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オールドイースト  作者: よこ
第2章
145/532

2-5 奇妙な再会(6)

すっかり大人しくなったセアラを伴って三人はカフェを後にした。カフェから出るとセアラが

「あの、私、セントラル高等校を見てから…」

と、切り出した。

「あ、うん…」

と、アナベルも応じる。その場で高等校の方向に向かったセアラの背中を二人は無言で見送った。

「帰ろうか」

と、ウォルターが呟くと、カフェの駐輪スペースの方向に踵を返す。


アナベルはため息をつくと

「お前、脅してただろ…最後」

と、呟いた。めずらしく特にまぜっかえしもせず、ウォルターもため息混じりに

「そうだね」

と、素直に認めた。それから

「疲れたよ…」

と、呟く。アナベルはなんとなく申し訳なくなってきて

「その、悪かったよ…」

と、呟いてしまった。


 カフェの駐輪スペースに戻ると、二人は自転車を引っ張り出してこぎ始める。二人縦並びでウォルターの家を目指した。人通りが少なくなる辺りで、アナベルはウォルターの横に並んだ。

「なあ、お前、今晩時間ある?」

と、声をかける。

「今晩?」

マウンテンバイクをこぎながら、ウォルターがアナベルを横目で見た。


「今朝、アルベルトが、ナイトハルトが今日の夜、来そうだって。最近、来てなかったから…」

「ああ、そうだね」

確かにここのところ、ザナー先生は妙に忙しそうだ。


「冬休みの作戦会議をするんだって」

「作戦会議?」

と、ウォルターは首を傾げた。

学期末試験も終って、冬休みも間近なこの時期になっても、冬休み中ルーディアをどうするか、という件に対して、シュライナー家ではまだ結論が出ていなかった。


「そう、で、アルベルトがお前も来れそうだったら、って」

「僕?」

「うん、リースにもお前のこと、紹介したいし…。ほら、あいつだけお前のこと知らないから…」

「リースって、たまに君が話題にするセントラルの三年生のこと?」

「うん、リースにはお前が人見知りするたちだって、ちゃんと伝えてあるから…」

というアナベルの言葉に、ウォルターは目を眇める。


「で、出来れば私がリパウルのことでリースの文句を言ってたっていうのは内緒に…」

「言わないよ」

ただでさえデリケートな類の話だ。どんな状況になったら話題に出来るというのか?ウォルターはため息をついた。

「それで、今日のこと…」

「アンダーソンのこと?」


「セアラだろ?その…、前、ルカに手紙を渡しちゃった時に、アルベルトと、リパウルと約束して…次に何かあったらちゃんと報告するって。それで、今日の話も出来ればしようかと思ってるんだけど、なんだか頭がごちゃごちゃしてて…」

「君は大分あたられてたから、仕方がないか」

「そうなのか?やっぱり」

と、アナベルが驚くとウォルターも意外そうな表情になって

「わざとやってたんじゃないんだ?君、凄いね…」

と、妙な具合に感心してくる。


「わざとって…」

「あんな何度もルカの名前を出してたら、それはあたられるだろう。もっともそれだけじゃなくて、他にも色々ある風だったけど」

「つまりセアラが、ちょっと、情緒不安定気味だった…てこと?」

「そうだね。わからないけど、そう見えたかな」

「そうか…」

アナベルがそう呟くと、二人の間にしばらく沈黙がおりた。口を切ったのはウォルターの方だった。


「今日、行けばいいの、そのシュライナーさんの家に」

「え、いいのか?」

「いいよ。まあ正直気は進まないけど、仕方がないか」

と、ウォルターは前を向いたまま請合った。アナベルは意外にすんなり承諾してくれたので、安堵した。何を思ったか、ウォルターは続けて、

「そういうことなら、掃除の方は…」

と、言い出した。アナベルは先読みして

「また…ちゃんと仕事をさせろよ…」

と、渋い顔をすると、ウォルターはため息をついた。


「そんなに仕事がしたいだなんて、本当に物好きだね…」

と、あきれたようにそう言った。アナベルはそう言うウォルターの横顔を尚も眺める。ウォルターも彼女の視線に気がついて

「何?」

と、アナベルを一瞥した。少しだけ目があう。アナベルは首を振ると

「なんでもない」

と、前を向く。まだ、何か言いたいことがあったような気がするのだが、それが何だったか、思い出せない。大した話ではないのだろうと、アナベルは思い出すのをあきらめた。



 今日の作業を終えると、アナベルはウォルターがこもる書庫の入り口に声をかける。試験が終わると、ウォルターは書庫篭りだ。アナベルがキッチンでコーヒーの用意をしていると、ウォルターがのっそりと入ってくる。めずらしく、書籍用のタブレットでも紙の本でもなく、封書を手にしていた。いつも座っている椅子に腰を下ろすと、封書をテーブルの上に置く。アナベルは封書をよごさないように、離れたところにコーヒーカップを置いた。


「何?手紙?」

「うん、試験前には来てたんだけど、試験が終わってからの方がいいかなって。ちょっと遅くなったけど、イブリンから君宛」

と、言いながら、封書の中から水色の封筒を出すと、アナベルに渡した。アナベルは優しい表情になって、受け取った。アナベルがイブリンから手紙を貰うのは、今回で三回目だった。

「読んでもいいかな?今日は多分、帰っても時間が…」

「いいよ」

と、ウォルターが頷くと、早速アナベルは丁寧に手紙を開いた。それから手紙を読み終えると、アナベルは顔を上げた。嬉しそうな笑みを浮かべたまま

「なあ、お前んち、クリスマスカードとか、贈っても平気かな?」

と、尋ねてくる。


「クリスマスカード?ひょっとして君、信者なの?」

「ううん、でも、洗礼っていうのか?あれは受けてるみたい」

いや、それならば信者といえるのでは?と、ウォルターは内心で首を傾げた。


ウォルターの驚きには気づかず、アナベルは言葉を続ける。

「おばあちゃんは、よく、教会行ったりとかしてたみたい。教会の行事にも結構積極的に参加してたって。でもハリーが私を連れて帰ってからは、あまり、外に出なくなったって…」

と、すこし顔をしかめながらアナベルが言った。彼女が自分の祖母の話しをする時、こういう表情になることが多い。


「おじいちゃんが生きてる時は、行った記憶もあるんだけど、亡くなってからは…。ハリーはあんなだったから、教会とか全然無関係だったし、カイルも教会に行ったりとかしてなかったから、結局、私もさっぱりだ。でも、クリスマスカードはカイルから毎年貰ってた…。ほら、クリスマスカードって、きれいだろ?」

と、アナベルが首を傾げる。

「確かに、クリスマスカードは信仰とは無関係な習慣の一種になってるね。イブリンは喜ぶと思うよ。彼女は生まれも育ちも大陸文化で、ヨーロッパスタイルが結構好きな人だし」

「そうなんだ?お前、なんか違うよな」


「僕がというより、祖父が、自分のルーツにこだわってたから。祖母は子供の頃は、東アジアの大陸で育った人だったらしいし」

「そうなんだ」

「僕が生まれる前には亡くなってたから、会ったことはないんだけどね」

「じゃ、あの書庫の本とか、イブリンさんも読めたりは」

「いや、全く読めないと思うよ。ジョンもさっぱりだって」

「え?じゃ、なんでお前読めるんだ?」

「なんでって、さあ…子供の頃からフェンロンの家にいたからかな?」

「じゃ、お前とおじいちゃんしか読めなかったのか…」

「いや、マチルダは読めたし少しなら会話も出来たって。簡単な文章なら書けたらしいし、詩とか書いてたって…」


「詩?」

「そう…」

と、言いかけて口を噤んだ。ジョンから昔聞いた話だ。自分の誕生日にマチルダが自作の詩を贈って、暗唱してくれたことがあったと…。


「ウォルター?」

「うん、なんでもない」

父と母の綺麗な思い出だ。今、口に出すのは躊躇われた。と、アナベルがまた違った事を言い出した。


「じゃ、お前が作ってる食事とか…」

アナベルの言葉に、感傷に浸っていたウォルターは、咄嗟に表情の選択に困った。流石はアナベル。食べるもののことは大事だ。


「家にあった祖母のレシピ。祖父が作るものをああいうものが多かった。イブリンの料理はどちらかというと、ヨーロッパ風だったね。僕が使うような調味料は、殆ど使わないよ」

「へえ、色々だな…」

と、何に感心したのか。アナベルが興味深そうに頷いた。


「なら、イブリンさんにクリスマスカードを贈ってもいいかな?」

「うん、喜ぶと思うよ」

と、ウォルターは請合った。

「僕の方は時間がかかると思うから、君のは渡してくれたら先に送るよ」

「え?いいのか」

「クリスマスに間に合わないと変だろ?」

「まあ、そうだけど」

手紙を…と、ウォルターはため息をついた。


…手紙を書くつもりでいた。ジョンに宛てて…。


今日はアルベルトの家に行くことが決まっていたので、夕食つくりはなしということにして、決められた終業時間より三十分早く終えると、アナベルは椅子から立ち上がった。

アルベルトの家に行くにあたって、アナベルは普段通り自転車で戻るが、ウォルターはバスで移動することになった。終バスの時間まで滞在することになるとは思えなかったし、夜道をマウンテンバイクで移動するのも面倒だった。


アナベルは立ち去り際

「本当に来るんだろうな?」

と、疑いの眼差しを向けたが、ウォルターは呆れたように

「行く気がないんだったら最初から断ってる」

と、簡潔に答えた。アナベルはあっさりと

「まあ、そうだな」

と、応じると「じゃ、あとで」と、手を上げて、自転車に乗って帰路へ着いた。彼女の後姿を見送りながら、意外とバス移動の自分の方が、早く到着するんじゃないだろうか思ってしまう。


 ウォルターの予想に反して、アナベルがアルベルトの家に帰り着いたときには、まだウォルターは来ていなかった。アナベルもひょっとしたら、ウォルターの方が早いかもしれないと思っていたので、本気で来る気があるのかどうかまたしても疑ってしまう。


部屋に入ってまずリビングを覗く。誰もいなかった。続いて、キッチンを覗くと、リースと、大きな背中が見えた。アナベルは思わず

「ハインツ!」

と、その背中に向かって叫んでしまった。ハインツと呼ばれた青年はアナベルの方を振り向いた。

「アナベル」

低くて耳に心地よい静かな声で、ハインツはアナベルの名前を呼んだ。アナベルは嬉しくて駆け寄ってしまう。


「ハインツ、久しぶり!そうか、それで冷蔵庫に珍しくビールがたくさん入ってたんだね」

と、両手を伸ばした。ハインツはビール党だ。ハインツも静かな笑みを浮かべて、アナベルの両手を取って両手で握手を交わした。

「アナベル、また大きくなったな」

と、妙ちきりんな挨拶を返す。アナベルは笑ってしまった。


「そうだね、二センチくらいは伸びたかな?そのうちハインツくらい大きく成れるかな」

「身長はともかく、アナベルの骨組みじゃ、俺の様には成らないだろう」

と、アナベルの冗談に、ハインツは生真面目に応じた。実は彼なりに冗談を返しているのだが、初対面の人は気がつかない。アナベルは素直に笑って、

「じゃあ、今のままで満足することにするよ」

と、応じる。ハインツはやはり生真面目に頷いてから

「その方がいい」

と、答えた。


 ハインツ・シュタインベルクは、アナベルがアルベルトの家に来る前の年まで、アルベルトの家にいた下宿生だった。アルベルトが越境者あるいは遠方の学生の下宿先を無償で提供し始めたそもそものきっかけが、ハインツだった。リパウルの信頼も厚く、彼がいる頃はルーディアのチェックはほとんど彼に任せていたらしい。この家にいた頃のハインツは、セントラル大学の四年生で、今はエネルギー問題研究所の職員だった。


「今日はどうしたの?アルベルトに呼ばれた?」

「ああ、ルーディアの件で面倒なことが起きたと聞いている。九月に一度顔を出そうと思ってたんだが、その頃からアルベルトの方が、何か忙しくなったらしくて、で、今日改めて呼ばれたんだ」

「アルベルトは多分、普段通りだったと思うけど。ただ、九月の終わり頃からナイトハルトが週末に来なくなった。平日にはたまに来てたけど」

と、アナベルが簡潔に説明すると、リースが

「そう、今日はナイトハルトも来るみたいだから…」

と、チキンを揚げながら話に参加した。


「ウォルターも来るよ」

と、アナベルが応じると、

「え!そうなの?」

と、リースが驚いた。

「うん、アルベルトが声かけて欲しいって言ってて。リース、リパウルは?」

「ドクター・ヘインズなら地下だよ」

「そっか、ちょっと下りてきても…」

「いいよ」

と、あっさりとリースが言った。アナベルが気にしているのはウォルターが来た時のことなのだが、いくらなんでも、余計な心配をしすぎかと思い返す。


「じゃ、ちょっと下りてくる。ハインツも後でね」

と、アナベルは手を上げた。ハイツは無言で頷く。大きななりに似合わない丁寧な手つきでリースを手伝って、キッチンテーブルの上で、さりげなく調理を進めていた。

 アナベルが地下に下りてからしばらくしてから、玄関のインタフォンが鳴った。


『こんばんは、ウォルター・リューです』

と、新顔の来訪が告げられる。リースはハインツに断ると、玄関まで、噂の眼鏡学生を出迎えに向かった。人見知りが激しいと聞いていたが、さてどうだろう?と思いながら玄関を開くと、ハインツ並の身長の眼鏡を掛けた青年が、やけに所在無げなたたずまいで待っていた。


リースは目の前の学生を見上げると

「あ、初めまして。リース・ウェルナーです」

と、自己紹介した。目の前の学生は一瞬戸惑ったように視線を泳がせると

「ウォルター・リューです。初めまして。今日はお世話になります」

と、早口に言った。リースはにっこりとすると

「まだ、アルベルトは帰ってないんだけど、アナベルはさっき戻ってきたよ。呼んで来ようか?」

と、首を傾げた。ウォルターは妙な表情になって

「いえ、特には…」

と、呟く。


「僕ともう一人のゲストはキッチンで調理の最中で、だから君は好きにしてくれてれば…」

「何か手伝いましょうか?」

玄関から廊下を歩きながら、なんとなく会話が成立している。


…思ったほど取っ付きにくくないな、と、リースは思ったが、それでも、リビングで待機してもらうしかないか、と思っていた。が

「え、手伝うって…?」

「はあ、指示していただければ」

「指示?」

取り合えずリースは、ウォルターをリビングに放り投げるのはやめにして、キッチンまで付いて来てもらうことにした。


 地下のリパウルはハインツが来ている事を知らなかった様子で、アナベルが知らせると、少し驚いていた。アナベルは日課のチェックを済ませると、すでに元気に起きているルーディアとリパウルと一緒に、地上へ上がった。ルーディアは、ハインツに会うために上がるだけで、ナイトハルトが来たら、すぐに地下に逃げる、と言い張っていた。


 三人の女性陣がキッチンへはいると、ゲストが一人増えていた。さっき別れたばかりのウォルターが、リースの隣で流しに立って、野菜を刻んでいるのをみて、アナベルは妙な気分になった。リースが女性たちに気がついて

「アナベル、君のところの彼、料理できるんだね!」

と、感嘆の声を上げた。


アナベルは、“君のところの彼”って、なんだ?と、眉間にしわを寄せながら

「ああ、そいつ多分、私より料理できるよ」

と、ため息まじりで申告した。


たいして気にはしてなかったが、リースとも普通に打ち解けている様子だ。もっとも、作業に没頭しているだけで、特に会話がはずんでいるといった風でもなかったが。リパウルとルーディアはキッチンに入ると、ハインツと懐かしそうに言葉を交わし始める。リパウルが戸惑った様子で

「何か…手伝った方がいいのかと思ってたけど…」

と、言いよどんだ。すでにキッチンが人で一杯になっている。


「出来た料理を並べていこうか?」

と、アナベルが言うと

「そうね。リビングに運んだりしていましょうか」

と、リパウルも同意する。ルーディアは興味深そうに、すでに作業に戻っているハインツの手際を、じっと観察していた。

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