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オールドイースト  作者: よこ
第1章
16/532

1-3 新年の出来事(2)

チェックを終えると、リパウルは階段へと向かう。アナベルも、そして何故かルーディアも後に続く。十一月中はずっと眠っていたルーディアは、夕方のチェック担当がアナベルにかわった十二月から、急に活動的になった。リパウルは階段の途中で振り返り、ルーディアが着いて来ていることに気がついて、驚いた。


「ルーディア、あなた、どうしてついて来てるの?」

「気分転換」

ルーディアの返事にリパウルは首を振りながら、階段の上がりきった先のドアを開く。と、家主と遭遇してしまう。帰宅したばかりのアルベルトだった。リパウルは仰天して思わず立ち止まってしまった。アルベルトもリパウルがいることを予想していなかったのか、驚いた表情だ。


「リパウル…」

「ア、アルベルト」

リパウルの呟きで、アルベルトの帰宅を知ったアナベルは、リパウルの背後から廊下へ抜け出した。ルーディアも続く。


「お帰りなさい、アルベルト」

二人でそろって挨拶をする。声がぴたりとそろった。


「お帰りなさい」

リパウルも慌てて言った。


「ただいま。…君、来てたんだ。ミニバイクがないから気がつかなかったよ」

「うん、その、今日はバスで…」

「アルベルト、ドクター・ヘインズ、壮行会の日、約束があるんだって」

アナベルが報告する。


「声、掛けたんだ…」

予想していなかったようである。

「あの、マーラーと、食事に行く約束してて」

リパウルは、慌てて説明する。


「へぇ、彼女元気?」

「うん、相変わらず口が達者よ。いつもコテンパ」

と、リパウルが肩をすくめると、アルベルトは柔らかく微笑んだ。その笑顔に、見とれそうになって、リパウルは慌てて目をそらす。


「バスの時間があるから、そろそろ帰るわね」

早口でそういうと、リパウルは帰る姿勢になる。


「じゃ、バス停まで送るよ」

アルベルトは当然のことのように言った。

「え、いいわよ、そんな。あなた帰ってきたばかりだし、すぐ先じゃない」

リパウルは慌てて断った。


端で聞いていたアナベルとルーディアが口々に

「何言ってんだよ。送ってもらいなよ」

「何、今更つまんない遠慮してんのよ」

と、言った。


先ほどからこの二人は、なんなんだろうか一体と、リパウルはあきれてしまう。


アルベルトは苦笑して、もう一度

「送るよ」

と、言った。


***


 外に出ると空気がひんやりとしていた。少しほてった気持ちを落ち着かせるのに丁度いいと、リパウルは思った。


「新年、帰省するのね」

歩きながらリパウルの方から切り出した。


「うん」

「結構、ひんぱんに帰ってるの?」

「そうだね、社会人になってからは長期の休みには大抵帰ってるね」

「学生の頃は殆ど帰ってなかったじゃない」

「お金がなかったからね」

「一度、帰ったわね…。あの時、何かあったの?」


リパウルの質問に驚いたようにアルベルトは彼女を見つめた。リパウルはなんとなく目をそらす。今更、自分は何を訊いているのだろうか?


「今度、話すよ」

「…うん」


今度っていつだろう?


「壮行会なんてやってるんだ」

リパウルが呟くと、アルベルトが苦笑する。


「ナイトハルトが勝手に言ってるんだ、励ます会らしいよ」


何を励ますのだろう?


「誘うつもり…なかったんでしょ。出ない方が、よかった?」


つい、そんな卑屈なことを訊いてしまう。


「なんで?」

「驚いてたじゃない」

「君はお酒が苦手だから、って思って」

「そう、苦手…」


一瞬、沈黙が落ちる。


「今日は、スカートなんだね」

と、唐突にアルベルトが話を変えた。


「うん、学会の発表会で、ボスのサポート。ボスのリクエストよ。似合ってる?」


話題の転換に、リパウルも乗った。


「似合ってる。もっとも普段のスタイルも好きだけど」


なんでもないことのように、当たり前のことを言うように、そう言われて、リパウルは頭に血が上るのを感じた。気がつくとバス停に着いていた。


(もっと遠ければいいのに…)


バス停が近いことが憎らしくなった。


夕方のルーディアの担当が、アナベルになってから、彼女の帰宅時間にあわせて、アルベルトの家へ行くので、アルベルトと遭遇する機会が増えた。最近のアルベルトは、時々こんな風にリパウルをまごつかせる言葉を、当たり前のごとく、口にするようになった。リパウルはそれが嬉しくて悔しい。そして、困惑していた。


 バスが来るのを待つために二人は、バス停に立っていた。バスを待っているのは二人だけだった。

「アルベルト、あなた最近変よ…」

「変かな…」

「変、絶対変」


リパウルの断定に、アルベルトは苦笑した。


「リパウル、覚えてるかな?学生の頃、君、恋愛ってより多く好きになった方が負けなんだってよく怒ってたの」


大人ぶって、よくそんなことを言っていた。今振り返ってみると猛烈に恥ずかしい。恋愛はゲームではない。勝ち負けなど関係あるのか。にしても、怒ってたとは…。


「言ってたわね…」

「俺は気の利いた言葉を返せなくて、余計に君を怒らせたけど…」


なんということだろう。アルベルトの記憶の中の自分は怒ってばかりではないか。が、そんなことはないと、否定出来ないのが情けない。


「うん…」


情けなさに自然と声が小さくなる。


「でも、負けを認めて開き直った者が、実は一番強いんじゃないかな、って思って…」


アルベルトの言葉をさえぎるように、バスが到着する。


「それ、どういう…」


バスの扉が二人の前で開いた。アルベルトはリパウルを見ながら困ったように微笑むと、乗車を促しながら

「そのままの意味だけど」

と、答えた。リパウルは赤い顔をして俯いた。


…なんて答えたらいいのか、わからない…。


返事をしないでバスに乗車する。バスの中に人はまばらだった。リパウルは一番後ろ、バス停の側に腰を下ろした。扉が閉じてバスが発車する。バスの窓から、アルベルトがいつもの様に微笑みながら、自分に手を振っているのが見えた。彼の姿が見えなくなるまで、リパウルは窓に取り付くようにして、彼の姿を見ていた。


***


 家に戻ると二人の娘が、夕食の用意をしていた。今日はリースの帰宅が遅いので、代わりに家事当番を受けていたらしい。


「アルベルト」

「うん」

「あの、冬休みなんだけど、もう一件バイトをしようと思っているんだけど、いいかな?」

「リパウルはなんて?」

「賛成は出来ないけど、反対も出来ないって…」

「カディナへ帰れないのよ、お金がなくて」


何故だかルーディアまで参戦してくる。


「行くことは出来ても戻る分の旅費がない…ってところ」

「そうか…」


ふと、自分の学生時代を思い出す。カディナはアルベルトの郷里よりもまだ遠い。



「で、リパウルは立場上勉強して欲しいけど、アナベルの気持ちもわかる、ってとこ」


引き続きルーディアが説明する。なんだか父に話す母のようだ。アナベルは感心すべきか、あきれるべきか悩んだ末、素直に感謝することにした。


「そうすると家を大分空けることになるんだけど…」

「どういう仕事?」

「ケータリングサービス。年末年始に集中したバイト」

「私がいるんだから、家のことは大丈夫よ」

と、ルーディアがうけあった。アルベルトは苦笑して、

「勉強は、大丈夫?」

とアナベルに尋ねる。


「うん、日時が決まってるんだ。二日は残る計算。その日はずっと勉強するよ。というか、そのころにはアルベルトも戻ってるね」

「そうだね」

「リパウルって、休みの間もずっとオールドイーストにいるの?」

「うん、リパウルやナイトハルトはいるね」

「寂しくないのかな…」

「そうだね」


いつか彼女も郷里に連れて行けたら…そんな想像をアルベルトはしてみる。いくらなんでも気が早すぎだ。彼女の言うとおり、確かに自分は変なのかもしれない。



「ただいまー。あれ、ルーディア?」


戻ってきたリースは、ダイニングキッチンを覗くなり、ルーディアが流しに立っているのを見て、不思議そうにそう言った。彼も学校が休みになると同時に、実家に帰省するが、現時点ではバイトと補習三昧だ。何とか退学は免れたらしい。


 夕食後、アナベルは、ケータリングサービスのバイトにエントリーしてみた。


 次の日が木曜日だったので、自動的に、ハウスキーパーの仕事はお休みだ。学校も休み前で早めに終る。明日には成績表がもらえるが、アナベルは先日の面会日の時に、エナ・クリックから、すでに自分の成績を聞いていた。何故、エナが先に知っているのかはわからない。


釈然としないながらも、相当なお小言を頂いていた。ついでのように、ウォルターの成績までエナは親切にも教えてくれた。オールAというアナベルからしたら人間離れした成績をとった彼とは、今年はもう会うこともない。いろんな意味でほっとする。


 アルベルトの家に帰ると、地下に下りて端末を起動させる。バイトの申し込みに返信が来ていた。


【土曜日の朝八時半、店の前で面接】


土曜日の朝八時半なら、カフェのバイトとも重ならない。面接は形式的なものだろう。これで、冬休みに、稼ぎまくれる条件が整った。アナベルは春の帰省に向けて一人で気合を入れた。


***


 金曜日、宅配便のバイトをこなして、大してありがたくもない成績表と共にアルベルトの家に帰ると、すでにナイトハルトが家に来ていた。リースが早かったので、締め出しを食わずに済んだらしい。そのリースは、キッチンで準備中らしく、リビングではナイトハルトが何かを読んでいた。アナベルに気がついて手を上げる。


「よう、今日は早いじゃないか」

「うん、宅配だけだから」

と、答えると、ナイトハルトは首をかしげた。


「ナイトハルトこそ早いんじゃ」

「今日は壮行会だからな。アルベルトも早いよ」

飲む気満々というわけだ。


「ドクター・ヘインズも誘ってみたんだけど」

「あいつ?やめれ、酒がまずくなる」

「なんだよ」

「あいつ飲めない上、人にも飲ませないから鬱陶しくって」


前から思っていたのだが、どうしてナイトハルトは、こんなにリパウルに厳しいのだろうか。ひょっとして昔、ふられたのだろうか?と、アナベルは内心で首を傾げる。


ちなみに自分も酒飲みはあまり好きではないのだが、寄宿させてもらっている身なので、あまり主張はできない。それに、ここに来て気がついたが、アルベルトとナイトハルトはよく一緒に飲んでいるが、酒に飲まれたところはほとんど見たことがない。ようは飲み方なのだろうと、最近のアナベルは思っていた。


「で、壮行会って何なの?」

「壮行会って言ったら、励ます会だろう」

「帰省だろ?励ます必要あるの?」

「あるんだよ」


にやりといった風にナイトハルトは笑った。どうにもよくわからない。


「そうか、しかし、残念か。あの女来たら、ちょっと面白かったかも」

あの女というのはリパウルのことだろう。


「あの女とか言うなよ」

と、つい、言ってしまう。


「へい、へーい」


…どうにも憎たらしい、ナイトハルトだった。


「お邪魔しまーす」

と、言う声と共に、噂のリパウル・ヘインズもやってくる。普段は地下室直行なのだが、今日は珍しくリビングの方へ顔を出した。今日も先日と同様、髪を下ろしている。いつものスタイルも好きだけど、髪を下ろしている方がきれいだな、とアナベルは改めて思った。


リパウルはアナベルの姿を見つけると、にっこりとして

「声が聞こえたから、こっちかなって思って」

と、言いながらソファに目をむけ、そこにナイトハルトの姿を認めると、さも嫌そうな顔をした。


「よお」


ナイトハルトの方が声を掛ける。アナベルはいつも思うのだが、人の家で主のように振舞えるのは、一体どういった神経なのだろうか。リパウルも同じように思ったらしく、とはいえ、今日は何故いるのか知っているので『何故いるの?』とも言えず

「久しぶり」

と、不承不承といった風で返答する。この二人の関係も謎である。


「アルベルトの結婚騒動以来じゃね?あの時はお世話したよなぁ」

と、恩着せがましくナイトハルトが応じる。リパウルは、苦虫をかみつぶしたような表情になった。


「そういや、まだ、酒、弁償してもらってないな、お前には」

お前には、が嫌味だ。律儀で酒好きなアルベルトは、とっくに返しているのだろう。あの時、ぶちまけたのは一本なのだから、アルベルトが返した分でいいだろうに、と酒嫌いのリパウルは内心で毒づいた。


「なんか、ぶつぶつ思ってそうな顔してんな。お前のは、俺へのお礼代だ」

「何よ、それ?」

「感謝してないんだ?車出してやったのに」


放っておくといつまでも続きそうだ。ある意味で仲がいいのか?と、リパウルの声を聞きつけたリースが、リビングへ入ってきた。


「ドクター・ヘインズ、お久しぶりです。今日は来られないって聞いてましたが…」

「久しぶり、リース。元気そうでよかったわ。そうなの、今日は友人と先約があって。でも、誘ってくれてありがとう。今度、機会があったら参加させてね」

「は、はい。あの…」

「心配しなくても、先約の相手は女だ」

と、ナイトハルトが親切に教示する。リースは見る間に真っ赤になった。


「なんで知ってるのよ?」

「いや、何も知らないけど。ひょっとして、マーラー?」


リパウルは言葉に詰まる。図星だったらしい。そういえば先日アルベルトに言ってた時にも、そんな感じの名前が出ていた。ナイトハルトとリパウルは、付き合ってはいないらしいが、やはり関係に年季を感じる。リースがしょんぼりしているのが、少しかわいそうだった。


「そういうわけで、今日はあんたに構ってる時間はないの」

とリパウルはナイトハルトに向かってそう言うと、踵を返して地下室に通じる階段の方へと向かった。アナベルはリースに

「後で手伝うから」

と断ると、リパウルの後に続いた。

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