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オールドイースト  作者: よこ
第2章
171/532

2-6 聖邪の双子(14)

次の日、大急ぎで朝食を食べると、リパウルに見送られてアナベルは家を出た。


昨日、ルーディアに会いに地下室まで下りてから、一回、自分の部屋に戻って、簡単に部屋の掃除をしてから、再びキッチンへと戻ると、リースの姿はすでになく、アルベルトとリパウルは、二人でゆっくりとお酒を飲んでいた。


夏にナイトハルトに一杯食わされて以降、いつの間にか、リパウルも時々、アルベルトと一緒にお酒を飲むようになっていた。苦手だというのは、自分が飲むことの方ではなかったらしい。なので、リパウルは今朝もお泊りだ。


リパウルとアルベルトは恋人同士ではあったが、、学生を預かっていると言う理由で、シュライナー家でリパウルが宿泊する時は、常に客間を使用している。ナイトハルトが聞いたら、妙な茶々を入れて来そうだったが…。


そんな次第で、今朝はリパウルに見送られて、アナベルは早めにアルベルトの家を出た。十月からボクシングのトレーニングを始めているので、今日もそのために早く出ると、思ってくれたらしい。アナベルはその誤解をそのままにして、トレーニングウェア姿で、自転車に跨った。


一昨年の十一月、ここからサウスエッジまでミニバイクで、一時間で辿りつけた。あの時は、後部シートにリースを乗せていた上、ナビの指示するまま進んだので、全速力というわけでもなかったのだが、それでも、自転車だともう少し時間が、かかるかもしれない。アナベルは可能な限り全力で自転車をこいだ。


見当をつけていた、建物の前に到着した時には、すでに八時をまわっていた。周囲に少しだけ人気が残っていた。アナベルは少し迷ったが、遅れて到着したらしい人に混じって、こっそりと中に入った。


祖母が信仰していた宗教だ。かすかに祖父とカイルと日曜礼拝に行った記憶がある。自覚もなかったし、普段は殆ど忘れているが、カイルが言うには、アナベルは洗礼を受けているのだ。ふと、そのことを思い出した。


建物にはいると、中央を通り道に、左右に長く並べられた椅子の壁際の端に腰を下ろす。学校の大講堂のように、一つに繋がった椅子だ。アナベルは目立たないように静かに、可能な範囲でルカの姿を探した。が、彼の姿は見つからない。アナベルは諦めて、説教師の話に耳を傾けるが、内容はよく分からなかった。


説教師の話はしばらく続いた。アナベルは自分のタイムリミットを、九時半に設定していたので、このままだとルカに会えないまま、時間切れになりそうだと、半ば諦めかけた。が、九時少し前、説教師の話しは終わった。それから続いて、聖歌隊なる集団が、なにやら高い綺麗な声で唱歌を始めた。意味は分からないながら、綺麗な歌声だった。アナベルは自分の目的も忘れて、しばしその歌声に聞きほれた。


唱歌が終わると、礼拝も終わりらしい。周囲の人々が歩きながら、あるいは立ち止まって、顔見知りと挨拶や世間話をし始める。アナベルは急いで外に出て、出入り口付近に佇んだ。ルカを見つけることが出来るとしたら、このタイミング以外にはない。彼女はじっと、大きく開いた扉を観察し続ける。人ごみに紛れて、その姿が目に入る。見ただけならば、昨日の朝、会ったばかりの人物とまるきり同じだった。けれど、彼ではない。今、建物から出てきたのは…。


ルカが歩道の方まで出てくると、アナベルは器用に人を避けながら、ルカに近づいた。

「ルカ!」

と、声をかけると彼は振り向いた。少し訝しげな眼差し。が、アナベルの姿を認めると、大きく目を見開いた。


「アナベル!」

九月にあった時より、目の色が少し濃くなったような気がした。そういえばサイラスもそうだったような気がする。アナベルはすっかり元気になった様子のルカの側に、急いで駆け寄った。嬉しくて自然に笑顔になった。


「どうして…」

「その理由は説明しにくい。でも元気そうで、会えてよかった」

アナベルは笑顔のまま一息で言った。ルカは柔らかく微笑むと

「君も、相変わらず元気そうだ。今日は、ウォルターは?一緒じゃないの」

ルカの言葉にアナベルは笑った。


「ルカはいつもあいつのことを訊くんだな。そんなにあいつに会いたかったのか?」

ルカは笑顔のまま少し目を見開いて見せてから肩を竦める。

「そうかな?なんとなく、彼は君とワンセットな気がしてるからかも」

ルカの言葉にアナベルは、仰天した。自分でも頭に血が上って、顔が赤くなるのが分かる気がした。

「ワンセットって…どうして、みんな…」

が、言葉が続かない。ルカは笑って

「みんなって、ならやっぱりそうなんだよ。誰が見たって二人で居るのが自然ってことじゃないかな?」

と、ルカは優しく微笑んで少しだけ首を傾げた。優しいのに、どこか寂しげな…。


アナベルはルカに申し訳ないような気持ちになった。ルカが一番会いたがっている人に、彼は自由に会うことが出来ないのだ。


 歩道に立ったままでは通る人の邪魔になる。二人は少しだけ建物の芝生の方へ引き返す。ルカはあらためて

「アナベル、どうしてここに?」

と、訊いてきた。考えてみるまでもなく当然の質問だった。

「その…人から聞いて…」

こう、訊かれたらどう答えるのか?そんな簡単な準備もしてこなかった。会えるかどうか自体が、賭けみたいなつもりでいたのだ。


「僕がここに来る事を知っている人はそんなにいない。一体誰に聞いたの?」

アナベルは困った。素直に答えていいものか。年末、セアラを問い詰めた時の事を思い出して、今更のように反省してしまう。ルカは構わず

「セアラじゃないよね。彼女は知らない筈だし」

と、言い出した。アナベルの方が仰天してしまう。


「なんで、ルカ。私がセアラと知り合いって知ってるの?」

と、思わずその点は認めてしまう。当初セアラのことを、ルカにききたいと思っていたアナベルだったが、自転車でここに向かう途中、そういえばセアラはルカにはバイトをしていることは内緒にしていると言っていたので、自分が知り合いあることも話題に出来ないと思い至って、どう訊いたものかと、少し困っていたのだ。が、ルカの方から切り出してくるとは…。


「以前僕が、君とウォルターと会ったカフェで、彼女が冬休み中バイトをしていることなら知っている」

「どうして」

「彼女の母親に聞いた」


妙に冷淡な調子で、ルカが言うのでアナベルは少し、違和感を覚える。そういえばセアラも母親といたくないからバイトを始めたと言っていた。


「あの…それ、バイトのこと、ルカは知らないってことに、して欲しいんだけど…」

アナベルの言葉にルカは首を傾げた。

「どうして?」

「セアラはルカには、まだ、しばらく内緒にしているつもりなんだ。そう言ってたから…」


アナベルはやや言い難そうにそう言った。それこそ、余計なお世話だという気がしたのだが、ルカの事を話すセアラはやはり可愛くて、少しだけ応援したくなってしまうのだ。だからこそ、サイラスとあんなことをさせていてはいけない。アナベルは顔上げると

「ルカ、ここのことを私に教えたのはサイラスだ。サイラスはセアラと会ってて…その…」

流石にそれ以上は言えなかった。それに言う必要もないだろう。


「その、セアラは優しいから、サイラスと会わないほうがいいと思うんだ、つまり…」

アナベルはどうしても言い淀んでしまう。余計な口出しもいいところだ。ついさきほど、ルカは自由にルーディアに会えなくて、寂しいのだろうな、などと思っておきながら…。ウォルターが聞いていたら、“君、どっちの応援をしてるの?”と冷やかに言い捨てられることだろう。


アナベルが俯いてしまったのをどう捉えたのか、ルカがふっと目を細めた。アナベルはつられるようにして顔を上げる。と、ルカは

「アナベルは、やっぱり、優しいね…」

と、言いながら彼女の頬に、手を伸ばす。アナベルは咄嗟にのけぞった。前といい今といい、そのまま二、三歩後退してしまう。それから

「ルカ!」

と、少しだけ大きな声を出した。ルカは少し呆気に取られた表情になって、まんまと彼女に逃げられてしまった自分の右手を見つめると、破顔した。


「そうか、ごめん。つい…」

つい?ついってなんだ?いや、全くサイラスもサイラスだが、ルカも結構、相当じゃないか?と、アナベルは殆ど意味不明な罵倒を、心の中で並べてしまう。


「お前、セアラにも…」

と、言いかけて、プライバシーの侵害か?と、思いとどまる。ルカは笑って

「ごめん。落ち込んでいるのかなって、思って…」

「落ち込んでって…」

「気にしてくれてるんだろ?僕と…彼女のこと。そんな風に気にしてくれるのはアナベルだけだから、少し嬉しくて…」


ルカの言う“彼女”とは、セアラのことではなく、ルーディアのことだろう。アナベルは、どう言葉を返したらいいのかわからない。


そう、言いながら、ルカは横を向いて地面の方を見つめる。顔には変わらない優しい笑み。けれど、どこか切ない…。ルーディアのことを想う時、彼はいつもこんな表情になる。少し夢を見ているような、寂しい切ない笑み…。けれど、サイラスだって…。


「ルカ、彼女は元気にしているよ。でも…」

十一月の終わりに目覚めたルーディアに、ルカの事を伝えたら、元気になったのなら、もう自分は必要ないと言った。人のことには強気なくせに、自分のことになるととことん意気地がなくなるルーディア。


ルーディアはきっとルカのことが好きなのだ。けれど、それを自分で認めることが出来ないでいるのだ。まるで、誰かのように…。そう思って、ふと“誰か”というのが誰なのか、アナベルは気がついてしまう。気がついて、また、蓋をする。まだ、気がつかない方がいいのだ…。


「忘れた方がいいって、言ってた?」

と、ルカが少し首を傾げたままそう言った。アナベルは驚いた。どうしてわかるのだ?

ルカは、アナベルの正直な驚きから目を逸らした。アナベルは嘘がつけない。ルーディアは、やはりそう言うのだ。


…僕が、一人で成長し続けているから、彼女は僕に失望して…。


「…君が渡してくれた手紙に、そう書いてあったんだ。“忘れた方がいい”って。“自分もまた忘れるから”って…。十二歳の少女が書く内容じゃない。彼女は自分のことが、ちっとも分かっていないんだ」

と、ルカが静かにそう言った。ルカの言葉に、アナベルは戸惑いを覚える。気がつくと、

「ルカ。ルカはその…彼女のこと、どこまで知ってるの?」

思わずそう訊いていた。すると、ルカは真顔になって

「君は、アナベル?君こそ彼女のこと、どこまで知ってるの?」

と、逆に問い返す。アナベルは正直に

「きっと、ルカほど知らない」

と、答えた。けれどもルカは真に受けなかった。


「君は自由に彼女に会っているみたいだ。彼女と自由に話をして…。僕よりよほど彼女に近い。そうだろ?」

真顔で見つめられて、そう言われると、アナベルとしても返す言葉がない。それでも彼女は首を振った。

「でも、それでも多分ルカの方が彼女のこと知ってる。ルカ、五年前、何か変わったことがなかった?」


唐突に思い出して、アナベルはルカに問いかける。ルカは虚を衝かれて、一瞬たじろいだ。


「…五年前…。僕は十三歳で…」

言いながら俯いて、口を噤んだ。しばらく、やけにこわばった表情で地面を睨むようにして見ていたが、顔を上げると

「彼女が何か言ってた?」

と、またしても逆に問い返してくる。アナベルは首を振った。


「ううん、何も。何も覚えていないって。けど、ルカなら忘れてない。だから何か分かるかなって…」

「そう、覚えていないんだ…」

ルカは自嘲の笑みを浮かべる。アナベルは思いつきで発した質問の意外な効果に驚いていた。

「あの…。ルカは私が、その…」


サイラスは自分の正体を知っていた。なぜルカは一度も、自分とルーディアがどういう知り合いなのか尋ねてこないのだろう?やはりルカもサイラスと情報を共有しているのか?それとも、ルーディアがアルベルトの家にいる事を知っているのではないか?


そう思って、アナベルは確認する必要があることに気がついた。けれども、どう訊いていいのかわからない。意地を張らずにウォルターについてきてもらうべきだったのだろうか?


そう考えて自分の甘えが情けなくなってくる。ルカに会うと言ったのは自分だ。ウォルターは『行くな』と、言ってくれたのに…。


「…君が何故、彼女を知っているのか?アナベルが訊きたいのは、そういうこと?僕が、君が何者なのか知っているのか…、それを訊きたいの?」

「う、うん…」

「君はエナ・クリックの娘だ。技研の所長の」

アナベルは大きく息を吸い込んだ。それから、ゆっくりと吐き出す。


やはり知っていたのか…。

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