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オールドイースト  作者: よこ
第2章
147/532

2-5 奇妙な再会(8)

リビングに戻ると、リパウルがアルベルトに向かって

「帰ったの…」

と、仏頂面で確認してくる。アルベルトは肩を竦めると

「ああ、用事があるらしくて…」

「なんなの、あいつ?そんな忙しいんだったら無理して来なくてもいいっての。せっかくハインツにも来て貰ったのに」

いきなり槍玉に挙げられた格好のハインツは戸惑ったように顔を上げた。


「…いえ、自分は別に」

彼は、さきほどから事態の推移を見守りながらも、用意された食事と飲み物を、十分に堪能している様子だった。傍らでリースも、自分たちが作った料理の味見に余念がない。


「ナイトハルト、最近、どうしたの?」

皿を手にしたままリースが首を傾げた。

「どうって…」

「なんだかやけに忙しそうじゃない?でも、週末には来ないわりに、平日には時々顔を出すし」

「そうなの?全然、会わないけど」

リースの言葉にリパウルが首を傾げた。


「ドクター・ヘインズが帰った後、くらいの時間帯に来るんです」

「何?密談なの?ひょっとして何かやましい…」

と、言いながらリパウルが冷やかな眼差しでアルベルトの方を見た。身に覚えのないアルベルトは、勘弁してくれとでも言いたげなため息をついた。


「奴の事はいいだろう」

と、アルベルトが折角仕切り直しを図ったのに、アナベルが思いついて

「そういえば、お前、最近、ナイトハルトの授業って、休み続きなんだっけ?」

と、ウォルターに向かって問いかける。ウォルターの方も、アナベルに対して、余計な事を余計なタイミングで言い出すんだな、という気分になった。


「十月くらいから時々休みにはなってるけど。でも、ザナー先生が何で忙しいのかは、この場で重要なのかな?」

「おまえ、何か聞いてるのか?」

ウォルターの路線修正の意図は歯牙にもかけず、アナベルは質問を重ねてくる。

「いや、特には…」

というウォルターの控えめな呟きに、リパウルが

「ひょっとして、女…じゃないでしょうね?」

と、言い出した。


アルベルトとウォルターが何故だかそろって下を向いた。リパウルは目ざとく二人の態度に気がついた。


 おそらく事情を知っているのであろうアルベルトはともかく、ウォルターまでが、なんで妙に歯切れが悪いのだ。


「ウォルター君…何か知ってるの?」

と、ウォルターに照準を合わせると、鋭く問いかけた。リパウルには、どうにも先ほどのナイトハルトの態度が、癪に障って仕方がなかったのだ。


「え?!いえ…、先ほども言いましたが、特に何も…」

「あいつ、ここんとこ大人しいから、妙だなとは思ってたの。十一月になっても全然姿を見せないし」

「十一月ですか?」

「そう、あいつ毎年十一月になると妙にしおれるの。で、アルベルトとか…とにかく変に人懐こくなって…今年はそれがなかった。絶対、何かあるわね」

「リパウル…」

アルベルトが諦めたようにため息をついた。


「今ここでは、もういいだろう」

と、静かに伝えた。リパウルはしばらくアルベルトの顔を見ていたが

「わかったわ」

と、納得した様子で頷いた。


リパウルのその態度を見て、後でアルベルトを問い詰める気なんだろうなと、アナベルは思った。


 リパウルが納得すると、一瞬、場に奇妙な沈黙が下りた。アルベルトがやや疲れた様に

「それで…」

と、切り出した。リースが跡を継ぐように

「休みの間ルーディアをどうするかってことだよね?」

と、続ける。


「そう」

と、アルベルトは曖昧な笑みを浮かべて同意する。自然と視線がルーディアに集まった。すでにナイトハルトとの死闘は無かったものにしてしまっているのか、ルーディアは当たり前のように、若い男性諸氏が作ってくれた、かぼちゃ入りのミートパイを口一杯に、ほおばっていた。…が、みなの視線に気がついて、ばつが悪そうな表情になった。


皆自分の身を案じてくれているというのに、美味しいパイをほおばっている場合ではない。ルーディアは急いでパイを飲み込んだ。それから、少し咳払いをすると、済ました表情で

「帰るわよ、技研に」

と、言い出した。


「だって、ルーディア」

と、リパウルが心配そうに呟く。

「私だって別に、あなたとアルベルトの足を引っ張りたいわけじゃない。ナイトハルトなんかにあんな、偉そうに言われなくたって、そうすべきだって分かってる。あ、いや、でも、冬休みの間だけよ?」

「けど、技研は…」

「技研内部は分からなくても地下は安全な筈だわ。鍵はエナの分とあなたの分しかないんだから、あなたの分をエナに預けておけば間違いない。夏は私がわがままを言ったから、あんな目にあっただけで、今回は絶対に大人しく地下にいるから、絶対に、大丈夫」

と、ルーディアは力強く請合った。が、リパウルは尚も不安そうだ。


「でも、移動するのに迎えが来るんだろ?見張られてたらどうするの?」

ろ、リースが疑問を呈した。

「それは…」

と、リパウルが言いよどむ。が、ルーディアは

「迎えなんて別に必要ないわ。私があそこに跳べばいいのよ」

と、あっさりと言った。


「あ、そうか!」

と、リースもすぐに納得した。が、リパウルは疑わしげな表情になる。

「跳べばいいって…ルーディア、あなた出来るの?」

と、訝しげに問いかける。ルーディアはその眼差しに途端、怖気づいたような表情になった。


「た、多分…」

「多分?」

「…そ、そう。そうなのよね。何故だかあそこに跳ぶのは難しくて…。逆なら全然平気なんだけど…」


難しいも何もない。技研の地下に向かって跳んだことなど一度も無い。いつだったか、勝手にアルベルトの地下に跳んで来てしまった時だって、技研の地下に戻ろうと何度か挑戦はしてみたが、あの時は跳ぶ事さえ出来なかったのだ。


 リパウルはため息をついた。

「やっぱり…」

「あ、待って待って、多分こうすれば行けるんじゃないかって思ってる方法が一つだけあるの。それを試してみて、それでもダメだったら…」

「方法って…」

と、リパウルが首を傾げる。


ルーディアは何故かアナベルの方に視線を向けた。リパウルも合わせて同じ方向を見る。あさりのパスタをほおばっていたアナベルは、その視線に気がついて、顔を上げる。口の中をもごもごさせながら、彼女は首を傾げた。


「後で言うわ…」

と、ルーディアがリパウルに向かって小さく呟いた。リパウルは

「わかったわ」

と、やはり小さな声で応じる。アナベルには二人のやり取りは聞こえない。彼女は首を傾げたまま、あさりのパスタを食べ続けた。


リースは首を傾げながら

「で、結局どうするの?」

「冬休みの間…アナベル以外の皆がいなくなる間は、技研の地下に戻るわ」

と、ルーディアは静かにそう告げた。リパウルは何も言わなかった。

「だから、私の事は気にしないで、二人ともお父さんたちに元気な顔を見せてあげて」

アルベルトはため息をついた。ルーディアはその様子を見て少しだけ微笑んだ。


「ナイトハルトほどじゃないけど、私だってアルベルトが苦労してたのを知っている。足を引っ張りたくなんて無いわ」

「あんな奴のいうこと、気にすることなんかないのよ?」

「ううん、ナイトハルトは下品な嘘つき野郎だけど、あなたたちに対する好意は本物よ。それくらいはわかるの」

ルーディアの静かな言葉に、リパウルは首を傾げた。ルーディアの言葉を否定する気はなかったが、好意をもたれて嬉しい相手かどうかは疑問の余地があった。


「じゃあ、留守番はアナベル一人で、もう、大丈夫ってことで、決まり?」

と、リースがまとめに入った。アナベルは

「うん、そっちの方は大丈夫。あの、一応、報告しといた方がいいかなって思ってることがあるんだけど…」

と、パスタを食べ終えた様子のアナベルが言いだした。アルベルトが

「なんだい?」

と、先を促す。


アナベルはなんとなくウォルターの方に視線を向けてしまう。この場で言う方がいいのか、アルベルトとリパウルだけに言うのがいいのか、少し迷った。ウォルターはハインツが作ったとおぼしき、キャベツの酢漬けを、やけに熱心に食べていたが、アナベルの視線に気がついて、少し頷いた。


「みんな冬休みに帰っちゃうから、あまり関係ないかもしれないんだけど、今日、アンダーソンさんとカフェの方で偶然会って…」

「アンダーソン?って例の…」

と、リパウルが素早く反応した。アナベルは頷くと

「そう、十月にアパートメントに行った時に、応対してくれた娘さんの方」

「偶然って…」

「いや、正確に言うと偶然でもないんだけど…」

と、アナベルは言いよどむ。


「サイラスがこちらに来ているようでした」

と、唐突にウォルターが言いだした。え?という表情にアルベルトとリパウルが同時になった。


「アンダーソン、セアラ・アンダーソンというらしいのですが、彼女が言うには、サイラスがセントラルシティに戻って来ているようです。ですが、彼女の家にはもういないらしく、“ミサキ”のところに、いってると言ってました。ですので、サイラスがこちらに戻っていて、アンダーソン家にいないことは確かなようです。普段はルイスシティの学校に通っていて、寮に入っているようです。ついでに…こちらから尋ねたわけでもないでのすが、ルカのことも教えてくれて、彼も自分のところにはいないと、はっきりと言っていました」


「ミサキ…?」

と、リパウルが訝し気に眉を顰めた。ウォルターは無表情に頷くと

「セアラ・アンダーソンは“ミサキ”というのはサイラスの恋人だと言ってましたが、彼女についてはそれ以上のことは知らないようでした。もう少し何か分かれば…」

と、言葉を続ける。


「“キダ・ミサキ”。二十代の女性らしい。イーストアジア系で、黒い長い髪の持ち主だ」

と、アルベルトが返した。

「ご存知だったんですか?」

「いや、君が九月にエナ・クリックから聞いた情報で、ナイトハルトが思い出した。ロブ・スタンリーの執務室の前で行きあった事がある女性と、特徴が似ているそうだ。…その時、名刺を渡されたと言っている。珍しいことなんで記憶に残っていたようだ」

「それで…」

と、ウォルターが呟くとアルベルトも頷いた。


「恐らく九月の技研の洗浄で、浮かび上がってきた不審人物候補が、彼女だったのだろう」

「…つまり、エナ・クリックも知っている」

ここまで黙って聞いていたリパウルがやや言い難そうに

「多分、なんだけど、エナが時々口にする“ロブ・スタンリーについてる人物”っていうのが、キダ・ミサキのことなんじゃないかと思うの。ただ、どう関っているのかまでは…」

と、付け加える。


リースが

「ロブ・スタンリーって?」

と、首を傾げた。リパウルは

「開発局の、中堅…になるのかしら?ナイトハルトの上司よ」

「エナ・クリックって、技研の所長だよね?」

「そう、私のボスで、ルーディアに関しては現時点では最高責任者、になるのかしら?」

と、リパウルは呟いた。


「技研の所長と、開発局の人が、どういう関係があるんですか?」

と、リースが尚も首を傾げる。


…書類上、自分の精子提供者と卵子提供者…ということになっておりますが…。

と、ウォルターは内心でため息をついた。アナベルが複雑な表情を浮かべて、リースの顔を見ていた。


「…一言で言うと仲が悪いの。昔何かあったみたいで…。ロブ・スタンリー氏の事は、私もよく知らないから、なんとも言えないけど…少なくともエナは彼の事を…その、よく思ってないみたい」

と、リパウルは言い難そうに言葉を続ける。


ウォルターは再び密かにため息をついた。やはりそうなのか…。


「その人が怪しいってこと?その、夏のルーディアの誘拐に関して…」

「何らかの関わりがあるんじゃないかって、エナも一時期は疑っていたみたい。エナが真相をどこまで掴んでいるのかは、謎なんだけど」


「謎?」

「ほら、表向きはルーディアが、一人で勝手に脱走したってことになっているから」

「開発局がルーディアの存在を察知したとして、どうするでしょうか?」

と、ふいにハインツが疑問を呈した。


「そうね…。どうするかな…」

と、リパウルも考え込みながら、アルベルトに視線を向ける。アルベルトは黙って何やら食べているルーディアに視線を向けた。アルベルトはため息をついた。


「わからない」

その言葉に、アナベルが首を傾げて

「でも、そのミサキって人は元々エナの…技研の側の人ってことでしょ?開発局は関係ないんじゃない?」

「あ、そうか。技研の所長が、その開発局の人につかせてたって、ことなんでしょ?だったら、技研に所属している人ってことだよね?」

と、リースも同意する。リパウルはため息をついた。


「それが、はっきりしなくて。さっきも言ったけど、エナの口からはっきり、彼女の名前を聞いたわけではないの。ひょっとしたら、ロブ・スタンリーの方でも、エナにつけている人物って思っていたら?」

「あ、そうか…」

「少なくとも技研の職員名簿に該当者はいなかった」

「つまり、技研の人ってわけでもないってことか…。あー、わけがわからない」


リースの言葉にウォルターは居心地が悪くなった。同じ言葉を一緒に叫びたくなってくる。


「だが、これで、サイラスと、そのミサキという女性が繋がっていることははっきりしたわけだ。一緒にいるとして、何か仕掛けてくる可能性はあるだろうか?」

「でも、私が技研の地下で大人しくしていれば、何の問題もないでしょ」

と、ルーディアが声を上げた。このままの話の流れで、リパウルとアルベルトが、やはり帰省はしないという結論を下してしまったら…、彼女としてはやりきれない。


「けど…」

「サイラスが戻っているんなら、なおさらあなた達はいない方がいい。もし、ここを察知されたらどうするの?技研だったら、なんとでも…仮に…後ろについているのが開発局だったとしても、下手に手出しは出来ない。けど、ここはただの一軒家で、個人の家で、何かあったとしても、どうしようもないじゃない」


「ルーディア…」

「もし技研の地下に侵入されたとしても、ここだったら迷わず跳べる。けど、逆だったら、どうなるか分からないわ。その、出来るって請け負っておいて無責任だけど…」

「けど、セアラって人がアナベルのバイト先に来たって事は、何がしか掴んでいるってことじゃない?」

と、リパウルは顔をしかめたまま言葉を続ける。


リパウルの言葉に、ウォルターを除く皆の視線が、アナベルに集まった。密かに大好物のターキーのサンドを食べていたアナベルは、突然の注目にうろたえた。


「え、あの…?」

彼女は慌てて手にしていたサンドを口に入れると、急いで咀嚼して、飲み込んだ。それから

「それが、どうやって…というかなんでカフェに来たのか、何回か訊いたんだけど、ルカに聞いたわけでもなさそうだったし、なんか要領を得なくて…」

「そうなの?」

「うん…ずっと興奮してて、こっちのいうことを聞いてくれないっていうのか…それで、ウォルターが…」

と、アナベルが途方にくれたように呟くと、ウォルターが再び、ため息をついた。


「カフェの場所もミサキという人物に聞いたようです。アナベルがいることは知りませんでした」

「え?どういうこと?」

と、リースが首を傾げる。


「九月にルカが脱走した先が、アナベルのいるカフェだったので、その場所だけを聞いたそうです。ようは、詳細は不明です。かろうじてそれだけを聞けたというところで…。どうやら、セアラ・アナダーソンは、ルカに気がある様子で、簡単にいうと嫉妬に目がくらんで、アナベルに絡みまくってたんです」

と、ため息まじりで、助け舟だか横槍なんだか判然としない言葉を挟んでくる。一同、首を傾げる。


「え?そういう話しなの?」

と、リースが呆れたように呟いた。


想像していたのとなんだか違う。アナベルも途方にくれたように肩を落とした。


「そう…こっちが一応、サイラスに関する情報を得ようと、色々訊いているのに、セアラの方はその、ルカが私に会いに九月に病院を抜け出したって部分にえらくこだわってて、そこから話が進まないんだ」

「ああ、そうなの…!」

と、何故かリパウルが楽しそうに声を上げた。

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