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オールドイースト  作者: よこ
第2章
132/532

2-4 惑星に願いを(1)

十一月も終わりに近いある日、ずっと眠りっぱなしだったルーディアが、久しぶりに目を覚ました。


その日、アナベルが、アルベルトの家に戻ってから、ルーディアのチェックのため地下に下りて、普段通りチェックしていると、ルーディアが突然現われて、ポットの上で、うんと伸びをしていた。


「ルーディア!!?」

アナベルは驚いて、思わず大声を上げた。九月から、起きているルーディアに会うのは、ほぼ、二ヶ月ぶりだ。


「アナベル」

ルーディアはポットの上で、にっこりとした。アナベルはポットへと駆け寄った。

「ルーディア!元気だった?って、訊くのも変だけど」

言いながら、懐かしくて嬉しくて、意味もなく笑ってしまう。


「そういえば、去年も今頃には起きてたね。冬型なの?」

と、アナベルが尋ねる。ルーディアはアナベルの発想が面白かったのか、声を上げて笑った。

「そうか、冬型ね。そうかもしれないわね」

それから首を傾げる。


「そうか、もう十二月なのね…」

「来週には十二月だね」

にこにこしながらアナベルは応じた。と、ふいに真顔になって

「ルーディアその、八月とか、九月にあったこと、覚えてる?」

と、確認してしまう。ルーディアはアナベルの、妙に気を回した雰囲気の訊き方に、苦笑してしまう。

「覚えてるわよ。私が攫われそうになって、アナベルとウォルター君に助けてもらったことでしょ?」

「あ、うん…それもなんだけど…」


アナベルが一番気になっていたのは、ルーディアがルカの事を覚えているかどうか、という点だった。もし忘れていたら、ルカがかわいそうだとアナベルは思っていた。ルーディアも真顔になった。じっと自分の衣装を見ている。


「アナベルが気にしてるのは、ルカのこと?」

「そう…覚えてるんだね」

ルーディアが自分からルカの名前を口にしたので、アナベルはほっとして、息をついた。

「アナベル…。手紙のことで、怒られなかった?」

ルーディアが心配そうに、アナベルを見上げる。アナベルは苦笑した。


「ちょっとね。でも、それほどでもなかったよ。それに…」

「うん」

「ルカ凄く一生懸命、手紙、読んでたよ。受け取っては貰えなかったんだけど、その代わり記憶しておこうって思ってたんじゃないかな?」

「そうなの…」

「うん、でも、受け取らなかったのって、多分、ルーディアの身の安全とか、そういうのの、為だと思う。なんか、ルカって結構、口が堅くってさー」

と、アナベルがぼやくとルーディアはくすくすと笑った。


「あれから、リパウルがルカのこと調べてくれて、詳しいことまでは分からないんだけど、病気がよくなって、特別病棟からも退院したみたいなんだ」

アナベルの情報に、ルーディアは弾かれた様に顔を上げた。

「本当?」

「うーん、ただ、言われた住所にルカはいなくて…本当かどうかは確かめきれてないんだ」

と、申し訳なさそうに、アナベルは続けた。

「そう…」

ルーディアも顔を伏せる。


「でも、ウォルターが言うには多分、その住所はルカと縁があるんだろうし、退院してるのも間違いないんじゃないかって。私には今ひとつわからなかったけど、アルベルトは頷いていたから、私より状況を理解していると思う」

「うん、わかった」

と、ルーディアは微笑んだ。ルーディアがそれきり物思いに沈んでいる様子なので、アナベルは戸惑った。


「その、私が追試になっちゃって、ルカの住所に行くのが遅くなっちゃったから…」

「アナベル?」

「いや、ルーディア、ルカに会いたいんじゃないかなって…」

言うと、ルーディアは静かに首を振る。


「会いたくないの?」

「わからない。ルカが元気になったのなら、もう私は必要ない」

「必要ないって…ルーディア、何言ってるの?」

「本当にそうなの…」

それきり、ルーディアは口を噤んだ。


「ルーディア…」

アナベルは悲しげに顔をしかめた。ルーディアは何を言ってるんだろう?ルカの方は、間違いなく、ルーディアに会いたがっているのに。


考えてみると、ルーディアは人のことは、乱暴なくらい励ますくせに、自分のこととなるとやけに後ろ向きではないか?

アナベルが悄然とした様子になってしまったのに気がつくと、ルーディアは顔を上げた。

「…アナベル少し、かわった?」

と、ルーディアは首を傾げる。

「え?そうかな?別に…なんだろう?髪は、伸びたかな?」

「気のせいかな?前より…大人びて、きれいになったような気がする。けど、話している時は、あまり変わっていないような気もするし…」

ルーディアの言葉にアナベルは、頬を赤らめた。


「そうかな?確かにひとつ年はとったけど」

と、えへへと笑った。

「あ、そうなのね?えーと…」

「十七歳になったよ」

と、少し嬉しそうに、アナベルが答える。

「そう、眠っている間は、時間の経過なんて感じないから…」

ふっと顔を上げ

「おめでとう。遅くなったけど」

と、ルーディアは首を傾げた。アナベルはにっこりとした。


「クリック博士も今年はお祝いを言ってくれたんだ。去年は忘れてたみたいだったけど」

ルーディアは首を振った。

「エナはあなたの誕生日を忘れたりしないわ」

と、やけにはっきりと言った。アナベルは訝しげに眉間にしわを寄せ

「どうかなぁ?」

と、疑わしげだ。ルーディアはそれ以上、なにも言わなかった。


「今年はかなり恵まれた誕生月だったんだ。みんなから嬉しいもの、色々贈ってもらって」

と、嬉しそうに言葉を続ける。こうして話していると、やはり、大人びたというのは気のせいのような気がしてくる。

「何を貰ったの?」

「うんとね、リースから便箋でしょ、リパウルと、アルベルトからステキな服とブーツ、髪飾り。イーシャとその他二名から、姿見を貰って…」

「叔父さんからは?」

と、ルーディアが優しく問いかける。


「カイルからは…ペンダント」

と、複雑な笑みを浮かべながらアナベルは優しく答えた。

「とってもきれいな…カイルからアクセサリーを貰ったのは初めてで、ちょっと…実を言うと複雑なんだ」

「複雑なの?」

「うーん、うまく言えないんだけど…」

と、アナベルは言いよどむ。

「嬉しくないわけじゃないんだ。すごくきれいで、嬉しいんだけど…」

「そう…少しほっとした」

と、何故かルーディアが微笑んだ。


「なんで、ルーディアが?」

「うん、アナベルはきっと、ずっとカイルさんの娘で…子供のままでいたいのよ。だから嬉しいけど複雑。そうなのかなって思って、私は勝手にほっとしたの」

「うん…そうかも…」

「私もそうだから。アナベルにも私と同じような気持ちがあるんだって思ったら、勝手だけど、ほっとしちゃったの」

「そうか、別に、そういうのって悪くないのかな」

「どうかしら?私みたいになっちゃうと、困るかも」

言いながらルーディアが可笑しそうに笑った。アナベルはなんと答えたらいいのかわからない。


「ごめんなさい。こんなこと言われても困っちゃうわよね。アナベル、ウォルター君からは?」

と、話を変えるようにルーディアは何の気なしに言った。と、アナベルが固まってしまった。

「…アナベル?」

「え…ウォルターからは…」

と、妙にぎこちない調子でアナベルが応じる。

「何か貰ったの?」

ルーディアの方が目を丸くして確認してしまう。どんな妙なものを貰ったのだ?アナベルはしばらく俯くと

「持ってきていい?」

と、訊いてきた。

「いいけど…?」

と、ルーディアが首を傾げながら、了解した。


アナベルは踵を返して部屋を出ると、待つほどもなく円柱形のガラスのケースを手に、持って戻って来た。アナベルはルーディアのポットの側に腰を下ろすと、絨毯を敷いた床の上にそのケースを置いた。ルーディアはポットから滑り降りて、床に腰を下ろした。アナベルは倒れないよう、大事そうに円柱形のガラスケースに手を添えている。ガラスの筒の中で謎の球体がゆっくりとまわっていた。


「これ…?」

「人工惑星模型っていうんだって。きれいでしょ」

うっとりと、誇らしげにアナベルが説明した。まだ、貰ったばかりだった。

「これ、ウォルター君から?」

「うん、十一月の間、ずっと作っててくれてたんだ」


説明しながらも、ずっと星を見ていた。うっとりと人工惑星に見とれているアナベルは、先ほどルーディアが感じたように、大人びていてきれいだった。きっと…おそらくアナベル自身、気がついていないのだろう。この星をみつめる自分が、どんな表情をしているのか。


ルーディアは密かにため息をついた。たった二ヶ月、自分が眠っている間に、きっといろいろなことがあったのだろう。


「ルーディアこれ、見たことある?」

「これ?いいえ。初めて」

「そう、私はカディナの町役場にあって、そこで初めて見たんだ。その後、そう、ちょうど一年くらい前、ナイトハルトの家で、やっぱりウォルターが作った惑星模型を見て、それもすごくきれいだった…」

「そう、どんな?」

ためらいながらルーディアは尋ねた。本当にアナベルに聞きたことは別にあったが、それは同じくらいききたくない事だった。


「水色の、ルカの目の色みたいな」

優しく微笑みながら、アナベルはルーディアの方に視線を向ける。

「それはウォルターの家にあるんだ。ルーディアにも見せてあげたいよ」

「そうなの…」


 …どこか懐かしい、優しい水色の眼差し…


ルカの目の色に似ていると聞いて、ルーディアは益々複雑な気持ちになった。ルカの目の色の惑星。自分はそれを、見たいだろうか?


「珍しい目の色だよね、水色って」

と、アナベルが宙を見上げるようにして呟いた。

「そう?でも確か他でも見た気がするけど…」

と、ルーディアも記憶を辿る風になる。

「本当に?私、初めてだけど?」

「え、そうなの?あれ、誰だったかしら?」

「えー、また忘れてるの?」

と、アナベルは批難がましい言い方をする。ルーディアはむかっとして

「何よ、そんな、いちいち覚えてなんかいられませんから」

「単なる、記憶力不足?それなんだったら、仕方がないけど」

「もう、バカにして。人を頭からっぽみたいに…」

と、何故か二人は、人工惑星模型を前に、他愛のない口げんかを始めてしまった。そのうちリパウルが地下に下りてきて、起きているルーディアと久闊を叙した。


 その日は久しぶりで、ルーディアも混じっての夕食となった。ルーディアは、寝ている時は、寝ている以外の生存に必要な行為は、一切行っていないのに、どうなっているのかアナベルには不思議で仕方がなかった。


夕食を終えて、少し歓談をしてから、大人三人を残して、アナベルとリースは自室に戻る。気がつけば目の前に、学期末試験が控えている。十二月に入ってしばらくしばらくしたら、試験範囲が発表されるだろう。アナベルは部屋に戻ると、机に座った。宅配のバイトは今週の金曜日で終わりになる。十一月はあと少し残っていたが、週払い制なので、試験を見据えて、早めに辞めることにしたのだ。


机に座って、テキストを出したまま、頬杖をついて、ウォルターから貰った、惑星模型を眺める。透明感のある青色と、はっきりとした緑色で構成されたその惑星は、うっすらと、白い大気をまとわせて自転している。アナベルはテキストを前にしたまま、しばらくうっとりと青い惑星を見つめ続ける。それから、ウォルターの家で、途中まで進めていた課題の続きに取り掛かった。学期末試験で、中期試験のような失態を演じて、また、エナに脅されたり、ウォルターにバカ扱いされたくなかった。今回は、彼が頑張って作ってくれた青い星を励みに、アナベルは出来る限り真面目に勉強に取り組んでいた。



次の日の夕方、アナベルは所定の時間にウォルターの家を訪れた。インタフォンを鳴らしてしばらく待つと、何故だかジャケットにパンツ姿のウォルターが、出迎えてくれる。シャツも普段のように洗ったままのものではなく、きちんとプレスされている風だ。その上、細めのネクタイまでしている。ようは一見してそれと分かる程度には、フォーマルな格好をしていた。ただ、ネクタイ以外の全身が、黒尽くめなところが、意味不明だった。


アナベルは一目見るなり仰天して

「お前…」

と、呟いたきり言葉が続かない。ウォルターは見るからに不機嫌そうな仏頂面で、ため息をついた。

「…また、メッセージを見てないね…」

と、玄関先で呟く。


「メッセージ?」

言いながらリュックから携帯電話を取り出そうと、慌ててアナベルはリュックを下ろすと中を探り始めるが、彼女が携帯を見つけるより先に、ウォルターが

「今日、急にロブ・スタンリーの面接日になったから、ハウスキーパーはお休み」

「え、来週の予定じゃ…」

「だから、あっちの都合で…」

「あ、そうだよな。悪い…」

「いや、悪いのはロブだろう」

と、露骨に不機嫌そうに、ウォルターは呟いた。


アナベルは不機嫌そうなウォルターの横顔に向かって恐る恐る

「あの、その格好で行く気なのか?」

と、尋ねてしまう。

「…そうだけど」

「前から気になってたんだけど、なんでお前っていつも黒尽くめなの?」

「面倒だから。ちなみに今日は急に予定が変更になったから、普段着ているものを取りに行く時間がなくて、これになったけど、いつもは一応、違うものを着ている」

「違うものって、何色?」

「グレイかな?」

なら、まだ少しはマシなのか?アナベルにはよくわからない。


「大丈夫か、お前…」

「仕方がないだろう。何かの嫌がらせのつもりなのかもしれないけど、ドレスコードがある店ばっかりに行くから、ジーンズもエヌジーだし、本気でバカバカしくて、つきあいきれない…」

と、かなり真面目に怒っている。と、気がついて

「ごめん、君に言っても仕方がない…。なんで、折角来てもらったのに悪いけど、今日は…」

「うん、こっちこそ、ごめん。じゃ、頑張れよ」

と、言うとアナベルは手を上げて、駐輪スペースへと踵を返した。


大丈夫なのか?と気にはなったが、こればかりはどうしようもない。アナベルはロブ・スタンリーに会ったことが一度もないのだ。ウォルターもスタンリー氏の事は殆ど話題にしなかったので、どんな人間なのかさえ、よくわからない。おまけにこれから先、会う機会があるのかどうかさえ定かではない。


アナベルは軽くため息をつくと、自転車に跨った。

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