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オールドイースト  作者: よこ
第1章
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1-1 オータムホリデー(1)

今回のお話では、あらすじに名前の出ていたアナベルは脇役です。

メインは、やや残念な大人たちになります。

この回のお話は、全6部投稿予定。

チャーチストリートを吹き抜ける十一月の風は、身を切るように冷たい。オールドイーストのサウスエッジにあるチャーチストリートは、同じ宗教から派生した様々な宗派の建造物が立ち並ぶ通りの通称で、風通りがよいことでも有名だった。


大陸都市開発局に勤務するナイトハルト・ザナーは、この通りの、いかにも雑多な感じがお気に入りのようで、友人のアルベルト・シュライナーに、そう語っていた。それを聞いたアルベルトは、その時はただ笑っているだけだったが、まさに、今、そのことについてどう思うか、インタビューしてみたいものだとアナベルは意地悪く思った。


 アナベル・ヘイワードは十五歳になるスレンダーな少女で、若干くせのあるストレートの黒髪を、顎のラインでザクザクに切りそろえるという、斬新かつやや乱暴なヘアスタイルをしていた。目の色は髪と同じく黒色で、やや釣りあがり気味の大きな目、冬には白く、日に焼けると浅黒くなる肌質の持ち主だ。


基本的には、しっかりとした少女であったが、本日のいでたちは、Tシャツに着古したデニムのジャケットを羽織っているだけで、今の気候にはあきらかに寒すぎた。しっかりとしているところをあまり売りに出来ない失態だったが、彼女には彼女の言い分があるだろう。どちらにせよ、今はそれどころではなかった。


 アナベルは現在、チャーチストリート内、どこかの宗派の建築物前、数名の人の背後で、下宿仲間のリース・ウェルナーと共に新郎新婦が姿を見せるのを待っている。アナベルより一学年の上のリースは、少し癖のある柔らかそうな茶色の髪、髪色に似た優しい目の色に、やや浅黒い膚色をしている。


オールドイースト育ちではないアナベルだったが、生粋のオールドイースター同様、彼女にとっても、宗教はさほど身近なものではなかった。今朝、目が覚めた時には、こんな訳の分からない場所で、「新郎」としてのアルベルトが「新婦」と教会から出てくるのを待つ、などという訳の分からない事態になっていようとは、アナベルは夢にも思っていなかった。


***


 その日の朝は、いつも通りの休日の朝だった。アナベルは平日よりややゆっくり起床すると、朝食を整え、あとはこの家の主であるアルベルトと、アナベルと同じ下宿生のリースが、起きてくるのを待つばかりという状態だった。と、インタフォンの呼び出し音が、彼女の鼓膜を打った。


玄関の呼び出し音に誘われ、アナベルが急ぎ足で廊下に出ると、先ほどの呼び出し音で起こされたのか、アルベルトが階段の方から姿を見せた。アナベルと目が合うと、アルベルトは寝ぼけ眼で「何?」と問いかけてくる。アルベルトの背後から、着替えを済ませたリースも顔を覗かせている。


「いや、今から出るとこ。誰か来たんだよね?」

「ああ、それなら、私が出よう…」


と、言いながらアルベルトはやけに憔悴した表情で、尚且つ明らかに室内着のままで、入り口の自動ドアを開いた。


そこでアルベルト達が目にしたものは、黒服に黒メガネのガタイのよい男性数人を背後に従えた、派手な黄色い長髪をした小柄な美女だった。


 アルベルトはかなり間の抜けた格好で、しげしげと美女を眺めた。


「あの、どちら様で?」

と、いうアルベルトの問いに、美女は不快気に美しい顔を歪めると

「覚えてないの?」

と、問い返す。


アルベルトは眉間に皺を寄せ…そうしたところで思い出せるわけもなさそうなものだが

「あの、どなたかとお間違えじゃあ…」

と、言い出した。アルベルトの念頭には、ナイトハルトの姿が浮かんでいるに違いない、と後ろで聞いていたアナベルは思った。


「アルベルト・シュライナー?」

と、美女は睨みつける。


美女の口から出たのが、間違えなく自分の名前だったためか、アルベルトは真剣に記憶をめぐらせ始める。ふいに、背後の男性に目を向けると、美女と二、三度見比べた。そして

「ああ!リディア・オルト!!」

と、叫んだ。そして

「その節は本当にお世話になって…。そうか、オールドイーストに来たんだね」

と、屈託なく応えた。その返答に何故か美女…リディアの美しい顔は、ますます歪んだ。


不快気に黙り込んでしまったリディアの代わりに、彼女の背後にいた男性の一人が

「アルベルト・シュライナーさん…。あんた、うちの妹を娼婦か何かと、間違われているんじゃないでしょうね?」

と、言い出した。


「はい?」

「あんた、この間、うちに来たときに、うちの妹と“一夜を共に”したじゃありませんか?うちの田舎じゃあね、十九歳の娘が、未婚の男性と“一夜を共にする“ってことは、つまり求婚と同じってことですよ」

と、いかつい「兄」は説明した。聞きながらアルベルトの表情は、次第に唖然としたものになっていった。が、ふいに「はっ!」となって、背後を振り返る。そして想像通り、アナベルの軽蔑もあらわな表情とぶつかった。




アナベルはオールドイーストの同世代の学生達と比べると、非常にしっかりしていたが、この手の話題に関しては、徹底的におくてであり、過剰なほど保守的だとすら言えた。


「あ、あの、アナベ…」

「見損なったよ、アルベルト。アルベルトはナイトハルトのような無節操な人間じゃないって思ってたのに」

と、アナベルは辛辣な口調で言った。


「いや、ちょっと説明させてくれ」

と、半ば懇願するように、アルベルトが切り返す。


「なんだよ?」


アルベルトは背後のリディアたちに一礼すると、アナベルとリースの背を押して玄関内に入った。自動扉がすばやく閉じる。


「先月、ラ・クルス地方へ行った時だ」

と、早速説明を始めた。アナベルとリースは何故かアルベルトと顔を寄せ合い、無言で頷いた。


「一夜を共にするといっても、本当に同じ部屋で眠ったってだけで、実質、何かあったわけじゃない」

「なんだ、そうか。ごめんよ」

と、アナベルは自分の短絡的誤解に、あっさりとした謝罪を述べる。


「そのことはリディアだって承知している。一体、何がなんだか」

「だからその地方では、同じ部屋で眠るだけでもダメなんじゃないの?」

と、リースが言った。


「それって…」

「だいたい、なんだって同じ部屋で眠ったのさ」

納得したのかと思えばアナベルが再び咎めるような口調で言い立てた。


「いや、部屋がないっていうから。彼女が勝手に、私が借りていた部屋のソファで眠ったんだ。しかも、見た目が…」

「?」

「全然違ってた。親父さんを見ないと気がつかなかった。一体、リディアに何があったんだ」

「えぇ?」

「後でデータを見せるよ。現場写真と一緒に、写してあるんだ。そのあたりはまだ、未整理資料だから、削除してないと思う」


「なんで先月行った調査資料が、まだ、未整理なの?」

というアナベルの声音は、控えめながら若干の非難を含んでいた。


「いや、だから昨日ほとんど徹夜で…必要な資料整理は済んでるんだけど」

「まぁまぁ、二人とも。今はそんな場合じゃ…」

「あ、そうだね、で、つまり、アルベルトにどうしろっていうんだ?」

そこで三人は再び顔を見合わせた。自動扉を開き、そろって外へ出る。


「相談はすんだか?」

「相談というか、説明ですが、まぁ一応は。…で、結局、どうすればいいんでしょうか?」

「決まってるだろ!うちの妹と結婚すんだよ!」

「結婚!?」


これには暢気なアルベルトも、流石に声を上げた。


「本来なら娘が二十歳になった時、てめぇで迎えに来なきゃならねえのを、いつまでたっても来やしねぇ、しょうがないからこちらから出向いってやってんだ」

「…そんな、無茶な…」

「あぁ!?」


アルベルトの煮え切らない態度に、ガタイのいい“兄”はすごむ。アナベルは背後からアルベルトの部屋着を引っ張った。


「あ、ちょっと…」

と、オルト一家に一礼すると、再び三人は、玄関内に入った。


「いくらなんでもおかしいよ」

「不自然すぎる」

「罠なんじゃないかな?陰謀のにおいがするよ」

「そう、あの人たちオールドイーストに足がかり、っていうかとにかく親戚とか縁者がほしくてアルベルトを引っ掛けたんじゃないの」


と、アナベルとリースは交互に陰謀説を口にした。


「うーん、ラ・クルス地方の文化、っていうか風習には詳しくないからなぁ」

「どこなら詳しいのさ」

と、軽蔑したようにリースが呟く。


「オールドイースト…にも、それほど詳しいわけでもないし」

「とにかく、毅然とした態度で!断るしかないよ、アルベルト」

と、アナベルが建設的な意見を述べた。


「そうだな、それによりにもよって“結婚”とは…」

言いながら、再度三人は外に出る。そしてアルベルト最大の“毅然たる態度”を発動しようとした刹那、どこからあらわれたのか、それともあらかじめ、付近に潜伏していたのか、オルト一家が最初の人数の数倍になって一斉にアルベルトを取り囲んだ。アナベル達が手を伸ばす間もなく、黒いオルト一家はアルベルトを担ぎ上げると、風のごとき勢いで走り去った。


「ア、ア、アルベルト」

「アルベルト…あんなよれよれな部屋着のままなのに…」


成す術もなく、二人は呆然と、アルベルト家の芝生の上に佇んでいた。


するとオルト一家の、あまりいかつくない黒服の一人が戻ってきた。


「あの…」

と、言いながら黒メガネを外したその素顔は、意外に幼い。リディアの弟だろうか?


弟らしき人物は懐から白い封書を取り出すと、アナベルとリースに向かって差し出した。


「アルベルト・シュライナー氏の縁者として、出席して頂けませんか?」


縁者として出席?アナベルは無言で白い封書を受け取る。


…結婚式の招待状だった。


「“祈りの道203”?」

「チャーチストリートだよ。とにかく行こう」


リースはアナベルを急き立てた。弟の方は待たせてあった車の方へ既に移動している。


「いや、コーヒー、切ってこないと。場所分かってんなら、大丈夫だろ?」

「あ、そうか」


そうして、二人は簡単に火元確認と戸締りをして、“祈りの道203”へと急いだ。


***


それが、起きぬけの朝の話だ。アナベルとリースは今、寒空の下、教会の外でアルベルトとリディアが出て来るのを待っている。なんだかんだで、朝食をとり損ねた。隣でリースが「おなか減った…」と、か細い呟きをもらした。まったくである。


なにやってんだかなぁ…。と、アナベルが心の中でぼやくタイミングで、リースが彼女の上着の袖をつかんだ。


「出てくるよ!」


見ると、大きく開いた教会の扉から、グレイのタキシードを着たアルベルトと白いウェディングドレスを着たリディアが、腕を組んで現れた。


ヴァージンロードは赤色の絨毯。その上を歩く若い恋人たち。いや、先程神の御前で誓いを立て、誕生したばかりの若い夫婦。細い生垣のように並ぶ人の列から、祝福の花やライスが投げられる。


幸福に満ちた瞬間だった。新郎の表情が“無”を通り越して、明らかにぐったりしていることと、そんな彼を支えるようにして背後に立つ、黒服の巨漢の姿をのぞけば。


新郎の姿を見た途端、アナベルとリースはがっくりと肩を落とした。


「…駄目じゃん」


半ば引きずられるようにアルベルトは花嫁と共に車に乗せられ、彼らの前から姿を消した。参列者の中に、自分の縁者…つまりアナベルとリースという赤の他人だが…が居たことすら気づいてなかっただろう。


彼ら以外の参列者はほとんどが何故だか黒い服を着用していたが、異様な盛り上がりで、部外者のアナベルとリースは顔を見合わせた。


「帰ろうか…」

「そだね、バイト、行かなきゃ…」


疲れた…。自分達は一体、何をしにここまで来たのだろうか?そんな虚しさが胸をよぎる、一日の始まりであった。


***


バイトへ行くにしても、とりあえず二人は一旦、アルベルトの家へ戻ることにする。リースはともかくアナベルの方は完全に遅刻決定であった。それはわかっていたのだが、とにもかくにもおなかが空いていた。


アルベルトの家に戻って、なんとなく虚脱したままアナベルはコーヒーを入れなおすため、キッチンへと向かう。リースは地下にある仮設の研究室へ下りて行った。


コーヒーメーカーをセットして、アナベルはバイト先に遅刻の連絡と謝罪を入れる。午後からの仕事入りを確約すると、縮こまりながらアナベルは電話を切った。のだが、息をつく暇もなく、通話を終えたアナベルの耳に、リースの絶叫が届いた。…咄嗟に反応する気にもなれない。


今度は一体何なんだ?自分は日々の単調な平穏を、平凡に楽しむ人間なんだ。と、ほとんど訳の分からない愚痴を心の中で呟きながら、アナベルはリースの悲鳴を聞き流した。

が、無論、リースは助けを求めて駆け上がってくる。


「ア、ア、ア、アナベル…」


ほとんど泣き出さんばかりである。


一体何なんだ。自分は日々の単調な平穏を…


「なんだよ…?!」


念仏めいた愚痴を頭の中で零すのを諦めると、アナベルは苦虫を噛み潰したような声で応じる。


「ルーディアが」


…やっぱりな。


アナベルは溜め息をつくと再度繰り返した。


「なんだよ?」

「いないんだ、どこにも」

「いない?どこにもって、どこ探したんだ?」

「どこって、だって、ポットに居ないんだよ!部屋にも居ないんだよ?」


ポットというのは、ルーディア専用の睡眠用のカプセルだ。普段アナベルたちは“スリープポット”もしくは“ポット”と呼んでいた。大きな楕円形をしており、地下の仮設研究室の中央に固定してあって人力で動かすことは出来ない。部屋にあるのはそのポットと、アナベルやリースには詳細は意味不明な、計器の類だけなので、異常は一目で確認できる。


「他の部屋、とか?」

「だって、ポットの蓋が開いてないんだよ」


なんというか、リースは怠慢だ。的確というべきか。しかし、アナベルは無駄と知りつつ万全を期す人間なのだ。


「わかった。でもやっぱり念のため、全部の部屋を見てみて、それでもいなかったら、リースはドクター・ヘインズに連絡をする」


アナベルはリースを見ながらこう言うと、念を押すように指を立てた。リースも真剣な面差しで頷くと、二人は早速、捜索を開始した。


***


 数分後、リースはがっくりと肩を下した姿勢でキッチンの椅子に腰を下していた。コーヒーはすっかり煮立っており、アナベルは自分の迂闊さに舌打ちした。


「リース…そろそろドクター・ヘインズに連絡を…」

煮立ったコーヒーを諦め、再度コーヒーをセットしながら、アナベルはリースに冷静な口調で言ってみた。


「…うん…」

と呟くと、猛烈に嫌そうにリースは椅子から腰をあげた。と、その時、玄関のインタフォンから

「アルベルトー!起きてるかー」

というのんきな声が響いた。


その声に、アナベルとリースは顔を見合わせると、二人同時に、脱兎のごとき勢いで玄関へと向かった。


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