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オールドイースト  作者: よこ
第2章
146/532

2-5 奇妙な再会(7)

リビングのセッティングに調理師たちが頭を悩ませていると、アルベルトが戻ってきた。アルベルトが、リビングを覗くと、ハインツとウォルターが、料理の置き場所をあれこれ検討中だったのだ。アルベルトは、階段下の物置から、普段はしまってあるテーブルを持ち出した。


「随分張り切ったんだね」

並べられた料理を見ながら、アルベルトが感心すると

「久しぶりだったし、今日は人数も多いかと思って。ほら、僕ら飲むわけじゃないから」

と、リースが説明した。アルベルトは苦笑した。試験は終っているとはいえ、大人の飲み場に学生をつき合わせるのは、模範的な寮生活とはいえない。普段見慣れた料理に混じって、アルベルトの郷里の料理が二、三点目に入る。ハインツだな、と見当がついてアルベルトは微笑んだ。


リビングのセッティングがそれなりに形になる頃、ナイトハルトの声がインタフォンから響いた。リースは懐かしそうな表情になって、玄関まで最後のゲストを出迎えに足を向ける。ルーディアは露骨に顔をしかめて、リパウルに何か耳打ちすると姿を消した。


「お、俺が最後か。なんだ、お前来たのか?お、ハインツ!相変わらずでかいな!」

と、ナイトハルトは自分以外の二人のゲストにそれぞれ声を掛けた。久しぶりの筈だが、流石に違和感がない。リパウルが嫌そうに目を細めた。彼女の表情に気がつくと

「なんだ、欲求不満か?」

と、妙に朗らかな笑顔でナイトハルトが挨拶した。リパウルは

「なんなの、そのおじさんみたいなジョークは?」

と、苦虫を噛み潰したような顔になって呟いた。


リパウルのその言葉は、予想以上の攻撃力をもっていた様子で、ナイトハルトは見る間に情けない顔になって、がっくりとうなだれてしまった。久しぶりな割に、以前と何も変わらないな、と思って見ていたアナベルだったが、その表情には呆気に取られてしまった。


 リビングに入ると銘々が適当な場所に陣取った。ナイトハルトが早速といった風情で

「もう、壮行会は二度としないと思ってたのになぁ」

と、言い出した。

「壮行会じゃないだろ」

と、アルベルトが苦笑する。


「だって、帰省しろって、お達しだろ?こいつ連れて」

と、ナイトハルトがリパウルを親指で指し示す。リパウルは不機嫌な表情で、取り皿にサラダを盛っていた。


「帰らないつもりでいたんだが…」

夏休みの帰省中にルーディアがわけの分からない輩に拉致されそうになった。それで、冬休みには長期で家を空けないで置く方がいいと判断して、アルベルトとリパウルは、帰省しないことに決めていたのだ。が

「だって、親父さんとこから飛行機のチケットが届いたんだろ?しかも二人分」

何も食べた様子もなく、ナイトハルトはすでになにやら自分で作って飲み始めている。アルベルトはナイトハルトの言葉にいやな表情になった。


「…そう」

「だったら、こいつの顔見せに帰ってやれば?」

ナイトハルトはなんでもないことのようにそう言ったが、アルベルトは面白くない。学生時代、母が病に伏したとき、帰省したくてもお金がなくて出来なくてバイトまでして、こちらが四苦八苦していた頃にはそんな気使いは全く見せなかったくせに、いや、今まで一度だって帰省用の飛行機チケットを送ってきたことなどなかった父が、この手のひら返しはなんなのだと、はっきり言ってかなり腹立たしい。


「だから、私だけでも残って…」

「あほか、お前」

「あほって…」

お前の方こそ久しぶりに来て、なんなのだその偉そうな態度は!とリパウルは叫びたい。

「わざわざグスタフの親父さんが、二人分チケットを送ってくれてるんだ。お前の顔を見たいからに決まっているだろうが」

と、益々偉そうに断言した。どの立場からものを言っているのか、真面目に問いただしたくなってくる。


「なんであんな永遠少女に気を遣って、お前らが行動を制約されなくちゃならないのか、さっぱり理解できん。あんなのさっさと技研につき返しゃいいだろうに」

「お前…」

「だって、そうだろ?あいつのせいでお前ら、ここでセックスも出来ない…」

流石にアルベルトが仰天して

「お前、何言って…」

と、制止をかけるが、いつの間にかナイトハルトの背後に出現していたルーディアが、彼の頭の上からやけに静かにグラスの水をかけていた。


ここまで、大人のやり取りに耳半分を傾けて、食べる方に熱中していた下宿生と残りのゲストも、やや呆然とその光景を見守ってしまう。アナベルが真っ先に反応して、廊下の方へと姿を消した。


「…こんなところで、何を言い出す気よ、この下品な嘘つき野郎…」


と、ルーディアが見た目に全くそぐわない、物々しい口調で厳かにそう告げた。頭上からかかる水に、ナイトハルトは一瞬、呆気にとられたが、すぐに楽しげに、にやりと笑うと、自分の頭上のルーディアの手首を掴んで、乱暴にグラスをもぎ取った。それから、振り返ると

「久しぶりだな」

と、にっこりした。


ルーディアがたじろいだその隙に、彼女の無駄に布の余ったカラフルなチェックのフレアスカートを無造作に掴むと、水でぬれた自分の頭をざっくりとぬぐい始める。ルーディアは慌ててスカートを押さえると、

「な、ななな…、何するのよ!?」

と、ナイトハルトの手から自分のスカートを剥ぎ取った。


「何って、水かけたのはお前だろう?」

「あんたが品のないこと言い出すからでしょ?」

「どっから聞いてたんだ?永遠少女?」

と、満面の笑みを浮かべてナイトハルトが問いかける。ルーディアはナイトハルトの言う“永遠少女”というフレーズが癪に障って仕方がない。と、

「おい…」

と、アルベルトの呆れたような声がかかる。ナイトハルトが声の方に振り返ると、アナベルが洗面室から持ってきたタオルを、アルベルトがナイトハルトの方に差し出した。


「何のケンカだ、一体…。お前の方こそ欲求不満じゃないだろうな?」

と、複雑な表情でタオルを手渡した。ナイトハルトの方は、にこやかな表情でタオルを受け取ると、髪や服をぬぐった。

「いいや、ご心配かけて申し訳ないが、俺の方は大丈夫。永遠少女の方こそ欲求不満気味なんじゃないの?」

と、にやにやしながらそう言った。


ここまで黙っていたリパウルが

「なんなの、あんた。普段からたちが悪いけど、今日は最悪ね」

と、何故だか立ち上がって腕を組み、上からナイトハルトを見下しながら決め付けた。が、ナイトハルトは堪えた様子もなく

「いいや、この永遠少女のお世話で大変そうな、お前らのことを、純粋に心配しているだけで…」

「…やめなさい」

と、ルーディアが呻くようにそう呟いた。


「はあ、何が?」

「その妙な呼び方よ…」

「ああ“永遠少女“?”眠り姫“の方がよかったか?」

「それもよ、気色悪い…」

「そうか、でもそう呼ばれても仕方がない。何が辛いんだか知らないけど、ずっと眠って現実逃避だ。そうだな、いっそ“万年処女”とでも…」

と、ナイトハルトが新たな呼び名を口にするのを遮るように、ルーディアが


「知らないんだったら、余計なこと言わないで!あんたなんか、所詮はギュンターのクローンじゃないの!!」

と、叫んだ。


これには流石のリパウルも仰天して、目を見開いてルーディアとナイトハルトを見比べてしまう。が、言われた方のナイトハルトは一向に堪えた風でもなく、それどころか肩をゆすって笑い出した。


「なるほど、ギュンターのクローンか。それはいいな…」

と、応じたので、リパウルは半ば真に受けて

「あんた、ひょっとして…」

と、呟いてしまう。が、ナイトハルトは何を思ったか、リパウルの方を向き直ると

「俺の母親はお前だろう」

と、妙な事を言い出した。


「はあ?」

「なんだ、覚えてないのか?ガキの頃施設で、俺だけ卵子提供者の面会がないってんで、同じ年の奴らが面白がって、からかってた時…」

言われてリパウルは思い出した。母親の面会がないことに傷ついていたナイトハルトは、同級生の心ない意地悪に、めそめそと泣き出したのだ。それで、自分は…


「お前、“今日から私があんたのお母さんになったげるから、あんなの気にするなって”。俺にとっては子供時代の、大事な感動エピソードのひとつだったんだが。お前、覚えてないんだ。薄情だなぁ」

「…今、思い出したわよ…」

「俺の出生書類に母親の名前はない。今更だろ?」

と、ナイトハルトは肩を竦めた。傍らで聞いていたアルベルトが重いため息をついた。それからルーディアの方に顔を向けると

「ルーディア」

と、彼女の名前を呼んだ。


「ナイトハルトも絡みすぎだが、今のは明らかに君の言いすぎだ」

と、静かにそう言った。黙ってやり取りを聞いていたアナベルは少し不思議な気がした。アルベルトは、いつもどこかルーディアをたてていた。それが、こんな風にいうなんて…。


「ナイトハルトは君と同様、ギュンター・ザナーをよく思ってはいない。そしてそれには、彼なりに理由があってのことだ。こんな風に彼の名前を、攻撃に使うべきじゃないだろう」

と、いうアルベルトの落ち着いた言葉にルーディアは顔を俯けた。


「…悪かったわよ」

「いや、ナイトハルトも…」

「いや、俺は謝らないけど」

と、いけしゃあしゃあとナイトハルトが言ったので、アルベルトは再びため息をついた。


「ちょっと、あんた…」

「最初に言ったが、こいつのせいで、お前らの行動が制約を受けなきゃならない理由が俺には理解出来ない。技研に突き返せばすむ話だ」

「…だから」

と、言いかけるリパウルの言葉を遮るように、ナイトハルトは言葉を続けた。


「俺はアルベルトが、親父さんにわかってもらおうと、悪戦苦闘し続けてたのを知っている。折角分かって…受け入れてもらえたんだ。なのに、何故、こいつに足を引っ張られなくちゃならない?俺にはさっぱり意味が分からない」

それだけ言うとナイトハルトはその場で立ち上がった。立ち上がってから上からルーディアを、不可解な笑みを浮かべたまま見下ろした。それから、

「ちなみに俺は今回、冬休みを取得予定だ。セントラルシティにはいないから、当てにされても何も出来ないから」

と、にっこりして言い残すと、手にしていたグラスをテーブルの上に置いた。


「言いたい事は大体言ったから、そろそろ帰るわ」

と、本当に言いたいことだけ言って、気楽な調子で立ち去ろうとするので、アナベルは彼の背中に思わず

「おい」

と、声をかけてしまう。ナイトハルトはリビングの出口付近で、無言で振り返った。顔にはまだ不可解な笑みが浮かんだままだった。


「夏といい、今といい、なんだよ。なんでそんなにルーディアに絡んでるんだ?」

「夏…?まった、昔話を…」

「お前にとっては昔話でも、ルーディアにとってはそうじゃない。あの時お前に苛められたのだって、ルーディアにとってはつい最近のことだ」

「それをおれにどうしろって?あいつが寝てるのはあいつの勝手だ。なんだってそこまで気を回して、思いやってやらなきゃならない」

「お前が、何をそんなに気に入らないのか知らないが、私には、ただルーディアに八つ当たりしているようにしか見えない」

と、下から睨むようにしてアナベルは静かに告げた。


彼女には生意気を言っているつもりはなかった。ただ、ひたすら不思議だっただけで…。が、言われた側はそうは受け取らなかったらしい。


ナイトハルトはふっと息をついて俯くと

「相変わらず、お前は…」

と、床に向かって呟いた。

「は?」

「生意気なんだよ!」

と言うなり、大股でアナベルの前まで戻ると、彼女の両頬を掴んで、左右に思い切り引っ張った。


「いだだだだーー」

と、皆が呆気に取られていると、いつの間にかウォルターが二人の傍らに立って、アナベルの頬を掴むナイトハルトの手首を掴んだ。


予想外の人物の、予想外の行動に、ナイトハルトは目を丸くした。掴んだ当のウォルターの方も、自分の手とナイトハルトの顔を呆気に取られた表情で見比べている。ナイトハルトはにやりと笑うと、アナベルの頬を掴んでいた手を離した。


「あの…すみません」

と、ウォルターが何故だか謝罪しながら、ナイトハルトの手首を離した。


謝るのかよ!と、引っ張られた両頬をさすりながら、アナベルは心の中で突っ込みを入れてしまう。


「いいや」

と、言いながらナイトハルトはにっこりすると、ウォルターの背中に手を回し、唐突にも抱き寄せた。至近で見ていたアナベルは、仰天して二、三歩、後退してしまった。


「あ、あの…」

「お前、こいつのこと、どうにかしないの?」

と、ナイトハルトがウォルターの耳元でささやいた。それだけ言うと、彼はウォルターから体を離した。言われたウォルターが、すっと表情を消す。


「どういう意味ですか?」

「別に、そのまんまの意味だけど」

「…先生はご存知かと。僕と彼女は…」

「ああ、知ってる。で、諦めるの?」

と、ナイトハルトがややシニカルな笑みを浮かべて、確認してくる。ウォルターは目を眇めた。


…どいつもこいつも、余計なお世話だ、と彼は言いたかった。


「何をですか?」

ウォルターのその表情に、ナイトハルトは面白そうな顔になって、肩を竦めた。

「いや、別に」

と、だけ言うと、アルベルトに視線を向けた。


「騒がせて悪かった。今日はもう帰るわ」

「ああ」

ナイトハルトの言葉に、アルベルトはため息をつくと、短く応じてから、連れ立ってリビングを後にする。アナベルは何となく気になって、廊下の方に顔を出してしまう。


「今日も行くのか?」

「ああ、空港の方に泊まって、明朝一番の便で飛ぶつもりだ」

「大変な時に妙な気を遣わせて…」

「いや、俺が来たいって言ったんだ。何故お前が申し訳ながる」

と、ナイトハルトが笑った。それから

「久しぶりにあいつらの顔が見れたから…」

「そうか。…に、よろしく」

「ああ」

と、答えると、ナイトハルトがやけに優しい表情になって、小さく頷いた。と、リビングから顔を出しているアナベルに気がついて

「お前も懲りない奴だね」

と、呆れたように、感心したように呟いた。そのまま気楽な調子で手を上げると、ナイトハルトは玄関から出ていった。


 アルベルトは、ナイトハルトが出て行った玄関をしばらく見つめていたが、振り返ると、アナベルの姿に苦笑を浮かべた。彼女はすでに、しっかり廊下に出てきており、玄関手前の方に立っていた。

「アナベル…」

「うん、大人の話を立ち聞きするのはマナー違反なんだろ?」

「大人に限らずだよ」

と、アルベルトが訂正した。


「ナイトハルト、どこかに行くの?」

「聞こえてたんだね」

「うん、アルベルト…」

「なんだい?」

「私、生意気だったかな?」

「アナベル…」


「ナイトハルトは嫌なところもある奴だけど、意味も無く弱い者を苛めるような奴じゃないと思うんだ。だから、気になって…」

と、いうアナベルの言葉にアルベルトはため息をついた。ナイトハルトに言わせると、ルーディアは“弱い者”には該当しないのだろうが。


「アナベルの言う通り、あれは一種の八つ当たりだろう」

「そうなんだ、なんで?」

「推測だけど、多分、奴の精子提供者が原因だ」

「精子提供者って」

と、言いながら先ほどのルーディアとナイトハルトのやり取りを思い出す。


「ギュンターって人のこと?」

「そう…」

「二人ともその人に何かひどい事をされたってこと?」

「具体的には俺にもよくわからない。ナイトハルトの方は…」

と、アルベルトが言いよどんだ。アナベルはその様子に小さく頷くと

「わかった。余計な詮索はしないよ」

「アナベル…」

アルベルトは彼女の言葉に少し困ったような笑みを浮かべた。

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