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オールドイースト  作者: よこ
第2章
135/532

2-4 惑星に願いを(4)

ムエタイのジムの練習時間を終えて、ウォルターはイーサンと連れ立って、夕食を食べにアフマディのお店に向かう。


ウバイダとアナベルの、偽装デートの後で、アフマディ家ではちょっとした揉め事があった。

その件について、ウォルターがイーサンから話を聞いたのは、まさに揉め事の最中の頃だった。


イーサンがその顛末を、それこそ雑談のような気安さで、ウォルターに説明しながら平然とアフマディのお店に入るので、彼の後ろから一緒にお店に入るはめに陥ったウォルターは、一体どういう神経をしているんだと、イーサンの無神経さに呆れるべきか感心すべきか混乱したものだったが。


イーサンの説明通りなら、イーサンはくだんの揉め事の、まさに当事者の一人ともいうべき人物で、にも拘らず他人事のように話しながら、イーサンは平然といつもの席へと向った。ウォルターは、いつもの席は、空いてないんじゃないかと、ひやひやしたが、当たり前のようにそこはあいていた。


「ほらな」

と、何やら勝ち誇ったようにイーサンが言うのを聞いて、ウォルターは何となく不愉快になったほどだ。


 そんな次第で、色々あるのにも関らず、毎週木曜日は例によって、アフマディのお店で夕食を食べていた。ただ、一点大きな変化があって、イーサンの分の支払いは、ウォルターがしなくてもよくなったことくらいか。イーサンの住居に、ただで寄宿させてもらっているので、支払いくらいはウバイダが自分でするということらしい。否も応もない。ウォルターとしては大助かりだった。


 店内にはいると、イーシャが早速メニューをもってやってくる。

「ウォルター、アナベルのとこ、姿見、無事届いたって?」

「ああ、そう言ってたよ」

「持ってないって、あきれちゃった。自分の姿も見ないでデートって、やらせとはいえ、どうなのよ?」

と、イーシャが屈託なく笑う。ウォルターはオーダーを決めると、イーシャに頼んだ。イーシャが厨房の方へ姿を消すと、イーサンが

「そういやお前、あの模型、結局どうしたんだ?」

と、訊いてきた。

「渡したよ」

と、ウォルターはイーシャが持ってきた水を口にしながら、答える。


「迷惑がったら諦めるとかなんとか言ってたが」

と、イーサンがにやにやした。ウォルターは顔をしかめる。

「なんでそういうところだけよく覚えてるんだ。前後不覚ってくらい酔ってたくせに」

「思い出したんだ」

「君があんまり絡むから、適当に言っただけだ。迷惑がられると、本気で思っていたわけじゃない」

「えらく、自信満々だな」

と、にやにや顔が崩れない。ウォルターは水をかけたくなった。自分が順調だからって、余計なお世話だ。


「自信満々ってわけじゃない。ちゃんと喜んでくれてたし」

「完成品を拝みたかったんだが…」

「興味あったんだ?」

「買うとえらく値が張るらしいじゃないか?」

「そういう興味?」

と、ウォルターは苦々しい表情になる。

「アナベル、あいつ売る気じゃないか?」

と、イーサンが言い出したので、ウォルターは仰天した。


「いくらなんでも、そんな!」

「ウバイダとのデートでスカート買ったら、金を出してくれるのか?と、言ってたぞ」

と、イーサンが言い出したので、流石のウォルターも呆れてしまった。

「それは…」

「まあ、冗談だ。いくらあいつが金の亡者でも、人からの贈り物を売り払ったりはしないだろう。ウバイダにも別にバイト代を請求したりはしなかったようだし」

「でも、姿見を贈ったんだろ?」

実用的だ。彼女も助かるだろう。と、ウォルターは何となく憮然としてしまう。


「あれは、まあ、イーシャからだ。俺らはついでだ」

と、イーサンは、行儀悪く頬杖をついたまま、相変わらず顔には、さして品のよくない笑みを浮かべている。マミヤムもいるのだ。少しは自分を売り込めばいいのに。と思いつつも、どんなところでも、自分を偽らないイーサンのスタイルが、少しうらやましい。自分にはまね出来そうもなかったが。


「まあ、順調そうで何よりだ。お前は涼しい顔をしているが、少しは進展があったんだろう?」

「…アナベルが何か言ってた?」

彼女は毎週末、イーサンに無料でムエタイのトレーニングをつけてもらっている。何か話したのだろうか?話されて困ることは…ないとは言えない。


「気になるんなら、見学に来ればいい」

と、イーサンは人懐こい笑みを向けた。

「進展ってほどでもない。今週末の日曜日は、バイトが休みらしいから、一緒に出かける約束をしている」

なんとなく、癪に障って、つい、いらぬ主張をしてしまう。もっとも誘われた時には、自分を都合よくつかわれているみたいで、少し面白くなかったのだが。第一、服選びとは、一番自分に相応しくない役柄ではないか。が、よくよく聞くと、彼女なりに気を使ってのことだとわかって、自分の幼稚さを恥じる羽目になってしまったのだが。


「また、買い物につき合わされるのか?」

と、何の遠慮もなく、イーサンが訊いてくる。ウォルターは仏頂面になって。

「ご明察」

と答えると、イーサンが

「ご苦労なこった」

と、声を殺して笑っている。やはり余計なことなど言うのではなかったと、ウォルターはげんなりした。


***


 今日の夕食当番はアナベルだったので、夕食の後片付けをしないといけない。ルーディアは今日も、自分が寝ていた間の話を、熱心にリパウルから聞いていた。もっとも、例によって、半分以上、リパウルが言葉を口にする前に返答しているので、はたで聞いていると、かなりの推察力がないと、話についていけなかったのだが。アルベルトは聞いているのかいないのか、のんびりとキッチンテーブルの椅子に腰掛けている。


話が、アナベルの知らない、ルーディアの前担当者の話に及ぶと

「エナもそう言ってたわ」

と、ルーディアがリパウルに、返していた。エナの名前が出たので少し気になったが、アナベルは試験に備えて、片づけを終えると、部屋に戻った。部屋に戻ると、早速、課題に取り掛かった。


 アナベルは勉強に集中して、なんとか課題をやりこなした。そういえば、と思い立ち、机を離れると、衣装ケースに取り付いて、日曜日に着ていく服を選び始める。


イブリンさんと夏にいったお店は、十一月にウバイダと行ったお店ほどではないが、多少はマシな格好をしないと、と一瞬、リパウルに贈ってもらったエンジ色のフレアスカートを思い浮かべるが、夕方からウォルターの家で作業があるので無理だなと、却下する。


あのステキなスカートが無理だとしても、と色々考えて、秋にイーシャに勧められて購入した、キャメル色のキュロットのことを思い出したのだ。おだてにのって買ったはいいが、結局一度もはいていない。はく機会がなかったというのもあって、衣装ケースの奥に入り込んでいた。ほぼ新品同様のキュロットを取り出すと、アナベルは、リパウルに貰った、黒いタートルのセーターとベッドに置いて、あわせてみた。


それから、小棚の上のコルク板のピンに掛けている、カイルのペンダントを手に取ると、そろえた服の上においてみた。


想像通り、なかなか合っている。アナベルはなんとなくため息をついてしまう。が、今その事で、考えこんでも仕方がないと、振り切った


さて、キュロットの問題点は、当然のことながら、脚を出さなければならないことだった。以前、週末のトレーニングの後、ショートジーンズをはいてカフェのバイトに行ったときに、少し不快な思いをした経験がある。


中等校の頃はあまり気にしたこともなかったのだが、最近はやはり少し自意識過剰気味なのかもしれない。アナベルは自分に向かって嘆息した。が、不快なものは不快なのだ。けれども、イーシャお勧めのキュロットは可愛かったし、相手はウォルターだ。脚がどうだろうと、別段構える必要はない。これだったら、家事作業も、スカートよりは出来るし、イーサンのトレーニングの後、着替えとして持って行くのにそれほど荷物にはならない。


念のため、アナベルは試着してイーシャとイーサン、ウバイダから受け取ったばかりの鏡の前に立つ。


黒いセーターにタイツ、キュロットをはいてペンダントをつけてみる。中等校の頃から愛用している、お気に入りの、こげ茶色のショートコートを羽織ってみる。なかなか似合っている気がする。足元をリパウルから貰ったブーツで決めたいところだが、トレーニングの後だし、夕方のバイトもある。それらを考えると、やはりスニーカーがいいだろう。その点は、ため息と共に、妥協する事にした。


こうして、わずかな衣類の中からでも、あれこれコーディネートを考えるのは、意外に楽しかった。鏡に映った自分の姿に満足して頷きかけて、はたと、髪がかなり適当に伸びていることに気がついた。アナベルは自分の髪の毛をひっぱると、そろそろ切りに行くべきかと、あらためて鏡を覗き込んでしまう。


問題は、着る物にアナベル以上にこだわりのないウォルターが、はたして気がついてくれるかどうか、という点だけだろうか、と、思いついてからアナベルは自分の発想に首を傾げた。そこは重要ではない筈だったが…。


***


土曜日の朝、アナベルはイーサンのトレーニングを受けに、セントラル公園へ向かった。イーサン指導の基礎トレメニューは、最近すっかり習慣になっていて、腕立て、腹筋、ストレッチ、をやりながら、その日の授業のノートを暗唱する。これが、結構きついのだが、それでも、毎日こなしていた。


公園に到着したが、イーサンはまだのようだった。構わずストレッチを始める。と、体がほぐれた頃、イーサンがやってきた。

「よう」

「イーサン、おはよう」

と、アナベルは応じる。

「お前、明日、ウォルターと出かける予定があるって…」

「なんだ、耳が早いな。駅前に十一時だ。トレーニングの後に行く」

と、アナベルが頷きながら言ったので、イーサンは呆れてしまった。


「まさか、トレーニングの後、そのまま行く気じゃないだろうな?」

適当にもほどがあるだろう。と、アナベルは

「まさかいくらなんでもトレーニングウェアで、買い物に行くわけがないだろう?服だってちゃんと、選んでる。普段だって、ここで着替える前に汗も拭いているし。靴は、その、仕方がないけど…」

と、言い訳をし始めた。イーサンは、おやという顔になった。


「お前、髪もばっさばっさだが?」

「ハウスキーパーがお休みだから、今日の夕方、切りに行く。今まで、行く暇がなかったんだ」

「ほぉお~」

ウォルターは乗り気でない風だったが、何やらアナベルは気合十分ではないか。ウォルターの“それなりなアプローチ”は一応、功を奏しているのか、と、イーサンは可笑しくなってきた。


イーサンの表情から何かを読み取ったのか、アナベルは自分が言い過ぎた様な気がした。

「…その…、服を選んだとか…ウォルターには言うなよ…」

と、自ら墓穴を掘ってしまう。

「なるほど、言ったらダメなのか」

と、イーサンはますますにやにやし始める。


「お、お前、妙な風に言う気だろう…つまり…」

「いいや~?が、言うなってのは、つまり、言えってことだろ?」

「なんでそうなる!?」

イーサンの妙な理屈にアナベルは絶句した。絶対に告げ口される。面白おかしくネタにして、ウォルターとイーサンの二人で、バカにされるんだ。アナベルは世にも情けない顔になってしまった。イーサンは声を殺して笑い始めた。


「イーサン…」

「分かった。仮にもお前は俺の初弟子だ。情けくらいはかけてやる」

と、イーサンは笑ったままの表情で、アナベルを向き直る。と、真顔になった。

「俺がお前にトレーニングをつけてやろうと思ったのは、まあ、行きがかりみたいなものだが、お前は結構真面目に取り組んでるし、見所もあると思ってはいる。けど、俺は他人の真剣な気持ちを、雑に扱う人間はクズだと思ってる」

イーサンの言葉に、アナベルも頷く。


「私だってそう思う」

「お前があいつを雑に扱ってるんなら、この先お前をどうするか、考えてんだが…」

「えっ?」

「いや、お前、結構真面目だな」

「あたりまえだろ、なんで私があいつを雑に扱わないといけない?」

「なら、いいが…。そういえば、お前、あれ受け取ったのか。惑星の模型…」

イーサンの言葉にアナベルは目を見開いた。


「イーサン、知ってるの?」

「やつが、作っているのを見てたからな」

「ええー。いいなぁ」

と、アナベルがさもうらやましそうに言うので、イーサンの方が目を見開いてしまう。


「いいのか?」

「うん、作ってるとこ見られるなんて…。来年は私も見せてもらおう」

と、アナベルがなんでもないことのように言ったので、イーサンは仰天してしまう。

「お前、来年もあれを作らせるつもりか?」

「え…ダメかな」


実はアナベルは、来年は土星の様な輪のある惑星をリクエストしようかと、図々しいことを考えていた。


「あれは、結構いい値がするんだが、お前知ってるのか?」

「え?そうなの…」

「まあ、奴のは手製だから、そうでもないのかもしれんが、売られている完成品は安い物じゃない」

と、イーサンが真面目に教えてくれた。


「売ってるって…見た事がないけど…」

「ウエストサイドのでかい店なら扱ってるだろう。本当に知らなかったんだな」

「…うん」

「俺は完成品を見たかったんだが…」

と、イーサンがぼやくので

「ウォルター、水色の惑星も作ってるよ」

と、教えると

「ああ、それは見た。お前のは地球風だろ?悪戦苦闘してたから、どうなったのか見たかったんだが」

「そうなんだ…」

と、アナベルがやや悄然とした様子になったのを見て取ると、イーサンは

「よし、奴の惑星作りの話を、俺から聞いたことは、奴には言うな。俺もさっきお前が言ったことは、奴には言わない」

と、突然、言い出した。


「あ、うん…」

「なら、雑談は終わりだ」

と、イーサンがトレーニングの開始を促した。

 トレーニング終了後、イーサンは、明日の練習を休みにするか訊いてきたので、アナベルは断った。ならば早めに切り上げてやると、いう話になった。


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