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オールドイースト  作者: よこ
第1章
14/532

1-2 オールドイーストに来た日(7)

 セントラルシティの中央図書館は、バスを降りてすぐのところにあった。空港周辺の街と違って、ここでは何もかもが、とにかく広いという印象だ。


 図書館は白い壁面とガラス張りの窓がストライプのようにも見える、巨大な建物だ。明るい緑色の芝生の上によく調和していて、美しい景色になっていた。


(凄いな…)


入館すると、廊下の天井が高い。窓から入る日光で、廊下が照らされている。アナベルは素直に感嘆した。


(ここに住んじゃ、駄目かな…)


駄目に決まっているのはわかっているが。


 書架が立ち並ぶエリアに入ると、図書館独特の匂いがした。古い紙とインクの匂いだ。カタストロフィ以来、紙の本の出版は激減した。書物の多くはデータ化されていて、紙の本は概ね旧世代のものだ。残存冊数によっては紙の本も貸し出し可能だが、新しい書物やデータ化されている書籍の場合、期間内でデータのレンタルか、古い書物であれば返却不要のデータ取得が可能だ。セントラルシティの図書館は、可能な限りの書籍を収集保存しており、現存する中では世界最大の図書館の一つだった。


 図書館内には情報検索用の端末も置いてあって、アナベルはこれで、オールドイーストのバイト情報と住宅情報を検索するつもりだった。


 端末を探していると、昨日見たひょろのっぽの姿が視界を横切った。


(あれ、今の…)


振り返って見ると、間違いない、昨日エナ・クリックの執務室で会った、ウォルター・リューだ。今日は濃紺のTシャツに黒いジーンズ姿だ。よほど黒が好きなのか。


 声をかけようかどうしようか迷う。ここは図書館で、さらに昨日の様子だと、相手は友好的とは言えない様子だった。が、オールドイーストに、今のところリパウル以外では話が出来る人もいなかったし、単純に好奇心もあった。が、アナベルが逡巡してる間に、ウォルターは姿を消した。アナベルはため息をついてあきらめた。そのうち話をする機会もあるだろう。今は、まず仕事だ。そうこうするうち端末の並ぶエリアも見つかる。アナベルはそのうちの一つを占拠し、悪戦苦闘しながら、操作し始めた。


 あちこち見た結果、現実はやはり厳しいということがわかった。昨日リパウルが調べてくれたセンが、最も効率がよいようだ。


(住むところが、なんとかなれば…)


昨日行った茶色の家。不思議な少女が住む普通の家。


(あの子、なんだったんだろう)


どうして自分の名前を知っていたのか、会う前に頭の中に話しかけてきたのはあの子なのか?そして地下のあの部屋は?


 考えていると次々疑問が湧いてくる。が、昨晩も、ドクター・ヘインズには何も聞けずじまいだった。本当に住むことになるまでは、余り言えないのかもしれない。


 ふと、顔を上げて時計を見ると正午を少し過ぎている。


(あ、ランチ…)


ドクター・ヘインズが一緒に食べようと言ってくれたけど…。


どうするんだろうか?と、思っていたら、ジーンズのポケットに入れていた携帯電話が、静かな館内で鳴り響いた。


 アナベルは周囲の白い視線を意識しながら、慌てて携帯電話を取り出すが、咄嗟に操作方法がわからない。焦って慌てていると

「貸して」

という低い声がして、上から携帯電話を取り上げられる。取り上げた人物は、要領よく操作すると、通話が出来る状態にしてアナベルに返した。


「話をするなら、外に出たほうがいいよ」


言われなくてもそうするつもりだったが、助かった。


アナベルは電話を手にしたまま無言で頷くと

「ありがとう」

と、小声でささやき、助けてくれた主の顔を見上げて、驚いた。先ほど見かけた、ひょろのっぽのメガネだったからだ。


 アナベルの驚きにもお礼にもさしたる反応は見せず、ウォルターはその場を立ち去った。


アナベルが呆然とその後姿を見送っていると、電話の向こうからリパウルの声が聞こえる。アナベルは急いで廊下へと出た。



『あ、アナベル?ごめんなさい、まだ図書館?』

「は、はい。すぐにでられなくてすみません。今、廊下に出ました」

『ううん、いいの。急な話で申し訳ないんだけど、昨日来た、技研の方に来てほしいの。私が今から迎えに行くから、しばらく図書館で待っててもらっていい?』

「あ、はい。あの、私の方が、行きましょうか?」

『…一人で来れそう?』

「はい、多分大丈夫です。バスで、行けますよね?」


念のため、自分が考えているルートを説明してみる。


『うん、その来方なら大丈夫。じゃあ、こちらで待ってていい?』

「はい、着いたら、昨日の場所へ行けばいいんですか?」

『うん、迷ったら連絡して』

「わかりました」

『焦らなくても大丈夫だからね』


なんとなく、ドクター・へインズがウィンクしている様子が見えるような声色だった。それだけ言うと、リパウルは通話を切った。


 アナベルは携帯をジーンズのポケットにしまうと、周囲を見回した。当然のことながら、ウォルターの姿はない。もう少し、きちんとお礼が言いたかったのだが。


***


 リパウルが正午前に業務スペースに戻ると、新着のメッセージが何件かあった。ざっと目を通し、まず、アルベルトからのメッセージを読み返してから、メッセージをエナに転送する。続いてエナからのメッセージを読む。読みながら、やや、難しい顔をしていると、電話が鳴った。時計を見ると、正午を回っていた。


『ランチ・タイムにすまないわね。執務室に来てくれる?』

「わかりました」


短く返事をすると、エナの方から電話を切った。


 執務室に向かうと、エナは早速、用件を切り出した。


「アルベルト・シュライナー氏の件は了解しました。そちらの件はムラタにやらせます。時間までにアナベルを呼び出しておいて」

「わかりました」


…ムラタ氏が行くのか。当たり前だ。自分はアナベルの保護者でもその代理でもない。


自分が行かなくてよいことに、安堵しているのか失望しているのか、リパウル自身、よくわからなかった。


「ハウスキーパーの件は」

「はい、アナベルに確認してみますが…」

「悪くない話だと思うの。通常のものより単価もいいし。出来れば急いで返事がほしいの」


昨日のアナベルの様子なら二つ返事で引き受けそうだ…。


「…了解しました」

「ロブ・スタンリーは、ハウスキーパーに息子のスパイをさせるつもりなんでしょう。どうやら、ことごとく失敗している様ですけど」


少し意地悪く、エナは言った。リパウルは戸惑いながら

「あの、それは…」

と、言い掛ける。エナは構わず

「そんな悪趣味を見過ごすことは出来ないでしょう。アナベルの事情は同情すべきものだし、ロブも表立っては断れない。仮に、アナベルが音を上げたとしても、それは彼女の問題で、こちらが関与すべき問題ではありません」

と、言葉を続けると微笑を浮かべた。リパウルはエナの言葉の意味するところを漠然と察したが、エナの思惑をとがめだて出来るような立場でもない…。


「…それで、昨日はお急ぎだったのですか」

「昨日は、ムラタからアナベルが入寮してない旨、連絡が来たのです」


ややそっけない口調でエナは言い捨てた。だが、リパウルは、そういうことか、と納得する。


やはり自分が思っているより、エナはアナベルのことを気に掛けているのかもしれない。


「それでは、急ぎアナベルに、こちらに来るよう伝えます」

「よろしくね」


***


宣言通りにアナベルは、一人で技研のリパウルのスペースまで到着した。


「ごめんなさい、急がせて。ランチは、まだでしょう?」

「あ、はい」

「じゃ、ここの食堂に行きましょうか。大したものはないけど、ごちそうするわね」


ランチ・タイムは終わりに近づいていたが、リパウルは休憩中も業務を進めていたので時間をずらして休憩に入ることにする。


 生命技研内部の食堂は、広く、時間帯のせいか、それほど混んでいなかった。二人はその日のランチセットを手にして、席を探す。


「まず、私の方から、いいかしら」


席に着くなり、リパウルは切り出した。


「はい」


アナベルの返事に、リパウルはバックからタブレットと取り出すと、先ほどのエナからのメッセージをアナベルに見せた。


「ハウスキーパーのバイト。エナからの紹介」

「クリック博士から?」


エナからと聞いて、アナベルは少し驚いて、内容を精読する。先ほど、図書館で情報を仕入れていたので、今度はその単価のよさに驚いた。


「これ…」

「そう、悪くない。けど…」

と、言いながらリパウルは雇用主の名前を指差した。


「ロブ・スタンリーは、ウォルターの父親で、実際に作業に入るのは、ウォルターの家なの」

「ウォルターの?」

「そう、ウォルター…君とは、昨日エナからの紹介で面識があるのよね?」

「うん…」


頷きながらアナベルはタブレットを覗き込む。面識があると言うほどの面識はないが、紹介は受けている。


…あいつ、一人暮らしか、しかも父親の金で?


正直、めちゃくちゃうらやましい。バイトし放題ではないか(…バイトをする必要もないわけだが)。


「エナは熱心に勧めるんだけど、どうかしら?」


この金額なら断る理由はない。願ったり適ったり、再びである。


「え、いいよ。むしろ、ありがたいけど…何か気になるの?」

「だって…」


リパウルは、研究所や官庁に勤める単身女性をメインに、ハウスキーパーのバイトを探していた。これに比べると単価は下がるが、アナベルの性別や年齢を考えれば、その方が安心だ。


ウォルターは同世代の男子で、一人暮らしなのだ。どうもアナベルはそのあたりが無頓着すぎて、リパウルの方がハラハラしてしまう。


「男の子よ、同い年の。それに…」


言いながら少し難しい顔になってしまう。それに、エナの口ぶりから推測するに、それ以外にも色々と問題がありそうだった…。が、アナベルは、ああ、と納得した顔をしてから

「でも、あいつって弟なんでしょ?」

「弟って…」

「エナの執務室で会った感じだと、とっつきにくそうだったけど」

さっきは助けてくれたし…。


「多分、悪い奴じゃないんじゃないかな?」


アナベルの言葉にリパウルは考え込む。確かにそうなのだが、これまで兄弟として過ごしてきたわけでもない。そんなにすぐに、割り切れるものだろうか?それとも、自分の方こそ、妙な方向に意識して、警戒し過ぎているのだろうか?


「さっき図書館で調べたんだけど、見た中でもかなり単価がいいよね。出来れば、受けたい」

「そうね…」


それを言われると、リパウルも否定できない。


「大丈夫だよ、だって父親違いの弟なんだよ。父親が違うってだけで、こうも境遇が違うのかと思うと、複雑だけど」

と、さして複雑そうでもなくあっけらかんとアナベルは言った。


リパウルはどう説明したものかと悩んだが、あきらめて

「そうね、でも、何かあったら相談してね」

「大丈夫だよ」

と、アナベルはどこまでも楽天的だ。単価のよいバイトが見つかったので安心したのだろう。

「じゃ、エナに返事するわね」

言うと、エナにメッセージを送信した。


「…で、もうひとつ、次の話なんだけど」

気のせいか先ほどにもましてリパウルの口が重くなる。


「うん…」

「アルベルト・シュライナーから、下宿の件で返信がきたの」

「え?」

「…で、こちらの都合がよいようだったら、今日の四時に、彼の仕事場の方で、面接に応じてくれることになったの。エナにも了承済み」

「え、面接?」

リパウルは無言で頷く。


「アナベルさえよければ、三時にムラタさんと合流して、土壌地質研究所に向かって欲しいの」

「ドクター・ヘインズじゃなくて…」

と、言いかけて、アナベルも得心する。


リパウルはあくまで、オールドイーストに来たばかりのアナベルを、一時的にサポートしてくれているだけなのだ。そういう意味で言えば、ムラタ氏だってエナの個人的な用事で使っていいわけでもないのだろうが。


 アナベルは言いかけた言葉を飲み込んで

「わかった」

と頷いた。気のせいかドクター・ヘインズは、少し元気がなかった。


***


 生命技研の入り口で、三時にムラタ氏と合流すると、そのままムラタ氏の車で移動になる。

ムラタ氏は、昨日リパウルと行った、シュライナー氏の家があった方向に、車を走らせる。


 あの女の子の事について、どう対応すればいいのか、リパウルに確認し忘れていたアナベルは、どうしたものかと少し困った。当然のことながら、エナの秘書であるムラタ氏や、家主であるシュライナー氏は知っているだろう。でも、昨日リパウルと家に行って、先にあの子と会っていることは言わない方がいい気がした。嘘をつくのは得意ではないので、言う必要のないことは極力言わないというやり方を、アナベルは身につけていた。


 土壌地質研究所は、シュライナー氏の家よりさらに向こう、セントラルシティの外れに位置していた。生命技研に比べると、やや堅牢朴訥な雰囲気の建物に迎えられる。受付でムラタ氏が用件を告げると、入り口近くにある応接室に通された。待つほどもなく、アルベルト・シュライナーは現れる。


シュライナー氏は、黒髪に濃い灰色の目をしており、白のカッターシャツに濃紺のスラックス姿で、全体的に、若手の真面目な研究者といった風情の青年だった。なんとなく、もう少し高い年齢の人物を想定していたアナベルは、意表をつかれた。アルベルト・シュライナー氏は見たところ、ドクター・ヘインズと同世代だ。


「わざわざご足労頂き、恐縮です」

と、シュライナー氏はムラタ氏に挨拶をする。初対面ではないのだろう。


「いえ、こちらこそ、うちの被験体のことでは、いつもご迷惑をおかけして、申し訳ありません。今回もこちらの都合で、時間を割いていただいて、ありがとうございます」

言いながら、ムラタ氏がアナベルに視線を向ける。アナベルは慌てて

「初めまして、カディナから来ました。アナベル・ヘイワードです」

と、挨拶をした。シュライナー氏は、穏やかに微笑むと

「初めまして、アルベルト・シュライナーです」

と、応える。


年齢のせいか、髪の色が同じなせいか、顔立ちは全くといっていいほど似ていないのに、アナベルは何故か、郷里のカイル叔父を思い出した。そして、少し安堵する。


二人の大人が挨拶を終え、ソファに腰を下ろすと、アナベルもムラタ氏の隣に腰を下ろす。シュライナー氏は早速といった感じで、アナベルに向かって用件を切り出した。


「君の事情は、ドクター・ヘインズからのメッセージで読みました。君と、生命技研の方が構わないのであれば、こちらは問題ありません。もちろんうちにも、寮ほど厳しくはないけど、規則はあります」


「はい…」

「そんなに難しいことではないよ。基本的には法律違反はしない。お酒やタバコ、ドラックの類は当然禁止です。申し訳ないけど、友人を宿泊させることも出来ません。挨拶はきちんとすること。家事は持ち回りで分担しています。それ以外では、まず、私は大体、八時には戻ります。夕食は可能な限り、皆で食べます。つまり、最低でもそれまでに家に戻っていること。もちろん、事情があって事前にわかっている場合は、連絡を入れる。連絡をきちんとしていれば、友人付き合いなどは自由です」


「はい」

「それと、落第した場合、以降の支援は出来ません。うちに下宿をする者は、みんなそれぞれ事情があるけど、君たちの本分は学生です。いかなる事情があっても、そこをおろそかにされては、支援は出来ません」

「はい」


アナベルはまたしてもカイルを思い出した。


「基本的なところはこんなところです。うちも女子学生は初めてなので、共同で生活するうち、何かと不具合が生じるかもしれないけど、それはその都度、話し合っていこうと思う。それで、いいかな?」

「はい」

「それで、聞いていると思うけど、今うちにはリース・ウェルナーという、セントラル高等校の二年生の男子学生と…」

と、ここで、シュライナー氏は言いよどむ。


「シュライナーさん、彼女は被験体のことも承知しているので、問題ありません」

と、ムラタ氏が助け舟を出した。シュライナー氏は、安堵の表情を見せると

「そうですか、彼女に関しては私よりあなた方のほうが詳しいわけですから、正直、私は彼女のことを何と説明すればいいのか…」

と、困ったように苦笑してみせる。


シュライナーさんも、あの女の子が不思議な女の子であることを知っているのか…と、ぼんやりとアナベルは考えてから、あの女の子のことで嘘をつかなくて済んだことに少しだけほっとした。


「では、問題ないですか?」

と、ムラタ氏がシュライナー氏とアナベルの両人に視線を送りながら、問いかける。


「は、はい。大丈夫です。あの、よろしくお願いします」

やや、焦ってしまい、咳き込むような調子でアナベルは返答した。シュライナー氏は柔らかく微笑むと、アナベルに手を差し出した。


「よろしく、アナベル…と、呼んでもいいかな」

アナベルは頷きながら、シュライナー氏の手をとった。


「私たちは家族ではないけど、一時期を共に暮らす仲間だ。よければ、私のこともアルベルトと呼んでもらえると嬉しい」

と、アルベルト・シュライナーは穏やかに告げた。


「わかりました、アルベルト。あらためて、これからお世話になります」

ムラタ氏は安堵したように頷いた、と、そのタイミングで、ムラタ氏の電話が鳴った。


「ちょっと、失礼します」

と、言いながらムラタ氏は席を外した。


残された二人の間に、一瞬、沈黙が落ちる。やや、ためらいがちにアルベルトが切り出した。


「その…、リ…ドクター・ヘインズは、元気かな?」

「あ、はい。元気です。お知りあいなんですか?あ、あの女の子のことで?」

「まぁ…そうだね。それと、学生の頃…同級生だったから…」

「え?」


失礼ながら驚いてしまう。同世代だとは思ったが、なんとなく勝手にアルベルトの方が年上なのだと、思っていたのだ。


「あ、ごめんなさい、その…」

「いや、いいよ」


言いながらアルベルトは苦笑を浮かべる。


「ドクター・ヘインズは、すごく優しくて、とても親身になってくれています」

それから慌てたように

「それにすごくきれいな人で…」

と、付け足すが、そんなことは同級生なら当然知っているだろうと、自分の馬鹿さ加減をのろった。


「そう、リパウルはよくしてくれているんだね…」

と、アルベルトは、ひどく嬉しそうに、優しく言った。その言葉に、何故かアナベルの方が、どぎまぎしてしまう。


「あの…、ドクター・ヘインズと親しいんですか」

「え!?いや、あの…」


なんだろう、歯切れが悪い。そういえば、ドクター・ヘインズもシュライナー氏のこととなると、妙に歯切れが悪かった。


「そうだね、少しは親しかった…のかな」


シュライナー氏のあいまいな返答の内訳を質そうかと思ったら、ムラタ氏が戻ってきた。

こんな風に話が進んで、アナベルはアルベルトの家に、無事、寄宿させてもらえることになったのだった。


***


 そして、三ヵ月が経った。


アナベルはバイトが一つ、急に休みになったので早く帰宅すると、珍しくアルベルトの家でドクター・ヘインズとかち合った。家事当番のリースが補習で、帰りが遅くなっているようだ。友人とどこかに立ち寄っているのかもしれない。


アナベルは自発的に夕食つくりを開始する。作りながら、リパウルと、なんということはない雑談に興じていた。と、玄関から人が入ってくる気配がする。アナベルはキッチンの椅子から腰を上げる。


「リースかな?」

「そうね、まだ、八時より前よね…」

と、言いながらリパウルは時計を見上げた。


「あ、結構いい時間、もうほんとに戻らなくちゃ…」

「ただいま」

と、言いながらリースがアルベルトを背後に従えて顔を出した。


アルベルトの姿を認めると、リパウルは慌てたように、音を立てて椅子を引き、直立不動の姿勢になる。


「ア、ア、アルベルト!!」

「あ、アルベルトも一緒なんだ。おかえりなさい」

と、アナベルが言うと

「ただいま」

と、アルベルトが応じる。リパウルは俯いたまま

「お、おかえりなさい…」

と、呟いた。何故だろうか、妙に顔が赤い。


「ただいま、リパウル」

と、穏やかにアルベルトが応じる。


「…ミニバイクがあったから、君だろうなとは思ったけど、今日はのんびりなんだね」

いつものように苦笑しながら、アルベルトが言った。


「あなたこそ、今日は少し早いんじゃないの?」

と、少し上ずった声でリパウルが応じた。


…そして、ここで暮らし始めて、ぼちぼち三ヶ月になるが、アナベルには、いまだにこの二人の関係がよくわからない…。


***

 

 木曜日が休みになった。よく考えてみると、確かにありがたい。今日はドクター・ヘインズに会えたので、つい話し込んでしまったが、来週からは、ちゃんと勉強しよう、と思いながら机の引き出しを引くと、便箋が目に入る。


(そうだ、忙しくて、随分長くカイルに手紙を書いてないや)


思いついて、便箋を取り出した。今度からは木曜日に少しずつ手紙を書き溜めていこう。そして、一ヶ月に一度、カイルに手紙を送ろう。きっと読み応えのある手紙になる。そう、思いついたら、無性にカイルが懐かしくなって、手紙を書きたくなった。


アナベルは便箋を開いて、カイルへあてて早速、手紙を書き出し始めた。


【前略 カイル叔父さん元気にしてますか。あまり無理はしないで下さい。私は元気にやってます。今週から木曜日だけ、バイトが一つ、お休みになったの。それで、手紙を書こうと思って…

【オールドイーストに来た日;完】


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