2-5 奇妙な再会(9)
「…あの、リパウル?」
と、アナベルは離れた場所から彼女に向かって、思わず顔をしかめてしまう。リパウルは慌てて
「あ、ごめんなさい」
と、謝った。それから急に遠慮なく笑い出した。
「それは仕方がないわよ。こっちの思惑なんて、その彼女からしたら、知ったことじゃないんだから」
と、笑いながらそう言った。
「そっか、なんだか、わかったわ。ようはその彼女は、恋敵の顔を拝みにきたってわけね」
と、尚も楽しそうに続ける。
アナベルはげんなりと床に向かってため息をついた。いや、全く違うのだが…。とにかくこれ以上、みんなの前で、誤解を招くような事を言うのは止めて欲しい。
「いや、だから、リパウル…」
「だって、その彼女、セアラだっけ?セアラちゃんは、元々ルーディアのことは知らなくて、ただ、サイラスの言いなりになってただけっぽいんでしょ?だから、ウォルター君が乱暴されてて驚いて、車から飛び出てきてしまった上、誘拐犯の名前まで呼んでしまった。…」
リパウルの言葉に、ウォルターは自信がなさそうに
「あくまでも推測ですが…」
と、呟く。
リパウルは構わず
「で、セアラちゃんは、サイラスの言いなりになって、おかしな事に手を貸したみたいだって、良心の呵責にかられて、ルカって子に全部白状してしまった。きっと、そのルカって子に嫌われたくなかったのね。それを聞いた、ルカは、ルーディアの事を知っているから、ルーディアのことが心配になって、病院を抜け出した…」
「それも…」
「わかってる、ルカって子の話からの推測でしょ?でも、そう考えるとつじつまが合うわ。ルーディアの事を知らないから、そのセアラちゃんって子はアナベルに絡むしかなかった。アナベルはルーディアの事を話すわけにはいかないから…困ったでしょ?」
と、リパウルが楽しそうにアナベルに向かって首を傾げた。
アナベルとルーディアは二人して、げっそりとしてしまった。
「まあ、困ったけど…確かに…」
「だって!ルーディア」
と、楽しそうにリパウルが、傍らに座るルーディアに笑顔を向ける。見ると彼女は忌々しげに奥歯を噛み締めている。
仕返しか?いつもルーディアにズゲズゲとやられている仕返しなのか?と、アナベルとルーディアは二人で同時に思った。
「今、この場で、そのセアラって子の嫉妬がどうとか、それはそんなに重要なの?」
と、忌々しそうな表情のまま、ルーディアが唸るように言った。と、リパウルはルーディアの悔しそうな表情がよほど嬉しいのか、生き生きとした表情で
「あら、重要よ。すっごく大事だわ。だって、これで、夏の件に、開発局が関係してないってことがはっきりしたじゃない」
「どうしてそうなるのよ?」
「開発局が絡んでるんだったら、わざわざ人の良さそうなお友達に、事情も知らせず手伝わせるかしら?サイラスって子はきっと、双子のお兄さんのルカからルーディアの不思議な力の事を聞いて、個人的に興味を持ったんじゃない?」
と、リパウルが首を傾げる。が、アルベルトが
「その可能性はないとは言えない。けど、それなら、どうやって、サイラスという青年は、ルーディアの外出の情報を取得したんだ?」
と、疑問を呈した。
「エナの執務室に盗聴器を仕掛けたのがミサキって人で、その人とサイラスが恋人同士だっていうんなら、おかしくないでしょ?きっとミサキって人が何らかの方法でその情報を入手したんじゃないかしら?」
「それが成立するんなら、逆も成立する。サイラスがミサキという女性に利用されているだけ、という可能性だ」
「そう…そうね…」
「万が一ばれても学生の悪ふざけということにして切り捨てればいい。そういう状況をつくりだして、彼にやらせるよう誘導したということも考えられる」
アルベルトの言葉にリパウルはしばらく考え込んだ。
「その場合、やはりロブ・スタンリーが絡んでるって事?」
「いや、そうは言わない。君の楽観論が通るんだった、別のストーリーも考えられるという話だ」
アルベルトの容赦ない言葉に、リパウルは拗ねたような表情になった。
「…楽観論って、悪かったわね」
リパウルのその表情と物言いに、アルベルトはうろたえたように目を泳がせると
「いや…楽観論は言い過ぎた。ただ、単なる興味というには手が込んでるから…」
と、取り繕い始めたので、残りの男性諸氏は、密かにため息をついた。
アナベルは助け舟を出すように
「ようは、サイラスとミサキがどういう知り合いなのか…その本当にただの恋人同士ってだけなのかが、わかればいいってこと?」
と、唐突に核心をついてきた。皆、一斉に彼女の方を見た。
「え、違った…?」
「いや、まあ、現時点でいくら推測を重ねたところで正確なところはわからないから、それが分かれば、彼らの目的も、もう少しはっきりするかもしれないが」
と、アルベルトが考えながらそう応じる。リパウルも大きく息をついた。それから
「そうね、私も安直過ぎたわ。ごめんなさい」
と、言ったので、アルベルトが苦笑した。
「いや、謝らなくても…。その、わけが分からなくて落ち着かないのは皆同じだ。君はルーディアの担当だから、ここにいる誰より負担を感じているってことも、皆わかってる」
アルベルトの言葉にリパウルは無言で頷いた。ルーディアは大きく息をついた。
「セアラはきっと、ルカとサイラスの昔からの知り合いか何かだよね。苗字は同じだけど、全然似てないし、遺伝上の繋がりのある兄妹だとしたら、セアラのあの態度はおかしいし。で、サイラスがミサキに家に行ったっていうのは恋人同士だから別に妙じゃないよね…年上だけど…」
アナベルはアルベルトに向かって言葉を続けた。
「まあ、別におかしくはないが…」
「で、セアラもミサキを知っている。だから、多分、ルカもミサキと知り合いなのかもしれない…」
「そう考えればミサキもルーディアの事を知っている可能性がある」
「で、技研の人間じゃないけど、エナとも知り合い…」
「つまり、彼女の正体がわかれば、もう少し詳しいことが分かるかもしれない」
「…サイラスは無理でも、セアラがミサキとどういう知り合いなのかが、わかればいいのか…」
学生たちの話し合いの内容に、リパウルは不安気な眼差しをアルベルトに向けた。アルベルトも気遣わし気な表情になる。つまり現時点で、目的の定かでない、技研とも開発局とも関係のある女性が、悪意に満ちたサイキックの青年と、一緒にいることになる。
「やっぱり、私だけでも残って…」
と、リパウルが言いかける。しかし
「いや、逆じゃないかな?」
と、アナベルがすかさず言った。
「逆?」
「ミサキって人の正体も目的も、よくわからないけど、なんか色々と詳しい人なんでしょ?だとしたら、リパウルのことも知ってるかもしれないし、その、ルーディアの担当ってことまで知ってるかどうかはさておき。仮に、そのことを知ってたら、間違いなくリパウルは狙われるよね?サイラスがいる状態で、リパウルだけ残るのって、かえって危なくないかな?」
「それは…」
と、リパウルが顔をしかめる。アルベルトがため息をついた。恐らくアナベルと同じ事を考えているのだろう。
「だから、ルーディアの事はエナに任せてさ、二人で帰省するのが一番いい気がする」
「アナベル…!」
と、リパウルは抗議の声を上げた。
「アルベルトの家も、ちゃんと留守番してるし」
と、アナベルはアルベルトに向かってにっこりとしてみせた。アルベルトは複雑な表情で、アナベルの笑顔を見つめ返す。
アナベルは知っていた。彼が一番大事にしている人が誰なのか。そしてそれは、彼女にとっても大事な人だったのだ。アナベルの言葉に、ルーディアも加勢した。
「そうよ、今回は私だって大人しくしているから、あなた達は二人で、家族に会いに帰るべきだと思うわ」
「けれど、今回はもし何かあっても、誰も…」
と、リパウルが不安そうに呟いた。
「俺はセントラルに残りますが?」
と、黙ってビールを飲んでいた、ハインツが唐突に名乗りを上げた。
「ハインツ…」
「詳細はよくわかりませんが、何かあった時、頼る大人が要るってことなら、連絡役くらいなら出来ます」
「いいの?」
と、アナベルが目を丸くした。
「なんなら一日一回、様子を見に…」
と、ハインツが言いかけると、ウォルターが彼に、露骨に険しい視線を向けた。ハインツは、何か気がついたのか、肩を竦めて
「いえ、必要ならば、ですが…」
と、言い換える。
「いや、私はどうせ、帰りは遅いから…でも、ナイトハルトもいないし…」
「そうだな」
ハインツならば信用できる。アルベルトは頷いた。
サイラスという青年が戻ってきていることが確実なのならば、リパウルはここにはいない方がいいかも知れない。いつまでも逃げ回ってばかりはいられないが…。ここまで話しの推移を見守っていたのか、あまり口を挟まなかったアルベルトが、顔を上げると、
「けど、アナベル。無茶は…」
と、アルベルトが言いかけると、アナベルは肩を竦めて
「するわけがない。私だって恐いのは嫌だ。もし、あいつにもう一回遭遇したら、速攻で逃げるよ。それに…」
ルーディアが技研に戻るのなら、エナを頼ってもいいのだ…。
ふと、そう思いついて、アナベルは自分の発想に自分で驚いた。エナが自分を守ってくれるとでも?
「何かあった時には、ハインツに連絡をするようにする。でも、多分何もないんじゃないかな?」
「そうだな」
と、頷くと、アルベルトはハインツとウォルターの両人に視線を向けた。
「俺とリパウルは帰省する。ルーディアは、技研に戻る。アナベルは…後でちょっと話したいことがあるんだが」
「私?無茶とかしないよ?」
「いや、それとは別に…」
と、アルベルトが呟いた。アナベルは首を傾げながらも、頷いた。
「わかった」
「なら、冬休みの件はこれで決まりだ」
と、アルベルトが作戦会議の終わりを告げる。リパウル一人が、納得がいかないという表情でアルベルトの横顔を見ていた。
それからは、自由な会話と食事と飲み物を楽しむ時間になった。アルベルトはハインツと飲みながら、近況を交換しあった。ハインツは夏から今日までの出来事を、アルベルトやリースから聞きながら、アナベルと何故かウォルターとも連絡先を交換した。と、リパウルとルーディアがアナベルに向かって手招きした。アナベルは首を傾げながら、二人に近づいた。
「どうかしたの?」
「うん、ルーディアが技研に跳ぶ件なんだけど、アナベルの力を借りられないかなって思ってて…」
と、リパウルが切り出した。
「私?」
「そう、マーカーの役をやってもらいたいの」
と、今度はルーディアがそう言った。
「マーカー?」
「エナに頼んでおくから、技研の地下に行って貰って…」
と、リパウルが小声で呟く。アナベルは仰天して
「えっ?!私?!」
と、同じ事を再び叫んだ。リパウルが慌てたように、指を口元立てる。ルーディアが一人で首を振っている。
「アナベルの存在を目印にすれば、無事に跳べるんじゃないかって、ルーディアが。夏もそうだったでしょ?」
「え、でも…それなら、リパウルでも…」
「技研にいる私は技研の人間になっちゃうから、存在が薄まるんじゃないかって…」
「夏に少し話したでしょ。私がここに来ることになった経緯。覚えてる?」
と、ルーディアが自ら説明を始める。
「なんか、勝手にここの地下に跳んでたんだっけ?」
「そう、それが、何故か逆には跳べなくて…」
と、ルーディアはため息をついた。
「アルベルトの時なんて、印象だけを頼りそれを目印にして無事に跳ぶ事が出来たのに、技研にいるリパウルを捕らえようと思っても上手く見つけられなくて…それで、結局アルベルトに迷惑をかけてしまって…」
と、情けない笑顔で説明した。
「でも、私でもダメだったら…」
「その時はその時で、また、考えるわ」
と、ルーディアはにっこりとした。どうやら、自信があるらしい。




