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オールドイースト  作者: よこ
第2章
168/532

2-6 聖邪の双子(11)

重たい荷物を背負って、アナベルはエナと一緒に部屋を出た。警備の人のいる敷地外に出てから、アナベルは借りていたカードや身分証の類をエナに返した。


カフェのバイトの時間には、まだ少し早いが、かといって、一回アルベルトの家に戻るほどの時間があるかというと、微妙なところだった。アナベルはバス停に向かう博士の背中を見送ると、一人ゆっくりと自転車をこいで移動し始めた。途中セントラル公園によって、少しだけ時間をかせいで、九時半にはカフェに着いた。カフェのバイト開始時間は十時半だったので、一時間も早く着いてしまった。厨房スタッフはもう下準備作業を開始している時間だったので、スタッフスペースには、普通に入れた。


アナベルはリュックをかついだまま、駐輪スペースから裏口に回ると、更衣室に繋がるドアを開ける。問題は、この大きなリュックが、更衣室のロッカーに入るかどうかという点だった。アナベルは、その些細な懸念で、やや憂鬱になりながら、更衣室のドアに手をかける。


…と、中から人の声が聞こえて、思わず、ドアノブを回す手の動きを止めてしまう。ホールスタッフでは間違いなく、自分が一番のりだと思っていたのに。一体誰だ?と、思いながら、思わず聞き耳を立ててしまったのは、かすかに聞こえるその声が、間違いなく聞き覚えのある声だったからだ。


「…いいだろ」

「でも…誰か来たら…」

アナベルは反射的にドアノブから手を離してしまう。


 …気のせいか?これは…。ここで聞いていたら、凄く、まずくないか?


 アナベルは全く無意味にも、思わずその場にしゃがみこんでしまう。何故そうしたのかよく分からない。見つからないようにという、防衛本能だろうか。


「今日で最後なんだ…春まで、会えない…セアラ…」

「あ…ダメ…」

助けた方がいいんだろうか?勢いよくドアを開けるべきか?でも、それほど嫌がっている様でもないような、いや、でも…。

「…ルカだと思えばいいって、いつも…」

「…ん…ルカ…」


その後、声がしなくなって、かわりにロッカーの軋むような不自然な音が、かすかに響いてくる。…何がどうなっているのか、アナベルはその場の緊張感に耐えられなくなって、腰を低くしたまま、入ってきた方向に逆戻りしてしまう。そうして駐輪スペースの、自分の自転車のところまで戻ってから、ようやく大きく息をつけた。


 あの声は一体、なんなんだ?更衣室であの二人は、一体どんな不埒な事を…。考えていると、頭に血が上ってきた。変な遠慮なんかせずに、ドアを開いてやればよかったのだ。バイト先の更衣室に男を連れ込むとは、いくら開始時間より一時間も早いからって…。と、際限なくグルグルしてしまう。


ぐるぐるしたまま、アナベルは、深いため息をつく。自分にそんなことが出来ないことは、自分が一番よく分かっていた。


もし、ドアを開けて、見てはいけない光景が展開されていたら、自分はどうすればいいのだ?意味もなく、サイラスをぶん殴ってしまうかもしれない。


間違いなく、妖しい声の主はサイラスとセアラだろう。春まで会えない、と言っていたから、今日当たり、サイラスも彼の学校の方に戻るのかも知れない。ウォルターに知らせれば、安心するだろう。と、アナベルはややシニカルに考えた。


結局サイラスは冬休み中セアラに夢中だったわけだ。毎晩、官舎まで送って…ウォルターもご苦労なことだ。結局はただの杞憂だったわけで…。


アナベルはなんとなく脱力してしまう。それにしてもセアラもセアラだ。ルカだと思えばいいって、そんな言葉で納得させられてる場合ではないだろうに…。つまりセアラは、やっぱりウォルターの言う通りの人間なんだろうか…。


そう思うと、なんとなく寂しくなった。


自転車の後方の車輪に跨って、少しだけ腰を下ろし、足を伸ばした体勢で、ぐるぐると自分の考えに捕まっていたアナベルの目の前に、不意に人影が現われた。アナベルは全くの無防備のまま、顔を上げると、目の間に立つ人物と目があった。目があった途端その人は優しく微笑んだ。それから、アナベルの頭に手を伸ばし、彼女の顔を自分の胸に押し当てる。それから、顔をかがめると

「アナベル」

と、優しい声で名前を呼んだ。懐かしい、ルカの声だった。


 いや、ルカの話し方を真似た、サイラスの…。


「君、僕に…ルカに会いたい?」


アナベルは背筋に悪寒が走るのを感じた。ふざけたまねをする彼の胸から、即刻、逃れたかったが、素人に闇雲の暴力を振るってはならない。彼女は慎重に伸ばしていた足を曲げ、少し腰を浮かせ、そのまま、いつでも立ち上がれるよう静かに体勢を整える。


「別にお前には会いたくはなかったな」

「そう、ルカになら?」

「そうだな。お前のふざけた行為をルカに伝えたい気分ではあるな」

「そうなんだ、それはどっちのこと?今、それともさっきの?」


自分が盗み聞きしていたことに気がついていたのか?アナベルはなんとなくぞっとした。

「なら、両方だ」


「そうなんだ。僕に会いたかったら、アナベル」

「一々、名前を呼ぶな」

アナベルの忌々しげな抗議をサイラスは聞き流して、言葉を続ける。


「サウスエッジのチャーチストリート、知ってる?」

「チャーチストリート?」

奇しくもアナベルはその場所をよく知っていた。


「日曜日、朝の八時から、そこで礼拝をやっている宗教施設がある。そこに行けばルカに会える」

サイラスはルカのモノマネを止めたらしい。アナベルは

「なんでそんなこと、私に教える」

「さあ、なんでだろう?」

と、サイラスが首を傾げる気配を感じた。


アナベルはそろそろ自分が我慢できる限界が、近づいていると感じていた。だが、彼女はサイラスの胸の前で大人しくしたまま、地面に視線を落として、迅速に離れたい衝動をなんとか抑える。と、サイラスが彼女の頬に唇を這わせた。


一瞬で我慢の限界を、突破する。嫌悪感で背筋に悪寒が走った。アナベルは反射的にサイラスの足の甲を、自分のスニーカーの踵で、思い切りふんづけていた。サイラスは咄嗟に声もでなかったのか、身を屈めた。その隙にアナベルは横滑りに彼の体から離れると、手の甲でサイラスに触れられた頬を思い切りこすった。


「お前らはっ!!…あの女といい、そろいもそろって色情狂か何かか!?」

と、アナベルは唸るように、サイラスに向かって罵倒した。


 まんまとアナベルに逃げられたサイラスは、まだ、足の甲が痛いのか、顔をしかめながらも笑みを作ってみせる。


「誤解だよ、アナベル」

「名前を呼ぶなと言っているだろう?吐き気がする」

と、忌々しげにアナベルは言い返した。


「何が誤解だ?お前、セアラに何をしてたんだ?」

と、アナベルが言うと、サイラスがふっと目を細めた。

「知りたいんだったら、実演して…」


アナベルはサイラスの言葉が終わるのを待たなかった。即座に二、三歩飛び跳ねるように後退し、顎を引くと、油断なく目を光らせる。サイラスは器用に片眉を上げてから、肩を竦め両手を広げてみせる。

「嫌われたもんだね?」

「当たり前だ、あんな…」


…ルカだと思えばいいって、いつも…

 …いつも?いつもあんな風なこと、言ってるのか?


 アナベルは険しい眼差しのまま

「お前、ルカの真似をするのはやめろよ」

と、言ってしまう。サイラスは、バカにしたように目をすがめ

「何故?」

と、首を傾げる。アナベルは少し逡巡し

「あまりよくない気がする。お前にとっても、多分…」

と、曖昧な調子で呟いた。サイラスは意外そうに目を見開いた。それからふっと笑みを浮かべる。


「そう、思うんだ、君は…」

と、妙に優しい調子で言った。つまり、ルカになりきって、そう答えた。


アナベルは大きく息をついた。結局、何を言っても無駄、というわけだ。


ミサキの言葉に嘘がないのなら、サイラスはずっとルカの影のような存在だったということになる。同じ顔でも違う人間で、一人は光でもう一方は影なのだ。ならば、いっそのこと違う人間である事を、思う様主張すべきなのではないか?


なのにサイラスはルカの真似をする。しかも自らすすんでそうするのだ。アナベルにはサイラスという人間が、本当はどんな人間なのかさっぱり分からなかった。いや、そんなものは最初から彼にはないのかもしれない。だからセアラは、ルカだと思えと言われれば、そう思うことが出来るし、はてはサイラスの言いなりになって、彼に従ってしまう。


そう、思ってアナベルは次第に腹が立ってくる。ルカは、セアラとサイラスが、こんなことになっていることに、気づいているのだろうか?ルカがルーディアを好きでも一向に構わないけど、もう少し、弟やセアラのことも気にしてやるべきじゃないのか?


そう思ってアナベルは少しだけ緊張を解いた。それから、サイラスに向かって

「わかった。お前の望みどおり、ルカに会いにいってやろう」

と、宣言した。サイラスは

「へえ」

と、嬉しそうに微笑んだ。


「お前はもう、いなくなるんだろ?」

「どうしてそう、思うんだ?」

「さっき更衣室で、セアラに“今日で最後って”言ってなかったか?」

「よく聞いてる」

言いながらサイラスは可笑しそうに笑った。


「あんなところで、迫る方が悪いんだろ?」

アナベルの当たり前の言葉に、サイラスは楽しそうに笑ったままだった。それから、

「今日の列車でここを離れる。安心しただろ?」

「そうだな。これ以上セアラを混乱させるなよ」

と、アナベルが言うと、サイラスは

「セアラが混乱なんか、するわけがない!」

と、がらりと調子を変えて、吐き捨てるようにそう言うと、そのまま唐突に、踵を返した。


アナベルは呆気にとられてその後姿を見送ってしまうが、サイラスは一度も振り返らなかった。


 サイラスが間違いなく無人タクシーに乗り込むのを見届けると、アナベルは重いリュックを担いで、再び裏口から入って狭い廊下を、更衣室を目指して歩く。


今度はためらわずに、勢いよくドアを開いた。中にいたセアラが、驚いた様子で顔を上げた。彼女は着替えている最中だったのか、少しだけ体をかがめていた。ブイネックの白いセーターに、薄いオレンジ色のシャツ。胸元が、不自然なほどはだけているように思えて、アナベルは思わず目を逸らしてしまう。それから、なるべく自然に聞こえるように

「おはよう、セアラ、久しぶり。随分、早いんだね」

と、挨拶の声をかける。


セアラは何故か目を逸らして、何も答えない。それからようやく

「ベ、別に、何も…」

「うん、何か用事だったの?」

きく気はなかったのに、セアラの様子があまりにも不自然だったので、きかない方がかえって不自然な様な気がした。が、セアラはやはり聞かれたくなかった様で

「だから、別に…何も…」

「あ、そうなんだ」

と、答えるとアナベルはコミュニケーションを取ろうとする努力を諦めた。そんなことより、この荷物がロッカーに、無事に収まるかどうかの方が問題だ。


 アナベルが自分に関心を無くして、真剣に荷物に集中している様子なのを見て取ると、セアラも少しだけ緊張をといた。


「少し中を出してみたら…」

セアラはアナベルの背後から、見かねて、おずおずと提案してくる。

「ああ、そうか!」

と、アナベルは力任せに押し入れようとするのは諦めて、移動用のリュックを取りだすと、勉強関係の物を移し始める。セアラが

「あの、旅行にでも行ってたの?」

と、尋ねてきたので、アナベルは荷物を整理しながら

「まあ、そんなようなもん」

と、簡単に答えてから、ふっとため息をつく。アナベルにはやはり、セアラが、悪い人間とは思えない。


悪人になるのか善人になるのかは、生まれつき遺伝で決まって…。


…そんなことはないだろう。

…ルカとサイラスは、同じゲノムを持っているはずだ…。


「セアラ、サイラス、毎日ここに来てたの?」

彼女の方を見ないで、アナベルは確認してしまう。

「え?」

アナベルは顔を上げた。見るとセアラの顔がこわばっている。目があうとセアラの方から目を逸らした。


「別にここには…」

「駐輪場でサイラスに会ったんだ」

アナベルはため息まじりで半分だけ本当の事を言った。セアラは再びアナベルの方を見る。諦めたようにため息をついた。


「私のバイトが五時に終わるから、それくらいの時間に、いつも外のテラスの前あたりで待ってて…」

「そうなんだ」

「私はアパートメントの部屋に戻りたくなかったから…」


そう言いながらセアラは俯いてしまう。


…改めてよく考えるまでもない。自分がママときまずくなった原因は、サイラスにあるのだ。それなのに、自分は何を…。


 アナベルに話しながら、今更のようにセアラは思った。どうして、サイラスといる時は、うまくごまかされてしまうんだろう?


「それで、一緒に街で遊んでくれて…」

「駅の向こう?」


アナベルは思わず確認してしまう。ならば自分とウォルターがファストフードを食べてたところと、同じではないか?よく遭遇しなかったな。が、よくきくと、どうやら、同じ駅向こうと言ってもアナベルたちはあまり足を踏み入れないようにしていた、飲み屋通り付近で遊んでいたらしい。


「サイラスは、ママとのことも謝ってくれて…」

ママとのこと?アナベルは首を傾げるが、深くは追求しないことにした。


「ママは早くにパパを亡くして、ずっと大変で、寂しかったから慰めが必要なんだって」

一息にそう言うと、セアラは言葉を続ける。


「それに、私が嫌なんだったら、もう、ミサキにも会わないって…」


ずっと、俯いて告白するセアラの傍らで、黙って聞きながらアナベルは思い切り顔をしかめてしまう。


 会わないって?なんでそんなすぐに信用できるんだ?


「それで、キスをさせてくれたら真面目になるって…」


ここまでくると、アナベルにはもう、どうしていいのかわからない。そもそも、自分はこんなことまできいてないのだが…。話の展開についていけなくて、アナベルは叫び声をあげたくなった。


 セアラは口を噤んで俯いたまま、サイラスと過ごした二週間を思い出していた。夜の公園で、彼がしてくれたキスの事を。彼が自分を褒めて、触れたがってくれたこと。ミサキなんかとは全然違う。けれど、最初はやはり抵抗があった。同じ顔でも、サイラスはルカではない。


セアラが罪悪感で躊躇っているといると、サイラスはルカそのものになって「僕が嫌い?」と、俯く自分の顔を覗きこむようにして訊いてくるのだ。嫌いなわけがない。セアラが首を振ると「ルカだと思えばいい…」と言った。それからは、キスする前は、いつも決まって、優しくそう言ってくれた。


「…で、キスとかもしてたんだ…」


アナベルは声に嫌悪が混じらないように、彼女なりに頑張った。話してくれているのだ、折角だからきいておこう。そうは言っても、プライバシーとかなんとか、そういう感情はないのか?いくらイーシャでも、ここまで露骨じゃなかったぞ。もっとも話す相手が自分、アナベル・ヘイワードだったからかもしれないが…。


不幸にしてというべきか、幸いにしてというべきか、セアラはアナベルがどんな人間なのか、よく知らないのだ。逆をいえばそれほど知らない人間に、よくもここまで話せるな、とも思うが、セアラは自分の学校での友人などには、双子の話しは出来ないので、セアラからすると、初めて彼らの事を話題に出来る立場の人間が、アナベルだったということになるのだろう。


セアラはアナベルの嫌悪と混乱には気がつかない様子で、恥じらいながらも頷いた。

「その、よくないことだって、わかってはいるの。いくら似てたって、サイラスはルカじゃないし」


全くだ。と、強く相槌を打ちたくなる衝動を、アナベルは何とか抑えた。


「だから、サイラスはいつも自分のことはルカだって思えって…」


それも先ほどきいた…いや、正確に言うと、図らずも盗み聞きしてしまいました。


アナベルはなんとなくサイラスが気の毒になってくる。他はともかくあの一言は、ひどく切実な響を帯びていた。アナベルの耳にはそう聞こえたのだ。


「でも、その…」


我慢できなくて結局口出ししそうになってしまう。アナベルの呟きにセアラは顔を上げた。ひどく切ない表情になっている。アナベルは何というべきかわからなくなって思わず

「あの、もう帰るって言ってたんだけど。あ、さっき駐輪場で、サイラスと会った時にね」

と、全く別の事を言ってしまった。するとセアラは再び俯いて

「うん、今日これから高速列車でルイスシティに戻るんだって。それで…わざわざ会いに来てくれて…」

「こんな早く?」

「ママといたくないから、いつも早めに来てるの」


なるほど、サイラスはその事を知った上で、ここに入り込んだという訳だ。自分だって普段通りだったらこんな時間には来ていなかったから、遭遇することもなかったわけだ。それにしてもサイラスの奴、意外に一途というのか、ひたむきな、というか…。


 アナベルは彼のことが益々わからなくなってくる。しかし、駐輪スペースで彼が自分に対して取った態度は、セアラが望んだように“真面目になった”結果…とは言えないだろう。ようは、セアラに不埒な事をしたいがために、いいように騙してしただけのことだ。


 アナベルはセアラに対してイライラし始めた。ダメだろう、そんなに簡単に好きでもない男にキスとかさせては、幾ら同じ顔だからって…。


「その、セアラはルカが好きなんだろう?なのに、そういうのってよくないんじゃないのかな…」

「やっぱり、そう、思う?」

「いや、まあ、個人の勝手って言われたらそうなんだろうけど…」

「うん、でも、ルカが退院してから、ルカには自由に会えなくなって…」

「そうなんだ」


ならば先ほどサイラスに聞いた情報をセアラにも教えた方がいいのだろうか?いや、何かの罠かもしれないし…。


「私が不安になると、ルカはいつも私のことを抱き寄せてくれて…」

はい?と、アナベルは、心の中で叫んでしまう。今、なんと?

「だから、サイラスも同じなのかなって…。キスとかしたり触れたりしたら、少し、その安心するでしょう?」


そう言いながらセアラはアナベルの顔を見る。迂闊にもアナベルは表情を作るのを怠っていた。露骨に嫌な顔をしていたので、慌てて真面目な顔を作る。作りながらも心の中では、いや、それは全然違うと思うぞ、とか、触れたりって…どこを触らせてたんだ?いや、その前に、そもそもルカもルカで、セアラに何をやっているのだ?


 突っ込むところが多すぎて、もはやどこから突っ込んでいいのかわからない。こんな混雑っぷりは自分一人の手には余る。アナベルはウォルターに、このわけの分からなさを押し付けたい…ではなく…、ウォルターと、分かち合いたいと、心から思ってしまった。


「アナベルだって、あるでしょう?そういうの…」

「え?ええ?」


いきなりお鉢が自分の方に回ってきたので、アナベルは取り繕うことさえ出来なくなっていた。早くメリッサでも誰でもいい。ここに来てくれないかと、思わず壁に掛かる時計を見上げてしまう。


「だって、付き合ってるんでしょう?あの、メガネの…名前、なんだっけ?」


あいつってそんなに印象ないの?名前は覚えてなくても、眼鏡だけは忘れられないのか?アナベルは、まずそこに慨嘆してから、ようやく言われている言葉の意味が脳内に達した。


「え?あいつと、何?私がつまり何をしろって?」


…そういう、キス…とか、何か、していると思われているのか?ひょっとして。


 アナベルは勢いよく首を振った。


「いや、全く!全然!そもそも付き合ってないし!!」

と、必要以上に明確に断言してしまう。セアラは驚いた様に目を見開いて

「付き合ってないの?」

と、首を傾げた。そういう仕草はやはり愛らしかった。


アナベルは唐突に、激しい疲労感に襲われる。

「うん…。ただの…」

家主とハウスキーパーです…もっともこの二週間、ずっと仕事はしておりませんが…。

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