじゃなかったの?」

「あれは嘘だ」

と、イーサンは両手を開いて見せた。さっきボルヘスから頂いた、バイト代があるだろうと言いたくなるが、休みの日なのにも拘らず、美味しい料理を出してくれたイーシャに対してのお礼ということで、割り切ることにした。


***


 中期テストが終ると、エナとロブとの面会日がやってくる。


エナ・クリックとの面会日は、大抵、ウォルター自身に試験の結果が手渡される前に、設定されていて、ロブ・スタンリーは結果が手渡された後の、あまり日がたたないうちと決まっていた。今月の面会日は、エナとの面会の、丁度一週間後にロブとの面会日があるように設定されている。


エナが、こちらが結果を知る前に、面会日という名の面接日を設定したがるのは、自分の口から試験の結果を告げることによって、自分の力を誇示し、支配力を振りかざしたいという意図があるのだろうと、ウォルターは見切っていた。その大前提以外でも、エナとの面接はいつも憂鬱だった。


エナとの面会は大抵、生命技術総合研究所のエナの執務室で行われる。基本的に、時間一杯立ちっぱなしで、面会日改め、面接日改め、実質、口頭試問だろう、と思う時もある。対してロブとの面会日は、大抵、高級レストランで、ディナーを食べながら、という意味不明なものだった。さらにわけのわからないことに必ず女性同伴だった。


ロブが連れてくる女性は大抵、女優の卵か、売り出し中のモデルといった触れ込みつきだったが、ウォルターは彼女らを一度もメディアで拝見したことがない。しかし、女優やモデルを自称するだけあって、皆一様にマネキンじみた美貌の持ち主ばかりだった。


どちらの面接日も、ウォルターにとってはろくでもなかったが、ロブの方がややましだった。エナは彼に嫌がらせをすることに使命を見出しているが、ロブは基本的に自分に関心がない。ひどすぎない成績をとって、ひどすぎることをしなければ、多少のことは大目に見てくれる。そしてロブの基準の“ひどすぎ”は、ウォルターの常識の範囲外に、リミッターが設置されていることは、だいたい予想ができた。


一ヶ月で一番憂鬱なエナとの面会日は、一昨日終っている。試験の結果は今回もオールAを死守出来たらしい。周囲は勝手にウォルターを頭脳明晰な人間だと持っているようだが、彼は彼なりに努力をしていた。しなくていいのだったら、苦手な教科の勉強など投げ出したい。が、そういうわけにもいかなかった。


後は一週間後のロブとのディナーを終えれば、今月の苦行は終了する。ロブとの面会では、毎回、どんな女性が同伴になるのかという、どうでもいいことに興味を持っていくことにしている。たんなる時間つぶしにしか過ぎないにしても、まったく不毛で不快でしかないよりは、悪趣味である方がましだ、とウォルターは思っていた。


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