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オールドイースト  作者: よこ
第2章
144/532

2-5 奇妙な再会(5)

ウォルターを先頭に、三人で連れ立ってカフェへと入る。ウォルターは、今日はいつもの席ではなくオープンテラスの方へと足を運んだ。外は寒い。今時期のオープンテラスはあまり人気がない。いつも目敏いメリッサが、メニューを持って、オープンテラスに注文を聞きに来た。テーブルに水を置きながら、早速ウォルターに話しかけている。


「またまた、ご無沙汰ね。忘れられないように、月に一度は顔を出す、とかに決めてるの?」

「ほぼ毎日会ってますが」

と、ウォルターは例によって無愛想にならない程度の愛想で応じる。ウォルターの返事にメリッサはにっこりとした。


「アナベルのこと、言ってるんじゃないわよ」

と、意味不明な返事をすると、

「あなたはコーヒーで、アナベルはカフェラテ。そっちの彼女は?」

と、こちらが注文を口にする前に、メニューを決めていく。アナベルは、ターキーのサンドを頼んでやろうかと思ってしまった。メリッサに水を向けられたアンダーソン嬢は、首を縮めると、

「あの、他に何が…」と、呟いた。それから

「支払いは」と、つけくわえた。

「ああ、大丈夫」と、何故かアナベルが応じる。


「あら、メニューを見た方がいい?」

と、当たり前のことをメリッサが確認した。メリッサが差し出すメニューをおずおずと受け取り、それを開くとアンダーソン嬢は真剣に吟味してから

「カフェラテを…」

と、アナベルと同じものを頼んだ。本当はホットミルクがよかったのだが、メニューになかったので仕方がない。メリッサは営業スマイルと共にメニューを受け取ると、きびきびと屋内へと戻った。


アナベルはなんとなくウォルターの方を見てしまう。さっきのメリッサとのやりとりは、なんなんだ?と、思うが、先ほどからどうにも自分の心が、むやみに狭くなっているような気がして、結局、何も言えずじまいだった。見てるとアナベルの視線には構わず、ウォルターはショルダーバッグからタブレットを取り出した。アナベルは諦めてアンダーソン嬢へと向き直る。


「あの、さっきはごめんね。こいつ、悪い奴じゃないんだけど…」

と、切り出すと、ウォルターが少しだけ顔を上げた。アナベルの言葉に、不快気に目を細める。が、アナベルは無視した。


「あの、同じこと何回もごめんね。その、アンダーソンさんは、どうして、ここに…というか、厨房の裏に?」

と、アナベルは訊いてみる。


「バイトの面接じゃ…」

と、呟くと、アンダーソン嬢は首を振った。

「バイトのことは何も知らない。ここのことは…」

と、呟くと、唐突に口を閉じた。アナベルは首を傾げる。


「ルカに聞いたの?」

と、訊くとアンダーソン嬢はまたしても首を振った。

「ルカは私には、何も教えてくれない…何か目的とかがあったわけじゃなくて、なんとなく行くところがなくて、バスのカードは持っていたから、それで…」

「バスのカードは持ってたんだ」

と、アナベルが微笑んだ。アンダーソン嬢は、無言で頷く。


「お金がないから、裏の方に行ってたんだね」

と、ようやくアナベルは納得した。それから

「なんか、ルカみたいだね。ルカもお金を持ってなくて…」

と、笑みを浮かべたままウォルターの方に顔を向けるが、ウォルターはタブレットから顔を上げる気配を見せない。アナベルはなんとなくため息をついた。


「アンダーソンさんは…」

「セアラ」と、不意にアンダーソン嬢が名乗った。

「セアラ?」

「セアラっていうの、そう呼んで」と、セアラが言った。アナベルは

「わかった。私のこともアナベルって呼んでよ」

と、笑顔で応じる。が、セアラは硬い表情を崩さない。アナベルは目の前の女性の頑なな表情に困惑する。


「セアラは、ルカがここに来た時のこと、聞いてないの?」

と、アナベルは悪びれずそう訊いた。セアラは益々表情を硬くした。それから

「ねえ、あなた…、あなた、一体、ルカのなんなの?」

と、下を向いたまま唐突に、セアラが鋭く問うた。と、その微妙なタイミングでメリッサが飲み物を運んでくる。

一瞬、場が静かになった。


メリッサは奇妙な沈黙に包まれたテーブルに、あわせるかのように無表情に飲み物を置くと、少し首を傾げて、立ち去った。アナベルは困惑したまま、カフェラテに口をつける。


「えーっと、なんだっけ…」

「君は、ルカのなんなのか、ってさ」

と、タブレットに視線を据えたままウォルターが呟いた。アナベルは無言でウォルターを睨みつけた。それから、セアラに向き直ると

「何って、友達で…」

と、言うがセアラは固まってしまったかのように、じっと自分の足に置かれた手を見つめている。


アナベルは途方にくれた。やはりダメだ。何かを聞き出すとか、自分にはとても無理だ…。と、だんまりを決め込んでいたウォルターが唐突に口を挟んだ。


「もうすぐ冬休みだけど、君のうちにサイラスが来るんじゃないの?」

と、無造作にセアラに向かってそう訊いた。セアラは怯えたように肩を揺らした。

「ひょっとして、もう来てる?君、行く所がないって、そういう意味?」

と、畳み掛けるように問いかける。


「おい、何、決め付けて…」

と、アナベルが取り成すが、セアラは見る間に両目に涙をためていく。

「あ、ほら…」

と、アナベルはうろたえるが、ウォルターは頓着しない。


「図星だね。いつから来てるの?君は彼に命じられて、ここに偵察に来たんじゃないの?」

と、淡々と言葉を重ねる。


「君はアナベルに、彼女がルカのなんなのか訊いたけど、こっちこそ、君はサイラスのなんなのか、訊きたいところなんだけど。君、一体、なんなの?」


何も答えない、というより涙を堪えるのに、精一杯で、答えることの出来ないセアラにかわってアナベルがウォルターに

「やめろよ、どう見たって恐がってるじゃないか。セアラは、ルカの友達だろ?」

と、答える。


「なんでわかるんだ?」

「なんでって…」

何でと言われても、サイラス事を言い出すと怯えて、涙ぐむし、それに、自分がルカなんなのかって…さきほどの問いは、あきらかに嫉妬によるものだろう。


「その、私はルカとはなんでもないんだよ。春に病院でバイトしてて、その時知り合ったってだけで、ほら、ルカは人懐こいだろう?」

と、アナベルは首を傾げてセアラの顔を覗きこむ。アナベルの言葉に、セアラはますます険しい表情になり、目に涙をためたまま、アナベルを睨む様にして見つめる。

「でも、現に…ルカはあなたに会いに病院を抜け出した。私には何も言ってくれなくて…」

「それは…」

と、アナベルが逡巡すると、セアラは乱暴に手の甲で涙をぬぐった。


「そうか、春にって、あなたね?私が持って行ってた、ルカのお菓子を食べてたのは?」

と、唐突に言い出した。自分のリュックからハンドタオルを出そうと、リュックを探っていたアナベルは、仰天してしまう。

「え?お菓子?」

相槌を打ちながらもアナベルは何とかハンドタオルを取り出した。そして

「あの、これ、よかったら使いなよ」

と、セアラに差し出した。


セアラは戸惑ったようにハンドタオルを見つめる。この女の子はどこまでも親切だった。


「その、手とか拭いてるけど、そんな汚れてないと…」

セアラは顔をそむけた。

「いらないわ」

ついさっきまで目に涙をためていたのに、ルカのこととなると妙に強気になる。アナベルはなんとなく感心してしまった。ハンドタオルを貸すのはあきらめて

「お菓子を持って来てたのは、セアラだったんだね」

と、微笑んだ。


「なら、お礼を言わなくちゃ」と、アナベルはにっこりした。

「でも、お菓子の事を知っているんなら…」

「女の子とは聞いてなかった。ただ、自分たちと同じくらいの年頃の高等校の子がバイトに来てるって…」

「それで、ここに?」と、アナベルが首を傾げると

「違うわ。それはたまたまよ。ルカは私には…何も…」

と、言いながらまたしても泣きそうになる。アナベルは慌てて

「それはセアラのこと心配してたんだよ。きっと」

「なんでそんなこと、あなたにわかるのよ?」

「つまり、それはサイラスが…」

「サイラス?」

ますます泣き出すんじゃないかと思ったが、セアラは目に涙を残したまま、それでも厳しい目つきで問い返す。困ったアナベルは思い付きを口にした。


「その、セアラがまたサイラスに利用されたらいけないからって…思ったんじゃないかな?私はサイラスに目をつけられちゃってるし。多分だけど…」

ルーディアを攫おうとしたのを邪魔したから…という言葉は、かろうじて飲み込んだ。が、セアラは納得しない。


「サイラスがあなたに目をつけてるのは、ルカがあなたに会いたがってるからでしょう?私のことなんて関係ないわ」

「それは…」

違うのだ。ルカが会いたがっているのは自分ではなく、ルーディアなのだ、とはっきり告げて誤解をときたいのだが、それを口にする事は出来ない。


「違うんだ、えーと、ルカが会いたい人は別にいて…」

と、アナベルが呟くが、先を続けることが出来ない。思わずウォルターの方を見てしまうが、彼はタブレットから目を離さない。


「適当なこと言ってごまかさないでよ!春に会ってて、ルカの事もよく知ってるんでしょ?ルカには他に知り合いなんていない!ずっと、病院にいたんだから!」

アナベルの言葉に反発するように、セアラが口調を強くする。

「ずっとって…、もしかして、まだ入院してるの?」

「ほら!!退院してることだって知ってる!」

「それはルカが…」

言いながらアナベルは、やはりルカは退院していたのかと安堵した。


「やっぱり、聞いてるんじゃないの!!そもそも、私の家だって知ってた。誰も彼も皆、私の知らない事を知ってる。みんなして私のことバカにして。あなただって、ルカと連絡を取り合ってるんじゃないの?」

「そんな…」

「ああ、そっか。それならルカが私の家にいないって、知ってる筈よね?お気の毒様!私の家にはルカはいないの」

中腰になって、アナベルに向かってそう言うと、何を思ったか、今度はウォルターに向かって

「それにサイラスだって、もう、うちにはいないもの!別のところに行ったから!」

と、言葉を続けた。ウォルターはセアラを一瞥するが、特にこれといった反応は見せなかった。


「あ、そうなんだ。ルカは…また、調子が悪くなったとかじゃ…」

「白々しい。あなたが通ってる学校を目指してるんでしょ?大事なことは、全部知ってるくせに」

「まさか…」

「嘘よ、嘘ばっかり!私が何も知らないからって、現にルカはあなたに会いにここに来たんじゃない!お金がないのに抜け出してまで…」

言いながら、セアラは自分が興奮しすぎていることに気がついた。殆ど初対面の女の子に、自分は何を口走っているのだろうか?息が少し切れてきた。体が前後に揺れる。セアラは、腰を下ろすと、胸元を押さえて、呼吸を整えた。


「大丈夫?」

セアラの様子がおかしいのにアナベルは気がついた。心配そうに、顔を覗きこむ。

「平気…すぐに治まる…」

「セアラ、ごめんね。その、セアラを嫌な気持ちにしたかったんじゃないんだ…」

セアラは首を振った。


「ルカが、どうしてるかのかなぁって、それは心配だったんだけど、元気なんだね」

と、アナベルは確認する。セアラはゆっくりと頷いた。


興奮して、あんな言い方で、言いがかりをつけたようなものなのに、目の前の女の子はどこまでも親切だった。ルカのことも…ただ、彼の調子を心配しているだけだ。自分だって昔はそうだった。どうして自分はこんなに醜くなってしまったのだろう…。


セアラは再び泣きたくなった。目に涙が盛り上がる。アナベルは慌てて手にしていたハンドタオルを差し出した。


「あの、いやでなければ…」

セアラは、今度は彼女からの気遣いを受け取った。アナベルが貸してくれたハンドタオルを顔に押しつけて、セアラは思う様涙を流した。


目の前の女の子は恐らく嘘は言っていないのだろう。本当に春に病院のバイト中にルカと知り合っただけで、彼女自身はルカの事を友達だと思っている。きっと横で黙って彼女を守っているこの恐い青年と付き合ってて…夏だって、彼は彼女を守っていたじゃないか。でも、ルカはきっとそんなことも知らないのだ。知らないでここに来て…。と、ふと不思議に思った。


セアラはアナベルのハンドタオルで涙をぬぐうと、顔を上げ、

「ルカは…どうしてここを知っていたのかしら?」

と、とタオルを両手に握ったまま、アナベルに尋ねた。その言葉にアナベルは

「それは、春のバイトの時に、ちょっとそういう話を…」

と、何が後ろめたいのか、言いにくそうに呟いた。その言葉にセアラは再び声を上げる。


「やっぱり!あなたに会いに来たんじゃない!!」

「えーっと…」

確かにそういえばそうなのだが…、だが、しかし、ルカのあれは、どちらかというと、藁にも縋ると言った方が正しいような…。が、これも説明することは出来ない。


アナベルの言いよどむ様を見て、セアラは再び悔しそうに顔をゆがめる。また、泣くのか?と、アナベルは、身構えてしまう。どう言えば分かってもらえるのか…。と、ここまで、口を挟むこともせず、ただ、黙って視線をタブレットにおとしていたウォルターが、

「で、結局、ここのことを誰にきいたの?」

と、下を向いたまま静かに言い出した。


「え?」

と、アナベルの方が反応してしまう。ウォルターは顔を上げると、アナベルを無視して、全くの無表情で、セアラを見据えた。


「君の話を聞いていると、ここのことはルカに聞いたんじゃないようだ。誰がここを君に教えたの?」

「それは…」

「ルカじゃないんならサイラスかな?」

「…違うわ。サイラスとは冬に戻ってから全然、話しなんて…」

「じゃ、誰?」

言われて、セアラは俯いた。目じりに溜まった涙がその拍子に頬を伝う。


「わ、私…何も…」

「あ、そう。君は何も悪いことなんかしていない。いつでもかわいそうな、被害者なんだね?でも、夏に君がした事は立派な誘拐の幇助だ。“幇助”ってわかるかな?犯罪に手を貸すことだよ」

言われて、セアラは震え上がった。アナベルが気遣わしげに

「おい」

と、横槍を入れようとするがウォルターは無視した。


「もう、いいよ。君が可哀想な被害者だってことはよくわかった。ここの支払いはいいから、帰ったらルカを呼んでくれるかな?」

と、言い出したので、セアラばかりかアナベルまで仰天した様子でウォルターの顔を凝視した。


「可哀想な君をあまり追い詰めるのも気の毒だ。ここを教えたのがサイラスでないんなら、ルカしかいない。君はルカを庇って嘘を付いている。こちらとしては、そう解釈せざるを得ないよね?どういうつもりで君をよこしたのか、ルカに直接聞きたいから…」

「ミサキよ!」

「え?」

「ここの事を教えたのはミサキ!サイラスの恋人よ!ルカは関係ないわ!…ルカは…」

喘ぐようにして、セアラは叫ぶと、胸元を押さえる。アナベルが心配そうにセアラの背中に手を伸ばすが、セアラは無意識にその手を払いのけた。


「…お願い、ルカには言わないで…」

俯くと、涙を流しながらセアラは嘆願した。ウォルターはセアラの言葉に考え込む風になる。


「…サイラスの恋人が、ここのことを?」


サイラスの彼女がどうしてここのことを知っているんだ?いや、それを言うなら、サイラスはアナベルの素性を知っていたのだ…。一体…。


「ルカが九月に抜け出して、ここに来たんだって…それだけよ。アナベルの事は何も…」

「そう…」

その情報だけを頼りに、セアラはこれといった目的もなくここに来てしまった。来たら偶然にもアナベルがいたというところか…。


 …まずいな。とウォルターは思った。


「その、サイラスの彼女ってどういう人なの?君と同じくらいの年齢?」

と、ウォルターが尋ねると、セアラは首を振った。


「正確な年齢は知らないわ。でも、大人。小柄で髪が長くて、ちょっと年齢が分かりづらい感じ…。普段何をしているのか私は…」

言いながら、再び首を振る。言いながら顔が引きつっている。目からは涙が、完全に消えていた。


「彼女のことも何も…」

ウォルターは、俯いて自分の手を見つめるセアラのこわばった表情に、ため息をついた。人を脅して…しかも、セアラのように、見るからに弱々しい女性を…無理やり何かを言わせるなんて、本気で疲れること、出来れば二度としたくなかった。


「サイラスはもう、君の家にはいないんだろ?」

というウォルターの問いに、セアラは静かに頷くと

「今はミサキのところに行ってる」

「普段はどこに?」

「ルイスシティの学校…寮に入っているの。ここからは遠い…」

セアラの言葉にウォルターは目を伏せた。


「わかった。脅すような言い方をして悪かった。今日あった事は、出来ればルカにもサイラスにも言わないでくれるかな?」

こんな口止めなど、なんの役にも立ちそうにない、と思いながら、ウォルターはそれでも一応はそう言った。ルカには言わないでと、嘆願しているセアラ自身が、その内、彼に白状しそうだ。セアラは下を向いたまま、それでも、頷いてはくれた。


「サイラスがすでに君の家にいないんだったら、君はもう家に帰った方がいいと思う。それと、サイラスとはあまり関わらない方がいい」

ウォルターの言葉にセアラは無言で頷いた。アナベルのハンドタオルをずっと握り締めたままだったのに気がついて、

「あの…」

と、アナベルの方に差し出すと

「持っていきなよ。また、泣きたくなると困るだろ?」

と、笑ってみせた。ウォルターが顔をしかめる。が、何も言わなかった。セアラは素直に頷くと

「ごめんなさい…。でも、私…あの…」

と、アナベルを見つめながら言いよどむ。


「気にしなくてもいいよ。私は本当にただの友達なんだ。今度セアラがルカに会った時、きいてみたら…」

と、言いかけるとウォルターが

「アナベル…」

と、水をさした。アナベルは肩を竦める。

「そうか、セアラがここに来たことは内緒なんだっけ?」

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